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囚われのブルーファンタジー  作者: 麻天無
囚われのブルーファンタジー2巻
7/7

囚われのブルーファンタジー 2 つながるカルマ 2

prisoner 2-2 つながる音



 開店したばかりのデスターに到着したディートとティーラに、ジェイが上機嫌に出てきて言った。

「じゃーーん!」

 と、言いながら指さした方向には、背負うベルトに設置された大きな機械だった。酒樽のような形にスイッチと管がいくつか付いていて、鉄色に光っている。

「重そう・・・」

「そう。おもいんだよこのタンクがさ~」

 ディートの素直な感想に、ジェイがタンクをコツンと殴る。カーンと空洞のような音が鳴り響いた。

「先月みんなが出払ってて、ひとりで背負って行ったとき、ホント泣きそうになったよ。拷問されてる気分だったよ。」

「うふふ。おはよう、ディー君、ティーラちゃん。よく眠れた?」

 準備中の店内から出てきたのはイーナだった。昨日のドレス姿からは想像できないラフなパンツルックで、スポーティブな素朴な服が身体のラインを強調していて、見とれるほど美しかった。

「イーナさんも行くんですか?」

「そうよ。ジェイが居るところなら何処でもね。」

 色っぽいのに、気品漂う誇らしげな笑みを浮かべて、ジェイの一歩後ろに寄り添った。

「あの、昨日の服これ。洗えてなくて」

「あら気にしないで。従業員が悪ふざけしてしまってごめんなさいね。で、昨夜は、どうだったの?」

「もう、からかわないでください。そゆんじゃないんで。」

「あら、うふふ」

 イーナは大人の笑みを浮かべた。ディートはからかわれて少し顔が赤くなる。

「さ、乗った乗った!」

 ちょうど馬車が目の前に止まった。御者はジェイの部下のアルだった

「大丈夫。山の麓までは馬車でいくから!」

 街の裏から山道に入り、少し轍がある道を登っていく。緩やかな坂だが、半刻ほど走ると石や岩で馬車が大きく揺れる。そして止まった。

「ここからは本格的に登山道になるんだ。」

 ジェイが、タンクを馬車から降ろしながら言う。

「ほんと、マジ登山なんだな。」

 木々の間を縫うような狭い上り坂が続いている。一応木と木の間に手すり用のロープを這わせていて、そのロープ沿いだけは、草木が少なく何度か人が通る道になっている。

「さ。タンク持ちを決めようぜ!これで!」

 ジェイは一枚のコインをポケットから取り出し、指でピンッと弾いて手の甲にのせて蓋をした。

「オモテ!!」

 ディートは山勘で答えた。早すぎてコインを見てなかったのだ。

「ブッブー!ウラでした~!はい!担いでね!」

「わかったよ。」

 ベルトを両肩に掛けて背負う。まあ、こっちは依頼人だからタンクを持つのも当然だ。

「けっこう木の根が出ばってきてるから気をつけて。ああ、坂は急じゃないよ。じゃあしゅっぱーつ!」

 ジェイ、イーナ、ティーラ、ディートの順で山を登り始めた。

「ティーラだいじょうぶか?足下見てゆっくり歩けよ?」

「う、うん。」

「うふふ。私でも登れるんだから。大丈夫よ。」

 ディートとティーラのやりとりに、イーナはほほえましく笑う。

「そういえば、イーナさんはいつも着いてきているんですか?」

 ディートが聞く。

「たまに、体力作りにね。あとお弁当係かな」

「え!お弁当あるんですか?」

「いいだろう~ハイキングみたいで。ま、タンクを持たなければ、だけどな。」

 ジェイが言うように、このタンクがなければハイキング気分になれるだろう。

「うう、確かに重い・・・。」

 族に襲われることもなく山道を歩く。もしかして、族が出やすいってのは嘘で、ただの荷物持ちじゃぁなかろうか?

「ホントに山賊たまにいるんだって。ケイとアルにいつもタンク背負わせて、オレが護衛だけどな。ディー君がいてくれて助かった。」

「ううううう。重いマジ・・・。」

 他愛のないやり取りをしながら坂を登り切ると、開けた場所に出た。古い道の分岐点のようで、見通しがいい丘になっていた。右に行けば林があり、その奥に何かの建造物のような影が見えた気がした。まっすぐの道は少し下りになった後、また登りになって一山越えるようだが、

「うわ・・・沼になってる。」

 ディートの呟きそのままに、目の前が大きく窪んでおり、そこに土砂と泥水が滑り込んで落ちている。

「あっちゃー。一昨日までの雨のせいだわ。」

「もしかしてこの先だった?」

「そう。次の丘の先だったけど・・・これじゃあいけねー」

 ジェイが開いた地図をディートは横からのぞき込む、この山の等高線と地脈ポイントに印が付いてる。

「今はここ。」

 指で紙上の道を辿りながらジェイが説明してくれた。

「んで、この上に行くと三カ所地脈があって、いつも行ってるとこは、ここ。」

 ●印で記された三カ所の地脈はもちろん沼の先に密集している。▲の印もある。ちょうど、この右の林のすぐ中にある

「これは?なんの▲?」

「これも地脈だけど建物の廃墟があって、一応立ち入り禁止なんだ」

「こんな山奥に、何の建物が建ってたって言うんだよ。」

 ディートが言うにはごもっともで、グレーバスタウンに行くにも徒歩だと数時間はかかるこんな山の中に建物がある意味がわからない。

「デスターが『デスター』って名前が付く前の地脈研究所なんだって。だから建物の中に地脈があるらしい」

「入ったことないの?」

「オレ、デスターのトップ社員ディオスだよ?命令違反になるぢゃんか。」

 ディートは少し気になった。ベル、ラフ三人で話したとき、デスターの情報を集めるべし!という方針をとることにしたからだ。相手の出方を探り、目的、意図を読むために。奴らがティーラを狙っている以上衝突は何れやってくる。後手になってしまうのならせめて対策は考えておきたい。そのために情報収集は欠かすな。と決めたのである。

「入ってみる?」

 ジェイの問いにディートは考える。

「このまま重い機械背負って下るのはちょっとツラいなぁ。」

「確かに、それだけは不毛すぎてイヤだわ~」

 ジェイも、しばし考えてこう言った。

「やっぱ気になるん?デスター。」

「え・・・・」

 ここでデスターの話をするのか、とディートはびっくりした。

「ダルグの敵討ち、したいか?」

「えっ!・・・・ああ。」

 ディートは驚いてジェイの顔を見たが、彼は今までの普通の会話をするように顔色一つ変えてなかった。

「知っている、んだな」

「ああ、オレは、ダルグの先輩で、後輩だ。」

「先輩で後輩・・・」

 ディートはちらりとティーラを見る。イーナと話していたおかげで聞こえてなかったようだが、ダルグの話はティーラにあまり聞かせたくない。まだ自分の所為だと責めるから。そんなディートの目線を感じ取ったのか、ジェイはイーナに言った。

「イーナ。ちょっとここで休んでくから。ディー君と作戦会議としてくるわ。」

「はぁい。さ、ティーラちゃん。お弁当食べましょう。」



「俺達のこと、知っている、のか?」

 ジェイに聞き返すと、悪意の欠片もない普段の声色で言った。

「『組織』の一部では有名人だから、彼女。」

 離れたところでイーナと話しているティーラをチラリと見る。束ねた青い髪が風でなびいたのを、ここからでも確認できた。

「ってことは、アルくんやケイ君も、知って?」

「いや。本来なら俺クラスも知るべきじゃない情報だ。町のデスターが知ってる情報じゃない。ただ、人の口に戸は立てられぬってね。冒険者団体とかにも意外と知れ渡ってんじゃないかな?」

 彼女の価値がそんなにすごいモノなのか、と戦慄した。いや、そりゃそうだろう。あの、力。すべてを無に出来ると言っても、過言ではない。そしてあの容姿と体質・・・。過去、彼女がどんな扱いを受け、何があったかと、思うと、自分の、心が。

「ディー君。大丈夫か?」

「あ・・ああ・・・。えっと、ジェイは、捕まえようとはしないのか?」

自分がどんな顔をしていたのか考えたくない。ディートは話を続けた。

「うん。興味ないモン。」

 あっけらかんと言った。

「そ、そんなんでいいのか?」

「いいんじゃない?見て見ぬふりしても。深く関わる方がいやだよ。」

 なんという返答だ。とディートがびっくりして頭の整理をしていると、

「まあ、話はしたかったのよ。ホント。ダルグの話はね。」

と、ぽつりとジェイが言った。

「辺境本部ぶっ壊した反逆罪で処刑された・・・んだっけ?」

「違う!」

 今にも噛みつきそうな勢いでディートは否定した。

「わーかってるって。死人に口ないと思って、なすってる感じはあったんだよ。あのコすげーいいコじゃない?」

「どこまでしってるんだ?」

「いや。知らないのよ。さっきも言ったけど、君らの事はデスターからは知らされていない。辺境本部の事件も、さっきの通りにしか知らされてないんだな。」

 ティーラのことを知っていたデスターはダルグだけだった。でも情報が漏れている。あれは上層部がわざと仕掛けたのかもしれない。確かなことは何一つわからないが。

「じゃあなんで知ってるんだ。ダルグから聞いたのか?」

「ん~。言うなれば、デスターに対抗するための【反組織】の情報だな。」

「反組織?それってどういう?」

「ああ。これはデスターに入ったりデスターがらみで人生狂わされた者達がささやかに身を守り合うための組織だから、君らの脅威ではないと思う。」

「ダルグもソレ、だったのか!?」

「一員だったよ。」

 ディートはますます頭がこんがらがってきた。そんな話初めて聞いた。聞きたいことがありすぎて戸惑っていると、ジェイは話を続けた。

「ダルグと出会ったのはデスターでなんだけど。年下でかわいい後輩だったのに、みるみる出世して上司になっちまったよ。だから後輩で先輩。奥さんとイーナも仲良かったしな。」

「おく・・?ってあいつ!結婚してたのか!!」

「あれ?知らなかったの?グレーバスにいるよ。あ、でも、ダルグいねーし、反逆者の嫁っていう微妙な立ち位置だから、子供つれて修道院戻るって。そんなん気にしねぇって、イーナが説得したけど、町に迷惑かかるといけないし、もともと修道院に戻る予定だったからって。」

「こっ!子供もいたのか!!」

 ディートは呆然とする。全く知らなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになった。家庭があったのに・・・なんでなんだ。

 ジェイは水筒をリュックから取り出し、お茶をディートに手渡す。ディートは小さく頷いて、お茶を飲み自分を落ち着かすようにため息をついた。

「大丈夫か?言わなかった方が、よかったな」

 ジェイは苦笑いを浮かべて少し気遣った。

「いや。聞いてよかった。聞くべきだったんだ。他にはダルグどうだった?」

「んー。生意気で掴めない奴だったかな。天才肌って感じだった。才能のないオレからしたらいけ好かない奴だったよ。でも、実力はあったから。えーと・・・最後に会ったのは一ヶ月前かな?なんか、呪いの類いを解きに、グレーバスの信頼してる専門家んとこ来てた。」

 笑いながら色々離してくれるジェイ。今更ながらダルグの動向を知れて複雑な気持ちになる。あの時もっと情報があれば、ダルグの気持ちにより添えたかも知れないのに。自分のことばっかりで・・・。

