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囚われのブルーファンタジー  作者: 麻天無
囚われのブルーファンタジー2巻
6/7

囚われのブルーファンタジー 2 つながるカルマ 1

囚われのブルーファンタジー 2 つながるカルマ 1

精霊憑きのディートと炎の精霊ベルは姉弟みたいな関係。そして気になる不思議な女の子、青髪のティーラと、白竜の息子ラファール。4人は次の町でひとときを過ごす。親友のダルグが散った事を刺激してくるデスターのジェイがあらわれ、町での依頼を進めてくるが、此れは罠なのか?急に酔っ払いみたいになったティーラが一緒にシャワーをあびたいと言い始め・・・。ドキドキ展開で焦るディート!!二人っきりが逆に辛い!ベルとラファールは何処に行った-!!

         悲しみの螺旋。繋がったままの鎖。終わらない夢。


囚われの ブルー ファンタジー

A Prisoner`s BLUE Fantajy

Welcome to the CRAZY BLUE World



囚われのブルーファンタジー 2 【つながるかるま】


2-1 日常の音


「ほい。200UBだよ。」

 露天の小太りのおじさんから、アイスキャンディーと二個と引き替えに、ディートは、持っていた小銭を二枚渡した。

 年季の入った「ありがとうございやす」という言葉を背中で聞きながら、噴水の横のベンチで暑さでばてている3人の仲間のところへ向かう。

 一人は、金から赤のグラデーションのような髪を左右でまとめて、年端もいかぬ少女の姿をしているが、実は自分を守護してくれている精霊で、なおかつ姉のような存在のベルだ。

 もう一人は、真っ白なうねりのある長髪と色味のないガラス玉の目を持つ青年、竜の息子ラファール。ついこの間から一緒に旅をしている。

 ベルとラファールの態度は暑さでだらけきっているが、それでも真ん中の少女を守るように挟んで座っている。

「はい」

「わあ!ありがとお!」

 長い髪をポニーテールにした少女がにっこり笑う。その髪の色は晴天の晴れの青。華奢な身体に少女のようなあどけない瞳。少女と女性の間の美しさを持つティーラだった。

「・・・ん~甘くておいしい!」

 暑さに一番バテているのは彼女で、さっきまで疲れた顔をしていたのに、こんなことで元気になってくれて嬉しい。ディートもつられて笑った。こんな風に笑うようになったのはつい最近やっと、だからだ。

「いいなぁ~私にも頂戴よー」

 扇子でティーラを扇いであげながらベルが言う。火の精霊だけあって、暑さには慣れているようだ。ディートは仕方なさそうにアイスを渡す。

「はいよ。」

「んーサンキュ☆にしても、もうすぐ秋だってのに、まだまだ熱いわねぇ~」

 アイスを受け取ると、ティーラの横に座って小気味よく囓りだした。

「オレ様にはないのかよ!」

 不機嫌そうに汗を垂らしながら白い髪をかき分けるラファール。

「男に奢る気はない。」

 ディートがきっぱりと宣言すると、舌打ちをして冷たいハンカチを額に当てた。意外と食いついてこないのは、ディート達のお金で今まで旅の食事を出してもらっていること、ラファールなりに遠慮があるからかもしれない。

「ディートは食べないの?」

 茶金の髪からしたたる汗を拭いているディートに向かって、ティーラは首をかしげながら言った。

「ありがと。ティーラが食べなって。」

 ティーラはうつむいてぺろりとアイスをなめる。ベルがぽそりとディートにいった。

「ディート。お金がやばいんでしょ。」

 ギクリっとディートは固まった。

「・・・いや・・・実は・・・。」

 最近ティーラやラファールと一緒に旅をし始めてから、収入に繋がることをしていない。その上、支出は二人分増えたのだから、今まで貯まっていたお金が少なくなってくるのも当然というわけだ。

「まあ、それは必然よね。」

 ベルが肩をすくませた。

「お金の管理はディートがしてるの?あたしベルがしてくれてるのかと思ってた。」

 ティーラが感想を漏らすとディートは苦虫を噛んだような顔で呟いた。

「ベルに金持たしたら危ない危ない。何買うかわかったもんじゃないし無駄使い多すぎて細かい小銭計算は疎かにするし・・・。」

「なんやて?」

「いやいや・・・ベルには料理とか洗濯とかしてもらってるから、俺はお金の管理を分担してるんだよティーラ。」

 途中ベルの睨みが怖かったので、当たり障りなくティーラに説明する。

「なんにしろ、そろそろ仕事を再開すべきよねぇ。どっかに大金落ちてないかしらぁ~」

 とベルが晴れ渡った空を見上げて面倒くさそうにつぶやく。

「そういやてめぇらどうやって食いぶちってるわけ?」

 ラファールの問いにベルは即答する。

「何でも屋」

「そりゃありきたりな商売なこって・・・。」

「旅しながら稼ぐってゆったらこの職業でしょ!やっぱ!王道よね。」

 なにやら自信満々に答えるベルだが、確かに、よくありふれたる職業ではある。

「ついでに全く興味ないけど聞くが、お前ら二人って何で旅してたんだ?」

 ラフの問いにディートは目を点にして、考えながら応える。

「家が、ないか、ら、かな?」

「なんだそれ。ホームレスか。」

「ほーむ、れす・・・。」

 ディートは肩を落とした。とてつもない貧乏人のような気分になったからだ。いや、今貧乏だけど。

「そうゆうことにしといてやるよ。テメーの些末な問題にティアを巻き込んだら承知しないからな。」

 棘のある口ぶりから何かを察しているんだとディートは思った。ラファールという白い髪、透明な瞳を持つ不遜な態度の彼は、こう見えて伝説の竜(の息子)だ。知識も魔法も、人より遙かに達者だろう。

 ただまだあまり役立っていると感じたことはないが。

 ラファールの言う通りそれは重々わかっている。ベルとも話を合わせていて、自分の『探し人』はとりあえず横に置いて、ティーラの安定安全を優先させている。

そう、たまたま助けることになった少女は、何かから追われているのだった。

 自分が探している、自分の人生を大きく変えた【銀色の髪の魔法使い】は、未だ影も形も出ては来ない。

「・・・・あたし・・・」

 ティーラが深刻そうに呟いた。

「あたしお腹いっぱいになったからディートこれ食べて。」

 ディートに向かって半分残ったアイスキャンディーを渡す。

「・・・でも、ティーラはもういいのか?」

「お腹がいっぱいなの!」

 強く言い張るので、ディートはアイスを受け取る。

「そっか。ありがと。いただきます。」

 ディートはほほえんだ。もしかしたら気を遣ってくれたのかもしれない。お金があれば一緒に食べれたのに。いや、もっと栄養のある料理をいっぱい食べさせてあげれる!

 働かなければ!俺が頑張らなければならないんだ!!一緒にアイスを食べれるように!

 ディートのなかの父性のようなものに火がついた。

「てめーに間接キスでもやるもんか!あーん」

「あっ!」

 っという間に、むしり取られ一口でティーラにもらったアイスをラフに食べられる。

「あー!!・・・・もぉお・・・くそぉ・・・。」

 闘志を燃やす前に先に食べればよかった。強力なライバルがいつでも隙をついてくることを自覚できてなくて、ディートは心底公後悔した。


 小さな山を一つ越えて、早朝にたどり着いたこの町は『グレーバス・タウン』

 ネス大陸の中心を縦に通る大街道からは外れているが、山と川に恵まれ安定した暖かい気候のため居住者が多い。都市化はしていないが、ネス大陸で結婚して家を持つならこの町だ!と言われるほど住みやすい有名な町だった。

 一行は、ネス大陸の最も西側にある『岬の神殿』にいたが、そこから中央部の街道に出るよりそのまま南へ下る、という進路をとった。大街道には追っ手が居る可能性も高くこのルートの方が安全性が高いかもと踏んだ。今のところ明確な旅のはないが、辺境本部崩壊の件もあって、デスター関与の強いネスに居るのは得策ではないとして、南のスィス大陸に移動する目的で南下している。 

「ねえ?役所が近いみたいだから仕事選んで請け負ってきたら?」

 ベルがベンチから立ち上がり、伸びをしながらディートに言った。自分は関係ないような口ぶりで言うのが不思議で、ディートは問いかける。

「ベルもいくよな?」

「ん~、わたしはパス」

「は?」

 今まで、ベルと離れて仕事することがなかったので、虚をつかれた。

「人数も多くなってきたし、簡単な仕事なら四人もいらないでしょ?それにグレーバスタウンでちょっと用事があるの。」

「へ?用事って?なんだよ。」

「ん~内緒ぉ~」

 ベルの内緒は今に始まったことではないが、別行動が珍しくてとまどってしまうディート。

「んなことゆって、仕事だし。ベルがいなきゃできないことも・・・」

「だから、魔法や力使わない簡単で即日でできる仕事してきてってば。人畜無害で優しい仕事ならわたしが居なくてもできるでしょ?これからはずっと仕事をしながら旅しなきゃ行けないんだから、みんなにイロハを教えてあげて。ね?でないと今日は大丈夫でも、明日は宿代キワどいでしょ?」

 ベルに指摘されて全くその通りだったので納得をする。

「そのとおり・・です。」

「じゃあ、野暮用いってくるわ。わたしとアンタはいつでも連絡取れるでしょう。不安がってるとまとまらないぞ!リーダー!」

 ポンッとディートの肩を叩いて公園を一人去っていくベル。

 リーダーって、ティーラとラフの面倒を見ろと言うところか。ティーラは大歓迎だが・・・

 チラリとラフの方を見ると、暑さにだらけた顔でこういった。

「オレ様仕事ってヤツ苦手だから一抜ける。どっか涼しいとこ見つけて避暑るから仕事でも何でもしてろ。」

 そう不機嫌そうに言い放つとベルが向かったほうと反対側に、姿勢悪く歩いていった。「も~ラフってばぁ・・・じゃあ、あたしに仕事教えてね、ディート。」

 無邪気なティーラの顔を見る。もしかしたらこれは結構恥ずかしいんじゃないかと、ディートはむずがゆさを押さえながら役所へ向かった。



 公園から少し歩いた同じ通りに役所はあった。硝子戸を重たく奥に押すと、ひんやりとした空気が流れた。

「すずしぃ」

 どこから冷風が吹いてるか気になったティーラは、微かに『なにか』の気配を感じ取って右方向にいるディートの向こう側を見やった。その向こうの壁に穴がいっぱい開いたタンスのようなものがおいてあるのに気付く。

「あそこから冷たいの?」

「あれは魔潤石を中に入れた・・・旋風機械かな?でもなんで冷たいんだろ?」

 ディートが答えると、

「にいちゃん。」

 かすれた声がディートに話しかけた。椅子に座って順番を待っているであろう、パイプをくわえた老人だった。

「若いくせに遅れているのぉ。冷風機をしらんのかゃ?」

「れいふうき?ですか?」

 ディートが会釈をしながら老人と会話する。皺のよった優しくて知的そうな好々爺は、熱く語り出した。

「一昔前は風を超すことのみ、ひとつの役割だけの機械ばかりじゃったが、最近は色々合わせた機械が出ておる。魔潤石の装置が改良されたわけではない!璃基盤が進化したのじゃ!ロマンじゃ!」

「へーそうなんですか??」

 ディートは田舎育ちでなおかつ旅人の為、機械といった物にはあまり詳しくなく魔潤石を使う事もない。

 魔潤石は、本来魔法が使えない人が、エネルギーの込められた宝石を使って簡単に魔法を使うものであって、ベルという魔法使いがいるし、自身も多少なりとも魔法が使えるためディートにはあまり必要のない物だった。最低限の知識として知ってるのは、魔潤石が力を供給するエネルギー源で、璃基盤という術を彫り込んだ特殊な石がエネルギーを受けて術を発動する、らしい。

「天性で魔法を使える者が少なくなっている昨今、かなり技術が進歩していてのぉ。ほれ、あの涼しいヤツの中にはのぉ?」

 ティーラは話半分説明を聞きながら、冷風機を眺める。

「かなり緻密に計算された有名な彫り師が彫った高級な璃基盤を使用しとるのじゃ。今まで属性はひとつのみしか書き込めなんだが、今や新技術で風属性と水属性の両方の属性を持った璃基盤を開発できるのじゃ!だから冷たい風を部屋に送り込む事ができるんじゃぞ。」

