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囚われのブルーファンタジー  作者: 麻天無
囚われのブルーファンタジー1巻
5/7

囚われのブルーファンタジー短編集 1

囚われの ブルーファンタジー 短編集1

精霊憑きの旅人ディートは、炎の精霊ベルと姉弟みたいな関係。不思議で気になる青髪の少女ティーラと、白竜の息子ラファールと4人で旅を続けることに!まだ知り合って間もないラファールとのぎくしゃく感のなか、ティーラの身体の異変をマジマジと目撃してしまう。苦しむ姿にディートは・・・。

他、出逢う前の兆しと、おにぎり1個を4人で争奪!だれが勝つ?

そしてラファールがティーラについて行くわけを書いた、シリアスからエロイスティックでエゴイスト、そしてコミカルまで意味深短編その1です。


・BLUE STAR

・Suggest Dream

・CALL NAME

・飯取合戦~それはある日の半月の夜のこと☆~

・Coral Pink



囚われの ブルーファンタジー 短編集1


・BLUE STAR

・Suggest Dream

・CALL NAME

・飯取合戦~それはある日の半月の夜のこと☆~

・Coral Pink



BLUE STAR


 太陽のオレンジ色と夜の藍色が混ざる、夕刻。

 山脈のシルエットのむこうに太陽が隠れてしまった時、ディートは野営の準備を一段落終えた。自分が先ほどまで組み立てていた、ひとつの椅子に腰を下ろす。

 寝床となるテントの方はラファールが組み立てているが、初めて行う事らしくちゃんと出来るかどうか不安だ。自分も慣れない頃は悪戦苦闘していたし実際二人で立てる方が楽なのだが、手助けはいらないらしい。

「オレ様に出来ねーことはねえ!」と言って、途中イライラと苦悩が混ざった声を発しながらも、なんとか出来ているようだ。土色の三角屋根が見えたのでもうじき終えることだろう。

 いったいこんな大荷物、いつも何処に持っているかと言うと・・・

 テントや、今ディートが腰掛けている椅子、机、調理器具から衣類など、ベルの家に保管しておくことが出来る。転送魔方陣に設置に必要な物を置いて、ベルの魔法で呼び寄せる仕組みになっているらしい。

 時空を渡るベルの能力のお陰でずいぶん旅がしやすいと思う。

 だからディートはいつでも清潔な服が着れるし、ご飯も食べれる。財布と剣だけで十分旅が出来ているわけだ。すべての生活必需品を持ち歩いて旅をしている人はいない。旅は、衛生的に綺麗なものでもないし、いつも満腹まで食事が出来るわけもない。なのに、自分はそれが出来ている。

 甘えているな・・・。

 時々そう思うが、一度味わった“楽”な習慣を手放すのは困難だとも思う。

 ひと息をつきながら空を仰ぐと、もう藍色が大分勝っている。そしてゆっくりと夜が訪れて、東の空に柔らかい満月が顔を出す。

 蜂蜜のような月の色を見て目を閉じると、大好きなハニーゴールドのなびく髪が思い出される。曇りには虹をまとい、冬には冴えた青色に、暗闇を優しく照らす月を見上げるのがディートは好きだった。

「あー・・・もう二度とやらね-。」

 白髪と水晶の瞳を持つ火竜王の息子、ラファールが、やっと役割を終え歩いてきた。一緒に行動するようになってまだ日が浅く、どう接したらよいかいまいちわからない。

「あー無駄に疲れたー。」

 言いながら白いコートを脱ぎ、椅子にドカッとおく。装飾品がゴテゴテ付いている服は、ジャラリと重い音がした。

「その服、重くない?」

「重いけどステータスシンボルだ。」

 コートを脱いだ上半身裸のラフが、首をコキコキならして机に座る。足首で絞られているズボンをなにやらいじくって直し、黒い靴についた汚れをサッっと払う。きれい好きなのか、手に持っていたタオルで、丁寧に汗を拭き取る。

 ラファールとは旅をし始めたばかりでまだよくわからない。信用は出来ると思うが、無愛想なところが、敵意があるというか、バカにされてると言うか。

 考えながらぼぉっと月を眺めていると、愛想無くラフがディートに言った。

「なに月みあげてんの?」

「・・・綺麗だから・・・満月。」

「月に罪はないが。きれいとは言えねえ。」

 やけに大人びた横顔で呟く。

「なんで?」

「・・・」

 ラファールはため息をついて机から立ち上がる。

「オマエ・・・なんもしらねーんだな。」

 嘲りのような苛立ちのような声を残して、スタスタと歩いて森に消えた。

 ムっとするディート。

 ラファールのような性格の同性と間近で付き合ったことが無く、正直とまどっている。

 仕事などで深くならなくて良い関係の人物ならば、愛想と社交辞令で衝突することなんか無いし、信頼して長時間時を過ごすベルは、家族同然の関係なので、喧嘩口調でもわだかまりはない。

 今まで同性で、近い年齢の友人といえば、幼なじみだったダルグくらいだ。

 もしかすると、相手は自分を友人かなんかだと思ってくれていた人間はいたのかもしれないが、自分から大切に出来る同性は、ダルグ以外にはいない。

 それくらい冷めていた若かりし頃がある。

 それはさておき、ラファールという人物を、自分なりに捉え、仲良くできるように努力はしているのだが、なぜかいちいち癪にさわる。その度に、対抗意識や反発という感情がわき出る。怒りっぽい性格は治ったはずなのに。

「んだよ・・・。」

 月は綺麗だ。素直にそう思う。そう思えない日が来るとでも言うのだろうか?

 そういえば、ベルがティーラと一緒にどこかへ行ったままだ。

 不安がやんわりと広がった。新しい仲間との関係で疲れている。それだけの不安ではない。ティーラが視界にいないことも、彼のもやもやの原因の一つだった。

 丁度いい川岸の野宿の場所を確保した跡、男達に野宿の準備を指示すると、ベルとティーラは森へ入っていってしまった。未だそのままで帰っては来ていない。

 立ち上がって森へ入る。足場が悪いため、川から少し離れた所でテントを立てたのだが、森を一分ほど歩いたその先に、穏やかで小さな川がある。

 きっと二人で水でもくんでいるのか?汚れを落としているのか。そう考えながら森を進んでいると、

「いたっ!」

 大きな木が死角になっているところで、ちょうど、ベルが足早にディートにぶつかってきた。

「もう!なによ!前見て歩きなさいよ!何処に目ぇつけてんのよ!」

「ベルがちっこいんだよ!」(ベル身長150㎝)

「あんたがでかいのよ!」(ディート178㎝)

 こうも背が違えば、なかなか視界に入りにくいのか。お互いどうにもならない抗議をその場で言い合った後、ティーラの姿を訪ねる。

「なあ、ティーラは?」

「ティーラなら体調悪いって、先にテントで休んでるわ。」

「え?」

「ゆっくり休ませてあげて。はやくご飯にするから。いきましょ?」

 ベルはすぐにディートを引っ張り、テントを立てた所へ踵を返した。

 ベルがやって来た方からは水の流れる音が微かに聞こえた。


 今日のご飯はカレーライスだったが、いつもより数倍早く出来上がった。ディートは料理や味には詳しくないのだが、コクがない甘い味で、やけに人参が立方体で、あまり野菜がたくさん入っていなかった。いつもは、大きなジャガイモとニンジンがゴロゴロ入っていて野菜豊富で、深い味なのに。

 テキパキと後片づけをするベルをのぞき見ると、お鍋にお湯があるだけで、あとは、銀色の小さな袋と、知らない文字が書かれた赤い箱が数個置いてあるだけだった。

 気になっても問いただしたりはしない。料理はベルに任せてるし、与えて貰ってるので、あまり不必要な文句は言いたくはないし、ベルの本来の世界のことは関わりのない限り干渉しないようにしている。そしてご馳走様、と感謝するだけだ。