「マジ、だいじょぶか?」

「・・・・・。」

 ジェイが心配して顔をのぞき込む。

「ってことは、ディー君は真犯人しってんの?」

「・・・なんか、機械の人型兵器ってやつ。」

「ああ、あのプロジェクトね。はいはい。エグいなァ。んー。とにかく!上層は本気エグいよ?非人道な実験は当たり前。人殺しなんか朝飯前だよ。」

 ジェイは大げさに身振り手振りをつけて目を丸くして言ったが、それが真実なのをディートは身をもって知っている。大胆に人を殺し、権力で押さえつけてシラをきる。

「デスターとやり合うのはやめといた方がいいぜ?」

 ジェイは気さくにそう言ったが、ディートは納得できなかった。ダルグのためにも、自分のためにも、そして、ティーラへの脅威の可能性に対しても、そのデスター上層部の行動は許せない。

「俺は仇をうちたい!」

「ナメてるだろ」

 ジェイの言葉に少しギクリとする。舐めてかかってはいないが安易に考えた自分がいるからだ。

「ディー君。お前な、チョーシ乗ってたらダメだぜ?オレも一応店長クラスのディオスなわけ。」

 ジェイの声色が変わった。言いながらすっと立ち上がり、見下ろしてくる。 

「オレの気が変わって、デスターに突き出すことも出来るんだぜ!甘いな!浅はかすぎだよ!」

 スっと服のジャケットの下に手を入れ、にやりと不敵に笑うジェイ。ディートは困惑する。

「ジェイ!待って!冗談だろ!」

 ゆっくり捕りだした獲物は銃・・・ではなく、スパナだった。

「ジョーダンだよ!オレは技術部なんで特に武器はもってねーんだ。元諜報部だけどね。ちょっとびっくりした?」

「目が怖かったからちょっと・・・」

 ジェイの目はニコニコ笑っているが、底はよめない。ダルグよりもまだ何歳かは年上だということもあるだろう。

「ホントつきださないって。だって消される可能性が出てくるだろ?オレディオスだけど、デスター大嫌いなんだよ?」

「辞められないのか?」

 ジェイは大きくめいいっぱい頷いた。

「辞められないんだな。これが。」

「処分されるか、管理され続けるか。が実態だ。」

 ジェイは笑いながら語ってくれたが、それはとてつもなく恐怖を覚える話だった。一度入ったら辞められない。一生飼われ続ける。能力がある者はなおさらで、黒い部分を垣間見た者は口封じさえあるだろう。

「青少年が食いつくようにさ、制服格好良くて、給料も魅力でさ。町の皆の何でも屋ってうたい文句まであるあこがれる仕事がさ、そりゃあもう!上に上がるたび、世界を疑いたくなるような黒い真実。えげつない実験。そんなの見たくもやりたくもねーってな。技術部に変更したのさ。結構性に合っててな~」

 時折見せる遠い目に様々な景色を思い出しているのかもしれない。

「魔法相手にしてるより、機械の方が良いぜ?不安定な感情みたいなもんさアレは。エールだのなんだの。気持ち悪くて苦手だな。」

 ジェイは肩をすくめながら話を続けた。

「だから賢くデスターと距離おいて付き合ってるの。オレはその程度のレベルなんです~。店長くらいしかできません~っ。だから怖い任務は与えないでくださいね☆ってな!」

「じゃあ、あの部下の子達は」

「ああ。あいつらじゃ黒いとこ見たりはないんじゃないの?頭悪いし。」

 ジェイは皮肉交じりだが部下を思って安心しているような顔で言った。

「なんでそう言い切れる?」

「最近の若者は、エール読めないから。能力ないんだよ魔法系の。デスターも人畜無害な一般人もある程度の人数確保したいわけ。健全さと地域密着さを表現するためにな。」

「そうなんだ。うまく出来てるんだ、な。」

 あらためてこのデスターシステムを恐怖だと思った。町までも管理する勢いだ。

「オレが言えるのは、デスターをナメるな。一国の軍よりでかいぞ!戦おうとするな。逃げろ。」

「でも!俺たちは狙われてる。」

「地方のデスターは案外無関心さ。動いてるのは本部組だけだ。無理矢理手伝わされない限り、危ない事に首つっこまねぇ。ま、それだけダルグの能力は魅力でもあり、驚異でもあったんだろうな。本部にとって、さ。」

「ジェイは、大丈夫なのか?俺嫌なんだ。もう、あんなの。だったっら関わらない方が、会わなければ良かったって!」

「俺は、悪いコだからなぁ~。死ぬときゃ死ぬだろ。」

 なんとあっけらかんな物言い。あきらめているわけではない。世間をありのまま傍観してる大人な意見だった。

「自分がやってきたことのオトシマエはな、どっかで収集着くようになってるのさ。ダルグは、多くを持って多くを望んだ。それだけのことさ・・・。それにディオスは一応傭兵も兼ねている。死は近いところにいつもあるのさ。」

 また、達観したようなあきらめたような大人の物言いにディートは困惑した。

「そんな、命を軽く見るような言い方・・・」

「それはエネルギッシュな若者の意見だな。オレらは、死を軽んじてないだけさ。」

「?」

「生きることを軽く見てるんじゃないってこと。だってオレ、今からイーナと幸せになんなきゃいけないもん。金も稼ぎたいし、子供もほしーし。」

 ジェイの意見は今まであまり触れたことのない意見だった。ディートは自分でも思うが経験が浅い。依頼や仕事をこなしては来たけれどまだ駆け出し同然だった。ベルが居るから苦難が少ないし、いつも傍らにベルが居た。こうやってベル以外の人と落ち着いて話すのは初めてかも知れない。もっと他人の経験に触れていかなければいけないな、と思った。

「さあ、若いんだから。考えろ考えろ!んで、元気だしな。じゃ、行ってみよう。林の中」

「い、いいのか?」

「ああ、実は1年前に同じようなことがあってさ。入ったことはあるんだよね。エールが読める感応力の強いスタッフが一週間うなされたけど。」

「それって危険はない、のか?」

「いけるだろ。奥の方は、オレでもぞくっとしたけどな」

「ありがとう。ジェイ、優しいんだな。」

「わお!ディー君。やめてそーゆーむずがゆいのわ!優しくないって。オレは通りすがりの旅人に、手伝ってもらっただけ。それに、もらうモンもらったからな」

 ディートの素直な感謝にジェイは茶化して応える。

「もらうもの?」

「内緒~。強いていうなら荷物持ちかな!さていくか!」




Day Break Bell 2


翌日

 無意味なことだとは解っているが、少しおとなしい格好をした。黒い服を着て髪飾りや派手な装飾は外した。

 でも、誠意なんてあるかないかわからないのに無理して示そうとしてるみたいで鏡を見た後げんなりした。


 敷地の中に入ると、青少年が剣術の稽古をしていた。教会直属の聖騎士や衛兵になるために訓練をしている。

他の一角には年齢のちがう女の子たちが洗濯物を干していた。

教会に入り、妙齢のシスターに話をすると、彼女を連れてくるからと少し待たされた。

 庭への勝手口から現れたのは、美しい一人のシスターだった。修道服を着て髪を結い上げ修道帽の中にしっかりとはめ込んだ聖なる姿。だからこそ整った美しい顔が際立った。

「おはようございます。わたくしに用事でしょうか?」

 透き通る、小さくて穏やかな声と柔らかい物腰で彼女はベルに挨拶をした。

「私、ベルと言います。あの、」

 ベルが、関係性をどうやって話そうかと思っていたら、彼女はすぐさまこう告げた。

「ベルさま!夫から何度も何度も伺っておりますわ!よくわたくしめに会いに来てくださいましたのね!是非、お話をいたしましょう」

 うろたえることなく、満面の笑みを浮かべて彼女、サラは応えた。

 外の稽古場が見える木陰の下で二人は話しをすることにした。

「これを、お返ししようと思ってきました。」

ベルが取り出したのは琥珀のピアスだった。

「これは、夫の。」

「はい。ダルくん・・グさんの、ものです。」

 ダルグの最後を、彼女に伝えなければ。そう、デスターが発表したもなど真実ではないから。辺境本部を壊し、客や私兵を生き埋めにした張本人などと。まったく事実無根なのに。でもその情報を正せもせず、自分たちがやった過ちすらも、正せもせず、ただ何かはしなきゃいけないと、彼女に会いに来たけれど、いったい何も出来ないアタシに何を説明出来るんだろう・・・。

 パタ・・・と、涙がこぼれる。アタシの。

 なんで?なんで急に涙が出るの?泣きたくなんてないのに!

「失礼・・・ごめんなさい・・・っ」

 アタシは必死で涙をぬぐい隠そうとした、必死で冷静になろうとした。でも、彼女が近づいてきて、顔を隠そうとするあたしをのぞき込み、優しく両手を奪って手を握りしめた。あたしはそれが振り払えずに、涙は行き場を無くして、自分の二の腕に鼻をこすりつけた。

 視界の端で、恐いくらい優しい瞳でアタシを見ている。少し微笑んでさえいる彼女の顔。それと対象にアタシの顔はきっと強ばっているだろう、眉間に力を込めて、涙が溢れない様に地面を凝視している様は、きっと子供のやせ我慢より醜い光景だろう。

「辛い思いをさせてしまったのですね」

違う!それはあたしのセリフ。

 申し訳ないって、

 私たちの所為で、あなたと子供を辛い目に遭わせて、でも、最期は笑ってたって、

 あなたと子供の名前を呼んでたって、

 だから何も悲しくないって。

 そうアタシは言いたいの。アタシが言いたいのに!

「・・・っ・・・くっ・・・」

 何故!?

泣くべきは彼女なのに、自分は泣いちゃいけないのに、どうしてこんなに涙が止まらないの!?

「ごめんなさ・・・・」

「謝らないでくださいませ。そうだわ」

 彼女は、にっこりと笑った。

「夫はいつもわたくしに、こんなことを言ってたんです。」


 ディートとベル姉ちゃんと、出会ってなければ、オレの人格は形成されなかったかもしれない。サラを選び結婚しなかったかもしれない。

それほど影響力が強くて、大切な友人なんだ。


「だから、ベルさまやディートさまがいなければ、わたくしは此処に娘とこうしていられなかったのかもしれない」

 だから謝る必要なんてないっていうの?