 楽しそうに語る老人にディートはあまり理解できていないが、優しくほほえむ。

「詳しいんですねえ」

「こうみえてわしは大学教授だったんじゃ。3年前に引退してからはどうも物忘れがひどくなって、たまにはこうして知識を語らんとな。ほっほっほ!」

 そういってパイプをすって咳き込むような笑い声を上げる。ディートはそれにつられてあはは、と笑う。

「もう!おじいちゃん!また涼みに来て、お客様にご迷惑を!」

 パタパタという靴音とともに、役所のお姉さんが、おじいさんに話しかける。

「こいつはワシの孫での。今年からここでつとめてるんじゃ。かわいいじゃろ?」

「もう!すいませんお客様。今日はどういったご用件でしょうか?」

 幼さの残るディートより少し年下のお姉さんが祖父を嗜めて用件を聞いてくる。

「何でも屋ですけど、依頼を探しに来たんです。」

「かしこまりました。それでしたらあちらの窓口の前の席でお待ちください。」

 ディートはおじいさんに挨拶をして促された方へ行く。ティーラもそれについて行く。人と話しているディートは楽しそうで、それを訝しげに見る。

「ディート・・・人が好きなんだね。」

「ん?別に嫌う理由はないだろ?」

 アッケラカンとしたその答えに、また考え込むティーラ。ディートのはその反応の意味がわからず、首をかしげる。

「ちょっとちょっとーーーだれかなんとかしてよー!」

 勢いよくドアが開いて、ふくよかな主婦らしきおばさんが、まっすぐに窓口へ走って行った。

「パミラおばさま。ちょっと待ってください。こちらのお客様が先で・・・」

 焦りながら賑やかなおばさんをなだめる受付嬢におばさんは聞く耳持たずまくし立てた。

「待てるわけないでショー大変なのよー!おばさん忘れちゃってたのよ!明日ウチの庭でホームパーティするんだったの!どうしましょうーいやねーうちの旦那も教えてくれたらいいのにもう、旦那ったらちょっとなぁに~?ぼーっとしてるところがあるでしょうー!」

 ティーラは役所に来るのはもちろん。こんな人を見たことなかったから目を最大限に丸くする。

「何が大変かと言うとねーアレなのよーいやねー恥ずかしいんだけどねーコレがー汚いのよー台所がー!!今日中に片付けしてくれる掃除屋さんを雇いたいわけよねー!」

「わかりました。わかりましたからしばらくお待ちください。」

 押さえるように受付嬢は言うが、全く口が止まる気配もない。

「でもねーもうお昼過ぎでしょうー?しかも今日中にって難しいと思うのよねー依頼ってー一週間前には出しとかなきゃいけないしーいやねー忘れっぽくてーでもねー当日でもデスターなら引き受けてくれるかもしれないけどねーちょっと割高なのねーデスターって高めなのよねー」

 横で聞いていたディートが立ち上がり、おばさんの前にずいっと立ちはだかり、これ以上ないほどの営業スマイルでこう言った。

「だったら俺たちが引き受けますよ。」

「あらー!!かっこいいコねぇーじゃあ引き受けてもらいましょうか!」

 一瞬も逡巡せずにおばさんはディートに依頼した。

 そのやり取りを聞いた役所の職員が、用紙を持ってきた。依頼人と請負人の欄をおばさんとディートがさらさらっと記入し、一般的な掃除屋相場の値段で請け負った。

 パミラと名乗ったおばさまは、ふくよかな柔らかい身体と、笑いじわの刻まれた優しそうな人だ。さっそくパミラさん家に赴くこととなった。

「よかったわぁーすぐ見つかって!しかもこんなに格好いい男の子!おばさんの好きなコにとってもにてるわぁ!」

「す、好きなコ、ですか・・・。」

 ディートがパミラさんの勢いに少し圧倒される。

「あたしも、そうじできるかな?」

「ああ。ティーラにもできるよ。」

「まあまあ、かわいらしいお嬢さんねぇ~、二人とも綺麗にしてくれたらおばさん特製のマフィンをごちそうするわ!」

 と、他愛のない会話をしながら歩くことたったの3分ほど。大通りから少し路地の中に入ったとこにある庭付き一戸建ての綺麗な門の前で、パミラさんは言った。

「ついたわよーコレがーおばさんのお家よ」

「広っ!」

と、ティーラ。

「でかっ!」

と、ディートが言った。

 豪華な門の奥に、豪邸ほどではないが立派な家があった。門を入ってすぐの庭は、季節の花が植えられていて、手入れが行き届いて美しい。この様子であればパミラさんが自分で主張する様に部屋の中は大して汚れてないんではないか?と、一瞬楽ができると思ったディートが馬鹿だった。

「ウチの旦那はねー庭いじりが趣味なのよー。そして私は料理が大好きでねー。でも片づけは嫌いなのよー。だからお願いするわー。」

と説明されながら入った台所は・・・・・・凄まじかった。

「・・・く、くさい。」

 そうティーラがぼやくのも無理はなかった。生ゴミの臭いがする袋が5つ6つ、口も縛らずに放置していて、ボウルや泡立て器は使いっぱなし、お皿も戸棚にしまわれずに、机の上にごった返している。調味料はこぼれているしあちこちに散らばってる。その上広い。キッチンとダイニング合わせて、さっきの役所のエントランスホールくらいある。

「なんだ!この機械!?」

と、ディートが驚いて指さした先には、真っ白なペンキが塗られた鉄の縦長い箱があった。 その隣の台の下には黒くて真四角の硝子戸のはまった箱もある。

「まあ、知らないのかい?こっちが冷蔵機器でこっちは焼き器。薪を使ってた頃が懐かしいわ~」

「へぇ~はじめてみた」

 ディートがマジマジと、冷蔵機器を眺める。取っ手が付いているので捻れば開く様で、開けたくてうずうずする顔を、パミラさんが開けて良いと促してくれた。

「おお!すげー涼しい!なるほど、冷たい密封性の戸棚を機械で作ることで、食品の傷みを減らすのか!すごい・・・けど・・・。・・・・うげ・・・」

 中から冷気の風がやんわり流れてディートの頬をくすぐったが、同時に食品の腐った匂いがした。四つ区切りの棚があるが、瓶は倒れて転がっていて野菜はバラバラで、根が出たジャガイモや、もう使うところがない様な小さなレタス。色が変わってきた水分の飛んだカブ。袋詰めにされたパンは青いカビが生えているに至る。

「一体どんな生活してたんだい?専属魔導士でもいたのかい?貴族のお坊ちゃんなら雇ったりするだろ?それとも、魔潤石も無いほどの田舎の出身かい?」

「残念ながら後者ですよ~(いや、あなたこそ、どんな食生活をおくっているのですか!?)」

 愛想笑いが崩れそうになる。これは思ったより重労働だ。ティーラと二人で掃除など・・・ん?

 今、視界の端を、黒くて小さくてカサカサいうモノが横切る。

「うあっ!」

「どしたのディート?」

「ぃ・・いや。虫いたからびっくりしただけ・・・。」

「なになに?どこどこ?」

「ティーラ!見ない方が良い。泣くぞ。」

「あ!この虫?」

 ディートは壊れた人形の様に首を縦に振る。別に恐くはないが、あんまり見たいものじゃない。カサカサ動くヤツ。恐くないが、見たくないだけだ。

「なぁんか、可愛いね~」

「可愛くねー!頼むから触るな!害虫だからな。病原菌いっぱい持ってて、キタナイよ!キタナイの!」

「そっか・・・それはヤだな。きもい。」

「そうそう。」

 ティーラは見たこと無いんだな。黒いコイツ。無邪気に寄っていけるなんて恐すぎる。やばい!なんとしても台所を綺麗にしないと!

 決意してまずゴミ袋を持ってきてもらった。

「いいか、使えるモノは洗ってから保存。使えないモノは直ちに捨てる。使えるか使えないかわからないものも捨てる。OK?」

「はぁ~い。りーだー!」

 ティーラがエプロンと腕まくりをして大きな返事をする。

 まずゴミとゴミじゃないモノを分けなければならない。

「パミラさん。あまり物を捨てませんね。」

「なんかもったいなくてねー」

「でもここに同じ胡椒の瓶で全て封の開いた物があります。探すの面倒で新しく買ったんでしょう?」

「まあ、どうしてわかるのー?」

「お金使う方がもったいないと思わないんですか?」

「探すより、新しいの買った方が新鮮な気持ちになれるじゃないのー。」

「新しいもの買うときは、古い物を使い切ってからにしてください。」

 これ以上ないくらいてきぱきと動くディートを見て、ティーラはさっきの虫みたいと思った。そう思われてることに気付かず、掃除魂に火のついたディートは掃除道具を出そうとする。

「なんじゃこりゃ・・・」

 似た様な形で色が違うモップ。一見便利そうな蓋が自動で開くちりとり。毛先が長いのと短いのと中間の箒達。一個あれば充分だろ、とあきれながら溜息が出る。

「掃除道具もね、沢山買ってしまうの。」

「・・・パミラさん掃除道具ありすぎ。」

「新しいものが出たって、行商人が家に来てくれてね、安いから買って欲しいっていうのよー。だから便利かと思ってー」

(それって押し売り訪問販売のカモぢゃん・・・)

「それに、使ってないじゃないですか!一個も!」

「これからつかうのよー」

 俺たちがな!と思いながら着々といらないモノを捨てていく。まず物を減らさないと何も出来ないほどごちゃごちゃだ。

 ある程度水回りが片づくと、ティーラに全ての食器を洗うように指示し、テーブルや戸棚を片付けていくディート。表面的に綺麗にするには、棚の中までは手を付けなくてもいいがディートの性分、全部やらないと気が済まなかった。ティーラが洗った食器を拭き上げる間に、食器棚を空にしディートが取りやすさを考え綺麗にしまっていく。ディートの指示で、床や壁を雑巾で拭くティーラ。一心不乱に掃除するディートを見て、ティーラは何も言えずにただ従った。

「まあ、そろそろ疲れたでしょう?休憩したらどう?」

 ちょうどパミラさんが声をかけてくれた時にカーンと言う鐘の音が部屋に響いた。どうやら壁に掛けている時計が鳴った様だ。時間はちょうどおやつ時。相当集中して掃除をしていたようだ。拭き掃除で腰が痛いと感じながら、ディートは一息ついた。

 パミラさんは、朝見た時とは違う服装で、黒いカクテルドレスに白いストールを捲いていてドレスアップしていた。

「どこか外出ですか?」

「あら?だいぶ片づいたわねー。今日は知り合いの結婚式なのよー。お祝いに行くところなのよー。」

「けっこんしきてなに?」

「あら?知らないの?一緒に行く?そうだ!おばさんの若い頃のワンピースがきっとぴったりだわ!さ!こっちにいらっしゃい!」

「え、え、え、」

 ティーラがうろたえるけどこれは良いことだ。

「ティーラ疲れただろ?休憩代わりに見ておいでよ。綺麗だぞ?じゃあ、パミラさん。ティーラのことお願いします」

 実際一人の方が気を遣わないで掃除ができる。ティーラが帰ってくるまでマッハなスピードで掃除を終わらせたい。個人的にティーラが這いつくばって床を拭いている姿が・・・萌と背徳感に苛まれる。こともないが。

「ディートは・・・いかないの?」

 ティーラがつぶやくように言った。どうやら一緒に来てほしいようで、上目使いの表情はすごく可愛かったが、

「暗くなる前にちゃんと仕事終わらせたいし、ティーラにとっても息抜きになるよ。」

「ん・・・」

「ティーラちゃんほんとぉかわいいわねー。おばさんの若い頃にそっくりよー」

 パミラさんが耳を疑うようなことを言いながらも、そのふくよかな手でティーラの手を優しく握る。

「大丈夫。迷子にならないように手を繋いで行きましょうねー。」

「えっ?」

「では、ディート君。後はオネガイねー」

「あ。はい。いってらっしゃい」

 ディートは笑顔で二人を見送った。


 ティーラがパミラさんに手を引かれ住宅地を抜けると、さっきアイスを食べた公園に出た。公園の真ん中には煉瓦造りの教会と、手入れの行き届いた木々が並んでいる。

 周りの道路も公園内もさっきよりも更に人で賑わっていて、おめかしをした子供が風船を持って駆け回っている。

「あーパミラさんこんにちわー」

「あ、おばさん。先日はどうもねぇ」

 道行く人がパミラさんに挨拶をする。ティーラは、この人もディートと同じで『人』が好きなんだなぁと思う。

「あら?可愛い子つれてる。どこの娘っこ?イーナんトコの女のコかい?」

「ちがうわよー掃除屋さんの彼女よー。今、かっこいい男の子に掃除してもらっててねー。今までの掃除屋の中で、一番若くてかっこいいのよー」

「あら。パミラさん。またキッチン掃除してもらってるのかい?明日パーティするんだろ?」

「そうなのよー。すっかり忘れてたのよねー」

 ティーラは目の前で繰り広げられる会話を、パミラさんの陰に隠れるように聞いていたが、腰の曲がったおばーちゃんがふと、挨拶を求めてきた。

「おじょうちゃんこんにちわ」

「ぁ・・・」

「ティーラちゃん。気持ちいいからあいさつしてごらんなさいな」

 パミラさんがにっこり促す。

「こ、こに、、ちわ」

「うふふ。こんにちわ。」

「あ、おばさん。もう式おわるよ。」

「式はね、若い子だけですればいいのよ。この間も前祝いしたし。明日もパーティーするしね。」

 鐘が誇らしげに鳴り響き、拍手がわき起こる。

「さて、顔を見に行きましょうかねー」

 正面の大きな階段には、真っ赤な絨毯が敷かれていて、上から黒いタキシードを着た男の人と、真っ白なドレスに身を包んだ女性が腕を組んで歩いてきた。

 階段の脇には友人達が並んで花びらを降らせて祝福する。はにかんだ笑顔が其処にかしこにたくさんあって、ティーラが誰に聞くでもなく、独り言のようにつぶやく。

「嬉しいの?楽しいの?」

 それを聞いたパミラさんはさらりと言った。

「幸せなのよー」

「しやわせ?」

「あっ!パミラおばさぁん!こんにちわ!」

 またパミラさんに話しかけてくる人が寄ってきた。ティーラととても背格好が似た少女だった。

「エリスちゃん。久しぶりだねぇ。身体は元気になったのかい?」

「うふふ。ちょっと無理して来ちゃいました!この間のアップルパイおいしかったです。あ、そうそう、あたしブーケ狙ってるんだけどキャッチできるかなぁ~。あれ?そちらの方は??」

