命の恩人
◯アロア
そんな簡単に許してもらえるものでもないか。
アロアはベッドの上でそう思った。
街で倒れた後、誰かに運ばれこのベッドの上に寝かされたようだ。
窓の外からあたたかい風が入ってきてカーテンを揺らした。
今すぐ立ち去りたいという気持ちはあったが、体が動かない。
その時、扉が開く音がした。
「あら、目が覚めたのね。よかったわ」
扉の前には、優しい青い瞳でこちらを見つめるシスター姿の女性が立っていた。
彼女の手元にはおいしそうな料理がのったお盆があった。
「・・・ここは?」
アロアは言葉を発して驚いた。
声が、ガラガラだったからだ。
よくよく考えれば言葉を発したのはいつぶりだったか。
「ここはね、教会よ。ま、今はそんなことより、なにか食べないとね」
シスターは持っていたお盆をベッドの側にあった戸棚の上に置き、椅子に座った。
「まずは食事をとって」
食器に伸ばしたシスターの腕をアロアは掴んだ。
「いらない」
相変わらず声はガラガラだった。青い瞳がじっとアロアを見た。
アロアはその瞳を同じ青い瞳で見つめ返した。いや、睨みつけた。
「食べないと死んでしまうわよ」
アロアはシスターの腕を掴んでいる手の力を強めた。シスターはふっと微笑む。
「全く痛くないわ。力が全然入らないのでしょう?断るなら、しっかり話せるようになってから断りなさい」
正直、アロアはとてつもなく目の前の食事が食べたかった。
そんな自分が情けなくて、枯れたと思っていた涙がぽろぽろ出てきた。
「食べたいと思う気持ちがそんなに嫌?」
アロアは驚いて、シスターを見た。自分の心の中を見透かされたように感じた。
「いいから食べなさい」
限界だった。アロアはシスターの腕から掴んでいた手を素早く離し、食器に手を伸ばした。
とにかく無我夢中で食べものを口の中に運び、コップいっぱいに注がれていた水をのどに流し込んだ。
小さな村のお嬢様として育ったアロアにとって、食事のマナーというものは叩き込まれていたはずだったが、今のアロアは食事のマナーというものからは程遠い食べ方をしていた。
そんな彼女をシスターは笑顔で見つめた。
食べ物をいくら口に運んでも涙が止まることはなかった。
ただただ自分が情けなかった。