 オレッチ我が儘だからね☆オレが愛しているモノを君にも同じように愛して欲しいなっ

だからオレが君を愛している様に、自分自身のことも愛して欲しいな☆そして、生まれてくる子供達もね☆


「夫は、いつもそんなことを言っていました。だからわたくしは悲しいなんて思いませんわ。そして、夫が愛したモノすべても、悲しいままにさせたくないのです。」

「・・・ダルくんらし」

 アタシは、彼女のセリフから、ダルグがいつもの様に明るく茶化してる様に、でも瞳は真剣にしゃべってる様子が想像できて、微笑んでしまった。

「ベルさまどうかもう悲しまないでください。そして自分を責めたりしないで。夫はわたくしに嘘をつきませんでした。後悔が無く幸せだったと言ったならそれを信じて、」

 

「信じて、くださいませ・・・」

 そう言って、うつむくアタシの手を、そっと撫でてくれる。子供をあやす母の様に、強く優しく。この人の心の中に、言葉通り哀しみが無い、なんて。そんなことは無いのに今、強さを見せてくれている。

 そうか、アタシ、きっと、

 許して欲しかったんだ。この人に。そして、ダルグ自身に。

『許し』など、最初から解ってる。

 彼を知っていれば

 彼を信じていれば、そんなモノ必要ない。

だって誰も責めていない。そんなこと解っていて許しを請うのは、アタシ、

責めて欲しかったんだ、そしてその果てにある『許し』を求めていたんだ。

アタシはこの人に、そしてダルグさんに、甘えに来てしまったんだ。

『恨んで・・・恨んであたしの所為だって・・責めて。』

 今なら、ティーラが言った言葉が少しだけ分かる。

 彼女は、責められた果てに、許されたかったんだ。

 罪として認識し、罰を与えられることで、許しを得ようとした。

 でも、そんなの形に過ぎない。罪悪感なんて克服しなくちゃ消えるわけない。罰なんてたかが人が定めること。そんなので、罪を犯したという重さから解放なんてされない。形式上だけの気休め。でも、そんな気休めが欲しかったんだ、きっと。重すぎたから。

 自分を責めたって、責められたって、そんなの答えじゃない。

答えは最初から、そこにあったんだ。『想い』として。

『信じる想い』として。

「ごめん、なさい」

 そういって、両の手を包んだ暖かい手から、そっと、本当に優しくそっと感謝を込めて、自分の手を抜き取った。

 甘やかせてもらって

「ありがとう、ございます。」

 もう、大丈夫。気付くことが出来たから。

 そして涙を拭いた。虚勢でも隠すわけでもない。もう悲しくて泣くことはないから。やっと顔を上げて、彼女の顔を見れる。

 綺麗な琥珀の瞳。ダルグさんを思わせた。ありきたりなこの地方の人種の色なのに、彼女の心の強さが瞳に映って、美しく見せた。

 そして、ふと気付く。彼女の中にもう一人。

 アタシが、そのことに気づいたのを知った様で、彼女も聖母の様に微笑んだ。

「ええ。家族が此処に、もうひとり居ます。この子も、かけがえのない友人と出会えるように。」

 優しくまだ目立たないお腹に触れた。その仕草に、自分の手も思わず伸びてしまった。

「あの、さわってもいいですか?」

 もう触れてしまっているが、彼女はあたしの問いに、またにっこりと微笑んだ。

 すごい。すごい神秘。まだほんの小さいエネルギーなのに、確かに力があって、確かに魂が宿ってる。鼓動を感じる。

 さっきとは違う涙が出そうだった。

 男女の愛で、肉体を持つモノだけに許された、神秘。人の世界だけの理。

 生まれること、産まれるということ

 情愛から産まれ、生かされる。そして、平等に死ぬ。

 命は終わり、そしてどこかでまた、始まっていく。

 意志とは関係なく、無意識の意識で、選択し、産まれ出。

 そして、学んでいく。愛されていく。

 あなたは、愛されていたのね。

 そして、愛していたのね。

 アタシも愛してくれた。それは目に見えないけど確かに感じる。あなたの愛したみんなも、自分自身も、守り抜いてみせる。たとえ、結果がダメでも、課程が間違ってしまっても。愛を、命を食い物にするものと、戦う。それはあなたの意思でもあるし、アタシにも曲げられない意志だから!

「ベルさまの強さを見て育ったから。夫は強く優しくなれたのですわ。今、心からそう思いましたわ」

「・・・そうだったら、うれしいな。」

 教会の表のから祝福の鐘が鳴り響き、色とりどりの風船が、青空に広がった。

 個人の幸せも、悲しみもすべて抱いて、街は、世界は、周り続ける。そして日は沈み、また明日には日が昇るのだろう。

「さよなら・・・もう行きますね」

「ええ。わたくしはここで、ご多幸をお祈り申し上げておりますわ」

 彼女は心配そうに、でも優しくしっかりと伝えてくれた。


 さあ戻ろう。私の場所へ。

「どうか、強く猛る、揺るぎない炎の加護が授かります様に」

 あなたが最期まであなただったように

 私も最期まで私であり続けるわ。

 辛くても、悲しくても、

       日はまた昇るから



Day Break Bell end




「イーナさん」

 ティーラはイーナが広げてくれたお弁当箱から卵焼きをたべてから呟いた。

「なあに?」

「【けっこん】ってなに?イーナさんも白いドレスをきるの?」

 イーナは突拍子もないティーラの質問に少し目を丸くした。

「しやわせってなに?何がしやわせなの?」

「ん~そうね」

 イーナはフォークを置いてティーラの顔を優しく見た。

「大好きな人たちと、ニコニコ過ごせるのが幸せじゃないかしら?」

「にこにこ・・・?」

「その中からたった一人の男性を選んで、神さまに誓うの。私たち、ずっと一緒にいます、と」

 ティーラは「かみ、さま・・・?」と呟いた後、またイーナを困らせるような質問をした。

「【許される】の?」

「ゆる・・・う~ん。?」

 不思議な質問に、でもきちんと答えたくて優しくゆっくりティーラに説明する。

「自分の心の中に許してもらって誓うのではないかしら。自分の覚悟を自分で許す、のかしらね。だって、どちらかが死ぬまでずっと一緒に生活するって、結構大変よ?ケンカしたりしちゃうわ。」

「・・・・・」

 その答えがティーラの腑に落ちたかどうかはわからないが、イーナはもっと単純に問いかけてみた。

「ねえ、私とおべんと食べるの楽しくないかしら?」

「え?」

 ティーラは自分が問いかけられる心の準備がなかったようで目を丸くして、少し猫背になってうつむきながら言った。

「・・・楽しい、か、どうか、わからないけど、あたしの話、きいてくれて・・・あの・・・・。」

 照れているのだ。声は小さくなり続きは発せられることはなかった。

「ふふふ。それが、幸せの一部よ。きっと」

「いちぶ?」

「けっして楽しい事ばかりじゃないけれど、でも楽しいと嬉しいをいっぱい集めてくの。」

「ひと、りで?」

「いいえ。一人では無理よ。皆と一緒に居る中にあるものだから。」

「みんな・・・」

「でもその中でいつか、特別好きで、気持ちが同じ人がでで来るわ。」

「とく、べつ」

「そう。その人とずっと一緒に居ますって。結婚するの。」

 イーナはすべてを包み込むような満面のほほえみをティーラに向けた。

「それが、イーナさんは、ジェイさん?」

「もちろんよ!」

 その笑顔は大人っぽいお姉さんの笑みではなく、とろけんばかりの満たされた少女のような微笑みだった。

「幸せ。ちょっと、わかっ・・・た。」

 ティーラがこっくりうなずくのをみて、またイーナは女神のように笑った。

「おい・・しい・・・このたまごのやつ。」

「今度作ってみる?教えてあげるわ」

「・・・うん!」


「精神汚染される原因はさ、定かではないんだけどさ、」

と、歩きながら話すジェイとディートが、イーナがお弁当を広げたところに戻ってきた。

「なんと!出るらしい!!」

「で、出るって?」

 ジェイの大げさな身振りに、ディートは大きな魔物でもでるんじゃないかと身を強ばらせた。

「聞いて驚け!この辺の地場と共鳴して、超絶オカルトだが、この現代にッ!幽霊が出るんだって!!」

「ゆ・・・ゆうれい。なーんだ」

「驚けよっ!」

「いやぁ・・・」

 ディートは頭をポリポリかいた。実は少し幽霊的なものを感じれる体質で、ベルも居ることだしあまりこの手のネタは驚かない。

「わー。なえたわオレ。まさかディー君が幽霊に強いとわ。」

「ふふふふ!じゃあ幽霊が出たらディー君にまかせようかしら」

 イーナが笑う。

「怖くないだけで、どうにかは出来ない、とおもう」

「まあ、なんにせよ腹ごしらえしていこうぜ。日が陰るとなお怖いから。」

 意外とジェイがびびっているのがおもしろい。

「いや、本当に幽霊、がいるのか?もお壊しちゃえばよくない?」

「取り壊しと放置、どっちが金かからないと思う?一般人が入っても金目のモンはないし、精神汚染の可能性あるし。」

「デスターって金もってないの?」

「地方なんか金回ってこないよ。それに、一応傭兵や賞金稼ぎの団体ネットワークに回してるんだぁ~デスターの施設に手を出すなってね」

 ジェイはにっこり笑ってこう付け加えた。

「最近の冒険者たちはいいこばかりだよ。うん。」

 きっと、権力や暴力で黙らせていったんだろう。ベルが教えてくれたが、デスターが出てきたばかりの頃は、それはそれは冒険者ネットワークや昔からある冒険者管理団体、傭兵団体などがこぞって目の敵にしたという。デスターを潰すために賞金と兵を集めようとしていたほど燃え上がっていたらしい。それを黙らせた手段はおそらく、それ以上に乱暴な方法だろう。

 話ながら弁当をさらえた一行は、数歩歩いた先の施設へ足を運ぶ。

「ほら、重要な情報はちゃんと破棄してる。焼け焦げた痕があるだろ?」

 ジェイは、石壁の縁を指さした。崩れ損ねて残ってる壁には、黒く変色した後が風化せず残っている。

「なるほど。なんの価値もないかもな。」

「ま、地脈があれば問題ないけどね。中に入ってみるか」


 建物の門だったであろう塀の中へ入り、廃墟に入る。石壁が崩れかけているが、中は日も当たらなく湿っていて水たまりになっている。

「あ~あ。床上浸水してる。結局足は濡れちゃうな。イーナ。無理しないで待ってるか?」

「いいえ。手伝うわ。」

 広間は足首まで水がたまっていて、木材や石材が落ちて足場が悪い。

「ん?なんか青白い光が・・・」

 ディートが思ったままつぶやくと

「きゃ!!やだ!」

 イーナがとっさにディートの腕を持った。怖がらせてしまったようだ。

「エールって青く見えるのかな?」

「いいや。色のスペクトルはワルズの成分によって代わるよ」

ジェイが説明してくれる。

「イーナ。平気か?」

「ええ。ディー君にくっついてると、なんだかあったかいの。落ち着くわ」

 スルリとイーナがディートの腕を組む

「あっ浮気じゃんソレ!泣くよオレっ」

と言いながらジェイもディートの腕に絡みつく。

「俺にひっついて喧嘩すな!」

「だって、離れると寒いんだもん~」

「寒い?」

「感知能力がない人は、『寒く』感じるのに似てるらしいよ。」

「イーナさん魔法ダメなんだ?」

「ええ。私はまったく使えないわ」

「そのイーナが『寒い』って言ってるんだ。けっこうエールで溢れてるって事になるな。」

 三人が気を紛らせるようにしゃべりながら奥へ進んでいく。

ティーラは三人に黙ってついて行く。変な、感じがする。

 朽ちたドアを抜け、広間と廊下の名残を抜けると、広間より頑丈な壁の残った大きな部屋に出た。

「部屋の真ん中に地脈ポイントか。地脈を使って研究かなんかしてたんだな。」

 壁は頑丈で焦げただけだが、木材や廃材はあまり残っていない。ここから火をつけたのかも知れないな、とかベルだったらわかるのかも知れないとディートは思った。

「よし。機械を下ろしてくれ」

「水に浸かっても良いのか?」

「ああ。このくらいなら許容範囲だ」

 ここは足の甲が隠れる位の水位だった。

 ディートは腰と肩のベルトを外し、ティーラくらいの重さの機械を下ろす。

「やべ・・・腰いたい。」

「それは大変だ~帰りもディー君に持ってもらおっと!」

「そりゃないってジェイ。帰りは交代だろ?」

「オレ新婚なんだよね~。イーナ満足させたいじゃん?意味わかる?」

「・・・。」

 ディートは押し黙った。

「報酬、そのぶん多いだろ?」

 確かに、出発の際に先にいただいた金額は、『手伝い』という名目にしては良いものだった。そりゃもうかなり。むしろありがだい。

「わかりました。」

「さてと・・・」

 ジェイはディートがタンクを置いた位置が気に入らないようで、動かし調整しながら、自分のリュックサックから小型の魔潤石を取り出し、タンクと取り付けてスイッチを押した。