 頬が高揚し、息をあげるほどに笑顔な少女がまくし立てた、満面の笑顔と早口でしゃべってから、やっとティーラに気付いて、ニコリとほほえんだ。

「今掃除屋さんしてくれてるかっこいいコの、彼女よ」

 パミラさんが紹介する。

「えっ?シンよりかっこいい?」

「ええ。タイプは違うけど。センセイよりイケメンよっ。」

「まあ!うふふ!!あたしエリス。こんにちわ。」

「こんにちわ・・・。ティーラで、す」

 覚え立ての単語を発音するようにぎこちない挨拶をする。

「ティーラちゃん。エリスちゃんちは診療所なのよ。なにかあるとたずねるといいわよ?」

「しんりょうじょ??」

 ティーラが聞き慣れない言葉を反復して考えている間に、いきなり大きな声でエリスという少女が叫びだした。

「あ!!!そうよ!ティーラちゃんも一緒にブーケを狙いましょうっ」

「ブーケ?」

「そう、花嫁が投げるブーケをキャッチすると、幸せが訪れるの。次に結婚して幸せになれるって云われているのよ!」

「・・・けっこん、したいの?」

「あったりまえじゃない!」

「まったくエリスちゃんはすぐノロケてぇ。ブーケ取るんだったら、ここじゃあ遠いわねー。もっと前に出てみたら?」

「ほんとだっ!!前に行かなくちゃ!!ほら、いきましょう!」

「っえぇ!?」

 エリスと名乗った少女は、おもむろにティーラの手を掴み人混みの中へぐいぐい入っていく。

 こんなに、他人と身体が触れ合う中に入りたくないのに・・・とティーラは思いながらも、右手はしっかりと少女に握られている

 新郎新婦のよく見える場所に行こうとしているのだが、人混みの右側に出てきてしまったようだ。少し離れている。お姫様のような白いドレスの女性は、幸せになると宣言し、群衆から拍手をうけて微笑んでいる。エリスが拍手をしたのでティーラもそれをとりあえず真似た。

 そして、白いドレスの女性は、手に持った花束を高く掲げ、投げる構えを取った。

「いくよーーー?」

 元気な新婦がリボンの付いたブーケを高く掲げる。エリスはあんぐりと口を開けたまま凝視していた。会場の人々は少しにやけ顔をしているのに、エリスはブーケに夢中で気付かない。その様子を少し冷静に、不思議に思いながらティーラは見ていた。

 新婦はなぜか後ろを向く前にこっちの方を眼で確認して、背中を向けたままうまくブーケをアーチ状に放った。右側のエリスがいる方へブーケは飛んでくる。

「えっ!・・・・えーーーーーーー!!」

 エリスは目も口を大きく開け、まさかとでも言うように、頭上に降りてきたブーケをキャッチした。そして目が飛び出しそうなほどブーケを見た。

「えーーーー!いいのーーーー!!??」

 周囲がわき起こり、笑顔を向けて拍手をする。

「えーー!!いいの!?私が取っていいの!リエリ姉さんっ!!」

 エリスは新婦に向かって叫んだ。目は少し涙目になっている。

「エリス!次はアンタの番よっ。シンセンセーの白衣を脱がせて、タキシード無理矢理着せなさいっ!」

 そう言って気前よくウインクをし、新郎と腕を組んで馬車に乗り込んだ。

 エリスは花束に顔を埋め、つぶやいた。

「リエリ姉・・・エイーシ兄さん・・・ありがと・・・」

 ティーラはびっくりした。少女は泣いていることに。

「よぅエリス!おめでとなー」

「もしかしてみんなしくんでたのぉ?」

 友人達が集まってきてはやし立てる。

「そうよ。エリスは絶対ブーケ欲しいだろうからって。」

「シンセンセーも勢い付かないからねぇ。からかってやろうかなっておもったのよ。」

「うわ~~~んっ!ありがとうみんなー!あたし絶対結婚するからねっ!」

 ティーラは一部始終のやりとりを見て唖然とする。勢いと熱気、人の多さだけじゃない。少女エリスは泣いているのに悲しい訳ではなさそうなのが、不思議でたまらなかった。

 何も言えずその様子を見ていると、パミラさんがティーラを呼びに来た。

「ティーラちゃん?そろそろいきますよー」

「・・・あ・・・・」

「ちょっとまってパミラおばさんっ!」

 この場から去れるいい機会を、エリスが引き留めた。

「これ、貴女にあげるわ、ティーラちゃん。」

「・・・えっ・・・でも・・・・ほしかったものじゃ・・?」

 何故いきなりそう言われるのか解らなくて戸惑う。

「この、楽しさと嬉しさがいっぱい詰まったブーケ、あげる。あたしは受け取っただけで幸せになれた。みんなの気持ちでもう十分なの。だから、幸せのお裾分け!」

 ティーラの前にまっすぐ腕を伸ばして受け取るのをじっと見ているエリス。初めて目があった。まともに瞳をみて、同じ目の色なんだと思いながら受け取った。

「あたしの幸せ、あなたに知ってほしいの。だってあなた、寂しそうなんだもん。」

「こらエリス!初対面にヘンなこといわないの!」

 エリスのまっすぐな言葉に友人がびっくりして制止する。そんなことお構いなしに言い切った。

「初対面だけどもう友達よ、ね?ティーラちゃん?」

「・・あ、えっと・・・」

「あたし、人の心の色が何となく見えるの。ティーラちゃんは、うん、ちょっと寂しい空色・・・でも、ちゃんと暖かい太陽の光が差してるから。大丈夫!さみしくなんてないよ!だからね、あたしもっと遊びたい。ティーラちゃんの笑顔みたいの。ねぇ、いつまでここにいるの?」

 自分は寂しい雰囲気が出ていて、目の前の少女に同情されている。悪びれもせずそうエリスは言っているのだ。ソレを見抜きながらティーラはなぜ苛立たないのか自分を不思議に思った。「あたしは可哀想じゃない!」とか、「あなたになにがわかるの!」とか、今までの自分だったらそう言って良いはずなのに全くそんな気にならない。

そうだ、むしろこうやって他人に準じて、言いなりになって引っ張られて、危機感も持たずに今日を過ごしている。今の自分があるのはきっと、安心する【光】のおかげ・・・。 そう、今は、少しだけ闇を忘れて・・・

「あの、いつまでいるかわからないけど・・・しばらくは、いるとおもう」

「じゃあ、遊んでね?約束よ?」

 手をさしのべるエリス。握手という手を握り返す事を、すればいいのかな?とティーラは思いながらエリスの手を持つ。

 自分の体温と同じすぎて、一瞬変な感覚がしたが、手はすぐに離された。

「じゃあ、またね!」

 エリスはにっこりと笑って、手を振りながら沢山の友人と去っていった。

「エリスちゃんパワフルでしょ?アレでも病弱なのよ?歳も近いし、町にいる間にあそんであげてね?さ、わたしたちも帰りましょう。ディート君の掃除ももう終わってるわね、きっと。」

 パメラさんが手を引くが、ティーラはなぜかさっきの初対面の少女に、後ろ髪を引くような心残りを感じながら教会前を去った。


「ただいま、ディート君、はかどったかしら?」

「ディート、きれいになった??」

 パメラさんとティーラはキッチンに入ってきて様子を訪ねた。

「もうちょっと、磨きたい、ですね。」

 日も傾き、手元が暗くなってきた。オレンジの差し込む夕日じゃ、どのくらい綺麗になったか確かめられない。

「ふう、パメラさん、ランプあります?」

「そうね、はいはい。今付けますよ~」

 おばさんは、台所の扉の横の壁に行き、目線の高さの壁に備え付けられている箱のようなものをいじった。

パチンっとレバーを上げた音がして、夕暮れのオレンジに、白色光が混ぜられた。

「わぁ!ひかった!」

「あなたたちみたことないのぉ?今時ランプなんてはやってないわよこれが。今は魔潤灯よ~」

 ディートが上を見上げると、丸いガラス玉が天井に均等に縦横二個ずつ並んで、その全てが真昼の光のように光っている。

「すげー!」

「すごいわ!なんて綺麗なキッチン!!」

 パミラさんはキッチンが予想以上に綺麗になってることに驚きの声を上げたが、ディートはランプが珍しくてしばらく眺めてしまってた。

「街灯とかによくある、暗光石なんかと一緒ですか?」

 ディートはよく街に設置されている街灯の中に入っている光る石を想像した。ベルが言うには、昼の太陽のエネルギーをため込んで、暗くなると光る特殊な石だそうだ。だが近年は石の質が悪く、鉱山からとれる量も非常に少なくなっている。一晩中光るだけの力が無く、深夜すぎるとだんだん暗くなってくる街灯もあるのだと聞いたことがあるが。

「暗光石とは全く違う理論らしいわよ。でも、もうそこまで珍しくはないわ。この町の街灯はほとんど魔潤灯だし。ほんとディート君ってちょっと田舎物よねぇ?」

「・・・うう。」

 学んだことがない田舎出身のディートは知識や教養のほとんどをベルに頼ってきた。近年はずっと剣の修業ばかりしてきたから、ベルがいないとこんな時少し恥をかく。

「・・・勉強します・・・。」

「あらあら、落ち込まないでよ~。からかっただけじゃないのぉ。でも、知らないことを知るのは素晴らしいことだわ!何歳になってもね。」

 パミラさんは優しくにっこり微笑んだ。さすが年長者の言うことは心に響く。

「そうですね。」

 ディートは照れくさそうに頷くと、フッよ周りが暗くなった。部屋の明かりが弱くなり、消えた。

「あらぁ、魔潤池の充電がきれたみたい。スペアどこおいたかしら・・・」

 パミラさんは窓からの夕暮れの光、台所からぱたぱたとスリッパをならして別の部屋へ行き、またすぐ戻ってきた。

「あった、あったわ。」

 さっきの魔電灯をつけた時の壁に張り付いているちいさな箱をあけて、とりだして持ってきた何かを交換する。すると、またちゃんと明かりは灯った。

「なんだったんですか?故障?」

「そうねぇ~?」

 ディートの問いかけに、パミラさんは、思いついたように含み笑いをした。

「ディート君?もうキッチンの掃除は完了かしら?」

「いや、まだもっとツヤも出したいし、棚の中の整理ももう少ししたいし、」

「いいえ。もう十分よ。男性の方が几帳面っていうけど。ディート君はかなりそのようね」

「ぜんぜんです!まだ」

「ありがとう。でもおばさんが今まで頼んだ掃除屋さんの誰よりも綺麗にしてくれたわ!なんていうか、愛を感じるわ!!」

「あ・・・い・・・・。」

 ディートは大げさな単語に目を丸くする。

「だって、おばさんが最初に使う物や、好きな食器が前側に来た食器棚。取り出しやすくなった調理器具の置き方!こんなことしてくれる人なんて、そうそういないわ!」

「よく汚れてる物から想像して入れただけです。勝手に物も捨てちゃったし。」

「いいえ。ホントに感謝してますよー!これならずっと綺麗に使えそう!ホントにありがとう!」

「・・・パミラさんがこれで良いのなら・・・。」

 ディートはとっても照れてしまった。こんなに面とむかって依頼人に感謝されることも、そうそうない。

「それで、もう一つお使いを頼まれてくれる?めずらしついでにチャージに行ってきてもらおうかしら」

「チャージ?」

「はいこれよー」

 渡されたのは手のひらサイズで円柱の形をしたガラス瓶のようなものだった。ディートは初めて見るが、これが魔潤石だ。二つある。意外と重みがあり水晶のように透き通っているが、光の加減で微かな色味が瞬いているように見え、粘度の高い液体が入っているようだ。

「なんかキラキラできれいだな」

「大通りの端のデスター社に、魔潤石のエネルギーを補充する機械があるの。そこでチャージをお願いね!お金はおばさんの名前を出せば後払いになっているし、この電池を見ればわかるから心配ないわよ?」

「!!」

「わかりました、行ってきます。」

 ディートはティーラにそっとその電池を持ってもらい、パミラさんの家を出た。パミラさんの前で変な顔をするわけにはいかなかったからだ。

「ディート・・・」

 ティーラが心配そうにディートの顔をみる。まさか自分からデスターの店に関わって行かなければならないなんて、ベルもいないしどうすればいい?

