シロバナタンポポの約束。
病院。
俺は医者でも看護師でもなく、かといって体が弱いわけでもなく、知り合いが入院しているわけでもないのに病院にいた。
なぜかいかなくてはならない、そういう衝動にかられた。
病院のエントランスへ行く。
すると少女が誰かを探しているかのようにキョロキョロしているのが見えた。
俺には関係ないだろう、やっぱり用もないのに来ちゃいけないよな…。
そう思い引き返そうとしたが、誰かが俺の服のすそを引っ張ったので足を止めた。
「来てくれたんだ!ありがとう」
「えっ?」
彼女は誰なんだろう?
どうやら俺を知っているようだが…。
「ほら早く来て!早く早く!」
「お、おい…!引っ張るなって…!」
半ば強引だが、俺は少女に引っ張られ病院の屋上に連れてこられてしまった。
「まさか今日来てくれるとは思わなかったな~」
彼女は俺を見てにっこりと笑う。
何のことかわからないが、彼女は俺に用があったらしい。
「今日どうしてもあなたに言いたいことがあって…でも来てくれなかったらどうしようとかそういう不安もあったから、ほんっとうによかった~!私、案外強運の持ち主かも?」
「俺に何か用でもあるのか?」
「も~、なにその他人行儀な言い方~」
どうやら彼女は俺のこと知っているようだが…俺は彼女のことなんて知らない。
いや、知らないって言い方はおかしい。
エントランスで彼女を見かけた一瞬、なぜかもやもやした気持ちがしたからだ。
たぶんだが、俺も彼女を知っている。
「あのね、約束…してくれたの覚えてる?」
「約…束?」
「ええ、約束」
「…」
さっきまで笑っていた彼女が急に真剣な顔になる。
「ふふっ…。その様子だとやっぱり覚えてないよね…」
悲しそうな顔を彼女はする。
この短い時間しかたっていないが、ころころと表情を変える忙しい子だなと俺は思った。
「君は…」
俺は彼女のことについて聞こうとする。
だが聞こうとした瞬間、彼女は俺の口に人差し指を置き「しーっ」としてきた。
「私のことは今聞かないで。あなたが私のことを思い出せなくても構わない。だけど、今からいう約束だけは…私のことを忘れても覚えていてほしいの」
涙を流しながら彼女は言う。
夕焼けの赤に反射するその涙を俺はとてもきれいだと思った。
彼女は俺に近づき、俺の胸元当たりに顔が見えないように抱き着いた。
「えっ?おい、なにして…!?」
「このままの状態で言わせて」
彼女はそういうのでそのままの状態でいることにした。
異性とこういう関係にはなったことはないので、緊張が走る。
「あなたが私のことを忘れていても…私のことを探して?」
「それが、約束?」
「そうよ」
探すといわれても彼女は現にここにいる。
今から消えたりするなんて手品でもない限り不可能だ。
たぶん俺たちは知り合いだが、なぜ俺に頼んだんだろう?
そして俺たちの関係って何なんだ?
同級生なのか?上級生…それとも下級生?
そもそも同じ学校のやつなのかもわからない。
「急に変なこと言われて迷惑だっていうことはわかってる。あなたにしか頼めないから」
「わ、わかった…。だから、泣かないでくれないか?女の子が目の前で泣いていると…なんというか…」
「ふふっ…。優しいんだね、ありがとう」
彼女が俺のほうを見てまた、最初に見せた笑顔に戻る。
この笑顔はまるで花のような…優しい笑顔だった。
「ごめんね、もう時間が来ちゃった。私行かなくちゃ」
彼女が俺のもとから離れていく。
なんでだろう、俺はそんな彼女を止めなくてはいけない、そう思った。
そうだ、名前…名前を聞かなくては。
名前がわからなければ彼女を探すことも難しくなるはずだ。
「待ってくれ、君の名前はなんなんだ?」
俺は無意識に彼女の手を取る。
それを彼女は予想していなかったのか心底驚いていた。
「それは探してくれた後に教えるね。きっと…きっと私を見つけ出して」
彼女がそういうと強い風が吹いてきた。
俺はそれに思わず目を瞑ってしまった。
「今でもあなたのこと、大好きだよ。待ってるから、杏」
「なんで俺の名前を…?ってあれ?」
目を開けて彼女のいた方向を見るがそこには彼女の姿はいなかった。
かわりに彼女のいたところに白い花が咲いていた。
「白い…タンポポ?」
そのタンポポはなんとなくだが、彼女に似ているような気がした。
この花が満面に咲いているところへ行こう。
そうしたら、彼女は待っているかもしれない。