「あー満腹だし歩き通しで疲れし、早めに休むかなぁ。」

 ラフがあくびをしてから、煙草に火を付ける。金属の小気味よい音がすると、オイルライターに小さな火がともった。そこに、キセルの煙を煙たがるはずのティーラの姿はない。

「ティーラは食べないのか?」

「気分が悪いみたいよ?食欲もないし。ゆっくり眠らせてあげて。」

 片付けをしながらのベルがディートの問いに答える。

「でも様子見にいったほうが・・・」

 自分のティーラに対する態度はしつこいかもしれなくて、小声で呟くと、その声を聞き取ってベルが切り捨てる。

「女の子には色々あるんだから、そっとしてあげなさい。あんたがしゃしゃり出る必要はないわよ。」

 そう言われてはもう何も言い返せなくてディートは押し黙った。

 ラフもどこかに休息に行った。ベルも片付けを終わらせフイっと消える。

 野宿はいつもそんなもので、団らんのように食事をして、ひとしきり会話をすれば、誰かが休息のためいなくなり、それぞれ一人の時間をすごす。土色のテントをまず第一に見守るのはディートの役目。その近傍に結界を作るのはベルだ。ラフだってもちろん、外敵が来ればすぐさま飛んでくるだろう。

 そして何もなく朝を迎え、一番早く目が覚めた者が、テントに集まり、他の人を起こしに行く。

 でも、最近の食後は、ティーラと他愛もなく会話して、ラフも割り込んで来て賑やかになり、ふと会話が止まる頃にうとうとしてきたティーラが、おやすみ、と挨拶をしてテントへ入り、ラフも居心地の良いらしい木の上へ行き、やっと一人になって就寝する。というパターンになっていた。

 夕方からティーラを見ていないことがが不安でなかなか寝付けないでいた。太い木の幹に身体を預け、毛布を首までかけ目を閉じる。その跡また、うっすら目を開けテントを横目で見てため息をつき、目を閉じる。それを何度繰り返しただろう。

月は丁度真上に上がり、辺りを蒼く照らしている。

 澄んだ空気に月が明るすぎて眠れないのか?ちがう。ティーラの顔を見ていないから。おやすみを交わしていないからだ。

 また深くため息をつく。

 眠らないと、次の日の身体に響くのだ。なるべく万全でいなければ臨機応変に対応できない。何があるか解らない旅だし、今は追っ手の心配がある。

 だから眠らなければならないのに!と思えば思うほど不快感が募り、目が覚めてゆく。

 苛立ちがピークになり思い切って立ち上がる。毛布がバサっと落ちた。こうなったら散歩でもして気を紛らわそうと思い、軽く体を伸ばす。

 辺りを見回すと月の光と木々たちの青い影。やわらかな微風が吹くだけの静寂と、押し殺したような小さな虫の声。ただ佇むだけの土色のテント。

 自然には沢山の生き物が居るのに、静かすぎるような気がして、軽い耳鳴りがなっているようで、首を軽く回した。感覚が、過敏になっているのかもしれない。散歩をしても眠れるだろうか?気になってるのはそのテントの中。ベルにはそっとしておけと言われたが、落ち着かなく気になる。

 いやもう、この際開き直ってしまおう。

 叱られてもいい。ただ、ひと目だけ、寝顔を見るだけでいい。起こしてしまって、怒らせてしまってもいい。明日、嫌われてしまったかな?と不安になるのは、今の不安よりかはかなりマシに思える。とりあえず落ち着かなくてしょうがないのだ。

 覚悟を決め、テントに歩み寄る。自分の衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。

 悪いことをしている気になり、緊張する。いや違う。心配だから確かめたいだけだ。そう言い聞かせて、忍び寄ったテントの前にしゃがみ込む。テントの留め具をはずそうか?・・・いや、すこし声をかけてみようか、迷っていると、

「!!」

 突然の違和感。

 どっと押し寄せる焦燥感。

 ディートはテントをなぎ倒すほどの勢いで手荒くこじ開けた。

 違和感がする理由が、予感から確信に変わった。そこには、着替えや荷物以外、誰もいなかったのだから。

「・・・・くそっ!ベルのやつ!」

 悪態をついてすぐさま森へ走った。ティーラは最初からテントになどいなかった。その理由は定かではないが、ベルは嘘をついていたのだ。

 戦闘するときのように集中して近隣に気を張り巡らせると、すぐわかった。水の音がする方、夕方、ベルとぶつかった場所のその先に彼女の気配がする。そして、静まった大気が、ほんのかすかに、痛がっているように小刻みに震えている。

 鼓動が早くなり息が上がるのは、走っている所為だけではない。怖さと不安で、胸が締め付けられている。

女々しいけれど、この心の奥底に巣くっていて、普段は堅くふたを閉じている狂気がじわりとにじみ出てくる。逃れられない心的外傷。

 ティーラを、大切な人を、失うことはもう嫌だ!


 突如、木々が視界からなくなると、青一色になった。

 満月にも負けないわずかな強い星だけが、主張するように瞬いている。

 ゆっくりと流れる小さな川は、月光を映してきらきらと光る。

 その流れにそよぐ、青い髪。川の中に横たわる真っ白い肌があった。

「ティーラ!!」

 川原の石に、足をとらわれながらも、水の中に入り、ティーラに近付く。

 ティーラは川の中のひと際大きな岩に上半身をあずけ、うつ伏せに横たわっていた。

「・・・ティーラ?」

 自分の存在に気付いていないようで、そっと声をかけ近づと、その様子にぞっとした。爪が割れるほどもがいたような血のにじんだ手型が岩にこびりついている。

「ティーラ!!ティーラっ!!どうしたんだっ!!」

「いやぁ!!」

 パチっ!

 触れた瞬間静電気の様な、青い光がこぼれた。

 ティーラははっと目を見開いて自分の身体を押さえた。

「・・ぁ・・・ディート・・・??なんでここ、に・・?」

「なんで・・・って・・??」

 そう聞きたいのはディートの方で、とまどっていると、また恐いものが目に入って冷や汗がどっと出る。

 ティーラの白い肩に大きな切り傷がある。いや、肩だけじゃない。背中にも、首、鎖骨にも、濡れて張り付いたワンピースで見えないが、その胴にも、水の中の細い脚にも。大小様々な傷が広がっている。昨日まではなかった傷が。

「!!」

 ティーラはディートを突き飛ばす。

「みないで!あっち行って!」

 か弱いティーラの力では突き飛ばされはしないが、ティーラの気迫で一歩後ろにたじろきながらディートは目をぱちくりさせる。

「でも、その傷はっ!」

「平気だから!」

 ティーラの呼吸が荒い。それは叫んだ所為ではなさそうだ。

「おねがい!・・・・ここにこないでっ」

 こんな身体見られたくなかった。だからベルに頼んで、自分を隠して貰ったのに。

「・・・っくっ・・・」

 ほらまた痛みが始まった。いや違う。夜はまだまだこれからで、痛みも、この感覚も、さらにエスカレートしていくだけ。まだ終わりじゃない。まだ苦痛の夜は明けない。だから。