「ディート、だいじょうぶ。これ、かぶるから。」

 ティーラはベルから持たされている小さなポシェットから、小さな布の輪っかを出した裏布には法陣が刺繍されている。

「なんだそれ?」

「ヘアバンド。よ、いしょ。」

 ティーラはポニーテールをほどき、その輪っかを首に通して髪をもちあげる。前髪を前にたらしてピンクのリボンをヘアバンドに通して結んで、できあがり。

「なにも、変わってないぞ?」

「そうなの?ベルが、わかる人にはバレるけど、普通の人には金色の髪に見えるようになるヘアバンドだって。青いすぺくとるを吸収?する、んだって?」

 ティーラはベルの説明を思い出しながらディートに伝えた。

「へぇ~・・・・。ってそれずっとしてたらいいじゃん!」

「なんか、半日くらいしか効かないんだって。また術をこめないといけないし、みんながみんな金色にみてくれるわけじゃないらしいから、よっぽどの時だけ試しに使ってって。」

「なんだそれ・・・・。う~ん。」

 ベルの術がどこまで効果あるかは解らない。実際ディートの目にはいつもの綺麗な空色の髪だ。

 今、デスターは辺境司令塔の崩壊でしばらく大がかりで派手な動きはしてこられない。ティーラの捕縛の任務を一般のデスターは知らないのだ。だから少しは大丈夫なのだが・・・。そう悩んでいるディートの顔を見てティーラは苦しくなる。また、困らせてしまっている。自分の所為で。

「ディート・・・・あの、」

「まあ、考えててもしょーがない。行ってみるか!なんかあったら、お金もらってないけど、パミラさんに電池だけ返して逃げよっか。」

 ディートはあっけらかんと潔く笑った。あまりにも自然な笑顔だったのでティーラは、申し訳ないと感じた気持ちもどこかに行ってしまい、つられて笑ってしまった。

「うん!」

 大通りは濃いオレンジ色に照らされて昼とは違った雰囲気を見せていた。町はまたざわめいて、外食に出かけるおしゃれした子供連れ夫婦や、若いカップル、大きな買い物袋を下げて歩く主婦達、足早に帰路につく仕事人達が挨拶や会釈をしながらそれぞれの通りに入っていく。まだ遊び足りない子供を叱る声も聞こえた。

 教会と公園と役場はこの町の一等地のようで、もちろん一本内側に入った通りの住宅は全て立派で大きかった。パミラさんの家やその周りの住宅も日当たりが良い庭の広い家が並ぶ。きっと家族が多いのだろう。隣同士の交流もあるようで、立ち話してる人や挨拶を交わす人を、他の町よりも沢山見かけるなとディートは思った。

「きれいなところだな・・・。」

 ディートが呟くと、ティーラもしゃべり出す。

「あ、あのね。結婚式があったのも、大通りの公園なんだよ。」

「ああ、朝アイス食べたとこか。教会があったんだな。」

メインストリート中央の大きな公園は、樹木が並びベンチもこさえられていて居心地がいい。昼に出ていた露店は今はしまわれて、街灯がつき始めている。

「どっち?」

「んと、あっち、だよ。大きな噴水のむこう。ちょっと歩かなきゃ、だけど」

「じゃあ、ちょっと散歩していこう。俺も教会のほう行ってみたいからさ。」

 ディートはそういってティーラの指さした右手を掴み、公園内を歩いていく。噴水前は先ほどの人垣はなく、夕涼みに来ている人や犬の散歩をしている人と少しすれ違うだけになっていた。ゆっくりとした歩調で歩くディートに手を引かれ、半歩遅れてティーラが並ぶ。

「・・・ぉ昼も、」

 ティーラがつぶやいた。

「ん?」

 ディートがティーラの顔を見ると、夕日に照らされた瞳は、躊躇いながらディートから逸らした。白い頬の横顔を眺めていたいけど、ずっと見ていたらティーラはしゃべり出さないから、わざと町並みを見ているふりをした。

「・・・お昼も、ね・・。こうやって、おばさんが手を握って・・・。」

 少し話をした女の子もあたしの手を引っ張って、握ってきた。そういえば、よく

「ディートも・・・よくあたしの手を持つよね?どうして?」

 知りたいような知りたくないようなきょとんとした顔でディートを見上げる。こういう顔は何度か見たことがあった。今度は本当に目をそらさずにはいられなかった。可愛すぎるから。まっすぐ見つめていたいけど、見つめられない恥ずかしさ。でも、届いた言葉には応えたいから、ディートは少し考えてこう言った。

「別に、ティーラを“持ってる”わけじゃないよ。“握る”でもない。『繋いで』るんだよ。俺の手とティーラの手。繋がってるんだよ。」

 ティーラは握ったままの手をじっと見つめた。ティーラに釣られてディートも見た。自分の手にすっぽり収まった細い手は、確かに“握られている”だけだった。だからディートはこう言った。

「でも、ティーラが繋いでくれなきゃ、ただ俺が握ってるだけになっちゃうだろ?」

 言いながら握った手の力を弱める。ティーラの手がするりと抜けそうになって、焦ったように少し痙攣した。

「握られてるだけじゃなくて、ティーラも握らなきゃあ。そしたら・・・。そうしてくれたら繋ぐことになるんだよ。」

 ティーラは少し考えて、難しい顔でこう言った。

「・・・『つなぐ』・・・・・・それは、良いこと、なの?悪いこと、なの?」

 質問の意味をはかり兼ねながらもディートは答えた。

「??・・・俺は、嬉しいよ」

「・・・・・」 

 ティーラが訝しむようにディートを見る。淡く微笑んだ横顔。夕方の風はディートの茶金の髪を揺らした。もし自分が手を握り返すことで『嬉しく』なるのなら、ディートはお昼に集まった大勢の人たちのような『幸せ』な顔をするのだろうか?

「・・・・・」

 ただ、一方的にディートが握っていたティーラの手に、少し力が加わった。握り返す力が。

「!」

 ディートは自分が言い出したはずなのに、手を繋いでくれたことに少し驚いた。それは初めての感触で、手がほんのり熱くなる。思えば手を“繋いだ”のは、これが初めてなのかもしれない。

「ティー・・ラ・・・」

「・・・・な、なんだか・・・はずか、しい・・・」

 消え入りそうな声でティーラがつぶやく。ディートも同じような気持ちになって急に顔まで熱くなってくる。

 手に力が入らない。くすぐったいような、痺れるような。手に力を込めれば込めるほど、力が抜けるような感覚がする。

 このままじゃあ手が離れてしまう。心がむずがゆい・・・でも、離したくない。その瞬間!!


ゴーーーーン

「ひあっ!!」

「・・・・ッ!!!」

 いきなり至近距離からの鐘の音で、びっくりしてお互いの手が離れた。ティーラは目を丸くして胸に手を押さえたし、ディートは拳銃を突きつけられた人のように、両手を上に上げている。

リンゴーーーーーーン・・リンゴーーーーーン・・・・・・

鐘の音は、ゆっくりフェードアウトしていき、また静かになる数秒間、鼓動を落ち着かすまでには至らなく、ぎこちなく告げた

「あ・・あのさ、遅くなったら・・・アレだし。そろそろ行くか」

「・・・ぁ、うん。おばさんが心配しちゃう、よね」


 結局手を繋げないまま、もうすっかり街灯がともった町並みをむず痒い距離で歩くディートとティーラに、人がいっそう賑わっている店の声が聞こえた。

「今日は充電安いよ~ワルズ大放出だよ~」

 歩く人達に呼び込みをしている青年の制服を見て、そこが目的地のデスター社グレーバスタウン店だと気付く。『激★安売り』と書かれた旗が立ち並び、食材屋のたたき売りようなノリに、ついつい感心する。

「ワルズ大放出だよ~デスター独自の精製用法で質の良いエネルギーチャージが可能だよ~ワルズチャージどうぞぉお~」

 と、道行くまばらな通行人に向かって旗を振るデスター社員。

「ほえ~デスターってこんなこともしてんだ~」

こんなアットホームで庶民臭い店もあるんだなぁ、とディートはデスターの見方が少し変わり感心する。

「そうだ、ティーラ?ワルズってわかるか?俺だってこのくらい説明できるぞ。ワルズってのはな、」

 ディートが少し得意げに話し出そうとした瞬間、ティーラには珍しく言葉に被さって語り出した。

「ワルズ。力、気、エネルギーの同義語。主に、魔力、神力、法力、霊力。妖力、電力など、人間を介さずにそこにある自然の力の総称として使われる言葉。これに対して、ピルスという言葉もあるが、こちらは、念力、精神力など、人間や意志からしか生まれない力を総称する言葉・・・エネルギーの源泉をまとめて【エール】と呼ぶ」

 まるで辞書の項目を朗読した様な隙もソツもない説明をした後、

「でしょ?」

 と、いつもの笑顔でにっこり笑うティーラ。

「あ・・あぁ・・・。」

 学がない自分のなけなしの知識ではとうとうティーラにも叶わなくなってしまった、と少し落ち込むディート。

「じゃあ、チャージしにいくか。」

 開けっ放しにされたドアをくぐり店内に入ると、大きな腰までの黒い箱が二台並んでいた。朝に役所でみた冷房機と同じように、中には璃基盤という板石に、魔方陣や算術を彫り込んで魔潤石からエネルギーが通るコードという管を取り付けた機械だろう。

「パミラさんちの照明も機械なんだよな。ティーラは機械のこともよく知ってるのか?」

「・・・キカイは・・・わからない」

 ティーラが無表情につぶやくので、ディートは機械には興味があまりないのだと思った。

「やあやあ、いらっしゃい。」

 デスターの制服を着た青年が、ディート達の顔を見て挨拶した。

「どうも~店長のジェイでーす。ちょっと失礼だけど、此処の住人じゃないよね?」

 青年はディートより歳上のようだが背が低くディートの顔を見上げた。この町も店もアットホームな場所だからこそ、見知らぬ者の素性を知りたいのだろう。街道沿いから外れた場所だから、外の人間は珍しくもあるし警戒も必要だ。デスター社は自警団や役所と密接に関わっているともベルから聞いていた。

「俺は旅人のディートです。こっちは連れのティーラ。今日この町に寄りました。で、パミラさんという婦人の依頼でチャージしにきました。」

「ああなんだ。パミラさんとこの請負人だな。」

 ディートの軽い説明に納得してくれた様で、ここの店長でジェイと名乗った青年は人なつっこい笑顔をにっこり浮かべた。

「そうそう!昼に噂になってた役場でイケメンがいるって君のことかぁ~。じゃあ、すぐチャージするから待って。」

 ディートの手から、空の電池を受け取ると、すぐに機械の側に案内してくれた。

池木綿いけもめんって、なに語??」

 後でベルに聞いてみようと、ディートは思った。悪口だったらどうしよう。

「あ、受付って、なくていいんですか?」

「ああ、いいよいいよ。パミラおばさまには逆らえないからさ。あの人副町長の奥様なんだ。豪快で楽しいだろ?うん。たしかに、おばさまんちの電池だね。」

 ジェイという店員は、機械の蓋を開けて電池をセットしながらしゃべる。

「ある意味すごい・・・・ステキなおばさまだな。」

 あのキッチンを思い出しながら、ディートが言うと、ジェイは声に出して笑った。

「あはは!まあ、色々すてきな人なんだよ!みんなに好かれてるし、料理もうまいんだぜ!」

(それは隠し味に・・・・・・・いやいや。それはないだろう。)

 ディートは自分の暴走する思考にブレーキをかけて、改めて目の前の機械を見る。

「さっきはすまないな。旅人が持つには不釣り合いの魔潤石だから、つい詮索したよ。」

「へえ、魔潤石って誰でも持ってるものなんだ。」

「最近はね。魔法を補助するために小さな機械を持ち歩く人は増えてるみたいだよ?」

「魔法使いが力送り込んだんじゃチャージできないのか?」

「君魔法が使えるの?ああ、だから必要ないんだ」

 ジェイは少し驚いて、ディートの疑問に補足する。

「できなくもないけど・・・・この魔潤石は03CL型といって、主に電気の明かりや扇風機にも使われてる魔潤石なんだ。けっこう何にでもあう型だけど、くみ上げて貯めた純粋なワルズは、地域や、地脈のポイントによって力の成分が微妙に違うんだ。それを03CL型にあう力に変換する機械を通して一定の量を注がなければならない。」

 ちょっと理解できなくなってきたが、解ったように相づちを打つディート。ジェイは得意げに続けた。

「つまり、03CL型のワルズの成分はおおまかに魔力、霊力、妖力を4:3:3あたりに調整して電池一杯注がなきゃいけないんだ。その上、魔力、霊力等の属性も変化させなければならない。分かりやすくゆうと、君が手のひらから、涙と、唾液と、汗を、必要な量だけ分泌させて、なおかつ涙の塩分濃度も自分の身体で調整しなければならない、という難しいことをしなきゃ行けないんだよ。」

「なんだその・・・。まあ、難しそうなことはわかった。」

「だろ?だったら機械にしてもらえばいいのさ。ワルズの調合率を変えてやるだけで、機械がやってくれるんだから。あまりにも珍しい電池は難しいけどね。この機械は中古品だから。」

 ジェイは得意げになおも話し続けた。

「北の大陸はこういった技術がかなり栄えているよ。そこからの譲り受け品さ。魔法使いなんて少なくなってる世の中だからね。機械が栄えていくんじゃないかなぁ?」

 そう言いながら、堅そうなレバーを上に押し上げると、機械の中から重低音と鉄がうなる甲高い音がした。

「結構うるせー」

「二号機は防音されてるんだけど、こっちは古い方だからねー。すぐ終わるからちょっと、我慢してね」

 機械の側で、ジェイとディートが会話している間、ティーラはもう一つのカラの電池を眺めながら一人つぶやいた。

「・・・ややこしい説明。こうしたらいいのに」

 目を薄く閉じて、まだチャージしてない空の魔電池に力を注いだ。

 魔力も霊力も関係ない。空気中にない交ぜになっているワルズ(このあたりのワルズは、若干霊力値が多めだね)を、注いでいく。

 石いっぱいに力が注ぎ込まれたら、次は性質変化。

 たしかに誰にでも出来る技じゃないけど、性質変化に必要な大容量エネルギーは、自分の中の力で補う。魔力は霊力より重いから足りない物質を、調味料をふりかける様に足して、いらないモノは空気中に離散させる。

