やりすぎにはご用心
前回来たのと同じスライムの生息地、彼らは水辺を好む性質があるので町の近くにあるこの沼は比較的発生しやすく交通の便のいい狩場として有名なのだそうだ。ほとんど前と変わらないそこ、だが明らかに前回と違うところがあった。
「なあアイシャ」
「どうしたのご主人様」
「なんであの沼青いんだ?」
前回来たときは何の変哲もない沼だったはずなのに今日は真っ青でしかも蠢いている。はっきり言って気持ちが悪い。アイシャの方を見ると彼女としても予想外の量だったみたいで若干顔を引きつらせている。
「さっきミナがスライム大量発生っていってたじゃない。よく見たら青以外にもピンクや銀や金もいるし大丈夫でしょ」
何がどう大丈夫なのか懇切丁寧に説明していただきたいところだがレベル上げには丁度いいともいえる。他にこのクエストを受けた奴もいないようで辺りには人がいないので色々捗る。ちなみにパーティーは仲間意識があって望むと組まれるらしい、裏切りを企んでいると組めないとは我ながら面白いシステムである。
「とりあえずアイシャを戦闘に慣らそう」
「ご主人様は大丈夫なの、記憶ないんでしょ?」
「俺は何となく戦闘の方法とかが分かるんだよ、多分スキルの効果だろ」
アイシャがずるいなどと口走っているが生まれ持ったものを使って何が悪い。与えられたなら使わない方がどうかしている。アイシャはいつもより少し目を吊り上げていたが諦めたのか弓を構える、スライムは体温を感知してこちらを察するので攻撃範囲外から狙撃ということだろう。彼女が持つ豊富な魔力から作られた矢が放たれスライムに触れると周囲を巻き込んで爆散した。
「は?」「え?」
放った本人まで驚いているんだがどういうことだろうか。ちょっと聞いてみるとしよう。
『私に聞いてくれてもいいのですよ』
確かにそうなんだが少し待て、もし原因がわからなかったら聞くから。俺がユニにそう返すとわかりましたと嬉しそうに返して黙った。
「今の一体なんだ?」
「多分魔力矢の特性ね。弓の素材によって魔力の変換の仕方が違うってお父様から聞いたことがあるもの」
お父様ねえ、そのうちアイシャがどうしても帰りたいというなら買った額だけ退職金を払えば解放してもいいかと少しだけ思った。そういえばこの弓の素材はなんだろうか、魔力が足りる範囲で最も強力な弓という要求だったので把握していない。もう一度弓を見てみると材質という項目が追加されて亜竜の角,炎蚕の糸と書かれていた。
ああ、炎の性質があるのか。アイシャは炎を使えないからそれを補える性能になったということだろう、創造の魔法中々優秀な判断だ。とりあえずそのことを軽く伝えるとアイシャはやりすぎだとジト目を向けてきたがそんな顔されても可愛いだけである。そもそも性能的にはBランクなので問題もない。
そこから暫くアイシャにスライムを爆散させて働かずに経験値を稼いでいたが彼女が倒すとドロップが1度もないという悲しい事実に気が付いてしまった。これは最初に幸運を改善したほうがいいかもしれない。
「アイシャ、魔法使うから下がってろ」
前回はスライムのよく聞くドロップアイテムスライム核とスライムゼリーのほかにエリクサー7本とスライムジュエル5つが手に入った、この2つはスライムの王キングスライムから落ちると聞いたのだがそれだけ理不尽なステータスということだろう。。
俺が今出来る最大の出力で魔法を使えばこれだけいれば70はいける。俺はA級炎魔法『トゥルーフレア』を沼の真ん中に放り込んだ。
「さ、流石は元創造神。低レベルとは思えない火力ですね」
「80は燃えたな……」
想像以上の炎で青い沼が消えるのを確認して2人して引いていると、力が湧き出るのを感じた。今のスライム大量討伐で8まで上がったようだ。前回はその半分程度を倒して1しか変わらなかったのに恐ろしいことである。ただ所詮敵はスライムなので慢心は出来ないのだが。
ちなみにアイシャは17まで上がっていた、なんだかとても悔しいぞ。彼女は経験値10倍の事を知らないので俺のせいだと勘違いしていることだろうがそっちの方がいいか。
とりあえず時空魔法『インベントリ』で回収しておいた、やはりアイシャに勇者スキルのアレも覚えさせた方がいいかもしれない。アイシャはスライムから落ちると聞いたことのないアイテムがそこら中に転がっているので不思議そうな顔をしていたが俺だからしょうがないと納得したようである、俺が納得いかない。目的も果たしてさあ帰ろうというときにいつもの奴が俺に話しかけてきた。
『ちょっと待ってください!忘れていませんか』