「・・・・みない・・・で・・ぇ・・・っ」

 上半身さえも起こしていられなくて、水しぶきを上げながら倒れ込む。

 ディートは条件反射で、ティーラの身体を支える。

「・・・・ぅ・・・・く・・・・っ」

 白い肌にじわじわと生まれる新しい傷と、鎌鼬か稲光のように、青い光が攻撃的に発せられる。痙攣する小さな身体を訳もわからずディートは抱きしめる。

 ふわりと暖かい感覚をティーラは渾身込めてもう一度突き放した。

「さわ・・・っちゃ、ダメぇえ!!」

 痛みを振り切るヒステリックな叫びで、ディートの身体は今度こそはね飛ばされ、しりもちをつく。服が水を吸って重たくなる。もうびしょぬれだ。

「ティーラ・・・」

「さわらないで・・・・・傷つく・・・から・・ぁ・・・」

 息をあげながら訴える。もうギリギリ意識を保っていられない。

 自分の身体の奥深くの深部に、自分じゃないトコがあって、そこから発せられる嫌悪感が、夜が更けるに連れて巨大になってくる。込み上がる甘く鈍い痛みと、果てしない嫌悪、吐き気と動悸、熱。

 小さな身体は跳ね上がり、深く突き刺さる痛みから自分を守ろうと、すこしでも押さえるために、自分の身体を強く抱く。

 その圧倒的な痛みの力と、自分の青い力が、混ざり合い、喰い潰し合い、果てに反発して、周りの空気を傷つけ、触るものを皆切り裂く。それも押さえたくて、手に力が入り、爪で自分の肩をも傷つける。だけどそれがもうなんの痛みかさえわからない。

 見ちゃダメ。触っちゃダメ!!

 痛々しいティーラを見たくない!その一心で、拒まれようが、もう一度ティーラを抱きしめる。

「ティーラ!!」

「ぃ・・・やめてぇ!はなして!」

 叫んだ途端、ノイズ混じりの眩んだ視界が真っ暗になった。ディートの大きな手が、ティーラの双眸を伏せさせた。後ろから抱きしめる形で、ティーラの瞳を押さえるが、それを剥がし、ディートを離れさせようとティーラがもがく。もがきながらも、痛みで身体が小刻みに震えあえぎ、ディートの服や腕を掴んでは、爪を立て引き裂く。それでもディートは力を緩めずにただただ抱きしめる。

 瞳を押さえる手の甲に、尖った青い爪が突き刺さっている。その力が、ゆるやかに失われていく。上がった息も苦しくあえぐ声も、少なくなって、素直にディートに身体をゆだねる。

 それは 無意識で、反射なのかもしれない。

 ティーラを助けようと、冷えた身体を温めてあげようとするこの行動も、

 結局はこの腕の中で眠ってしまうティーラ自身も。

 ゆっくりと手を離すと、青い睫に伏せられたティーラの顔があった。涙と汗と、川の水で二人はぐちゃぐちゃで。傷口から流れる深紅の血が、川を下って消えてゆく。

 ディートは、もう意識のないティーラを抱え直し、河原から離れる。水を吸った服と、力の抜けたティーラを抱えるのはさすがに辛く、腰を下ろす。そして呟く。

「ベル・・・近くにいるんだろ?説明しろ・・・」

「・・・君主。答えられるものなら・・・なんなりと。」

 声と共に、ディートの側に小さな薄い炎が浮かび上がる。それが揺らめいて、人型を象りベルの形になった。そして実態を持ち質量を持つと、わずかに中に浮いている足が、ストンと大地に降り立った。

「とりあえず、乾かしてくれ。」

 ディートが言うと、おそるおそるベルは近づき、ティーラの顔をのぞき込んだ。今は安らかに眠っている。少し怯えながらも、ティーラの髪を撫でると、彼女の中の力が、安定してることを感じる。

 大気までも揺るがすほど、悲鳴に似た凄まじい嵐のような力を発していたのに、今は驚くほど緩やかだ。それを確認してから魔法で、二人の衣服を乾燥させた。

 ディートは苛立ちととまどいを隠せないまま、ベルに質問した。

「なんで助けない?」

「助けられないのよ・・近寄れないの・・・私じゃあ・・・」

「じゃあ何で俺に言わない!?」

「ティーラが・・・望んでなかったからよ・・・。」

「だからってこんなこと!」

 ピクッ

 ディートが声を上げると、腕の中のティーラが痙攣して呻いた。

「あなたが怒るのも解るけど、今は心を乱さないで・・・。」

 ベルは静かな声で語りかけた。

「ティーラを助けたいという純粋な想いが、彼女の『発作』を止められるの。ディートが乱れるとあなたの負の感情が全てティーラに注がれるわ。そしてまた・・・」

「・・・そう・・・だな・・・」

ベルの言うことは正しいとして、ディートは頭を冷やす。落ち着いて慈しまなければ、この彼女を救う力は発揮できない。

「こわいの。」

 力の抜けたティーラの白い手を、優しく握りながらベルは言う。

「彼女の中の力が、私にとってはとても恐いの。この中途半端な精霊力の身体じゃあ、気が狂って爆発してしまうような・・・圧縮されて潰されてしまうような・・・きっと、激しい力の塊に触れれば、五体満足じゃ居られないわ」

 ベルはティーラの手に何を感じたのだろうか、壊れないようにそっと置き、喉をごくりと鳴らした。

「抱きしめてあげたい。苦しみから解放してあげたい。そんな気持ちは当たり前にあるわ!でも・・・できないの・・・」

 うつむき歯がゆそうに唇を歪ませるベル。決してティーラを放置していたわけではない事は、ディートに理解して欲しい。

「わかった。ベル。怒鳴ったりしてごめん。」

 真っ赤な瞳は悲しく揺れていた。そんな顔でベルは嘘をつかない。こうやって、ティーラが望むままに、一人にさせてあげることしか出来なかった。

「それしかできなかったんだよな。」

 優しくベルに微笑むディート。ベルはほっとする。自分は無力で、こうするしかなかったこと、でも、気持ちはとても心配で、夕食の準備さえままならなかったこと。『今日の日』が来るのを、どれだけ構えていたか。それを解って貰えてひとまず安堵した。

「やっぱりてめーにしかどうにもできないんだな。」

 草を踏む音がだんだん近くなってくると、不機嫌なラフの声が聞こえた。

「ラフ・・・」

 ラフはディート達からしばらく離れたところで仁王立ちしてディートを見下ろす。まっ青な月明かりをすって、銀色に輝く白髪を見て、ディートはふっと、誰かの影を朧気に連想した。

 だれ?・・・誰かにかぶる・・・デジャヴ・・・

「オレは認めねぇ」

 ディートを水晶の瞳でギラリと睨む。

「『満月の日』にティアがこうなるのも知らないなんぞ!ありえねぇ!なんでだよ!お前しか抱きしめてやれねーのに、なんでお前が一番何も知らないんだよ!なんで何も憶えてねーんだよ!」

 静寂に響き渡るラフの罵声に、ディートは心を痛める。困惑して言い返さないディートの表情にまたイラついて、ラフはなおも叫ぶ。

「お前には絶対ティアはわたさねー!絶対オレが呪いをとく!!守ってみせる!憶えとけ!!」

 言い放ち、振り向いて憤った足取りできびすを返した。ラフの足音が遠のいて行くのを聞きながら、ディートは胸の苦しさを感じた。

 覚えてない?知らない?なんで自分が一番解らない?痛い!胸が痛い!

「ディート・・・いまから・・・解っていきましょう?ね?」

「・・・・・・・っ・・・・」

 ベルが優しく励ます。でも・・・

 ティーラの寝顔を見る。安らかに今は眠っている。でも、身体には無数の傷。どんな痛みを一人で耐えていたんだ?