「うん、この勢いなら30分くらい、かな?」

「あ、時間かかるんだ。」

「ああ、タンクを一杯にするには一時間過ぎたりするけど、この山できっと一番量が多いポイントだよここ。そりゃあ、研究所も作るわなー。」

 パシャン・・・・

 小さな水音を立てながらティーラが部屋を出て行く。

「あ、ティーラどこいくんだよ。」

 ティーラはここに入ってずっと気になる違和感が、鮮明になったような気がして、気になる方角に行ってみる。

「どこ、行くんだ?」

ディートが慌ててついてくる。

「わかんない、気になるの。」

「あっちに行くのか?意外とこの建物広いぞ?」

「気になるの。」

 他のことに目もくれないほどなにかに集中して一人で行こうと歩き出した。ディートが腕を掴んで引き止める。

「ジェイ、悪い。すぐ戻ってくる」

 ジェイはタンクの調整をしながら淡々と言う。

「・・・おすすめはしないし、オレは責任を取らないよ」

「ああ・・・ごめん。」

 ディートは、ジェイに迷惑を掛けてしまうが、ティーラを放っておけなくて謝る。

「まったく。ここでまってるからいっておいで。」

「ありがとうジェイ!ほら、ティーラも!」

「え?」

 やり取りが終わって許可があるなら、さっさと気になるところへ行けると思っていたティーラは、迷惑そうに眉をひそめる。それをディートが叱咤する。

「え?じゃないよ。勝手にここ調べてるってだけで危ないし、ジェイに迷惑かかるかもしれないんだぞ?許可してくれてありがとう、ってジェイにいいな?」

「は?」

 ディートは言わなきゃ行かせないとでも言うように、ティーラの腕を握るし、ジェイも、「そうそう」といって頷いて言うのを待ってる。イーナにいたってはまるで見守るように微笑んでいる。

「・・・ぇ・・・あ・・・・」

 なんか気恥ずかしい!なんなんだろう、このシチュエーションは。逃げ出したいけど、ディートの蒼い瞳は本気で少し怒っている様にも見える。

「あ、りがとう・・・だから、・・・もぅ・・・ゃ・・・・いかせ・・て・・・」

 言葉の後半はすごく小さな声になり、泣きそうなほど真っ赤になった。

 ジェイはウンザリした顔で茶化して言った。

「なんか、いじめてるみたいじゃん。オレがいじめられてるのになー。もういいよ可愛いからいっておいでって。ホント気をつけてよ?30分後にエントランスで待ち合わせしよーぜ」

「わかった、後で!」

 眉間にしわを寄せて、泣きそうなのか怒ってるのか判別が難しく、とても俯いているティーラを促し広間を出て行った。


「イーナーさぁ?昨日会ったときディート君って最初Mっぽいとおもわなかった?」

「そうね、ティーラちゃんのワガママ聞いてて、受け身かと思ったわ」

「何なのあの満足そうな笑み。ドSじゃね?」

「おもしろいわね、あの子達」

 イーナは笑った。


「はなしてっ!あたし、ゆわされるのキライ!すっごい!もうやだ!」

「なに怒ってんだよ。当然だろ?俺は『ありがとう』と『ごめん』が言えないヤツの方がキライだ。」

「!!!」

 ティーラはその言葉に苛ついて、走り去りたくなって腕を振り払うけど、強い力で離してはくれなかった。だから思いっきり身体を離し、顔を背けた。

 その拒絶っぷりに、ディートは自嘲した。冗談でキライって言っておきながら、嫌われるのが恐ろしい。ありがとうもごめんも、そんなこと知らなくったって、ティーラを手放したりしない。でも昨日思った。いや、ずっと感じていたし、ベルともそんな話を何度かした。彼女は何も知らなさすぎるし、社会に順応できてない。でも順応なんてしなくて良いし、そのままでいい。だがそういうわけにはいかなかった。

 害虫もわからない、手を繋ぐことも、結婚も、お金やお金の稼ぎ方もこの間まで知らなかった。それがどれほど危険なことに繋がるか、自分たちが教えていない所為でティーラが危ない目に遭うのなんて、どれほど馬鹿げたことだろうか。

 頭が悪いとは思わない。きっと想像できないほどにいろんな事を知っていて、とても聡明な彼女。でも、忘れさせられてるんだよな?こんな当たり前のことが解らなくなるくらい、非道い状態でいたんだろう。そんな想像はディートをとてつもなく黒い心にさせる。頭が煮えたぎり、呼吸できなくなるくらいに、苦しく。

 そんな過去、無かったことにさせたい。させなきゃ!あんな言葉言わせないように!記憶を塗り替えるほどに!

「ごめんな。強く言いすぎた。でもさ、ジェイは俺にとってお客さんなんだ。まだわからないけど、きっといい人で。イーナさんやパミラさんだっていい人だ。仲良くなりたいし、好かれたい。俺の大事なモノ好きになって欲しい。ティーラを悪く言われたくないんだ。」

 顔は背けたままだが、ティーラは腕を引っ張る力を緩める。

「だから、さ、・・・・ごめ」

「わかった。だから離して。痛い。」

 ディートはゆっくり腕を放した、白い肌に少し手形が残ってる。

「ごめん」

「いいの。あたし・・・・こそ。」

 ティーラはディートの方には向かなかった。泣いてるのかもしれないが、拳を握り、強く何かに耐えているように見えた。とても怒っているのだろうか?嫌われたのだろうか。

「・・・・しい。」

 ティーラがなにを言ったかは聞こえなかったが、聞ける雰囲気ではなかった。どうするべきか悩みながら沈黙していると、ティーラがディートの方へ顔を向けた。

「いっしょに、きて。どうしても気になるの。でも、少しこわい・・・から・・・」

 気怠そうな細い腕をディートの前に差し出す。

「握ってて。」

 嬉しいような、憎たらしいような。素直なのか、素直じゃないのか。

「わかった、何度でも『繋ぐ』よ」

 白い手を握り、奥へ進んでゆく。


 天井が所々落ちているため、日が照っている所は地面が乾いていた。ティーラが行こうとしているところは先ほどの建物から離れている別館らしい場所で、渡り廊下の名残を歩き、別館内に足を踏み入れる。火事の被害がこちらの方が大きく、鉄の支柱と壁が今にも崩れそうだ。

「なんの証拠を隠滅したんだろうな」

 廃墟を進みながらディートは呟く。

「でも、残ってるの。なにかが・・・」

 ティーラが意味深くつぶやき返す。彼女は何を感じ取っているのだろう?

 握ってる手を、ティーラは掴み返した。歩みが遅くなる。

「ティーラ?」

 微かに震えてる、頬に汗がつたった。

「ティーラ!?」

「だい、じょぶ・・・」

「怖いんだったらもう戻ろう」

「だめ!だめなの!無視できない!」

 きっと彼女も気づいたのだろう、この鉄骨の配置、ここはきっと、牢獄だ。

 研究室、機械や備品の後、何に使うか解らない大型の機械の名残、牢に似た個室、いったいここで何が行われてたんだ?

 焼かれているがしっかりとある鉄の鎖の焦げ後。ティーラは目をそらした。

「・・・伝えたがってるの。」

 ジェイは精神汚染されるって言っていた。危ないんじゃないのか?これ以上は。

「ここ!!」

 焼け焦げてない扉がった。その先の部屋もきっと焼かれていないだろう。だが閉じられた扉には禍々しい文字のかかれた縄のような帯が張り付いていた。

「いかにも、封印ってことか?」

「この中にいるの」

「いる!?誰が?」

「呼んでる人達」

「マジかよ・・・・」

「あく、かな・・・?キャ!!」

 ティーラがそっと、文字の一説に触れた。火花を散らすように封印は破られ、扉はがらくたのように崩れ去った。

「危ない!!」

 瓦礫の破片と土煙からティーラを庇うと、ゾクっと背筋が凍るような冷ややかさを感じた。微かに部屋の中を確認すると、

「!!」

 中は薄暗いが、蒼白く光る何かがはっきりと見えた。

 キィィイインッ

 強い耳鳴りが襲った。

 そして光がまっすぐ近づいてくる

「いやぁあ!!」

 ティーラがいち早く悲鳴を上げた。物理的な攻撃はなかったが、ティーラは薄いもやのような光に包まれた。

「なん、だこれ?」

「お願い!まって!ちゃんと聞くから!おねがいっ!」

 光がティーラを、まるで攻撃したいようにとがったり形を変えたりして騒いでいる。

「ッ・・・・おなか、いたいっ!」

 ティーラが腹部を抱えてうずくまる。

「ティーラ!」

 ディートがすぐに駆け寄り様子をうかがう。

「優シイノネ」

「ティーラ?」

 ティーラは青い瞳をいっそう見開いて、白い顔で別人のように囁いた。

「聞いて?私の、私達ノ過去ヲ」


「ずっと繋がれてたの・・・此ノ牢屋ニ・・・あの人、に・・・」


「だから繋ぐのは、まだ・・・・勇気、が・・・ッ!!」


「私達ハ彼女ニ成レナカッタ。彼女ニ近ズク為ニ、連レテコラレ・・・」


「ウマサレ・・・育テラレ、何度もあたし・・・犯さレテ、不完全ナラスリ潰サレテ」


「血ノ一滴サエモ逃ゲラレズ、自由ハ無ク・・・液体ニ成ッテ、別ノ彼女ノ成レノ果テノ中デ生キテ、魂ヲ濃縮サセテ・・・・」


「ティーラ・・・じゃない・・・よな?」

 声色が変わる、青い瞳が怪しく明滅する。

「思い出したく・・・ないよぉ・・・」

「でも、私達ハ、彼女ニ此ノ記憶ヲ刻ミ込ム!」


 過去・・・俺と出会う前の話なんか・・・聞きたくない!