何のことだろうか、正直スライムの大部分を間引いたのだからもういいと思うのだが。アイシャは動きを止めた俺を不思議そうな顔で見ているが何でもないと笑いかけて矢でスライムを狙撃させることにした。【弓の天賦】があってもまだ初心者で弓系のスキルも持っていないので狙いが正確とはいいがたい。
『前回捕獲したスライムのことですよ、折角野外にいるのですから育成しては如何でしょう。ちなみに私もレン様という扱いになりますのでこっそりパーティーは組んでおきました』
何と勝手な…。面倒だが俺は『インベントリ』からスライムを取り出す、どうせモンスターを飼うならかっこいいのにしたいんだよな。
『経験値を貯めて必要な素材を食べさせると進化するのです、どうですレン様わくわくしてきましたよね』
なんでこいつはスライムマニアなんだ、こんな軟体生物に存在価値なんて皆無だろう。そう思っていたのだが俺の横に来ていたアイシャも目を輝かせている、なんだお前もこれが好きなのか。もしかしたら俺の方がおかしいのではと疑いたくなる。
「ご主人様いつの間にこんなの捕まえたの?」
「お前買う前だ、連れがうるさくてな」
「連れ?」
「ああ、昨日ちょっと話した創造神スキルの1つで意思を持っているらしく俺に情報をくれたり雑談してきたりするんだよ」
『どうも初めましてユニといいます』
俺の頭の中で話しかけても通じるわけないだろ。アイシャもスキルの話を聞いていたからか理解してくれたらしいのでこの話は終わる、どうせ会話ができないしな。それにしてもこのスライム本当にどうしようか。
とりあえず持っているアイテムを適当にぽいぽいと食わせていく、隣でドン引きのアイシャがいるが気にしない。
「ご主人様、私こんなスライム見たことも聞いたこともないんだけど……。やりすぎじゃない?」
「奇遇だな、可愛いかどうかはともかく俺もやりすぎたかなと思ってたとこだ」
最後にエリクサーを飲ませるとスライムが震えだして進化したのだ、現在は副作用で能力がレベル1並に落ちているが本来のレベルは30と高い、ユニが余計なパーティー契約をしてくれたおかげだ。羽が生えて頭の上に輪が浮いている白色のソレは今後一緒に行動したくないと思わせるものだった。
これの存在を無かったことにしたいのだが残念ながらそうもいかない、なにせ先ほどから見学者がいたのだから。
「す、すみません。さっきからのぞき見しちゃって……俺は冒険者のセルウィンといってモンスターテイマーをしようと思ってまして手始めにスライムと契約しようと思ってここにきたんです」
なるほど、スライム実験に興味を持っていたのはそれか。彼は俺がスライムに色々混ぜ始めたころにやってきて少し離れたところから俺たちを観察していた。敵意もなかったので放っておいたのだがこんなことになるなら一言言っておくべきだったな。
「ああ、かまわない。そもそもスライムの進化が見たかっただけで……これいるか?」
そうか、この奇妙生物をこいつに押し付けてしまえば解決じゃないか。野生には流石にいろいろ問題があるから出来ないが、モンスターテイマーにあげるなら問題ないだろう。俺と違って有効利用してくれそうな気もするからな。
「ええ!?そんな悪いですよ」
「気にするな、それ失敗作だから」
こういっておけば相手ももらいやすくなるだろう、そう思ったのだが彼の表情が申し訳なさそうな顔からちょっと怒った顔へと変わる。何か拙いことでもいったのだろうか。
「ご主人様、今の言い方はモンスター愛好家だったら怒ってもしょうがないんじゃない?」
ああ、確かにそれもそうか、アイシャが小声で教えてくれてやっと理解できた。別に何か悪いことをしたわけでもないが一応謝罪しておくとしよう。
「悪い、そういうつもりじゃなくてな。そもそもテイムスキルを今後使うつもりがないから欲しいなら貰ってくれると助かる」
一応怒りは収めてくれたようだが今度は正義に燃えたような目をしている。今度は何考えているか大体わかるぞ。
「わかりました、この子は俺が責任をもって大切に育てます!名前は?」
「決めてないから好きにしてくれていいぞ」
ふう、一時はどうなるかと思ったが引き取ってもらえるようで何よりだ。俺はセルウィンと譲渡の契約を交わしてこのヘンテコスライムを譲り渡す。まあユニも色々な進化が見られて満足したことだろう。
『いえ、どちらかといえばあんな進化も存在したのだと驚愕しております。ただもう少し大事にして欲しかったというのが本音なのですが……』
よくわからんがなんでも知ることができる権能持ちが知らないのはいいことじゃないか。これで今度こそここに用はないな。
「ありがとうございました!」
「気にするな」
帰ったらクエストの報酬を貰ってアイシャのスキルを軽く強化しておこう、今後の予定を立てたりアイシャと話しながら俺は呑気にその場を離れていった。