 今日は解ってあげられなかった。気づくのが遅かったんだ。それは、ラフに責められて当然だ。

「どうすればいんだよ。もっと追い込まればいいのか?俺は。」

「そんなこと言わないで。」

 自分を嘲るディートをベルは叱った。それしか言えなかった。

「ごめんなティーラ・・・わからなくてごめん。」

 ティーラを暖める様に包み抱きしめるディートの声色は、泣いている様だった。


    夜はそっと明けようとしていた。


BLUE STAR END




Suggest Dream


『ディート・・・・』

懐かしい優しい声。

『ディート』

柔らかなハニーゴールドの、月みたいな球体。

『ディート?もうね、そろそろ頃合いだと思うの。』

大好きな、愛している人の声。

『準備はいい?』

「準備って何の?」

『もう安定した?』

「今はグレてないよ。ベルが怒るからな。」

『女の子は泣かせてない。』

「とりあえずは。うん。」

『タバコはやめたのよね?』

「なんとか・・・。」

『強くなった?』

「ベルのおかげで、剣は精進してるよ」

『お仕事は?』

「そこそこうまくいってるし、上手に笑ってるし、怒ったりしてないよ」

『じゃあ、準備いいのね?』

「だから、何の?」

『・・・・あいたい?』

優しく訪ねられて

「あいたい・・・」

想いが堰を切ったように

「あいたいよ!」

あふれ出す

「俺!母さんにあいたい!」

『違うわ。』

でも帰ってきた言葉は

『違うでしょ?』

優しくも

『わたしじゃないでしょう?』

諭されて

「・・・・・・・・」

考える。

「・・・母さんに、あいたいよ」

大好きなんだ。包んでくれる、優しい光。

「でも」

夢の中の俺はなぜそう言ったのだろう?

「・・・早く、あいたい」

それは誰のことなんだろう?

「・・・・あいたい。」

誰に向かってかわからない

でも確かに

「うん」

切実に

「あいたい」

抱きしめたい。泣き叫びたい。むちゃくちゃに暴れたい!ほど。でも、穏やかで、愛おしい。

『わかった。じゃあ・・・・開けるね』

優しい声

『大丈夫。わたしは側にいるわ』

切なくなる、声。

『ちゃんと、見てるから、悲しくないよ』

声が遠ざかって行く事が寂しいのに

「ありがとう」

早く目覚めたいと思った

強く歩いていける気がした。


「ディート!」

「・・・さん・・・」

「ねぼすけ。最近疲れてるの?なかなか起きないわね。」

「あ・・ベル・・・。あ・・・・」

「最近変な夢ばっか見る・・・なんか言ってた?」

「そうね、あんたがマザコンなのは、知ってるし~。」

「え、ちょ、マジ?うわ~。はずかし~!!」

「まだまだ子供のくせに。かっこつけなくてもあんたはどこからどう見てもマザコンよ」

「ううう。」

「で?リアの夢、みたの?」

「ん~。覚えてない。なんか最近同じ夢を見てる気がするのに覚えてないんだな・・・。「母さん・・・でてきたっけ?女の子・・・が・・・いたような・・・?」

「そっか。ごめん。」

「え?」

「彼女と別れさせて旅に出したのは私だからね。申し訳ないと思ってるわ。そこまで言うなら、次の街は好きなことしていいから。ただし、お金の付き合いだけにしなさいよ。」

「ちょ、っと、まて。」

「ごめんね、気が利かなくて。あんたも年頃だもんね。」

「なんか誤解だって!なんでベルがそゆこというとふしだらに聞こえるからやめろよ!」

「ふしだらな夢じゃないの?」

「そんなんじゃねーよ!」

「やっとベッドで寝られそうね。次の街では長めに滞在しましょ。かわいい弟のた、め、に。」

「あー。うん。まあ、助かるよ。いろんなイミで。」


 ディートとベルの2人の旅路は、今ピリオドを打とうとしている。

その後始まるものは、いったい・・・・?


Suggest Dream END




CALL NAME


 西大陸、ネスのほぼ中央北にある小さな町ウルバーン。その宿屋の一室。

 窓から入ってくる昼前の生ぬるい風が、青い髪を揺らして肌をくすぐる。

 ベットの上で俯せになり裸体を晒して、彼女は少女に身体を預けて横たわっていた。赤く綺麗に光る爪のついた手が、白い曲線の肌を撫でていく。

 少女、ベルがため息をつく。

 彼女の身体中についた大小の乾いた傷跡はやはり、ベルの力では治癒出来はしない。

 致命傷に達するほどの刺し傷や複雑な骨折や打撲、神経をつなげるなど、そんな高度な治癒ができるほどの技術はベルは持っていない。だが、肌を斬りつけているだけの切り傷や擦り傷、さけた裂傷などは治癒できないはずがない。なのに、この傷達は、どんなに力を流し込んでも一切の反応すらないのだ。

 その物事を知っていながら、実際本当に治せないことを実感し、ベルは渋顔でため息をついた。

「起きて。もういいわ」

 優しく語りかけると、青い髪をシーツに這わせながら、ゆっくりと腰掛ける彼女。顔に掛かった前髪を優しく分けてあげる。

「触られるのは、嫌い?」

 ベルの問いに、小さくうなずく。

「こわい?」

 その問いには軽く首をかしげる。

「えっと・・・」

 彼女は考える。自分は女であろうが、男なんて当然、他人全てに触れられることはもちろん、近づかれる事さえ恐怖だった。だがベルには不思議と安心して接している。

「私が誰だかわかる?」

 真っ直ぐで大きな深紅の瞳。彼女は視たことがないと思ったから首を横に振った。

「私は、炎の属性を統治する大精霊、ベルアース。ずっと貴女を捜していたの。自分のために、ディートのために。」

 ベルが、彼女の両手を掴み、ぎゅっと握りしめて、真っ直ぐ見つめてくる。向き合ってくる。

「私たちのこと、おぼえてる?」

 彼女はとまどいながら、ぎこちなく首を横に振る。何故そんなことを問われるのかわからない。今日初めて会ったのではないのか?

「・・・貴女の『名前』は?」

 ナマエ・・・・

 『       』

「いやっ!!」

 突発的に何かを振り払うように拒絶の悲鳴を上げる。ベルの手をぱっと離し、自分の肩を抱く。うつむき微かに震え出す。

 思い出したから。あの人が自分の名を呼ぶ声を。深くに刻まれた痛みがうずき出すようで恐くて、身体を押さえた。

 呼ばれたくない。思い出したくない。あんな恐いこと。いや。

「『ティアルトーラ』」

 彼女の肩がびくりと跳ね上がった。

「そう呼ばれるのは嫌い?」

 試すように問いかけるベル。

「でも名はとても大事なものよ。そのものの全てを表し、縛り、固定するものだもの。」

 唇を噛み、震えを必死に押さえながら、ベルにも警戒の目を向ける彼女。

「でも、この名前さえも、あなたの真実の名前ではないかもしれないわね。だって、あの人に付けられたものなのだから。」

 ベルがため息混じりに呟く。自分にさえ怯えた目を向ける少女に呆れながら、哀れみながら。

「『ティア・ルシエラ・アルテ・イーラ』古代の文明、大天元統霊時代の文字よりさらに昔に使われた言葉よ。まだ解明されていない文明だけど、一つ一つの意味は・・・・『個・光・闇・全』。たしかそう言う意味よ。どうやら、繋げて読むとなにか個体の名前らしいの。全ての知識を持つ貴女には、何かわかるかしら?」