「ティーラっ!」

 抱きしめる。

「お願い!!いやなの!!忘れさせて!・・・お願い・・・・。あたしっ・・・今、・・・ディートぉ・・・」

 もっとぎゅっと強く抱きしめる。身体の形に沿って出来る隙間を埋めたくて、痛いほどに強く抱く。

「こんなんじゃ、あたしっ・・・」

 ディートの背中にしがみついて、爪を立てて肩越しに嗚咽している。呼吸が不安定で、身体で息をしている。

「おち、つくんだ。な?」

「あたし!あたし!!『繋いで』なんていえないっ!」

 だって・・・彼・・・が・・・っ

「ティーラ!言うな!言わないでくれ!」

「塗り替えて・・・記憶・・・繋がり・・・。痛い思い出も・・・消して、消シテ、跡形モナク・・・私達ヲ・・・・。お願い、ディートッ!」

「わかった。ティーラ。泣くな!思い出さなくていい!俺が楽しい思い出つくるから!」

「んっ・・・ディートぉ・・・・」

 少し落ち着いたのか、ディートの訴えが響いたのか、力を緩めてた。

「だいじょうぶ、か?ゆっくり息を・・・」

 すがりつく

「欲シイ、よ。」

 また瞳があやしく明滅している。

 やっぱりティーラじゃない。

「此ノ身体、私達ガ欲シカッタ。此れサエアレバ!」

 そう言って、伸びた細い爪を手首の静脈に当てて差し込む。

「やめろっ!!」

 紅い血か線を書いた。ディートが腕を止める。

「これ以上コイツを傷つけないでくれ!!」

「ダッタラ!あたしの変わりに!貴方ガ傷ツケバイイ!!」

 彼女は、押さえつけられたままだがその身体の力を攻撃的に解放した。

「いや!だめッ!!」

「うわッ!!」

「????」

 何か、力の塊が通った気はしたが、痛くはない。彼女は驚き、力を失ってしまった。

「ソウ・・・アナタ、ハ・・・・。」

「もうやめてくれよ。ティーラに身体を返してくれ!」

 ディートはティーラの周りに取り憑いたもやに懇願した。

「ジャア約束シテ。私タチノ痕跡ヲ見ツケタラ、全テ消シテクレル?アナタノ手デ」

「消す・・って・・・」

「辛いコトジャナイ。必要ナコト。世界ニチャント巡リタイノ。オネガイ・・・。」

「わ、かった。じゃあ。えっと、どうすれば」

「アナタノ【力】デ、斬ッテ。美シク神聖ナ剣デ。安ラカナ眠リヲ。祈ッテ。」

「あ、ああ。」

 小手の中のガーネットを媒介にして姿を現すパーソビュリティ。次元の狭間から出てくるクリスタルの刀剣は、まばゆい真白な輝きを放つ。

 攻撃のために剣先をなぎ下ろすわけじゃない。まるで舞のように。ディートはティーラの目の前の空を斬るふりをした。

「ソウ。上手ネ。」

 優しい声で彼女達は言った。

もやが二つに分かれ、切り口から柔らかい黄金色の光が、青灰色のもやを溶かした。

「アリガトウ・・・・」

 そう言ってティーラは目を閉じた。

「・・・・」

 ディートは何も言えなくて。パーソビュリティをしまってから、ティーラの肩を支えた。

 顔色がだんだん戻って、頬に赤みが戻ってきたような気がしてほっとした。

 ティーラの身体に力がなくなり倒れかけてきた。小さな頭が自分の胸に重みを預けてくる。


「ねえ。そして、最後には、あたしもちゃんと消してね?ディート」


 凍ったような音のような声が聞こえた。

「!!」

 ディートはティーラの顔を自分の方へ向けさせる。

「おい!!」

「ん・・・・ディート・・・あたし・・・今・・・。」

 寝起きのようないつもの声で、ゆっくり目を開けるティーラ。今のは?なんだった?まるで白昼夢のように、現実が夢かわからない一瞬だった。

「・・・いや、大丈夫か?なんか、取り憑かれてた?感じだった」

「うん・・・・頭が、ぐるぐる、してた・・・。」

「い、今言ったこと・・・おぼえてるか?」

 ディートはティーラの肩を持ち、正面から問いかけた。

「な、なに?痛いよディート・・・。えっと、頭がくるぐるしてた。って言った?」

「いや、そうじゃなくて、そのぐるぐるの時の事、覚えてる?」

「えっと・・・。」

 ティーラはさっきまでの感覚を思い出すように堅く目を閉じた。

「こわい・・・。や・・・やだ・・・」

「ごめん!もう良い!思い出さなくて!」

 ディートが強い声を上げたので、ティーラはびっくりする。

「!!」

「いや・・・。ごめん。」

 ディートは深く息を吐いて、自分を落ち着かせた。

「ディート・・・何かしてくれたの?あたしを呼ぶ声が、消えてるの。痛いとか、つらいとか・・・頭痛かったのが消えてる。」

「ああ、そっか。ならいいんだ。他は?身体は?痛いとこないか?」

「うん。大丈夫」

 ディートはとりあえずほっとした。

「じゃ、いこうか。」

「あ、待って。」

 ティーラは急に、すぐ真下の土を掘り、小さな石のかけらのようなものを取り出した

「これ、これを壊して欲しいの。バラバラにして?」

「なんだこれ?石?かな」

「ううん」

 ティーラが横の首を振る。石かと思ったその小さな塊は、土を払うと、鋼の板のようで、黒い煤の所々が青色をしていた。機械の中に入っている璃基板のようにも見えた。

「わかった。ベルに頼もうか」

「うん。これに強い念が集まって、このあたりのエールと反応してたみたい。」

「わかるのか?」

「なんとなく。」

 いろいろ知って欲しい反面、気付いて欲しくないコトもたくさんある。

 彼女の曖昧な知識や記憶がどんどん鮮明になれば、彼女は俺の側にいてくれるだろうか。さっきの言葉達は、本当に念の、もの?いや、今は考えられない。

「いこう。ジェイが待ってる」

「うん。」



「あら?ディートたち何してるのかしら。ラファールのお坊っちゃんわ、と」

 用事が終わったベルは、ラファールの痕跡をたどって診療所の前に来た。

「何で病院?ごめんくださいな~」

 と待合室に入ると、奥からはぁい~という声がした。

中から現れたのは、ティーラと同じような背格好をした蜂蜜色の髪と青い瞳の少女だった。

「どうしましたか~?」

 どうしましたか、と言われても、彼女の姿を見て驚かないわけはない。少ししかオーラを読めないベルにだって、これは一目瞭然だ。

「え・・・と・・・。なんか、白髪で不遜な変な格好の男はいない?私のツレなのよ。もしかして病気でもしてるのかしら?」

「あ、ラファールくんですね。病気はしてませんよ。お庭に落ちてたの。」

 楽しそうに、小さな声を上げて笑う少女に、そういえばティーラはこんな表情しないわ、と思った。

「エリス。患者か?午後は休診・・・」

 診察室から出てきた背の高い白衣の男が、ベルを見ると嫌そうな沈黙をした。

「な、なによ・・あなた。というか、ラフ!居るんでしょ!どういうことよ!」

「げ、お前まで来たのか!」

 ラフは、人様の家で完全にくつろいでいる。居間で紅茶を飲みながら本を広げていて、エリスと呼ばれた少女はのほほんと上機嫌。そして医師はこの上ない不機嫌。

「私、訳がわからないのだけど。説明して」

「めんどくせーな」

 悪態をつくラファールに、もうどうにでもしろ、とでも言うように居間から去る医師。そして

「わぁ~!またお友達がふえたわ!わたしエリス!紅茶の種類はなにがいいです?」

「あ~。じゃあ。冷静に物事を分析したいから。ラベンダーで・・・」

 と無邪気に自己紹介する彼女に、ベルはそれ以上何も言えなかった。




 エントランスに戻ると、ジェイとイーナが待ってくれていた。

「どした?やっぱ奥になんかあった?」

「えっと、幽霊が、いた」

「まじかよ!!」

「きゃー!!ほんとに!?」

 ジェイとイーナがそれぞれ驚く。

「で?で?どうしたんだ!?」

「じょ、じょれい、した(とおもう)」

「あっはっは!!!ディー君すげぇ!じょれいだって!超ファンタジーだね!幽霊だってサ!!ばくわらー!」

 笑われたら自分でも滑稽に思えてきた。でもあれを幽霊といわずなんと形容しよう。

「幽霊的なもの・・・。だよな。」

「う、ん」

 ティーラは多分といいたそうに曖昧に返事した。

「まあ、いいや。チャージ終わったし帰ろう!オレたちの家で食事するかい?」

「いいわね。ごはんつくるわ。ティーラちゃんにも教えてあげる」

「つくってみたい!」

「くだろうぜ」


 敷地を出ようとディートがまた背中にタンクを背負おうと思ったが、ジェイが背負ってくれていた。下りの坂道はまた負けるコインゲームをする羽目になるだろう。たぶんイカサマだろうが。

「ティーラ脚だいじょうぶか?」

「膝の上までのブーツだだから大丈夫。」

「そか、俺びしょびしょだよ・・・まあ、ぬれないようきをつけてな。深いトコもあるかもしれないから。」

「うん。」

 と注意喚起をした矢先に、

「きゃぁ!」

小さな悲鳴を上げてティーラが尻餅をついてしまう。

「す、すべっちゃった・・・。」

「言ったそばから。」

「やぁ・・・きもちわるい・・・」

 腰までぬれてしまった

「ほら!たてれるか?」

「あ、ダメ。ブーツの中に水が入って脚が上がらないよぉ・・・」

 涙目でどうしたらいいのかわからずアタフタしているティーラに、イーナが水の中に手をつっこんで靴を脱がせてくれた。

「外出るまで裸足で歩くしかないわねぇ。わたしがブーツもってあげる。」

「ありがとう・・・」

 自然に感謝の言葉が出たから、言った後に照れてしまった。

「うふふ。どういたしまして」

 イーナもにっこり微笑む。

「足のウラ切らないようにな。」

「はぁい。」

 よかった。朗らかで、元気で。安心する。さっきのような激情は、気が気でない。

「はああん!」

 そうそう。たまに出る悩ましい声も、気が気でない。って

「どした!?」

「土がぐにゅっとしてるぅっ。足がくすぐったぁい。はわわ」

「うふふ。かわいい。」

「世話の焼ける彼女だねぇ~。ディー君。こりゃ大変だ。」

「あああ。もー!」

 一歩進むとくすぐったそうに顔をしかめるので、ディートは、

「もう、抱えていこうか。」

「ダメだよ。ディートの服もぬれちゃうよ。ほら、もうちょっとだから、歩く・・・」

 ティーラが陽気に話していたのに、いきなり後ろを向く。

「・・・・!キャァアア!!」

 ティーラには珍しく甲高い金切り声の悲鳴を上げる。今度は何だ!!

「・・・やっ!ヤダ!蛇よ!!」

 イーナもつられて悲鳴を上げる。

 水面を縫うように蛇行しながら蛇が真っ直ぐティーラにむかって。

「いやぁああ!!」

 まとわりつく、それも一匹じゃない!何十匹も!

「くっそ!なんで蛇!?」

 ディートは剣を抜き蛇を斬り落とす。

「イーナ!沼から出ろ!!」

 ジェイが沼から出ようと水をかき分けて走る。

「いってー!かみつきやがった!!」

ジェイが悪態をつきながら払いのける。タンクを落とさないよう気をつけてのろのろと沼を脱出する。

「な、んでティーラばっかりっ!!」

 ディートは動けていないティーラに寄る。結構な量の蛇が身体にたかっている。「キリがねえ!【炎よ踊れっ!】」

 水中には火は起こせないが、水面ぎりぎりを炎が走るように魔法を使った。

 その隙にティーラを水の中から引き上げて抱えて走る。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 研究施設敷地から何とか脱出し、ティーラの服をめくると、まだまとわりつく蛇が入っていたので切り捨てた。

「毒蛇かもしれない。早く医者へ!」

「ジェイもかまれてるだろう?」

「オレは自分で血抜きしたし、縛った。足首と腿の二カ所だから。でもティーラちゃんは」

 ティーラの背中の服をちょっとめくると、無数の噛み跡が付いていた、血も出ている。

「えっと、背中が四・・・五カ所・・・はっ!」

 ディートが数えているうちに、血液がまるで気化するように薄く溶けていく。これをジェイに見られても良いものか!?