 03CL型のように4:3:3になったら、属性変化。

『火』と『光』寄りの属性を持たせるけど、意外と石の中のエネルギー性質はそんなに重要じゃない。

 うん。良い感じ。質が高く不純物が入ってないから石としては長持ちするかも。

「電池って一年くらい持つの?」

 ディートが、機械の側でチャージされる様子を覗きながらジェイに問う。

「そんなに持たないよ。一ヶ月二ヶ月くらいで空になっちゃうよ。はいできた。もう一個あるんだろ?」

「ああ。ティーラ?空の方、かして?」

「え?」

 ティーラはビックリした様な、目が覚めた様な顔をしている。

「どした?」

「え?あたし、今何か言ってた?」

「え?俺、デスターの人と話してたし、音鳴ってたから気づかなかったけど、なんか言った?」

「わかんない・・・。」

「あれ?入ってる・・・。」

「向こうの二号機でチャージしてくれたの?」

「え?う・・・うん。」

 石がいっぱいだと言うことはそうなんだろう。

「そっかありがとな、ティーラ。」

「まいどあり~二つチャージで8500UBだよ~」

「マジで!?チャージ料って高っ!というか、そんなお金持ってないし・・・」

 ディートが驚く。

「あはは!お金は後払いなんだよ。もちろんおばさまだけに限ってだけどね。」

 金額を聞いて思わず忘れていたけれどパミラさんが出際にそう説明してくれていた。だが、エネルギーを容れるだけでそんなにお金がかかるとなると、いったいあの本体はいくらなのだろうか。パミラさんの家には他にも機械があった。

「あんなに機械を一般家庭で使ってるのはおばさまんちだけだよ。ほかにもいくつかの機械を試作として設置させてもらってるんだ。需要があればコストを下げてもっと家庭に普及させるためにね。その謝礼として、デスターの依頼料やチャージ量を割引させてもらってるよ。」

「なるほど。」

「ま、あの人の家のキッチン掃除だけは重労働ランクだけどな~。ははは!」

 確かに傭兵寄りの何でも屋企業からすると、逆に家事依頼の方が大変な仕事だろう。ディートはそっちの仕事の方が好きだが。

「いろいろ勉強になりますね」

 相づちを打つディートにジェイは目をキラキラさせて捲し立てる。

「機械っておもしろいだろう!オレはこうゆうのいじるのが大好きでね。だからデスターにはいったのさ。北大陸発のデスターは機械技術が栄えてるからね。研修で本部にいったこともあるよ。きいてくれるかい!?あれはすごかったなぁ。あ、そうそう!同期にすごい符術師がいてね?彼がまたさぁ~」

「符術!?ダルグ!?」

「あれ?知ってるの?符術士ダルグ。知り合い?」

 弾みで名前を滑らしてしまったディートは、しまったと思いながらも体裁を繕った。ジェイのつっこみも早くて、誤魔化すのは難しい。

「あ・・・まあ。前の、仕事で・・・・」

「・・・そうか・・・じゃあ、あのことも知ってん・・・・ああ、いらっしゃい!」

 ジェイの話の途中で店は慌ただしくなった、他のスタッフもいらっしゃいませと、入り口から来た男性に声をかける。もう一人スタッフが居るとはいえ、チャージを待ってる客や何かしら用事だろうお客様が、小さな店の中に所狭しと待っている。

「忙しそうですね。邪魔しちゃ悪いんでまた・・・」

「んなこと言わないでさっ」

 ディートは逃げる絶妙なタイミングだと思い、気遣って立ち去ろうとしたが、ジェイは腕を握って引き留めた。

「今日の夜さあ!仕事終わった後は酒場でいるから是非きてよ!」

「えと・・・」

「大通り西側の「華」という店に居るんだ。東大陸語字の店だからわかりやすいと思うよ。二人でおいで!もっと話しようぜ?“いろいろ聞きたい”、だろう?」

「・・・そう、ですね。」

 にっこり笑うジェイに何か裏を感じ取りディートは頷くしかなかった。

「じゃ、そういうことで。ああ、いらっしゃい、待たせたね・・・」

 言うだけ言って、ジェイは他の客の相手を始めた。ここにいてもしょうがないし、パミラさんに魔潤石を返さなければならない。

「いくか、ティーラ。」

「うん。」

 店から出ようとすると、扉の前で最期に入ってきた背の高い男がティーラを凝視していた。ティーラもふいに目があったので男をじっと見た。ディートはジェイとの会話で猜疑心がかき立てられているので急いでティーラの手を引き、店を出た。

10歩過ぎ、20歩もとうに過ぎ、どうやら尾行などははなさそうだ。ただの思い過ごしか。

 ベルはこう言っていた。ティーラ捕縛の任務をすべてのディオススタッフが知っているわけではない、と。だからデスターの人間すべてが敵にはならない。

 さて、あのジェイという青年は信用できるだろうか?酒場への誘いは偶然か?仕掛けか?仕掛けなら乗ってみるか?悪い人ではなさそうだが、仕事だったら遂行するのかな? ティーラは悪くない。純粋にデスターで働いてる人だって悪くない。怪しいのはでデスターの上層だけか?すれ違った背の高い男は少し怪しかった。ティーラを凝視していたし。まさかデスター上層関係者か?

「ディート?どうしたの急に?歩くのはやい。」

「ん?いや。」

 考え込んでいるディートの横顔を、心配そうに覗く。

「もしかして、さっきの男の人?」

「あ、ああ。目があっただろ?睨まれたりした?」

「ぅぅん。なんか、優しそうな人だったよ?こわくなかった。」

「んん?」

 ティーラの返答にはちょっと肩すかしを食らった。だが、なんら根拠はないが、恐怖を感じやすいティーラが恐くないと言ったので正直ホッとした。案外ティーラが可愛くて見てただけなのかもしれない。

 ディートは彼女の姿を改めてまじまじとみる。短いスカートから伸びるスラリとした脚は、健全な成人男性なら二度見するだろう。いやまて、ガン見したいかも。

「スカートが短いから見てたのかな・・・やだな。」

 と思って、独り言の様に呟いたら、ティーラが聞いていた。

「じゃあ、今度ベルにずぼん貸してもらうね。」

「頼むから。そうしてほしい。」

 ディートは大きくうなずいた。ベルがティーラにズボンを履かすかどうかは定かではないが。

「ディート君、ティーラちゃん。お疲れ様でした。この町で何かあったらいつでもおいでなさい。おばさん頼られるの待ってるわ!」

 パミラおばさんに魔潤石を渡し終え、報酬金をもらった。好意か気に入ってくれていたのか、少し色が付いていた。おばさんの初恋の人にディートは似ていたらしい。

 ついでにパミラさんは、部屋にシャワールームの付いた良い宿屋を半額で借りさせてくれた。半額でいつもの宿代くらい。広くはないが、窮屈さは感じないゆっくりできる部屋だ。ベルとラフが帰ってくるならもう一部屋借りて、男と女に分けようかと思ったが、

「帰ってこねぇな」

「ベル?」

「ああ。ベルがいなきゃ着替えれないだろ?暑かったから汗かいただろ?」

 ディートは掃除してるときに汗だくになった汚れたシャツを脱ぎ、シャワールームで洗って固く絞り、超初級の風の魔法で乾かした。そしてまた袖を通す。そう言えばティーラは汗の一滴もたれてなかったな。

「暑くなかったのか?」

「うん。あついよ?」

 ソファーに深く座ってさも当たり前のように応えるティーラ。つたない言葉に見せかけて、何か重要な意味がある時があるから、ティーラの言葉を聞くたびにディートは、すごく考えさせられる。そして悲しいかな、彼女は嘘もつくし隠し事もあるということに、一緒に旅をして気付いてしまった。必要以上話さないし、言葉と知識にとてもムラのようなものがある。

 だがそれを一個一個暴くように質疑するわけにはいかない。きっと毎回もやもやする。 可愛いから、嫌われたくないから、強く言えない。でも甘やすわけにもいかない。

 ディートはグラスに水を注いで一気に飲み干す。一息ついてからこう言った。

「ティーラ、少しここで待っててくれるか?」

「え・・・?どこにいくの?」

 ベルが帰ってきたら一人で酒場にいこうと思っていたが、誰もなにも連絡がない。ティーラをひとりにしておくわけにはいかない、が、酒場に連れて行くのも気が引ける。

「酒場・・・だからさ。」

「ついていっちゃあいけないの?」

 ティーラは不安げに呟く。

「だって、あぶないし。」

 ティーラの可愛い容姿が好色の目で見られるのが嫌だ。それにやっぱり目立つだろう、その美しい髪色は。ヘアバンドの術が聞いてるのか聞いてないかさえも解らない。

「一時間くらいで帰ってくるから」

「イヤ」

 はっきり言い放ったティーラにビックリして少しムキになって説得する。

「イヤじゃない。罠かもしれないんだぞ?」

「ディートおかしいよ。罠なんだったらこの宿だってそうでしょ?それでもあたしを連れて行かないんだ?」

 ティーラもムキになったのかも知れない。少し鋭く怒った目つきでかなりの正論を言い返されてしまった。

「そ、・・・それは、そうだよな・・・。わかった、一緒に行こ、う。」

 ティーラはディートを言い負かしたことを誇るわけでもなく、不機嫌なまま立ち上がった。

 やっぱり俺は甘やかせてしまうし、扱いきれないな、とため息をついた。



 よく知った、甘い香り。いや違う。アレよりももっと濃く深い、芳醇で最上級のワインのように。

 ソレを無意識に察知し、向いたその先から青い髪の少女が歩き、すれ違った。

 まさか・・・これがっ

「センセ!!」

「っ!」

 ジェイに呼ばれるまで我を忘れることなんかない自分が、本当に食い入るように見ていたようだ。

「だいじょぶ??」

「あ、ああ。」

 自分の声が、喉が渇いたようにかすれている。

「びっくりした?顔、みた?似てるよねぇ?手配書とは違う金髪だったけど。」

「いや。髪色は術で変えている。俺には青い髪に見える。」

「オレには普通の人間と変わらなく見えるよ。」

「・・・ああ。」

「ちょっとびっくりしてる?」

「・・・ああ。」

「うっわ。そんなセンセ。初めて見た~!いいふらしちゃお~!さてと、何を仕掛けようかな~。」

「余計なことはするなよ。危険だ!」

「ほ~い。ほどほどに接触してみるよ。センセ、は?あの子と会ったら・・・」

「接触はさせたくない。」

「なるべく、フォローするさ。」

 ジェイは、にんまりと笑った。



「いらっしゃいませーーん」

 何十にも重なったはじけた女性の声がディート達を迎えた。

 呆気にとられた。彼女たちはとてもカラフルで、ピンクや赤、ティーラと同じような髪色の娘までいた。ここ数年前から若い女性で流行っている染め髪だ。

「あの、ジェイって人は、」

「オーナー今日もきてるよー!こっちこっちぃ」

 水色の短いワンピースに黄色い蝶々の帯を巻いた少女が案内する。この異人ファッションは、ベルがたまに着ていたキモノだかユカタだかとか言うモノと同じだった。

 店内は結構広く、女の子達がはしゃいでる。その一番奥のソファには、先ほどのデスターの制服のままのジェイと他に2名同じ制服姿があった。

「やあやあどうぞ座ってディー君」

「おじゃまします、あのティーラつれてきちゃったんだけど」

「いいよいいよ!可愛い女の子大歓迎!座って座ってティーラちゃん」

 ティーラは不思議そうに店内を眺めながら腰掛ける。

「いらっしゃい」

 小麦色の肌、肩までの金髪、他の女の子より大人しいが気品のあるドレスを着た女性が、かしずいておしぼりを差し出してくる。

「あ、どうも・・・。」

「ママのイーナです。よろしくディー君?」

「なんで、名前・・・ってかディー君・・・って」

「さっき君のこと話したんだ~。イーナはオレのマイハニーだよ!来月結婚するし、それに伴ってオーナーになったの。二人で経営してるんだ~。雰囲気良いだろ?」

「元気な店ですね」

「ああ。女の子は華やかで笑顔が一番ってな!元気な事はパワーな事だよ!」

 力説するジェイはとても陽気だった。

「これでも飲むかい?」

 ジェイはテーブルの上のウイスキーのボトルを握った。

「あ、いただきます、けっこう薄めで!」

 勢いよくウイスキーを入れられそうで、ディートは慌てて制止した。

「彼女は何を飲むかしら?」

 優しい微笑みを浮かべてイーナはティーラに聞いた。

「なんでもい」

「ノンアルコールで!!!」

 ディートがティーラを遮る。楽しそうに笑って、イーナは立ち上がった。

「わかったわ、ちょっとまってて」

 気品があり優雅で、芯の強そうな女性だ。誰でも憧れそうな。

「ティーラ、大丈夫か?」

「なにが?」

 賑やかなしゃべり声が沢山重なって、至近距離まで寄らなければティーラの小さな声が聞こえない。

「いや、人いっぱいだし、こんな場所初めてだろ?」

「ん・・・。なんか大丈夫。にぎやか。見てるのたのしい。さっきの人、きれいな人。」

 無表情に近いが不快ではなさそうで、目をまん丸くして他の人の会話を聞いたり、歌ってる女の子を眺めたりしている。

「確かに、キレイな人だなイーナさん。憧れるなぁ」

 自分の周りの女性の代表のベルとティーラは、イーナさんの雰囲気にはほど遠い。おしとやかで強い女性はもの珍しく憧れるから素直にそう言った。

「・・・・・」

 ティーラは同意をくれるかと思ったが、何故か目つきか鋭いものになったのでディートは困惑する。ティーラもさっききれいな人って言ってたよな?なんでだ?さっきから不機嫌にさせているかもしれない。