 彼女は頭を押さえた。ベルが意味のわからないことを喋っている所為だろうか?頭の芯がグワングワンと揺れ動いて眩暈が起きている。

 ベルは、その様子をしばらく、冷えた目で見つめて、その後、ため息をついた。そして、深刻な声色とはうってかわった態度でこういった。

「それよりもこの名前の方がいいでしょう?・・・・んね☆『ティーラ』ちゃん。」

 ベルの言った単語は何故か頭にすっと入り、痛みを和らげた。

「あの子が呼んだ愛称があなたも嬉しいでしょう?」

 彼女は意味がわからないままだが、思い切って聞きたいことを声に出してみた。

「それがあたしのなまえなの?」

「それが貴女の名前なんでしょ?それがいいんでしょ?」

 質問を質問で返され、とまどうが、彼女は自信がなさそうに、でも、はっきりと応えた。

「・・・うん。」

 応えてくれて、ベルはにっこり笑う。

「じゃあティーラ。この服に着替えて行きましょう。下でディートが待っているわ。お昼ご飯を食べながら、依頼の話と場所を聞かなくちゃネ♪」

 ベルが持ってきたワンピースをティーラに着せる。

 そう、今日から彼女はティーラと呼ばれる。ディート達に。そしてその唇で、誰かの名を呼ぶ。言葉を交わす。向き合ってゆく。

 それがどうか、心を強くするものであるように。

 それがどうか、絆を強く結んで行くように。

 願っている。


CALL NAME END





飯取合戦~それはある日の半月の夜のこと☆~


「はーい!私ベル!今日も可愛い赤い服を着てるわよ!腕っ節には自信ありの才色兼備の精霊様です!」

「今日は半袖のパーカー。昼は暑かったけど、夜はちょうどいいな。ってなんの紹介!?」

 ベルが野営の準備をしながら急に言い出すので、ディートはのり突っ込みをした。

「さあ涼しくなってきたトコで!みんな!今日も楽しく野宿をしましょう!」

 ベルが夕日をバックに高々と言う。

「お前なぁ・・・。俺は呆れるぞ・・・。」

 金髪に蒼い目の旅装束の青年が呆れて肩を落とす。細身の身体に、今日は濃紺の外套を羽織っている。何でも屋の剣士ディート。

 こうも爛々と野宿宣言をされては抗議の声を上げるのにも疲れる。

「夕方には港町に着くっていっただろ?」

「あたし・・・お腹空いた~」

 空腹で目を回しているのは、青い空の瞳と髪をもつ少女、愛称ティーラだ。

「おいベル!オレ様も飯が食いたい。早く作りやがれ!」

 苛ついて叫ぶのはラファール。豪奢な金糸の入った光沢のある長衣をまとっている。真っ白な白髪と水晶の瞳は、ガラス細工の精密さを持っているのに、その偉そうな表情と、口の悪さのせいで、いかにも自己中心的というオーラが出ている。

 端から見れば旅芸人のような出で立ちの一行は、昼食を取ってないまま歩き通しだった。 昼食が食べれなかった理由を造った張本人は明るく言った。

「ランチ抜きの方がディナーが一層おいしく感じれるじゃな~い!」

 そんな理由だけで哀れな三人は朝食抜きとなった。なら夕食にかなり期待がかかる。

「だったらその肝心の晩飯はなんなんだよ?!」

 ラフがイライラしながら問うと、待ってました!とばかりに

「今日はステーキよ!霜降りふり♪」

 人差し指を立てて張本人ベルは得意そうに言い放った。

 あまりにも豪華な食事ゆえに皆が疑惑の目を向けたのはいうまでもない。その視線を浴びたベルはニヤリと笑って、背中から一本の瓶をちらつかせた。

「ふふふっ。ワインもあるのよぉ~。」

 三人はゴクリっと唾をのんだ。

「だったらもったいぶらないでさっさと作れよ・・・」

 ディートが呆れながら言うが、心の中ではかなり期待。ベルの作る料理はどちらかというとベジタブルなのをディートは知っている。ステーキや焼き肉など、超、肉メインなものはダイエット(?)のため自制らしい。ダイエットする必要がある身体なのかどうか知らないが。

 かといって、常日頃のベルの料理が質素なわけではなく栄養のバランスが摂れた物で美味しい。そんな影の努力を考えると、ベルにはいつも心から感謝したい。

「はいはい。じゃあ準備するからちょっと待ってね☆」

 と、準備に取り掛かるベル。いつも通りテントを張り、折り畳みの食卓を設置し、水を汲んだりあれやこれや・・・。

「あ!!」

 ベルが急に大きな声を出す。

「どうした?」

「えっ?・・・・・ぁ・・・・いや・・・・なんでもない・・・。」

 ベルには珍しく曖昧で消極的な言葉。不審になってじっと見つめていると。

 だらだらだら・・・・(汗)

「ど・・・どうしたの?ベル?」

 あまりにすごく玉の汗を浮かべるベルが心配になり近づくティーラ。

「皆様・・・」

「ひぁっ」

 青白い顔で振り返られたのでティーラはびっくりして後ずさる。

「ここで悲しいお知らせがあります。」

「・・なんだよ・・・」

 あまりにも悲しい声なのでディートは息を飲みながら話を促した。

「私の部屋の隅に小さな転送の魔法陣がありまして、その上に設置しているモノがこうして距離を超えてこの世界に現れているわけでして。」

 ディート、ティーラ、ラフはそれぞれ相づちをうつ。

「テントや食器などは常に置きっぱなしにしているのですが、衣類や食品は帰宅したときに設置し直したり新しい物と取り替えたりしています。」

 ベルは旅がしやすいように影で努力している。二日に一度、精霊界の自宅に帰った際は、洗濯をして(侍女が)買い物をして(無駄遣い、衝動買い有)執務をこなす(適当に)

 野宿になりそうな日の前は、可愛い子供達が倒れないように栄養を考えた献立を考え、新鮮な食材を取り寄せ・・・(これらすべて侍女頭が)いろんな事に気を配ってみんなを支えているのです。(精霊界のベルの部下達が・・・。)