「先に山おりな!下りだから走れば半刻!!馬車に乗ってる間に出来るだけ傷口を吸うんだ!」

 ジェイが叫ぶ。

「街の診療所にいくんだ。着いたら馬車を山の麓までまた寄越してくれればいいから!後から行く!そんなに噛まれて命に関わるといけない!!」

「あ、ああ!!」

 真剣に対応してくれているジェイの通りにこの場は早急に山を下りよう!

「すまない!!」

「後からオレも診療所行くから!俺の名前言うんだ!!」

「わかった!!」

「・・・こ、わい・・・・」

 しがみついて震えたまま離れないティーラを、悪いけど荷物のように抱えて山を滑り降りた。山の麓にはちゃんと馬車が待機していて、ジェイとイーナがいない理由を説明して街の診療所に急いで連れて行ってくれた。



「ベルさんもラファール君も、ティーラちゃんの友達なんでしょう!嬉しいな!またティーラちゃんと会いたいと思っていたの!」

 エリスがお茶を飲み忘れるほど楽しくベルに話す。

「へぇ~。友人の結婚式でティーラに会ったのね。」

「そう!お世話になってるおねえさまの結婚式だったのだけど、そうそう、みんながわたしにブーケを取らせてくれてね」

「ふんふん」

「とっても嬉しかったの!だからブーケ、ティーラちゃんにあげちゃったの。」

「ティーラ喜んでた?」

「う~ん。どうだろう・・・。でも、きっと喜んでくれていると思うわ!」

 ベルから見るととてもティーラに似ている女の子は、ティーラがおかしくなっちゃったんじゃないかと思うほどニコニコ笑っていて、きちんと会話が成り立つ。だからこそいつも腫れ物を触るように会話している自分が居ることががわかった。

「なんであんなにネガティブなのかしら。」

 つい呟いてしまった。こんな日が来るのだろうか。あの子と気兼ねなく話せる日が。

「ティーラちゃんはあの暗さがいいんじゃないかしら?」

 ベルはちょっと笑ってしまった。

「つまり、根暗のひきこもりってことね。」

 ベルがエリスと談笑していると、外で馬車がせわしなく止まった。

「すいません!!蛇に噛まれたんだ!看てください!」

「ディートの声?」

 診療所に慌ただしくディートが入ってきた。

「ベル?なんで此処に・・・」

「ディート?どうしたのよティーラ!?」

 ベルはすぐさまぐったりしているティーラに近寄る。

「汚れてるし、濡れてる。なにがあったの?」

「沼で転んで、蛇に襲われたんだ」

「とりあえず綺麗にするわね!」

 ベルが魔法を唱えると、汚れた水分があっという間に乾いた。

「シンセンセ!見てくれる?」

 ベルが医者の名前を呼ぶ時には奥から背の高い男がすでに出てきていた。

「すぐ見よう」

 掛けてあった白衣をバサリと羽織り、診察台へ促す。

「てめー余計なことすんじゃねぇぞ!」

 ラフが医者に向かって睨む。

「ベル?どうゆうことだ?」

「ラファールが勝手に敵対視してるだけのようよ。」

 ティーラは小刻みに震えたままディートの腕にしがみついている。

「寝かせられるか?」

「ティーラ?」

 身体をはがそうとすると、

「いや!いや!!」

 堅くディートにしがみついているので、ディートも診察台に座る。

「意識はあるな」

 医師は淡々と言いながら脈をはかろうと、ティーラの細い腕に触れる。

「やだぁ!」

 その手を振り払い、怯えで必死にディートに絡みつく。

「いやぁ!刺さ、ないで・・・れ、ないで・・・おねがいっ!」

「ティーラ。大丈夫。病院のセンセイだから・・・。カラダを看てくれる人だよ」

 優しいディートの言葉に大きく首を振り見向きもしない。むしろ更に怯えている?

 医師はため息をつきながら立ち上がり、白衣をおもむろに脱いだ。灰色のシャツ姿になった医者は、またティーラに近づき、頭を撫でた。

 最初はいきなりさわられてビクついたが、大人が子供にするように頭を撫でる。しばらく頭を撫でた後、首筋に手を当てじっと瞳を閉じながら、低く静かな声で医師は言った。

「熱がまだ上がってるな、なんでこうなった?」

「何カ所か、蛇にかまれたんです。」

「蛇・・・・・・・」

 医者は彼女の身体を見て深く考え込んでいる。

「あ!いや、蛇、えー。蛇を見て、体調が悪くなって」

 怪我など外傷がすぐに治るティーラの体質を失念していた!

「あ、あの、この通り、体調が!」

「この様子では患部を見るのは不可能そうだな。」

 追求されなくてディートはほっとした。医師は無理矢理なにかをするわけでもなく、首に添えた掌はそのままに、ディートにくっついている頬にも、片手を滑りこませて頬を包んだ。

「い・・・や・・・」

と、言ったその唇の小さな隙間に、滑り込ませるように、親指を口内に潜らせる。

「ぁ・・・っ」

 下唇と舌の上に親指を這わせていく。ティーラの身体がビクリと震えた。ディートは何をするのかとハラハラしながら彼の行動を眺める。

「蛇、か・・・」

「・・・っは・・・」

 ティーラが小さく吐息を漏らす。

「な、なにを!?」

「口内は、体内の気の在り方がよくわかる器官の一つだ。」

 ディートの抗議の声を静かに遮る。

「っ・・・ん、やぁ!」

「暴れないよう、押さえておいてくれ・・・ああそう、手首は持つな。後ろから抱いていてやれ。」

 静かにディートに指示し、また目を閉じる医師。少しティーラの扱いが解っているように感じる。初対面なのに。いや、この男。

「・・・・・・・。」

 ディートは言われたままに、後ろからぎゅっとティーラを抱く。彼女の体温が熱くて、自分にも伝わってくる。吐息が聞こえるたびに気恥ずかしい気持ちになる。腕に爪を立てられた痛みが、むず痒い。

「・・・・・・・。」

 ティーラの呼吸音だけが聞こえる長い沈黙。ディートは早く終わらせたくって、医師の顔をチラリとみた。今になって思い出した。最初にデスターに行ったとき、すれ違いざまティーラを凝視していた男だ。心配はないのか?ベルがいたから大丈夫、か?

 ティーラの身体を抱いた後ろから横顔をも覗く。

 嫌がるように堅く閉じられたティーラの両の瞳が、静かに開かれた。

『××××××××』

 医師が驚いたように手をバッと離す。

「?」

 短い耳鳴りがしたように気がした。

 ディートの体勢からは、ティーラの表情まではのぞき見られなかったが、まるで睨み合ってるかのような形相で見つめ合っている。ディートは不安になって、ティーラをこっちに向けさせる。

「ティーラっ?」

「んんっ!」

 目を閉じて、ぐずりながらディートにしがみついてきた。苦しそうにイヤイヤと頭を振り、ディートの胸に顔を埋めた。

「な・・・なおるんですか?どうなんです?」

「すまないな。この様子だと、まだ熱は上がる。今夜は安静にしておけ。」

 静かにそう言い、立ち上がって白衣を羽織る。

「でも、なんか、熱を取る薬とかないんですか?すごく苦しそうで・・・」

「ここに薬はない。その娘の診察は終わりだ」

 素っ気なく言い放つ医師に、ディートがムッとして睨む。

「そんな言い方!」

「薬は、逆効果だ。彼女の薬がなんなのか、お前にしか解らないのではないか?」

「え・・・?」

「食べ物にも気を遣ってやれ。強い香辛料は控えさせろ。アルコールはもってのほかだ。作用が強く出る。香りにも気を遣わないと、特定の薬草などの匂いの作用に強く反応する場合もある」