「はい、おまたせ。乾杯しましょうか」

「よーし!じゃあ、今日はオレのおごりだから気にせず飲んでよ、ね」

「なににかんぱい?」

 ディートがグラスを持って呟く。

「オレの新婚祝いとティーラちゃんの可愛さにかんぱーい!」

「・・・・いただきます。」

 浮かれるジェイとグラスを鳴らして、とりあえず最初の一口をいただく。なんか、長い夜になりそうだ。罠かもしれないのに。

「ああ、こいつらはオレの部下だから、まあよろしくしてやって!」

 ジェイの隣に座っていた同じ制服の二人のはディートと同じくらいの歳のようだ。

「ケイです。よろしくッス!」

「アルっていいます。よろしくです。ボクらはまだ見習いですけどね。ディオスの進級試験を受けている途中なんですよ。」

 二人ともそれなりに酔っていて気兼ねなく身の上話をしてくる。ジェイも背が低いが、それより小柄で元気なのがケイ君、丁寧だが気弱そうなアル君。

「おれ!次の任務頑張ったらセレナさんに誕生日プレゼントするっす!」

 ケイ君は 栗色の髪をグリングリンに巻いた、まつげの長くて頬が真っピンクで唇つやつやの女の子を口説いている。

「あたし~。ヴェルイルのバックがいいな!」

「進級して稼いで帰ってくるっす!!」

「バックのひもがチェーンのヤツ。ゴールドでないとやだからね。」

「なんでも任せるッス!!強くなって稼ぐッスから!!」

 いまいちかみ合ってないが、こういう店にありそうなやり取りが繰り広げられ、少年はある意味幸せそうではある。

「いや~ん手ぇおっきぃ~。かっこいいですねぇ~。」

 ディートの横に若い女の子が座りグラスにお酒を注ぎながら言った。合成された鼻につく果実の匂いと、伸びた話し方。

「あ、いや、普通、だけど・・・?」

 上目遣いで見られても正直何とも思わないが、女の子を邪険にするわけにもいかないし、かといって長々と話なんてしたくはない。ティーラが側にいるし、変なことも思われたくないし。

「ダメよ、ディー君はこの子の『カレ』なんだから」

 イーナがダルグの横に座っているにもかかわらず、気を利かせて声をかけてくれた。

「うそー!いや~ん!やっぱイケメンには彼女がいるのねー。って、ちょっと、超可愛いじゃない!!おにかわーじゃない!!美男美女カップルだぁ~!」

「鬼、皮?かっぷる?」

 ティーラが首をかしげる。

「ちょ、ちょー肌きれいくない?っていうか、ほっそー!なにたべてるのぉ?」

「へ?えっと、あの、」

 ティーラが困っているのをどうにか助けようとディートが話を割ろうとするが、女の子のマシンガントークはとまらず、他の女の子を呼び出した。

「ちょーきてきてこの子めちゃかわいくない?」

「えー!なにたべてるの?ダイエットした?」

「クリームとか何ぬってるの?」

「え、ちょっと立ってみてよ!背高くない?わっ!脚なっがー!」

「うらやましいぃ~!」

「この服どこでかったの??珍しい!自作?シティで買ったの?」

「ちょ、髪さらさらじゃん!どこのサロン?オイルなに使ってる?」

 女の子の群れに圧倒されて固まっているティーラ。すまん。もう助けられん。ディートが心の中で詫びていると、もう一人の部下のアルが話しかけてきた。

「ディー君何でも屋で旅してるんですか?ボク町の外あんまいったことないんですよ」

「一回辺境本部に試験いったじゃん?」

 ジェイが会話に入ってくる。

「それ一回だけですよ。観光してないし・・・でも、こないだ潰れてしまいましたね、ルタシティのビル・・・」

「!」

 ディートは自分でも不味い!と思った。今ものすごく顔に出たと思ったからだ。

「知ってるんですか?ディーさん?」

「あ、ああ、なんか新聞で読んだよ。痛ましい事件だよ、な」

 そう言って誤魔化したが、相手がどう思ったかは解らない。アル君は気にならないがジェイの何気ない変わらない目が気に触る。

「そうだ、ディー君。明日ある任務を手伝ってくれないか?」

 ジェイがひらめいたように言った。

「さっきの機械のタンクに、エネルギー補給しに行くの手伝ってくれない?機械が重くてさ。この機械高額だから、族に襲われるとやばいんだよね。」

 このタイミングでまた『誘ってくる』のか、とディートは内心感じた。

「でも、デスターって個人に依頼して大丈夫なんですか?」

「敬語なんてはぶいていいよ!気さくにしてて」

「あ、どうも、」

 ちょっと警戒心が表面に出てしまったかな?と落ち着かせるためにグラスの水割りを一口飲んだ。

「酒の席で言ってるんじゃないよ。ディー君気に入ったの。あと、ホント人手不足で、いつもははスタッフももう半分いるんだけど、辺境本部の立て直しで出払っててね。店回すので精一杯なんだよ。こいつらには試験の勉強に専念してほしいしさ。どう?頼める?」

 ジェイは始終軽い笑顔で、気さくに肩をぽんと叩いた。裏があるのかないのかまったく読めないが、部下のコもジェイ自身も普通にいい人達に見える。警戒したいけど、しきれない。でも警戒しなきゃいけないし、疑わしくも見えなくもないし、まったくみえない。

「なぁに固まってんのさ。たのむよぉ~もっと“いろいろ深い話”しようぜ!ゆっくり酒抜きでさっ」

 やっぱりひっかかる。ディートの中でジェイの言葉や態度は、あることを示唆している振りにもとれてしまうから。

「な?明日、ヒマだろ?」

「・・・・じゃあ、よろしくおねがいします。」

「だから堅苦しいっての!」

「いてっ!」

 背中をジェイに思いっきり叩かれた。

「明日昼前にデスターにきてよね?」

「わ、かった。」

 人なつっこい笑顔を見て、ジェイが心底友好的に接してくれると感じてしまう。邪気を感じないし疑うところはない。どっちなんだ。あやしいのか?あやしくないのか?

「な、なあ、ティーラはどう思う?ってあれ?」

 いつの間にか隣に座ってたはずのティーラがいない。

「まさかっ!!!」

 やっぱり!とディートは焦った!腑抜けたように人を信じすぎたと後悔し、勢いよく立ち上がると、ちょうど膝をテーブルで打ってなおかつグラスの酒をこぼしてしまう。

「ちょっ!落ち着きなよディー君。ティーラちゃんならイーナが連れてったよ?」

「なんでっ!」

 ディートは焦って声を荒げてしまったが、他のみんなは不思議そうな顔でディートを見たり、布巾を持ってきたりしている。

「もお~。座って待ってなって。オレがよんでくるからさ」

 ジェイが席を立ってのたった数分、酔いが回ったのかと焦るくらいに、目がぐるぐる回ってしまっていた。

「ディーさん、大丈夫っす?顔青いっすよ?」

「あ、ほら、帰ってきたよ?大事なカノジョさん」

 ケイとアルが指さした方にはジェイとイーナに手を引かれたティーラがいた。

 安心したし、焦りも引っ込んだ。だが、次の一言で酔いも覚めた。

「ディ~トぉ~♪みてぇ~?」

 まさかの間延びしたティーラの声。見知った声なのに艶っぽい猫撫で声で本気で顔が青色になった。

「誰だよ酒飲ましたの!!」

「あら、お酒はほんとに入れてないのよ。でも急に酔っぱらっちゃったの・・・。もしかしたら、間違えて別のグラスのんじゃったのかしら???それとも、空気にでもやられたのかしら?」

 イーナがまさかそんなことがあるのかしら?という困った顔で言う。

「ねぇ~ねぇえ~。ディートちゃぁんとみて~?この服う~。イ~ナさんに着せてもらったのぉ・・・。にあうかなぁ?」

 ティーラはここの女の子と同じような派手な帯を締めた格好をしていた。

「ああ、ごめんね、女の子達が着せてみたいって言い出したのよ。元の服はこの紙袋に入れておいたわ。とっても似合うんですもの。ビックリしたわ。」

 イーナの褒め言葉に顔を赤くしてニコニコするティーラ。くねくね身体をくねらせて照れているティーラなんて、ディートの知ってるティーラではない!

「・・・帰るぞ。」

 思わず冷たい声が出てしまったディートに、ティーラは顔を強ばらせ涙目になった。

「やーっ!なんできゅうにおこるの?かわぃぃってゆってよぉ!」

 ディートの腕を持って揺さぶる。そんな仕草は今まで見たことがなかった。それこそ先ほどの女の子達がしそうなほど、ある意味ベタな抗議の仕方だと思う。別のコがそれをした日にはそのコを嫌いになってしまいそうなほどだ。媚びたり、お世辞を言ったり、可愛く見せようと演技したりする女の子は苦手だ。だが、ティーラは違う。

 こっ、これは、まずい!

「・・・はいはい。・・・かわいい。かわいいから・・・」

 ディートはあまり顔を見ずに適当にあしらった。するとティーラはますます泣きそうな声になって、

「そんなのいやあ!きもちがこもってない~!いつも込めてくれるじゃん。ひどぃ・・・ひどぃよディートぉ・・・ちゃんと、こっちみてぇ~」

 なにかに攻撃された気になった。身体に何かが貫通した気にもなった。というか、電流が走ったようだ。死にそう。

 そんな二人の様子を見てジェイがニタニタしながら言う。

「ぅわ・・・・激かわっ。えろっ!ディー君すみにおけないねぇ。毎日大変でしょ。これわ」

 何かとんでもなく誤解されているが、弁解する気力は沸かない。

「ほんっっっと扱うのが大変ですよこいつわ!」

 ディートはもういっぱいいっぱいで何かが爆発しそうでこの場から逃げたくてしょうがない。

「とりあえず!明日デスターいきますから!服もそのときで良いですね!」

「ああ~。明日報告を楽しみにしとくよ~ん」

「ふふ。いいわよ。」

 イーナも様子を見てクスクスと笑っている。ジェイに限っては完全にピンク色の誤解をしている。

「さ!帰るぞ。」

「やーだーやだーひどいよぉぉ~」

「ごちそうさまでしたー!」

 逃げるように店を出た。手を引いて歩くが、ティーラの足取りは重いしまるで引きずっているような勢いだ。

「ディートぉ~まってよぉ~なんでおこるのぉ~?」

「頼むから夜遅いから大声出すなって。しー、な。しー!」

「しぃ~~~!」

「しーって言わなくていいから静かに!」

「いやぁ~!」

「いやじゃない!」

 宿が近くて助かった。繁華街の中にある宿だからほんの数分で到着し、恥ずかしいやり取りを聞かれずに急いで部屋に入り荷物を下ろすようにティーラをベットに腰掛けさせる。

「・・・ふう。ティーラ。俺シャワー浴びるから。その間ちゃんと着替えて寝なさい。」

 真顔で、理性をフル稼働してちゃんとティーラに言う。もう眠ってもらうしか他ない。

「はぁい~!あたしもぉ~!」

 ティーラはフラフラと定まらない身体で手を挙げた。

「なに?先に入る?」

「一緒に入るん~」

「は?」

 ディートは耳を疑う。なぜ?誰と誰が風呂一緒するって?

「い、いや、倒れるから後にしなさい。」

「だめー!一緒に入るのーからだ洗うの~」

「だ、だれの?」

「あたしの」

 ティーラが夢みたいな事を言っているがどうやら聞き間違いでも夢でもないようだ。次から次へとすごいことを言うな!今日は!

「一人で入りなさい!自分の身体は自分で洗うの!」

「ベルは一緒に入ってくれるもん!からだ洗ってくれるもん!」

「ベルは女だから一緒にはいれるの!じゃあ俺もう今日はシャワーいいわ。」

「じゃああたしも入らない。」

「ダメだ!入れ!キレイにしろ!」

「じゃあキレイにしてぇ~」

 堂々と頬を膨らませて言い放ったティーラ。こんなんだったっけ?というかいったいベルは普段何から何までしとんじゃい!それになんなんだこのしょうもない喧嘩は。いや、洗っても良いけど全然・・・。ってそーじゃないだろ!ベル甘やかせすぎだろ!