「その食材をいつもこっちに来る前に魔法陣にセットしてるんだけど。」

「してるんだけど?」

 何が言いたいかがいち早く理解したディートは額に青筋を浮かべ出す。ベルは薄笑いを浮かべてこういった。

「えへっ忘れちゃった。」

「うそだろッ!こっちは腹が減ってんだぞ!」

 ディートは机を叩いた。

「ひあっ」

 ティーラが怒るディートにびっくりする。

「あ。ごめん。」

 ティーラが見ているので冷静になった。

「つまり・・・どゆことなの?」

「飯が食えないって事。」

ティーラの問いにラフが答える。

「えーおなかすいたしぃ・・・・。」

「おいクソ精霊。忘れたんならさっさと帰って取ってこいや。オレ様のティーラが泣いてるだろ!」

「誰がお前のティーラだよ!」

「誰がクソ精霊よ!馬鹿竜!お腹がすいて集中できないから帰れないのよっ!」

「誰に向かって馬鹿っていった?あ?」

「アンタしかいないでしょ!白髪じじぃ!」

「おいベル!帰れないって事はここで飢え死にするって事だぞ!わかってんのか?」

「あんだとー!?まったくクソ精霊の所為で!主のテメーが責任取れよな!」

「またクソっていったーキレるわよっ!」

「主でも責任とれるかっ!好きなようにしろっ」

「私を見すてる気?私がいないと何も出来ないくせに。」

「ベルさ、俺でもイライラするときあるんだぞ!お互い様だろ。」

 ベルもディートもラフも、腹が減りすぎて短気になっているようで。クソとかカスとか、下品な言葉で互いを中傷しまくる。

「やっかましぃー」

 ティーラが机を叩く。

「あたしがきれるわよもう!みんな落ち着いて!」

「・・・・・はい」

 あまりに毅然としたティーラに一同唖然とする。

「何か自然の中で食べれるモノを探すとか、ベルはもう一回転送魔法し直してみるとか、喧嘩するほかに何かあるでしょ!」

「は・・・はい、ティーラ様ぁ。」

そういって、取りあえず、それぞれが出来ることをやる中で、

「あ!ワイン発見!よかったぁ、ワインはちゃんと持ってきてたんだ~値が張ってたから、飲めて嬉しい~☆」

 ベルはそう言って、コップを3つ出して、机に並べる。

「みんな!取りあえず喉でも潤しましょう。」

「やりぃ!オレ様酒大好き!」

「おーい!キノコあったぞー」

「ディートでかした!つまみにするわよ!」

 ディートがその辺りで見つけてきたキノコをベルは火に掛ける。その間に、三人にワインをソムリエのごとく丁寧に注ぎ、自分は直瓶で大きな一口を飲む。

「ベルさーん。・・・ワインの飲み方おかしいぞ。」

「ワインは優雅に匂いを楽しみながら・・・そう、オレ様のような上品な男によく似合う。」

「一番下品なヤツが・・なにをえらっそーに。」

 ベルがラッパ飲みしながらラフを睨む。

「てめーだって下品だろうが!ちったぁティアみたいに上品になりやがれ!」

「あたしべつに上品なんかじゃ・・・」

「いいや!美しく儚く大人しく!!こんな可愛い子がオレ様の嫁になるとは・・・涙モンだぜ!」

「だからいつお前の嫁になるって言ったよ!ティーラが!」

「決まってンだよ!昔から!」

「あたしラフの嫁になんかならないもん!」

「ガーーーーーーーーン!・・・・しょっく・・・・」

「あんたモテそうにないもんねぇ・・・しかたないから相手ぐらいしてあげようか?」

「カス精霊とは死んでも嫌だ!」

「なら今すぐ死にやがれ!白髪エロ親父!」

「・・・・あまずっぱい・・・にがい・・・。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ティーラ?そう言えば・・酒飲めるのか?」

「のめたよ?飲み物でしょう?喉渇いてたし。少し変な味・・・・ぃっく・・・。」

 絶対何かわかっていない、内心思っていると、グラス一杯分のワインを一気飲みした。

クスクスと笑う。

「あはは。なんかたのしぃ~ぁっつぅ~い。はぁ・・・なんだかめがまわるよぉあはは」

ディートはやっぱり、と思って大きな溜息をついた。

「なんか、ちょっと期待・・・じゃない。予想はしてたけど」

「てぃ、てぃ、ティアの、キャラが一瞬で崩壊した。」

「あーん。あつぃね~。ぬいでもいいかなぁ~」

 今日の服装はレースが付いた白いブラウスに、黒いネクタイをリボンで結んだ格好だ。プリーツスカートと太ももまである靴下を脱ぎだした。

なんと!

「ぁ~んぼたんがとれなぃ・・・ラフ手伝って?」

「ぎょぎょ・・御意!な、な、なんなりと!!」

「やめてくれ!頼むから!ラフはティーラに触るな!ティーラは俺の後ろに居ろ!な?」

 ディートがラフを諫め、ティーラをかばう。ラフは抗議の声も上げないほど、クリティカルヒットで脳内妄想ばく進中だと思われる。

「むぅう~ん」

「な、なにこの背中に柔らかい感触・・・!」

 この、やわらかいももももものは、まさか、、、背中に・・・。

「んな!」

 ティーラはディートに後ろからぴったりくっついて、手を前にだし、ディートのパーカーのファスナーを下ろす。

「あつぅい~。みんな、ぬご?こんなの、いらなぁい。」

 だらだらだらだらとなお汗が止まらなくてどうしたらいいかわからず硬直するディート。ラフのように、脳内妄想先行中・・・いや、だめだ!もろもろが

「ベル!頼むから!ティーラを押さえといてくれ・・・。てか、たす、けて(泣)」

「あ・・・うん。」

呆気にとられすぎて見物していたベルが、ティーラの手を掴む。

「だ、だめよ!ティーラ!そんなことしちゃあ!」

「あんっ」

「あんじゃない!」

「べるぅ~」

ベルの首に巻き付いて甘えるティーラ。上目使いで高揚した頬と唇がやけに赤い。うるうるしてる目が可愛すぎる。

「あら・・・カワイイわね。優しくしてあげるからお姉さんと遊ぶ?あっちの木陰に行こうか?」

「いくぅ~」

「こらてめぇ!百合すんな!」

 ディートが高らかに落ち着き宣言する。

「お願いだ!みんな冷静にならないか!!」

「お、おう。とりあえず、賛成。」

「ええ。ひとまず落ち着きましょう」

「しゃんせぇ~むぐ。」

 ディートはすかさずティーラの口をふさぐ。

「とりあえず、食欲を満たそうぜ。間違いが起こる前に」

「ええ。いい考えね。じつはおにぎりが一つ出てきたのよ」

「でかした!じゃあ分けよう」

「なにいってんの。私が食べて、精霊界に戻ってくるわ」

「え?それって往復何分?」

「一時間・・・」

「いや無理待てねぇ!おにぎりは四等分だ!」

「あっ」

「誰?今の吐息?」

「お、俺・・・。」

 ディートが顔を赤くしている。

ティーラがディートの指をかんだり舐めたりしていた。

「おにぎり、たべたいなぁ。それ、あたしの。ぜんぶほしいの。おなかにいれたい。」

 頭の中の【冷静】という文字は見事に砕けた。

「女のアタシでさえヘンになてしまうような、感染力の強いえろえろオーラね。アタシもう耐えられないわ。おにぎりをたべて帰る。」

 ベルはガチ素の顔になって言った

「いや、そうはさせねぇ。おにぎりを姫に献上するのはこのオレだ!」

「自己中な二人は黙ってろ。俺が、ティーラに強請られたんだ!おにぎりは俺がもらう」


「「「おにぎりをかけて勝負だ(よ!)!!」」」


「私の剣舞の舞とくとみよ!」

「オレの黄金のデザードイーグルが火を噴くぜ!」

「俺の剣さばき!目で追えるわけないだろ!」


 三人がガチで戦いを繰り広げる中、

 それは、ころがった。

「あ~おにぎりころころ」

 ティーラの目の前を転がっていくおにぎりは、やがて川におち、流れていった。

 三人はもう目の前の敵を殲滅することでいっぱいで、気づかない。

「そう、だね。『たった一つの特別な物』なんかが存在しているからいけないの。そう、流れていけば、いいのだわ・・・」

 ティーラは神妙な面持ちで(でも酔っ払い)川を下るそれを止めずに見送った。

「ティーラ・・・なに・・を・・・!」

 ディートはティーラが川におにぎりを流してしまった事に気づいた。

 まさかそんなことをするとは思わなかったから最後の力が抜けてしまった。

「い、いったい、俺は、俺たちは何のために戦って、いたんだ・・・」パタリ

「オレ様の、ティアといちゃいちゃ計画・・・が・・・。」パタリ

「せめて、梅干しだけでも、ほしかったのに・・・」パタリ

「あんなものがあるからいけないの。争いを呼ぶ。だったらみんな、ほろびてしまえばいい。」

 そう言ってティーラもぱたりと倒れた。



「え~・・・っと。おもしろいから眺めてたんですけど、助けた方が良いですか?」

涼しい声で木の上から見ていたウィルワームがつぶやいた。

「た、すけ・・・・て。おなか、へった。」

ベルは心からウィルワームにすがった。

「・・・なにを、やってるんだ貴方たちは・・・。」


これはある日の半月の夜のこと、でした☆


飯取合戦~それはある日の半月の夜のこと☆~END




Coral Pink


 隠された神の知識【アカシックレコード】

世界を象る粒子が持っている記憶とも、生きとし生けるものすべての知識と記憶が保存されているともいう、思考のネットワーク。

 其処には過去も未来も存在しない故に、すべての情報が在るという。

 繋がるためにはアイデンティティの崩壊のリスクと集中力が必要なのだが、最近そのゲートに到達する集中力が強まった。すぐに知識の扉へ到達し、言語やイメージなどの情報漂う海に入り込める。