「わ、わかりました。」

 言われたことは的確すぎて、それ以上何も言えなかった。


 診察室を出ると、ラファールがティーラをのぞき込む。

「ティア・・・大丈夫か?」

「・・・ん」

 自分で歩くようにはなったので、ディートは手を離す。

「おい。」

 ぶっきらぼうな医師の声がディートを呼んだ。ディートは素っ気なく名乗った。

「ディート、といいます。」

「そうか。私はシンだ。」

 医者は何も気にした様子がなく眈々とこう言った。

「まだ話がある。」

 ディートは何故?と思いながら促されるまままた診察室に入った。ベルも、ラフにティーラを見させておき、診察室に入る。

「なんですか?」

「ついでに見よう。気になるのでな。上着を脱げ。」

「え!」

 素っ気ない物言いにイラッとするより早く、ベルが浮かれた声を出した。

「すっご~い、わかるのね!」

「な、なんだよ・・・どうゆうことだよ」

「あんたの話よ!さっさと上具脱ぎなさい!」

 ベルお姉様にシャツをむしり取られ上半身をあらわにさせられた。

「は、はずかしい。病院って、俺初めて・・・。お金あんまもってない・・・」

 人にカラダをさらすのがこんなに気恥ずかしいとは。

「あんた何ビビってんのよ。」

 ベルが狼狽えるディートをたしなめる。

「病院についてかなりの偏見を持っているようだな。」

「ああ、たしかにディートは病院かかったことないわね。」

「で、俺の身体が何だよ。」

「見てみろ。」

 身体をよく見ると、締め付けられたような痣や、斑点のような浅黒い痣がまばらにあった。

「ひょえー!!きもい!」

「なぜそんなものを取り憑かせている?どこに行っていた?」

 ディートには訳のわからない問いに、ベルがシンに感心しながら答えた。

「すごい、わね。」

「な、なにが?」

 ディートはベルに問う。

「アンタ、思念を取り憑かせているのよ。害はあまりないけれど、ほんとにどこ行ってたのよ?」

「えっと、仕事の守秘義務だから。」

「ジェイとデスターの山の上の廃墟に行ったな。あそこは危ないと言っておいたのに。」

「・・・・」

 シンは沈黙の後静かに手をディートの胸辺りに当てた。

「思念と、スペリング【呪文】がまとわりついている。すぐとれるだろう。」

「ちょっと、シンセンセ!その情報消さないでよ?」

「彼の気で殆ど昇華されている」

「もう!無駄に治りが早いんだから!アンタは。」

「な、なんのはなしだよ」

「なにがあったのよ!」

「えっと、」

「ジェイがどこまで話をしたのかはわからんが、ジェイと同じ組織、と言えばわかるか?」

 とてつもなく鋭い人だ。ジェイも此処の診療所に行けと言ったぐらいだし信用しているだろう。廃墟の侵入もばれているし仕方がない。

 ディートは、ためらいながらデスターの過去に放置された焼かれた廃墟に入り、思念にティーラが乗っ取られたときのことを大雑把に端折り、話した。

「そのときなんか、もやみたいなのが身体を通過しただけだけど・・・」

 念に取り憑いたティーラの言葉は言えなかった。

「何とも感じないのか?吐き気や頭痛、気持ち悪さはないのか?」

 シンが僅かに目を見開いて驚く。

「あ、ああ。なにも。何かが通ったとしか。」

「・・・。」

 医師はディートのカラダにまだ痛々しくある痣と、ディートの元気さにしっくりこないようで目を丸くした。

「それがディートの良いところよね☆」

 ベルが偉ぶる。

「何か、他に持っているな。」

 持ち物、といえば、ズボンのポケットに入れた、小石のような

「これかな?ティーラが見つけて、壊してって」

「ちょっと貸して!!」

 ベルが横から俊足で奪う。手が早すぎる。

「いい物見つけたわねアンタ!」

「なんだそれ?」

「璃基板よ!これを解読するとたくさんの情報が手に入るかも」

「へぇ」

 ディートには興味が無いので、もういいだろうと上着をきて診察室を出る。扉を出る前に、背中ごしに、

「お前が健康でしっかりしていないと、彼女がぶれるぞ。自分の身ほど、気をつけるんだな。」

 素っ気なくて、イラッとするけど不思議な医者だな。とディートは思った。

「なんなんだ、あの人・・・。」

「医者よ。」

「そりゃ、みりゃわかるよ。」

 その時再び馬車が止まる音がした。

「センセー?ディー君たち、きてるぅ?」

「ジェイ!大丈夫か!?」

 ディートが入ってきたジェイとイーナに駆け寄る。

「お前も噛まれたらしいな。すぐ検査しよう。」

 シン医師がジェイを促すが、ジェイは笑い飛ばした。

「うそうそ、冗談だって。オレは平気」

「ほんとうか?」

「この辺の水辺で死ぬほどの毒もった蛇なんかいねぇって。」

「もう!ホントに病院嫌いなんだから!少し見てもらいなさいよ!」

 さすがのイーナもジェイに叱った。

「いや、ホント大丈夫だって。消毒液つけたから。それより風呂はいりたい。寒いモン」

「清潔にするほうが先決だが。」

 シン医師とジェイは旧知の仲のようでジェイが診察しそうにないことをすでにわかっているようだ。

「患部が腫れるようだったら病院嫌いでも来てくれ。念のため消毒はもう一度しておいたほうがいい」

「了解~。ホントにやばかったらさすがに来るって。そんときはぼったくるなよ~。センセ。」

 元気そうにジェイが答える。イーナは仕方ないわね、とため息をつきながら言った。

「じゃあ帰りましょうか。お風呂入って、スープつくったげるわ」

「ティーラちゃんも、だいじょうぶかしら?」

「ああ・・・うん・・・。」

 気を遣ってくれたイーナに、ディートは曖昧に応える。

「約束したの。お料理を教えるって。元気になったら訪ねてって伝えて。」

「わかりました。」

 イーナはソファーでうずくまってるティーラを心配そうに見つめた。

「ディー君、じゃあまた店に顔出してくれ。今日は解散で。」

「ああ。ありがとう。」

 ジェイは笑って手を振り、イーナと腕を組んで帰って行く。

「では、安静にな」

 医師が馬車をそのまま使え、と送ってくれる。

「ベルは乗らないのか?」

「あのセンセと少し話してから、帰るわ。」

「わかった。」

 不機嫌なラファールとディート、そしてくたくたのティーラと3人で乗った馬車は、かなり空気が重い。

「ったく、なんでてめーが一緒にいてこんなんなってんだよ!」

 狭い馬車の中、真っ向から耳の痛い言葉をどんどん吐かれる。

「毒に弱いんだぞ!発散のさせようもねぇし!気が入り乱れて苦しいんだぞ!!」

「・・・悪ぃ。」

「ラフ・・・・」

 そんな悪態を、か細いティーラの声が遮った。

「ラフ・・・・。いいの・・・・。ディートには」

 ティーラは、熱に浮かされた吐息の混じった声で、いつもより更に白い手でラフにしがみついた。だけど確かにその一瞬、鋭い視線をディートに向けた

「ディートにあたしは守れないから」

 とても小さな声で少しだけ動いた唇。だがはっきりとディートには届いた。冷たい声色が。

「ティっ・・・・」

「ティア?ま、まあイライラすることもあるわな。」

「うん・・・・イライラするの・・・・。」

「・・・」

 ディートは重い息を吐くしか、どうしたら良いかわからなかった。

 とりあえず出来ることはティーラを安静にしなければならない。昨日と同じ宿の部屋に

戻ってきた。

「ティーラ、横になれるか?」

 ディートが聞いてもうつむいたままだ。

「ティア?」

「・・・・ラフ、おねがい・・・。気持ち悪いの・・・。お風呂入りたい」

 ティーラはシャワー室の前で座り込んでしまったので、ラフがシャワーの温度を確認する。

 あんなよくわからない精神状態で、お風呂場でひっくり返らないか心配が心をよぎるが、ラファールがお湯を出している間にティーラがお風呂場に入っていってしまった。

「ちょ!」

 ディートはびっくりしたが、それよりももう

「なんだよ・・・。」

 悪態をつくほどモヤモヤしてもうラファールに任せることにした。

「意味わかんねー。」

 ベットに突っ伏す。水の流れる音と、ラファールの献身的な声のトーンだけ、内容はわからないがしゃべる声がきこえる。

 いろいろあってさすがに疲れた。山をのぼり、ティーラの意識は乗っ取られ、蛇に襲われて。診療所に行って・・・。

 可愛かった。イーナと話しているティーラは、普通の女の子のようで、時々つられて微笑んでいるような顔もしていた。

 そんな顔を見せたかと思うと、意固地なほど素直じゃなくて、俺に刃向かってくる。

なのに、求めてくるような仕草さえしながら、すがりついて来て。でも正気じゃなくて。いつも苦しい時だけ。

 あどけなくて、あざとくて。俺を否定さえする。

 でも扇状的で・・・。

 嫌でも感じてしまう。何度も身体をくっつけている異常な関係。あの体温と柔らかさ。もう憶えてしまった細さと感触。首筋の香り、吐息の音。自分だけが知ってる。

自分ダケデハ、キットナイ

「なんなんだよ、もうッ」

 シーツに顔を埋める。瞼を堅く閉じているのに、浮かぶのは青い色ばかり。

 きょとんとして俺を見上げる普通の顔・・・

 凍ったように拒絶する冷たい瞳・・・

 眉根をよせて、耐えるように悔しがって怒った顔・・・

 情動を抑えたような、潤んだ瞳も・・・

全部、俺だけの物・・・なんかじゃない・・・よな。

あの、悩ましい、高く儚い、声・・・。言葉・・・。本音?なのか?


『こんなんじゃ、あたしっ!繋いでなんて、いえないっ!!』

 繋がることが、出来たなら・・・。この苦しみはなくなるのか?


 ラファールは少し照れながら、ティーラを腰掛けさせて、とりあえず足だけでも洗うとすっきりするだろう、とその素足にお湯をかける。

「ティア?ちょい嫌かもしんねーが、脚、洗うぞ?」

「・・・ん・・・」

 虚ろなままの返事。様子がおかしい。

「ティア?」

「・・・おねがい・・・×××××××××××××××××××××××?」



「ただいま~。あれ?生きてる??」

 ベルがディートの側にあらわれるが、ディートはベットにうつぶせたまま動かない。

「どしたの?ティーラは?寝させたんじゃないの?ラフは?」

「・・・ティーラの脚を洗ってる」

「は?なんでラフが・・・。いいの?二人っきりにして」

 ティーラがディートじゃなくラフに面倒見させてるのは珍しい。

「もうしらねーよ。わかんねえ。ティーラが・・・わからない・・・。」

「しっかりしなさいよ。ティーラも今は自分がわかんなくなってるんじゃないの?センセが言ってたじゃない。ピークは夜だから安静にしろって。」

「・・・・。」

「ちょっと見てくる・・・」

「××××××!!!」

「!?ラフ?」

 ラフの怒鳴り声が聞こえた。ベルはすぐにバスルームに行った



 コートの中からナイフを取り出し、真っ白な髪の裾を持って勢いよく刃を引いた。

「・・・・んでンだよ!」

 ピンクのリボンで束ねられた白髪が、シャワーの水に流されてゆく。

「オレじゃあ・・・だめなのかよ!!」

 熱く血走ったラフの瞳がとても傷ついている。

「オレいらないじゃないか!もう!!」

「ラフ!?何やってんのよ!」

「うるせェ!」

 ラフはベルの肩に強くぶつかりながら、風呂場を出て行く。

「いったーーーー。あのバカ!ってか、なんでこーなるのっ!」

 ベルは腹立ち頭をかきむしりながらも、まずシャワーを止めた。

「ティーラ?どうしたのよ。・・・なんでこんな・・・。髪!??」

 排水溝に詰まって水をせき止めているラファールのうねった白髪。憐れに濡れそぼったいつも付けているコーラルピンクのリボン。此れはティーラも持っていなかったっけ?

「ティーラ?」

 彼女の目が見えない。何を考えてるか読めない。震えてもない。恐がってもいない。あまりにも静かで

「・・・ばかなおんな・・・」

 ベルは眉をひそめた。それは誰のこと?ティーラ自身のこと?私のこと?

「ばかなおとこ」

 ティーラの細い腕が、なめらかな動作で手を伸ばし、ラフが落としたナイフを握る。

「どおして、あたしを・・・ぉしてくれないの?」

「!!」

 ベルは危険を感じ、ティーラの腕を、ガッっと掴む。

「どうする気よ!」

「・・・あたしを殺すの」

 ティーラの声は、背筋が凍るぐらい冷えていた。その声色を聞いてベルは心配も不安も捨てて冷静になり、強く言った。

「できないくせに。やめなさい。」

 強い言葉に、ティーラはやっとベルと目を合わせた。

 冷え切って光の差し込まない目線。迷いがないのは、意味すらもないから。

 感情の底の底の泥濘を見ているよう。

 そしてそれはそのまま言葉へと変わる。

「・・・あたしを殺せないなら、すべてを殺してしまおうか・・・ラフも、ディートも」「!!」

 ベルはティーラの手からナイフを奪い取り、ティーラの首にぴたりと留めた

「目を覚ましなさい」

「さめてる」

 低く冷たく言い放つティーラに、ベルこそ迷い無く言い返す。

「ディートを殺すなんて(そんなこと)言うなら、あたしは貴女を殺すわ!」

「どうぞ。・・・殺せるなら」

 とてつもなく苛立たせる囁き。

「貴女を殺したい時もあった。今は違う!アタシは、生かせたいのよ!」

「また恨めばいい」

 パチン

 と、ベルは、ティーラの抑揚のない声に対して鞭を打つように頬を叩いた。

「そんなこという貴女は嫌いよ!痛いでしょ!正気に戻りなさい!」

「こんなの。痛くない」

 馬鹿にしたような、深淵の狂気もの瞳でティーラが笑った。

「心の中で哀れんでるくせに。世話をして上位に立った気にならないで!」

 その表情に、言葉に、ベルは、頭が沸騰するぐらい苛立った。

 ガンッ!

 腕でティーラの頭を払った。狭いシャワールームの壁にティーラは頭を打ち付けて、

「   ぃ・・・っ   」

 人の痛いところを突いてきやがって。この根暗女!