「ティーラ、俺な、男なんだ」

「知ってるよ~」

「男と女は同じ湯浴みをしちゃいけなあとゆう言い伝えがあってな、お湯にはいるとな、

男が女になっちゃうんだっ」

「そしたらぁ~。女同士でお風呂はいれるね」

「って言うのは冗談で。」

「あ~ん!うそついたぁーー。」

「いやいや今のは嘘だけど!今はベルはいないの。だから自分で洗うの。ティーラ?自分のことは自分でするようにしなさい。」

「できない~」

「ほんとにできないんだなっ!」

 ディートの強い抗議に、ティーラはしゅんとなった。

「どうしてそんなに冷たいのォ?ひどぃ・・・」

「冷たくないじゃんか」

「ぅぅん。つめたいよ。あたしをひとりにしようとした、さっき・・・。やだよぉ~!」

 ティーラは小さく握った拳をぶんぶん振り回し拗ねて唇をとんがらせている。

「ちゃんと、みててよぉ・・・どこもいかないで、でぃーとひどいよ・・・」

 捨てられた子犬が、甘えて出すような声と目でディートを見上げる。くねくねでふにゃふにゃで・・・なんか腹立つ。

「・・・ったく・・・。」

 ため息が出る。せっかく人が冷静にいようとしてるのに。人の気も知らないでよくそんな

ことが言えるな。

 良い匂いがする。甘い香り。いつも近づくとこの香りにやられる。酒場の女の子達の香水の匂いじゃない。似ても似つかない生花のような匂い。本能に訴えかけてくる。衝動が増す。

 ディートは低くつぶやいた。

「・・・・じゃぁ。ひどいこと、するぞ。」

 ベットにティーラの背中を押しつけ、自分ものしかかる。

「・・ぁ・・・」

 可愛すぎる。いつも近寄ったときの、ちょっと不安そうで目を合わすのをためらう様な仕草はない。わざと眉をつり上げてもいない。とろん、とした瞳でディートを見つめている。青い髪がシーツの上を彩って、ティーラの耳や首筋が露わになる。もしもそこに舌を這わせたら、いったいどんな反応をする?

 前に酒飲んだときは、ラフにもベルにもすり寄っていって、でも朝起きたときは何も覚えてなかったっけ?

 覚えてないんなら・・・ちょっとぐらい。

「・・・・クー」

「って、寝んなよ!!」

「・・・ぅ~・・・・・ん・・・・・・。す~・・・・・・」

 ティーラの青い瞳は閉じられ、無防備過ぎる寝息をたてていた。

「ま・・・いいよ。むなしいし。はぁ・・・。こうなると思ってたし。」

 ディートはもう一つのベットに向かって、気絶するように脱力した。




Day Break Bell



 私は、解っているわ。あなたがいなくなること。隠さないで。


 オレがそれを隠していたのは、君に永遠を約束したかったから。


 ええ。そんな心遣いは解ってるわ。でも知ってしまった・・・だから。


 だから?悲しい・・・かい?


 悲しい。母として、女として。きっと一晩中泣き明かしてるでしょう。


 だけどいつか、そんな痛みさえ越えて君は強く立っているだろう。


 そう・・・できるかしら。


 できるさ。オレがみつけたひとだから。そんな君だから愛した。君を選んだ。そして、明日も明後日も・・・俺は後悔しないだろう。君は?妻と子を残していく男で後悔はなかったかい?


 ないわ。私も、ずっと、ずっと、あなた一人を愛したことに後悔はないでしょう。

 ありがとう。本当に幸せ者だな・・・オレは。


 ねえ・・・


 ん?


 だから・・・だから最後にねだっていい?あなた以外で女にならないから。きっと私は、黒い服を着て、そのあとは神に仕えるドレスを纏う。もう誰にも開けないから。あなた以外には開かないから。だから最後に・・・。あなたが欲しいの。


 いいよ。いっぱいあげる。いっぱいいっぱい・・・オレを残していて。オレだけに君を見せて。


 いっぱい欲しい。


 オレをあげる。そして、オレは君といつかまた巡り会う日を楽しみに見守っているよ。


 あなたを愛してる。


 君を・・・

君を愛してる・・・


 そしてすべてを




 海風が塩の匂いとともに、燃える炎の様な髪を振り乱す。

 だが頬は乾かない。握りしめた拳の力も弱められずに、またぐっと握る。


あなたはわかっていた。自分が死ぬ、ということアタシは知っていた。

なのに何故!何故止められなかったの?

どうして・・・アタシは・・・


 眼下に広がる、月明かりに照らされた果てしない大洋は、紺色に波で出来た凹凸の陰影と岸壁に散らばる飛沫の白色で昼とは違う姿を見せた。高い崖の上でなければ、轟々と呻く凄まじい波の音が聞こえるだろうが、よく抜ける風の音の方がうるさい。

 でも、静かじゃなくていい。本当は叫びたいから。声を上げたいから。

 お願い、アタシの代わりにどうか、風よ唸れ!

 すべての炎をかき消すくらいに!

 アタシの迷い、悲しみもすべて!

「あなたの心の炎は、どんな強風にも消えたりはしない。」

 風の音の間に、深い声が背後から響き渡る。

 すぐに振り向いたりしない。自分で涙をぬぐってからゆっくり振り返ると、大きなマントを被った白髪で髭を蓄えた大きな男がいた。

 人に顔を見せるときは、いつも少し睨みがちになってしまう。弱さを知られたくないから。例え、たった今泣いていても。

「お久しぶりです、火竜王」

 冷静な声音でアタシは言う。

「炎の霊姫。同じ火の属。その混じり気のない美しさに、我は憧憬を覚えますぞ。」

 彼はそういって、恭しくアタシの赤い爪の手を取った。深く(しわ)の刻まれた大きな手は、アタシの爪より長くとがったかぎ爪だったが、傷ついたりしないよう紳士の様に流れる手つきだった。そして手の甲にキスをして目を合わせた。

「我でよければ、体温と胸をお貸しできますぞ。どうかお一人で涙せぬ様に、姫」

 なされるがままに手を預けたまま、アタシはいつもの様に不適にクスっと微笑んだ。

「ご冗談を、王。奥様に叱られてしまいますよ」

「今しばらくは、目をつぶっておいて頂くしかないようだ。」

 皺だらけの顔をくしゃりと笑顔にする。色味のない白い瞳が笑いかけ、慰めるように言った。

「悲しむことはありません。彼は巡り還っただけなのですから」

「そうね、あなたや私から見れば、死は、おわりのはじまりで、自然で。とても、自然で

だけど、アタシにとっては、衝撃なの。」

 死後や魂の概念や、輪廻など、頭では解っていても、今はそんな理論で自分を慰めるつもりはない。

 アタシも王も、その気になれば死者と会話くらい出来るだろう。でも、それは生きて肉体を与えられた人間じゃない。触れあえない。年も取らない、ただ形作られた、イメージと念と、意識にすぎない。魂なんて不安定で、大きくて小さいもの。個だと見せかけて全だったりする。決して、人間のように、一人格なんかじゃない。

 わがままで、エゴイストで、どうしようもない欲にまみれた、人間という儚き時。

 一緒にしゃべったり喧嘩したり、触れ合ったり、年を重ねていったり、思い出を共有したり。身体がないとそんなのなんて出来ない。

「悲しいの。」

「人間みたいな事をおっしゃる」

「そうね」

 アタシは・・・人間だもの

「精霊なんて、ただの肩書きです。此処に器がある以上、精霊という人間・・・。あなたがこうして私を慰めてくれるのは『人間的な自我』からではないの?」

「ふふ、姫のおっしゃるとおりですな。」

 王は、深い声でまた笑った。

 死は辛い。ヒトに平等に来るものだけれど、辛い。

それは、理由の所為だ。

悲劇という理由の所為で果てた理不尽な死。

どんなに本人に覚悟が出来ていようと、

残された人が納得するにはそれぞれの時間を必要とし、

それぞれの自分を納得させる意味を見いだせなければならない。

それをふまえたとき、ディート、あなたは、自分の気持ちにどうやって整理をつけたの?

何故?親友なのに?親友だから?

・・・アタシはいつ理由が見つかるの?立ち直ったふりして、

大人のふりして皆を叱責して、馬鹿みたい。

こんなに揺らいで、まだ片づけられもしないのに。感情と知識が葛藤する

「あなたは泣かないから、叫ばないから心に膿が溜まるのですよ、姫。」

「もう泣いたわ、十分。今だって。もう私が泣く理由なんて、ホントはないのよ」

「涙するのに理由などいりませぬ。そして、姫は、まだ泣き足らないのでしょう。」

 そんなことなんてない。言葉に出すと、強がってる様だから、黙っていた。

「失言でした。姫。我ではどうやら役不足のようですね。」

「いえ・・・ごめんなさい」

 心が何かを欲している。癒し?甘え?何かはわからない。だが、彼が自嘲気味に言った事は当たっているのだろう。役不足なのだ。だから、ベルはうつむいた。

「気休め程度に、耳に入れて頂けるかな?」

「なに?」

 火竜王は、その年輪のような深い皺の顔を、少しだけ微笑ませて、髭を揺らして言った。

「あの、鍵の人間には、すばらしいお方が迎えに来られておいででしたよ。あんなに美しいキザハシをみるのは久しぶりだ。彼女の気を感じられるなぞ。後にも先にも滅多にはありますまい。」

「そう・・・。」


『夢で母が言った』

「先夢は本当にあたるのね・・・。ダルくん。」



「親父んとこ、いってたのか?」

 ベルが夜更けの町に、気配を殺して帰ってきたところを、ラファールが屋根の上から声をかけた。

「なんでわかんのよ。」

「てめぇについた潮の香りが俺んちの香りだった。」

「すごい嗅覚ね・・・。そうよ。大事な息子さんをお借りしますってね。」

「思ってねえくせに。疎ましくねえのかよ。オレがいて。」

「?本気で聞いてるの?」

 ベルがあまりにも本気できょとんとして言ったのでラファールはうろたえた。

「な、なんだよ。」

「いや~ね。意外と、ってゆうかやっぱりお子ちゃまね。仲間はずれかと思ったの?ぼうや」

「焼き殺すぞ!」

「焦げ尽くすわよ!」

 二人の間に火花が散る。炎の精霊と火の竜の火力は果たしてどっちがすごいかしら?と他人事のように思った。

「あのね。ホントいうと、大歓迎よ。」

「あ?なんでだよ。意味わかんねー。邪魔じゃねえのかよ」

「【邪魔】が良いのよ。だって、ディートと張り合ってくれるでしょう?」

 ベルの赤い瞳が底知れぬ光を吸い込んで艶めいた。

「てめぇくそババア。思った100倍性格悪いな。」

「あらありがとう。ババアは余計よ。」

「で、アイツの旅の目的ってカタストロフィの所為、か?」

「ええ。まあね。」

「憎んでいるのはもちろん、」

「・・・ええ」

 ベルは口数を少なくし、ラファールは静かに言った。

「ふん。敵は同じか。」

「・・・・」

「にしても意地悪だな。ヤツの居場所くらい教えてやれよ。」

「・・・・あなただったら、どうする?」

「・・・・」

 ラファールはその質問には答えなかった。代わりにこうつぶやいた。

「まあ、いずれ、遭うだろ。ティアと居る限り、必ずな。」

 ベルは何も言わず、暗い町の中に消えていった。


 →NEXT Day Break Bell 2



「ディート!いつまで寝てるの?あたしすごく寝覚め良かったよ?」

「・・・ぉ・・・」

 ディートがまどろみから聞いたティーラの声は、はっきりと不機嫌そうな声だった。

「なんか、変な服着てるけど、きつくてとれないよ。」

 ディートは寝ぼけながら無意識に背中の帯を引っ張ってやる。

「あ、こうやって脱げるんだ。着替えてくるね。」

 ぼさぼさの髪を掻きながら、

「寝れたもんじゃねー」

 ティーラと二人っきりって、厳しい。寝たと言えば寝たが、なんか夢で悩んでるというか、身体がいろいろ、疲れるというか・・・。

 と、考えながらもう一度まどろみの波がやってきて、寝息が漏れた瞬間。

「ディート!!」

「うへ!?」

 勢いよくティーラがディートのベットを揺さぶるので、驚いて一瞬でベットの上でファイティングスタイルを取ってしまうディート。

「なななんだの?」

「昨日のお花・・・しおれちゃった・・・。」

「ああ、そんなこと・・・」

 昨日結婚式で貰ったブーケをディートに見せる。昨日、置きっぱなしですぐバーに出かけたし、帰ってきても酔ってそのまま寝てしまったので、オレンジ色の薔薇のブーケは萎れてしまっている。

