~運命の始まり~
タイピングと文章の練習のために投稿しました。評価と至らない点があれば指摘していただけると嬉しいです。
月が死んだ暗黒の夜、降りしきる雨の中、夜叉の面をつけ、黒い外套を羽織った5人の影が鬱蒼と茂る森の中に建つ一軒の日本家屋に迫っていた。
「何者だ! 止まれ!」
家の中から数人の刀を帯びた男たちが出てきて黒い影の前に立ち塞がる。
しかし、一筋の閃光が走ると次の瞬間、夜叉の面の者たちは、男たちの後ろを何事もなかったかのように歩き始める。
「な、何が……」
男たちはその身に起きたことを理解できぬまま血しぶきを吹き上げ、崩れ落ちる。
夜叉の面の者たちは門をくぐり、玄関の明かりの下に立つ。夜叉の面の者の1人がなんの悪びれもなく、木製の立て付けが悪そうな引き戸を強引に蹴り破る。
「な、何の用だ!」
まだ30代前半であろう活力に溢れた男が破壊された引き戸の先に立っていた。後ろには妻とみえる若い女と幼い男の子を伴っている。彼らは何が起きているのか理解できていないようだ。
「あなた方には死んでもらいます。」
夜叉の面をつけた1人がなんの感情も感じ取れない無機質な声を発する。
「はぁ? どういうことだ? なんでお前らが……」
冷たい声に男は身構える。強い口調を保っているがそれは虚勢であった。
「もう、決まったことです。お覚悟を」
「待て! 話せばわかる!」
「問答無用」
夜叉の面の者の1人が腰から刀を抜き、目にも留まらぬ速さで切りつける。男は夜叉の面の者との間にシールドを展開し、その攻撃を紙一重で防ぐ。
「星雪を連れて逃げろ!」
男は女の方を向き鬼気迫る声で叫ぶ。
「あなた……」
「早くしろ!」
女は子供を抱きかかえ、おぼつかない足取りで奥へと廊下を走る。そして、突き当たりの部屋へとなだれ込み、戸を閉める。
「ぐぁあああ!」
男のものと思われる悲痛な叫びが聞こえた後、雨音だけが女と子供を包む。
「奥様、どこにおられますか?」
その静寂を裂くように声が響く。その声に女は何かを覚悟したように流していた涙を拭き、子供を押入れの中に押し込む。
「星雪、いい? 何があっても、ここから出ちゃダメよ」
女が何かを呟くと、右手に金色の文字の様なものがまとわりつき、その手で子供の頭を撫でる。すると子供は透き通り、人の目では見ることができなくなる。
「母さん?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ピピピピピピ!」
閑静な日本家屋の中で時計のアラームがけたたましく響き、1人の青年がまるで冬眠から目覚めた熊のようにのっそりと起き上がる。
ここは結界帝国、山間の小国だ。物語はここから動き出す。
「こんな日にまた、あの日の夢を見るとは……」
青年は暗い顔をしながら頭に手を当てる。
「若!おはようございます。朝ご飯の支度が整っていますよ」
着物姿をした初老の女性の凜とした声が響く。
「だから、若って呼ぶのやめてって、何度も言ったよね?」
「でしたら若殿と呼んだほうがよろしいですか?」
「若から離れる気ないのね……」
若と呼ばれた青年はうんざりした顔で答える。彼の名前は鬼塚星雪、18歳の若き鬼塚家当主だ。
彼がなぜ若くして当主になったのかは後に語ることになるだろう。
星雪は和風モダンな服装に着替えを済ませる。刀を伴っていることからおそらく戦闘服なのだろう。彼はその頭に付いた寝癖を抑えながら食卓につく。
そこには赤飯に勝栗、打鮑、トンカツなど朝食とは縁遠い料理が並んでいた。
「これは?」
「今日は、若と涼花ちゃんの卒業試験なので縁起をかついだ料理を出してみました。これで合格間違いなしです!」
ばあやは自信たっぷりの顔で答える。
「だからって朝からトンカツは、ないでしょ……」
星雪は苦笑交じりの笑顔をしながらもトンカツにかぶりつく。トンカツは星雪の好物だ。
「まだまだ足りないくらいですよ。若! ウインナーはいかがですか?」
ばあやはフライパンを持ってやってくる。
「ウインナーって最近海外から入ってきた食べ物だよね? よく手に入ったね」
星雪はばあやの持つ新品のフライパンを見て、ウインナーとともに西洋市場で買ったのだろうと想像する。西洋との貿易が始まって間もないこの国では西洋の品物は珍しい。
「若のためでしたら何でも手に入れますよ」
そうは言っているが、ばあやも最近流行りのフライパンを使ってみたかったのだろう。
「ところでなんでウインナー?」
「海外の言葉でwinner、勝者という意味だそうですよ」
ばあやは澄ました顔で言う。その顔はいたって真剣だった。実際はwienerであり違うのだが……
「ダジャレかよ……」
深い理由を期待していた星雪は、その拍子抜けする理由に思わず笑いが溢れる。
「ほっしー! 早くしないと遅刻だよ!」
唐突に明るい髪色とはっきりとした顔立ちが特徴的な、まるでヒマワリのような女性が現れる。その艶やかな髪はショートボブに編み込みと藤の花の髪飾りが綺麗にとめてある。彼女は、ご飯を食べている星雪を急かす。
「神谷、なんで朝っぱらからそんなハイテンションなんだよ……」
神谷と呼ばれた女性、彼女は神谷涼花。歳は星雪と同じで鬼塚家に居候している。
彼女はすでに和風と洋風が入り混じった戦闘服に着替えを済ませ、その腰には細長い剣の様なクナイが鞘に収められていた。
「だって今日は学校の卒業試験なんだよ! これに合格すればようやく兵師として認められる! ほっしーは嬉しくないの?」
「いや、うれしいというか気が重いよ。これで兵師になれるかどうかが決まると思うと……」
「そんなネガティブ思考だと不合格になるよ! ほ〜ら、早く行こ!」
星雪は涼花に引っ張られてる。
「ちょっ待って。ご飯中……それにまだ挨拶が済んでない〜」
星雪は涼花の手から何とか抜け出し、仏壇の前に座り手を合わせる。
「それを忘れてたね……」
涼花も星雪の横に座り同じように手を合わせる
「こうしてると父さんと母さんが見守ってくれてる気がするし、目標を再確認できるんだ」
星雪は仏壇の位牌を見上げる。
「ほっしーの目標って、ひいじいちゃんを超えることだよね?」
「うん。あの圧倒的戦闘能力とカリスマ性。あの人こそ俺の理想とする人だよ。俺はひいじいちゃん以上の力を身につけ、必ず俺の両親を殺した奴らを見つけてやるんだ!」
星雪の顔に力が入り引き締まる。その様子からよほどの覚悟があると見える。
「じゃあ、まずそのネガティブ思考から直さないとね!」
涼花が星雪の痛いところを突いてくる。
「あはは……それは結構きついかも……」
そう言われ、表情を崩しつつさっそくネガティブ思考全開で答える。自分でも自覚しているらしい。
「あ! もう時間がやばいよ! 急ご!」
涼花に引っ張られ星雪は、まるで凧揚げの凧のように家から連れ出される。
「ちょっ……神谷!」
「行ってきます! ばあや!」
「行ってらっしゃい! 涼花ちゃん。若のこと頼んだよ〜 若! ご武運を!」
ばあやは家の門前で2人を見送る。
この時、彼らはまだ知らなかった。これからこの国を襲う苦難を。これは山間の小国とその人々が栄光を目指した血と絆の物語である