「してあげるわよ世話くらい!何もできないお子ちゃまじゃないの!なんとでも好きに思えばいいわ!アタシだって好きに思う!何度でも叩くわよ!痛がりなさい!もっとちゃんとっ!正面から痛がりなさいよ!!狂った痛みばっか斜めからばっか受けるから、だからひねくれるのよっ!!」

「・・・・・」

 ラフに続き、ベルまでも声を荒げてしまい、シャワールームの扉の前で立ち往生していたディートは、とうとう深くため息をつきながらベルに近寄る。

「あー。ごめ。また、ティーラぶっちゃった。」

「なにやってんだよ・・・」

 手を上げるのは良いとは思えないが、ベルの制裁は意外と目が覚める場合もある。

「ベルが痛いんだぞ。」

「アタシだって。したくないけどっ・・・・。はぁ。」

 ベルは熱くなっている自分をため息でかき消した。そしてスタスタとシャワールームを出た。

 なんでこうなった?蛇のせい?

 しゃべってもしゃべってもわからなくなる。急な聡い知識。うって変わって稚拙な言葉と無知。子供の仕草。女の色香。

 なあ、

「ティーラ」

 ティーラの目に光が差し込む。痛いだろう。ベルの裏拳は。目が覚めるほどに。

 だから、いつもの甲高い声で、彼女はディートに向かって叫んだ。

「こないで!」

 嘘つき

 言葉は嘘ばっかりだ。

 ベルとの会話を少し聞いていたから思う。俺を殺す?殺したいのか?違うよな。

 ティーラの気持ち、ほんとはすごく解るときがあるよ。

 ホントは痛いくせに。

 心が痛がって、血が流れてるくせに

 血を流せないから、言葉をはき出してるんだろう?

 それを、出し切ってほしいくせに。わかるよ。俺も出したい気持ちがあるから。

 俺がいつも甘やかせるからな。甘えてるんだろう?でも毎回そうする訳じゃない。思い知ってほしい。

 思い知れよ

 俺を。俺がいることを。

 最低だけど、矛盾してるけど。俺がいなければ生きていけないようにさえ、したい。


 そんな、ほの暗い気持ちが度々自分を突き動かす。だれか、そんな俺を止めてくれ。


「ティーラ?どうしてほしい?俺はどうしたらいいんだ?」

 ディートはティーラの前に膝ついて、まだ、比較的優しく言った。

「どおしていなくなってくれないの!どうして!!あたし、どおしたらいいの!わからない!・・・もう、したがうから!」

 ティーラは頭を抱えて自分の髪をかきむしる。そんな両手を掴みやめさせる。それが気に入らなかったのか、身体をねじるように抵抗するが、かすかに震えた身体は全く力が入ってなかった。

「離してっ!触らないでぇ!!なんでこうなるのっ!なんであたし!こうなるの!いやあぁ!消えて!!」

 だけど言葉だけは酷いくらい暴力的。唇は語るが瞳は語らない。断固としてなにも見ないように固く閉ざされたままだ。

「苦しいの。貴方が居るからよ!消えて。もう消えて!じゃなきゃあたしを消してっ!」「黙れ」

 ディートは苛立ったままの声で言った。いつもの優しい声色なんて使えるわけないだろう。

「ティーラしつこいよ。それ以外ならしてやる。」

 どうされたい?どうしたら収まるわけ?もういい加減にして欲しい。求めていることをちゃんと口に出して行って欲しい。言わなくても解るなんて思わないで欲しいし、言わなくてもしてくれるだろうなんて、甘く見ないで欲しい。いつまでも甘いお菓子を待ってる子供みたいに言うな。

「求めてる事。ちゃんと言って?」

 いつでも優しくされるだなんて思わないでほしい。

 なぜなら、俺は優しい男じゃない。

 ほんとは、心の中では・・・・・

「俺にどうしてほしい?」

 ・・・非道いこと、考えてるから

「あたしにどうしてほしい、の?」

「俺じゃない。ティーラがしたいこと、だろ?」

「あたし、どう、したい、の・・・?」

 狭い空間の空気が薄いみたいで、息苦しい。

 二人の吐息が混ざるくらい近い距離。体温が熱くて鬱陶しいのに、こんなに近くにいる。

焦らし、焦らされる。早く言って?もっと触れ合う前に。

「言って。従うん、だろ?」

「・・・・・」

 でないと、俺・・・

「ほら」

 心よりも、指先から、優しくない男に変わっていく

「・・・・・」

 ピンクの唇を眺める。ディートの指先がなぞる。少し食いしばった白い歯や、覗く舌先。そこから漏れるためらいの吐息。

 いつまで俺を焦らす?俺をおかしくさせる?他の人に触られているところなんて見たくない。

「ティーラっ!」

 手が、指が、まだ頬を撫でているうちに、早く!

「・・ん・・・」

 親指の下に唇がある。とんがった上唇に、すこし膨らんだ下唇の間をなぞると、

「ぁ・・・・っ」

 吐息と一緒に唇が開いた。

 固く閉じた瞳を鼻先で見ながら、その言葉はか細く、確かに、でもはっきりとこう言った。

「『 繋 い で … 』」

 ちゃんと言った。

「・・・わかった。」

 ディートはその唇を開けさせたまま・・・。

 彼女が求めるように、した。



 最初にそのぬくもりが入ってきたとき、全身のくすぐったい感覚は大きくなって、叫び出したいような声が出るのをいつも必死で押さえてしまう。だから身体が跳ねるの。

「・・・んっ・・・ッ・・・!」

 やっと吐息を付く暇を与えられたと思ったら、容赦なくまた塞がれて、ぬくもりを押しつけられる。其処から逃げ出したいような衝動に似てる。でも身体は反対に彼の身体のどこかを爪が食い込むほどに掴んでるの。

「・・・ぁ・・・っ!!」

 一番苦しいの。暴れたくなって身体が跳ねる。

 息が、ところどころでしかできなくて、苦しいのに、熱くて頭がかすみがかって。

 胸はドキドキしたままなのに、身体の力だけが抜けて、目が見えなくなっていく。

「・・・・・は・・ぁ・・・・」

 なぜかすごく落ち着いた気持ちになって、ぬくもりに包まれるの。そして視界に必ず・・・

 蒼い海が広がったまま、真っ暗になるの・・・。


 毒を・・・ぬいてほしかったの。


「アンタ・・・」

 冷静な声に、ディートの身体がビクリと強ばる。

 ベルがシャワールームの入り口から、穴が開くほどこちらを見ている。

「な・・・・なんだよ。」

 家族に恥ずかしい場面を見られたようで、いたたまれない気持ちになる。

「この間までおねしょしてたと思ったら、そんなえっろいキスができるようになってるなんてねぇ~まーはずかしーやらしー!」

「や、やらしーってなんだ、よ。」

「どんなふうにキスしたのよ」

「ソコ聞くか!フツウっ!!」

「いいから答えなさいよ!」

 ベルが目をつり上がらせて問うので、ふざけているわけではないようだ。言い逃れは出来そうもなく、不服さと恥ずかしさが合わさった舌打ちをしながら、ディートは答えた。

「ふ、普通のキ、キスしかしてねーよ。」

「・・・そ。」

「なんだよ・・・」

 ディートの呆れ声を無視しながら、ベルは側まで来てティーラの様子をうかがう。

「眠ってるのね。」

 ベルは小さく呪文を唱えて、バスルームすべてを乾かした。そっと、ティーラをベットに運び、キルトシーツを掛けてやる。安らかな寝顔でディートはほっとした。

でも、

「なんで・・・・キ・・・ス・・・したら寝るんだ?ティーラって」

 こんな事、ベルに聞くのも言うのも恥ずかしいが、咳払いをしながらそれとなく聞いてみる。

「気持ちイイんじゃない?」

「きもち・・・いい・・・」

 顔が真っ赤になって、乙女のように両手で隠してしまう。

「はーい、少年。いちいち赤面しない。初心者じゃあるまいし。」

 ベルは茶化してたけど、フッとまじめな顔になる。いや、さっきから真剣な雰囲気を出している。

「アンタが、『気』を送るからよ。」

「は?そんなこと出来るんだ、俺・・・・」

「無意識だったのね」

 ディートはティーラの眠った顔を見つめる。気を送るとはどういう事だろう。何度かティーラにキスをしたことがあるが、そのどれもがまるで鎮静剤のようになっている。彼女に口づけをするとき、祈るような気持ちで、助けたくて、暖めたくて、意識にもそんなことを念じている。だがこの行為自体、許されるのかどうか解らない。ティーラは何も覚えてないように、目覚めた後は出来事に触れない。でも許されるのなら・・・・。

「なあ?」

 もしかしての仮説だが、キスで沈静させられるのであれば、あの発作を、止められる?

 でも、深く触れるのは拒絶される。おびえる。なのに、今日みたいに求めてくる。そして俺の身体は、ティーラに翻弄される。思考も・・・・

「キッ・・・キス・・・は、なんで、していいってゆったんだ?」

 ディートの疑問いに、ベルは・・・

「ダメよ。」

 その質問に含んでいる逆の問いに気づき、ベルはきっぱり言った。

「絶対。キス以上は。」

「なっ・・・なにいってんだよ。なんもしねーよ。」

 やっぱり、また真っ赤になってしまうディート。ベルは茹でタコみたいな慌てた顔に、いつものように不敵に笑った。

「ふぅん。アンタ、何年か前の私がいない間にずいぶん女をたらし込んでたらしいけど。そんな可愛いトコあんのね。」

「葬り去りたい過去をほじくり返すな。」

「どうしてティーラには、そのノリで丸め込めないのかしら?」

「斡旋してんのか、制止してんのかどっちだよ!」

「さあ、どっっちかしらね・・・・。」

 ベルの肩をすくめた仕草には、まったく意図が読めなかった。ディートは改めて弁解したくなったので言う。

「ホントに、ティーラにヘンなコトは望んでなくて。俺は、その、大事にしたい、から。それだけだからな!」

 しどろもどろになりつつも、語尾を強く押しつけると、ベルは肩眉を上げた訝しいという表情で睨んでいた。

「はいはい。わかってるわよ。じゃなきゃそうやって寝顔見ながら冷静でいられるわけないもんね。じゃああとよろしく。ちゃんと疲れとるのよ。」

「お、おお。おやすみ。」

「はいはい。」

 ベルは部屋を出て行った。いつものディートとベルの会話に似せていて、なにか重大な問題が含まれているように感じた。

 さきほどの激情からは考えられないほど安らかに、無防備に眠っている彼女。

 俺は、怖い。ティーラに触れるのも、話すのも。本当は。

 いつか、そんな気持ち無くなるのかな。それとも、恐怖に勝ちそうになるむさぼるような情動が、治まるのだろうか。

           いつか・・・彼女と・・・。




狂おしいほどに、

あなたと繋がりたい

何度繋がっていても、何度突いても、突き上げられても

満たされない。


もっと欲しくなる。

更に。ずっと。永久に。


これを愛というのなら、狂気と何が違うのだろう。


血が

その血に入っている、原罪が、

この身体を動かすのだ。目覚めるのだ。


この血が。神経が、反応が。この身体を目覚めさせる。


愛している

愛しているよ。


だから この狂気に従い


あなたを 壊す。 


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