「そんなことって!ひどい!・・・?」

 ティーラがディートに文句をいおうとしたが、ディートは目をつむり花に手をかざし集中する。

「・・・・」

「あ!」

 ティーラが驚く。ディートの深い呼吸が終わる頃には、花は元気を取り戻し昨日の一番花開いていた美しさに戻っていく。

「え!なに!すごい!ディートどうやってしたの!?」

「さぁ・・・俺にもわかんね。ちっさいころからこうゆうコトが出来るんだ。」

 素っ気なく言うディート。ティーラは目を丸くしながら喜んでいる。

「すごい!すごーい!」

「でも、花は枯れるものだから、これで最期。長持ちさせるために水に挿しときなさい。」

「はぁ~い」

「じゃあ、準備してジェイのトコいくか。」

「まって、シャワー浴びるから・・・」

 ディートの寝ぼけ頭は何気なくティーラにこう言ってしまった。

「一緒に浴びる?」

「なにいってんの。ディートきもい。」

「・・・・・」

 昨日のアレは、やっぱ夢か。

 よかったよかった。ツンツンしてて。うん。・・・うん。



「思ったより良い本ねぇなぁ・・・はらへった。」

 そうラファールが心の中でぼやいたのは正午前の頃だった。

 人間ではないので一日に何度も食事はしなくて良い体だが、さすがに小腹がすいてきた。

 図書館に入る前にティーラを連れだって歩くディートを見かけたが、メシをくれ、と声をかける気にはならなかった。

ティアと二人きりにはなりたいが三人ではいたくない。

 ここの本の種類には違和感を感じた。

一般教養、童話、科学、歴史、専門書。

 そう歴史と専門書だ。ある宗教に偏っているし、歴史書が少ない。いや、数が少ないのではなく、内容が深くない本が多いのだ。

 そんなことに気付く人は少ないとは思う。小さい図書館だし、考えすぎかもしれない。

 町の成り立ちが不自然なのかもしれない。歴史が浅いのか?街道からだいぶ離れた場所なのに町の規模はでかい。だが商業にも工業にも特化していない。隣町まで距離がそこそこある。なのに生活の技術レベルは高い。むしろ最先端の機械がちらほら見える。

 あとでアカシックレコードででも、この町の成り立ちを探ってみるか。

そう思ったが落ち着く場所がない。公園や林も、人の手入れが行き届いており、町中で自然がないのだ。木々の幹も細く。寝やすそうな枝はなかった。町はずれにはあるだろうが、 あまりティア達から離れたくはなかった。昨夜は仕方がないのでティアが寝泊まりしてるホテルの屋根で休んでいた。

 どこか居心地良い場所でゆっくり微睡んで情報の整理をしたい。

 昨日は北から東のほうを探索したから、今日は南へ捜しに行こうか、と、図書館を出て人気がいない道に入り気配を消す。そしてゆっくり空中に浮いて飛んでいく。

「お?」

 暫く飛んだ後思わず声を上げたのは、少し澄み切った地場を感じたからだ。それはそう遠くなく、小高い丘と木々がちょこんと見える場所だった。高度を下げると小さな広場と畑のようだった。

「ハーブがなってらぁ」

 ラファールは湿気を含んだ木陰に思いっきり寝ころんだ。涼しくて気持ちが良い。

 ミント、バジル、カモミール、フェンネルなど、沢山のハーブが品質の良い状態で育っている。

「邪気を払っているのか?」

 人がいる土地には大小必ず邪気が存在する。それが少なく清気すら漂う。これは珍しいことだ。まあ、範囲として狭いので、魔法使いかなんだかが邪気を払っているのだろうが。それにしても術ならば、何者かの術者の念を感じ取って不快になるがそんなこともない。悟りを開いたような欲のない老夫婦かなにかでも住んでいるのだろう、と勝手に予測して微睡む。

 この町の馴れ初めなど、どうでもよくなってきたが、大陸の位置関係を見ても不自然な場所の集落だが、今や立派な町になっている。北西の高峰は知る人ぞ知る霊山だが、まだ人間に山を開かれてはいない。だが下部に点在する地脈はなかなかのものだ。それを過去利用したものがいたのかもしれないな。その末裔が集まったのだろう。

 アカシックレコードを開くのが面倒になってきた。陰鬱な気持ちだからこそ、久々の良い土と陽光がたまらない。

 もう少し眠ってもいいかな?

 調べても調べても、欲しい情報はない。知識は増えてるが無駄としか言いようがない。

 アカシックレコードは万能ではない。文献や外部からの知識の欠片やワードをきっかけにして探るものだ。なにも手がかりがないまま本質にはたどれない。

 なんで自分はただの竜なんだ。エールや術だって、マジカルという種類しか使えない。

 もっと小さな力を扱えれば、ティアの苦しみをいやすことだってできるのに。あのヤローはできるのに!

 むしゃくしゃしてその辺にあった葉をちぎり口の中に入れた。苦みが口の中に広がりとてもおいしい。

「はぁ・・・・」

ため息をついて少し落ち着かせた。

 こんな精神状態ではとてもじゃないがアカシックレコードなんか開けない。コンディションはとても大事なんだ。精神をしっかりと留めるために。

 もう今日は考えるのヤメだ。

 この良い空気に委ねて少し眠ろうと考え、しばし眠ったラファールに、人の気配を感じた

 そう、ティアだ。本当はティアと二人が良いのに。背中に乗せて大空を飛んで好きな場所に連れて行ってやりたい。楽しいことを沢山したい。

 ティアの甘い香りが近づいてくる。彼女を抱きしめたい。誰にも触らせたくないんだ!

 だがその甘い香りが近くに来たとき、ティアにはない微かな異臭を放っていた。

「別人!!」

「きゃッ!!」

 ラファールがあわてて飛び起きると、小さな悲鳴と怯えた少女がいた。長い蜂蜜色の髪、青い瞳で美しい顔。

「ティア?」

「・・・・?あなた、は?」

 寝ぼけているのかと思った。よく見ると別人だが、そっくりではないか。

 というかコイツはっ!!

「あの、うちの畑で、なに、してるの?」

 ラファールが何かを叫ぼうとしたが、のんきで柔らかな声が響いた。

「お前は何者だっ!」

「え・・・。あたしはエリス・・・・。あの、アナタの方が不審者だと思う、な。」

 怖がってはいるが、友好的で臆していない。もちろん敵意もないし、攻撃なんてしようもないだろう。手には小さなスコップとかごを持って大きなつばの帽子をかぶっている。

「よかった。死体かと思ってドキドキしてたの。アナタ名前は?」

「えと、ラファール・・・・だけど」

 畑で寝てる怪しい人物によく気兼ねなく会話できるな、と、心の中で賞賛する。

「あ!ハーブ食べたでしょ!だめだよ、洗ってないんだもん」

 エリスと名乗った少女はラファールにむしり取られた葉を見てそう叫んだ。

 葉を選んで手際よくかごに入れていく。

「お腹空いてるの?今からブランチにするから、おいでよ!ラファール君!」

 にっこりと笑った無防備な笑顔に拍子抜けしたが、まあ腹は減っている。少女に促されるまま隣の屋敷に入っていった。

 開けはなった庭への扉を抜けると、キッチンと広いダイニングがあった。天井は高く、品の良い小さなシャンデリア。食卓は今から皿が並べられるよう、綺麗にされている。

「そこ座っててね~。もう、よそうだけだから。」

 皿にスープを注いでいると、強い声が響きラファールは思わずビクついた。

「エリス!」

 不機嫌で低い男の声がした。

 別の扉から、黒い髪の白衣の男がダイニングのラファールを見て明らかに怒っている。

「あ、シン~。もうごはんできるよ?」

 陽気で見当違いの彼女の返答に、頭を抑えため息をつく。そしてラファールの前までやってきて短く言った。

「誰だ。」

「お前こそ、なんだそのエール!!」

 ラフの眼にはその身体を巡るエネルギー(エール)がわかる。鮮度や色味、十人十色すべての物質に必ずあるエールは、この少女もこの男も普通の人間が持っている普遍的な色ではなかった。

「ラファール君だよ。ハーブ園に落ちてたの~」

 エリスがのんびりと説明した。

「患者以外は拾うな!」

 男がエリスに怒鳴る。

「つうか、お前こそ誰だよ!」

 愛想のない男に苛ついてきたラファールも負けずに言う。

「ここで医者をやっているものだ。」

「へぇ~。てか医者?そんな白い顔でよく医者がつとまるよなぁ?患者はどっちだか」

 明らかに生体反応が少し薄いし、この少女といいこの男といい、ある特殊なエールを感じる。鼻で笑って、少女を顎で指し示してこう言ってやる。

「こんな【偽物】作ってるのはてめーか?センセイよぉ?」

 ラファールの毒舌に顔色が変わった男は、あくまで静かな声で言った。

「俺の客人のようだ。こっちに来い。」

「ふん」

 いってやろうじゃねーか。誘われるまま別の部屋に移動する。

「シン!!」

 ダイニングから去る背中に、少女が叫んだ。

「喧嘩しないで!ラファール君も・・・」

 心配そうな瞳はティアとかぶって、とても可愛く見え心が揺れた。だめだだめだ。あれは紛い物の匂いがする。この男が何考えてるか解らんが、話を聞こうじゃないか。

 書斎に案内されるなり、黙り込んだ医者にラファールは容赦なく言った。

「んだよ!あれはよ!どこから手に入れた!作ったのか!?生み出したのか?ふざけたコトしてっど焼き払うぞ!!」

「・・・・・」

 暫く凝視していた医者は、フット肩の力を抜き静かに言い始めた。

「そうぞうしいな。若い竜」

「なんでわかっ・・・!そうか。アカシックか!」

「ああ。素性を確認させてもらった。こちらも身を隠してるからな。」

「ああ?」

「勘違いされては困るので言わせてもらうが、俺たちは数年前デスターの実験場から逃げてきたフィニシターとテェリスにすぎない。」

「フィニシター・・・?テェリス?」

「ああ。哀れな奴隷だったものだ。いや、人ですらない。竜である身が気にする者でもない。」

 シンと呼ばれた医者は眉間のしわをいっそう刻させて吐き捨てた。

「フィニ、シター・・・・。クソっ・・・昔と呼び名がかわってっから・・・。」

 最近不調すぎる。上手く知識と繋がらない。

「だいぶ疲れているようだな。詮索しないのであれば休んでいくといい。」

 部屋を去ろうとする医者を、ラフが掴む。

「待てよ!信用できねぇな!!見せてもらうぞ。」

「口で語る気はないが、もとより竜相手に隠すつもりもない。」

 ラファールの減らず口に少し目線を落としただけで、始終顔色を変えない医者。

「暴かれるってのに、余裕だな」

 掴んだ腕から、皮膚から微かに零れるエールを読む。この特殊な青の力と呼ばれるセレストという粒子は、ラファールには細かすぎて扱えはしないが、少しなら読み取ることは出来る。

「!!!!」

 ラファールは胸が苦しくなった。彼と彼から見た彼女について読み取れた。申し訳なくもなった。

「すまねぇ・・・同情する・・・ぜ。」

「人を覗くときは、次からは覚悟をもって挑むといい。」

「ッケ。忠告どうも。だが為になったぜその知識!」

「他言無用で。」

「わかってらぁ」

 目頭が熱くなったのを必死で隠した。口に出すには重すぎる事実だった。

「ラファール君?」

 ダイニングに戻ってきたラファールを、陽気で明るい声が迎えた。

「お、おお。」

「どうぞ、ご飯。お野菜重視でごめんね。」

「おお。」

 野菜を煮詰めたスープとサラダ。バジルパンが並べられていた。きれいなお皿に美しく盛りつけられているが、その美しさは食品の素材の良さから来るものだ。

 エールが読める者は見せかけの美しさに騙されない。本質がわかるからだ。此処の庭のいい気もそう、水も野菜も建物も、とても良質な物で覆われている。

「さ、めしあがれ」

 かわいい仕草にドキッとしてしまう。

「あのさ、さっきはすまねえ。怒鳴ったりして」

「ううん。怒鳴られるのはなれてるの。」

 あの医者にかとおもうと、不憫に思った。医者の真意は読み取れたが、情がそのまま情だと伝わることは少ない。彼女は辛くないのだろうか

「なあ、幸せなのか?」

「変なこと聞くのね、ラファール君。」

 彼女は表情を作って示した。顔立ちもティアに似てるが、それは彼女がしない、否、まだ出来ない表情だった。

 儚くて強い確かな自信。移り変わる困難で不確かな生に対しての文句ない幸への笑顔。

 形容しがたいが、ラファールは身震いがした。

「なかよくしてくれるか?」

「こちらこそ、なかよくしてほしいな!ラファール君うれしいっ」

「また友達出来ちゃった」

 人なつっこい笑顔でエリスはうれしそうに語った。

「昨日もできたのよ?ティーラちゃんって言うの。」

「ティア?」

「あ、やっぱりさっき言った名前ティーラちゃんのことだったんだぁ。」

 出会って大丈夫なのか?という疑問がよぎった。

「なんともないのか?」

「う~ん。なにが?」

 この子、自分が何者なのか知らないのか!だとしたら先ほどの膨大の情報とこの生活を医者一人が守っていることになる。

「変な顔してどうしたの?」

「いや・・・・あの医者、すげぇよ」

「そう!シンはすごいのよ!」

 とろけそうな顔でエリスは惚気た。

「そっか。どなってマジすまねぇ。しばらくここにいていいか?ここの空気が気に入ったんだ。本も読みたいし。」

「うん。いっぱい本あるから、ゆっくりしていって!」

 改めてみると、すごい書物だ。さっきの書斎に入らないのか、リビングにも大きな本棚がある。

「そか。飯うまいな。エリス」

「どういたしまして」

 ラファールは大好きな彼女と“ほぼ生態情報が同じ少女”の家でくつろぐことになった。


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