トリスタンの叫び
◯トリスタン
嘘だろ。
頼む。
やめてくれ。
やめてくれよ。
トリスタンは黒い大群の中へ突っ込んだ。
黒い大群の正体は街の人々だった。
「国王軍」
「ガキども」
「処刑」
そんな言葉がトリスタンの耳に入ってくる。
トリスタンは大群をかき分けていく。
まるで真っ暗な海をもがいているそんな気分になった。
かき分ければかき分けるほど不安になる。
自分が溺れていくような。
ようやくトリスタンは暗い海から脱出したがそこで見た光景に目を見張った。
広場には大きな舞台があり、その上にボロボロに傷ついた子供たちが横一列に並ばされていた。
国王軍の男が叫ぶ。
「こいつらは、街で悪事をはたらき、私達の生活を脅かす悪党どもだ!また、こいつらの仲間であるトリスタンとイズーはあろうことか国王軍を騙し、軍の任務を妨げたのだ!国王軍を騙すということは、王を騙すことに匹敵する。よって本来ならばトリスタンとイズーを罰するところだが、奴らを逃がしてしまったため、連帯責任として奴らの仲間を罰することにする」
トリスタンは理解できなかった。
奴らの言っていることはめちゃくちゃだ。
そこには論理も何もない。
ただあるのは
「俺たちを苦しめたいだけだ!」
トリスタンはそう叫んだが、誰ひとり聞いてはいなかった。
なぜなら黒い大きなかたまりは、トリスタンの叫びをかき消すほどの歓声を上げていたからだ。
どうして?
どうして誰も止めない?
そんなに俺たちは悪いことをしたのか?
ああ。そうか。
トリスタンは黒いかたまりの表情を見てわかった。
こいつらはただ単に自分より不幸な奴らを見たいだけだ。
安心したいんだ。
こいつらよりはましだって。
彼らの表情は笑顔で満ち溢れていた。
トリスタンがぎゅっと拳を握り締める。
彼の頭の中で一つの言葉がこだまする。
弱い人間の気持ちなんて誰も考えてくれない。
トリスタンの手に力がこもる。
だからお前は強い奴の気持ちなんて考えなくていい。
トリスタンは顔を上げて舞台を見上げた。
だからお前は強い奴を傷つけてもいい。
トリスタンは叫んだ。
「俺はここにいるぞ!」