 こう感じ始めたのは、符術士の生命エネルギーを与えられたときからだ。

 ラフは色味のない水晶の瞳をゆっくり閉じた。の海を漂うために・・・。

 海の中の泡粒のように、ばらばらになった文字の断片を、必要な知識として持ち帰り憶えたまま目を覚ますのは困難で、失敗すれば昏睡や意識崩壊に繋がる。それでも答えが欲しい。未来が欲しい。だからこの海から情報という宝を探してしまう。

 此処で自我を失うと戻ってこれない。だから自分を失うな。自分というテリトリーの境界を護れ。

 自分は誰だ。オレは、ラファール。

 自分の種族は、遙か昔から絶やさずに存在する白竜の一族。本来白竜は白竜同士の子でないといけない制約だが、白竜と蒼龍のハーフだ。

 この手、この身体。特徴は真っ白いクセのある長い髪と、そう、色のない瞳。

 そうこれがオレの形。

 オレは今、助けたい人がいる。それが今のオレの真実の気持ち。オレを動かしている大きな目的。

 空に溶けそうな流れる青い髪。微かな甘い匂いとほのかな体温。華奢な白い身体。可愛い声。全てこの腕の中に閉じこめて、抱きしめて、その中へ入っていけたらいいのに・・・。何度潰されそうな想いになったか。

 彼女の存在を知った時から、オレは彼女のために生きたいと思っていた。

 遠い遠い昔、白竜の先祖は彼女と共にいた。彼女はオレの大好きな彼女と少し違うかもしれないが、魂は同じ者だ。

 彼女を救えなかったらしい。夢の中でその後悔の念を、先祖が語りかける。

 父は言っていた。時代は巡り、オレの代でやっとそのチャンスが来た。後悔をはらせるチャンスが。

 父が『彼女が解放された』と感じた事を告げた。

 いてもたってもいられなくなり、家を出ることを禁じられているのにもかかわらず、未完成に象った器で、彼女を探しに行った。まだ成人になっていないため、下界で竜の姿になり辛いオレは、窮屈な人型で彼女の気をたどった。

 馴れない寒い気候。雪の感触にイライラしながら、必死で彼女を捜す。

 だから夢の中の知識の中ではなく、本物の彼女を見た時は、身体に電流が走る思いだった。

 

 静まりかえった雪が積もっていく城下町で・・・

 入り組んだ町並みを黒い摩天楼から遠さがるように、裸足で逃げる少女の細い腕を、必死で掴んだ。

 追いつめられている所を、脇道から引っ張り、裏路地を進む。

 困惑した想いと、荒れた呼吸音と、雪の上の足跡だけ響く。

 だが地の利がある追っ手達に追いつめられながら、オレたちはとうとう袋小路にはまっていった。

 兵隊はぞろぞろやって来るだろう。現場からこんな近い場所で、どうやって逃げ切れようか?どうしようもなくて、逃げ切るためにはこうするしかなかった。オレは、力を振り絞り、彼女を抱き飛んだ!

 竜の翼を生やし、南の空へ飛び立ったんだ。

 大陸最南の港町の宿屋で、オレらは初めて口をきいた。彼女はいきなり知らない人間に手を引かれている間、一番最悪な想像に至ったようだ。

「あなたもあたしを連れ戻しに来たの!?」

「違う!オレは貴女を逃がすためにここまできた!信じてくれ!!」

 精一杯否定の声を上げると、力の使いすぎで足下がぐらついた。膝を折り、倒れてしまった。何とか意識を保っていたが、飛行しすぎた所為で目は眩んで。

 怖がる彼女にも、必死で自分を逃がしてくれたことは理解して貰えたようだ。おそるおそる近づき心配してくれた。

「・・・ぁ・・・あの・・。」

「こんくらい、平気だ。少し休んだら、この忌まわしい土地から去ろう。な・・・」

 不覚にも意識を失って、その間、彼女は、行方をくらますことなく看病をしてくれたらしい。目覚めると、薄着のままベットの脇で眠っていた。

 最初に訴えた自分の言葉を信じてくれたのか、何処にも行き場がなかったのだろうが、側にいてくれたことがただ嬉しかった。

 彼女に、良質なコートとブーツをそろえ、この大陸から出るために、船に乗る手配を終え、

「オレの住んでるところは岬にある神殿で、願いが叶えることが出来るって、人間から言われてる凄い場所なんだぜ!」

 広大な夏の海を見せたくて自分の土地のことを沢山聞かせた。

 その次の日には追っ手に居場所をかぎつけられ、あんな風に別れることになるとは思っていなかった。

「ティア、オレとはなればなれになっても、朝日が昇ったら船に乗るんだ!」

 一番冷え込む時間に、そっと宿を出て、凍え震える彼女を諭す。

 涙を浮かべ首を横に振る彼女に、きつく訴える。

「オレも絶対行く!自分の家に帰る!そしたら親父の力で願い叶えて貰おう。それまでに楽しい願いを考えておいてくれ。長い船旅は退屈だからな。」

「・・・いや・・・ラフ・・・ひとりはいや・・・。」

 か細い声とともに、速いリズムで白い息がこぼれる。目線を彼女の高さに合わせ、震えている指先をぎゅっと包んであげる。

「大丈夫!一人じゃない。心でちゃんと繋がってる!」

「・・・そんな・・・の、見えない!どこにも・・・ない。」

 話している間にも、通りには、沢山の追っ手の兵士が巡回してる。少しで良いから彼女を説得できる何かが欲しい。

「そうだ!これ・・・持ってて。」

 真っ白なクセのある長い髪を、まとめるために二つ連ねて結んでいたリボンを、一つだけほどく。

「珊瑚の欠片で染めたリボン。海の匂いがいっぱい詰まってる。そいつが、オレの家までティアを送ってくれるように、オレのリボンに祈ってるから。」

「つながってる・・・の?」

「岬の神殿、オレと、ティア。全部繋がってる。リボン(これ)でな。信じれるよな?」

 色のない無色透明な瞳の奥に、真っ赤な熱い炎と、まっ青な広大な海をイメージした彼女は、迷いがありながらも、しっかりとうなずいた。

 いたぞ!

 という声と共に、灯りで照らされる二人。

 もう話している時間はない。初めて出会った時のように、手を繋いで、縦横無尽に逃げる。前回と違うのは、追っ手をなるべく一カ所にほぼ全員集められるように誘導する。

 どれくらい走ったのか、東の空が明るい灰色になっていく

 彼女も体力の限界かもしれない。何度も転びそうになっては、また引っ張られ走ってきた。

 もうオレは飛べない。自分の命犠牲にするほどでないと、彼女を大陸から出すことが叶わない。

 でも、繋がってると約束したから

「岬の神殿に帰るから、絶対帰るから先行って待ってろ!」

 かなえてやる!望むなら!オレは何だって出来る!

「くらいやがれっ!『INFERNO』!!」

 あたりすべて地獄の業火で焼かれる炎系高等魔術。

 どの敵も逃がさない!全部炭になってしまえ!ティアが無事西大陸に着くまで、新たな追っ手が来ないほどに全員!!


 視覚は暗転する。

 そこからオレの意識はしばらく途切れる。ティアがどうなったかはわからないが、符術師の力が入ってきた時に、膨大な情報と共に、彼女のことも流れてきた。

 オレの言いつけを守って、たった一人でこの大陸へ来たこと。

 オレの自己犠牲のような助け方で、悲しませてしまったこと。

 運命の必然に則って、あいつ等と出会ったこと。

 彼女の願いを止めようとする鍵を司らされた符術士のこと。

 結局はオレは前座だったのか、あいつと巡り会わさせるための引き金だったのか。

そう考えられて腹が立って、あいつには毒はいてしまう

 ティアが幸せならいいと、素直に言えるまで待ってくれ。決して彼女の望んでないことをしたい訳じゃない。

 それに、勝手に託して逝った符術師にも。


 ただ・・・

 見ず知らずのオレに何故託せるのか?夢のような世界で彼に聞いた。

 彼は何も語らず微笑むだけだった。全てを悟ったような優しい微笑み。これから起こることが、まるで幸せな物語を予感させるような。そんな微笑みを向けるだけだった。

 否、死人に口なし。

 オレは死んだ人間のために何かをするつもりはない。ただ、符術士とオレの目指す未来の矛先が、似ていただけだ。そいつは、幸せだったから微笑んでいるだけだ。死んだ人間に未来などない。

 オレに力を貸してくれたことは感謝する。だが、符術士は諦めたんだ。自分が生き延びる方を選ばなかった。

 自分が生きてさえいれば、別の方法も考えれただろう。「鍵」の役目から抜け出せたかもしれない、また別の方法で、ティアを助け出せたかもしれない。

 悟ったように諦めて、自分の人生を完結させた。終わりを選び、自分勝手に満足している。自己満足だ。そうとも解釈できる。だから微笑んでいられるんだ。

 オレはINFERNOを使ったときも、自分が死ぬとは思ったことはない。絶対生き延びて、ティアと逢う!そう思っていた。

 自己犠牲の精神から術を使ったんじゃない。

 オレは運命も神も圧倒的な力も恐れはしない!屈しない!

 オレの意志でティアを守る。そして、その口から絶対死にたいなんて言わせない。



「フ・・・ラフ?ラファール?」

 重い水の底から、無理矢理引き上げられたばかりのような疲労感と共に、透き通る声が聞こえた。重いまぶたを開けて、無意識に声の方を見ると、青い髪が水面のようにキラキラ光っていた。故郷の透き通る空と海を連想した。

 その海の、珊瑚の欠片を砕いて色料にし染めたピンクのリボンが、彼女の頭の左の高い所で流れる髪と共に揺れていた。

 オレの長い髪の先にもリボンを結ってある、お揃いのリボン。

「ラフ?起きた?」

 木の幹で寝ていた俺を起こしに、少し低い木の幹からティアが話しかける。

「・・・今起きた・・・」

 自分の声が予想より掠れていた。頭を使いすぎたらしい。完徹より疲労してる。だが、それをティアには見せたくない。

 オレは、軽く咳払いをし、言った。

「こっちこいよ?」

「此処までは登れたんだけどね・・・これ以上はちょっと・・・恐い。」

 木の幹にしっかり捕まりながら、ティアは言う。此処まで登るのにも勇気が要っただろう。女の子がたやすく木登りが出来るものではない。簡単に飛び降りれる高さではあるが、足場の悪い木の上は恐いだろう。

「恐くないって。ほらよ。」

 ティアに向かって手を伸ばす。ティアも戸惑いながら片手を伸ばすと、いくぞ!と言うかけ声で手を強く引っ張った。ティアも少しジャンプしてこっちの幹に膝をついた。

「あっ、ちょっと恐かったぁ。」

 狭い幹の上で、抱き留める形で密接している。甘い匂いがふと鼻についた。

「ラフ、痛かった?」

「大丈夫。軽いから。」

「よかった。こんなトコで寝てるといつか落ちるよ?」

 オレは微笑んだ。顔色も機嫌も良好なティアを見てほっとした。彼女が元気でオレに話しかけてくれるのがとても嬉しい。

 ニコニコしてたら、ティアも微笑み返す。

「ねえラフ?ラフの真っ白な髪、いいにおい。」

 頭をなぞるようにして白く長い髪をとり鼻を近づける。こんなに触れたくてたまらない彼女からの、些細なスキンシップ。元より、身体を触られるのを嫌がるティアにとっては自分から他人の身体に触れることも少ない。

 そんな彼女だから、こんな行動はとても嬉しい。もっと触って欲しい。触りたい。

「ティアの髪も良い匂いだぜ。」

 ティアがしたように、オレも彼女の髪を嗅ぐ。もっともっと頬に近づきながら、耳元でささやく。彼女はくすぐったそうにピクリと身をよじる。

「ぁ・・・だって、そだよ。みんなでシャンプーいっしょなんだもん。ね。」

「そりゃそっか。」

 二人だけの匂いかと思いきや、ティアが言うのが現実的で、少し冷めてしまった。木の幹にドカっともたれ直す。

「ひゃ!ラフ!動かないでよ、落ちちゃう。」

「大丈夫だ。支えてるから。」

 ティアの腰を引き寄せて近づけさせる。馬乗りで膝を立てた状態で、必死にバランスをとるティア。オレの腕を服がシワになるほど強く掴んでいる。

 ふわりと揺れるシフォンのミニスカートから出たやわらかそうな太ももと、レースの付いたニーハイブーツ。ベルの野郎はいけ好かないヤツだが、ティアに着せる服だけは、可愛すぎて褒めるべき所だ。

 開いた胸元から小さく見えるふくらみが可愛らしい。

 さわりたい。抱きたい。

 でも怖がるだろう。悲鳴を上げるかも?泣いてしまう?嫌われる。もうこんな風に近づいてこなくなるかも。でも。触りたい。押さえられない衝動。手が止まらない!

 空いた胸元を、人差し指でぐいっと下げた。

「・・・今日のブラはピンクなんだな。白いレース付きの。」

「!!ラフの馬鹿!!(怒)」

 ドッシーーーン!!!

 力一杯はたかれて、足を滑らし、木から落ちてしまった。背中が痛くて目を細めると、通りすがるようにベルが言った。

「あら?ラフおはよう。ティーラが起こしに行ったんだけど。なかなか痛そうな目覚ましみたいね。」

「ほっとけ。」

 背中をさすりながら何とか身体を起こすと、優しくティアを木の幹から降ろすアイツの姿があった。壊れ物を扱うように、そっとティアの身体を支えて地面に降ろす。照れたようなアイツの顔と嬉しそうなティアの顔。

「っち・・・。」

 舌打ちをして立ち上がり、あいつ等が居ない方へ歩きだす。

「ちょっとあんた何処行くのよ。朝ご飯出来てるわよ!」

「ウォータークローゼットだよ。朝は納豆とみそ汁だぜクソ精霊。」

「汚いこと言わないでよ。納豆なんかあるわけないでしょーが。」

 捨てゼリフにつっこみを入れられながらもため息をつく。

 そう。所詮運命とやらに決まっていても。ティアがアイツを見ているのも、オレでは救ってあげれないのを知っていても。だからってこの気持ちがおさまったりはしない。

 だから悪ふざけしながらでも、オレは自分の気持ちに嘘ついたりは出来ないんだ。嫌われても拒絶されても。オレはオレなりに彼女を守ってみせる。

「ら・・ラフゥ?」

 木から落ちていたくなかった?と警戒しながらも訪ねてくるティア。

「もう。へんなことしないでねラフ。」

 拗ねたように口をふくらませる。

 どうかな?と意地悪を言ってしまう。抑えられない衝動が悪戯に出たくらいいいじゃないか、とも思う。可愛くて仕方がないんだ。側にいたい。そして、二人だけの特別が欲しい。

 朝の清々しい風が髪を撫でていく。白い長髪をまとめているピンクのリボンが揺れる。

まっ青な透き通る青の髪にも、お揃いのリボン。

 初めてティアと、オレを繋いだ。


 オレのささやかな宝物。


Coral Pink END

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