寿できなかった異世界の魔女
お気に入り3桁達成記念と日刊短編の部で(一瞬)1位になれたお祝いに書いてみました。
(初めての事で驚きです。)
とっても蛇足的なお話です。
読んで下さった皆様、本当にありがとうございます!
結婚が破談になったので、辞める予定だった仕事は継続する事にし(折角認めた退職届はシュレッダー並みに粉々に破り切り裂き燃やした。)、休み明けには今までと同じ様に、普通に出勤し、普通に業務に勤しんでいる。
そんな私のここ最近の悩みは、心ない一言を貰う機会が増えた事だ。
まあ、3年過ぎたら寿退職すると散々言いふらしていたので、突っ込まれるのは当然と言えば当然なのだが。
「あれ?結婚して辞めるはずじゃ・・・・・・」(ギンッ!)
「ん?結婚して田舎に帰ったはずじゃ・・・・・」(チュドーンッ!)
「あ、ニーナお式はいつ(ドドドドーンッ!)」
「もしかして、ニーナ。婚約しゃ(ドカーンッ!)」
「やあ、ニーナ。婚約者寝取られたって?(ドズドーンッ!!)」
解っていても、やはり辛い事は思い出したく無いし聞きたくも無い。
私は溢れる溜息を抑え、逃げる様にして自分に与えられた個人研究室に籠り、黙々と術式を書き連ねる事に精を出した。
王宮魔術師には、各個人に研究室が付与される。
魔術師の多くは個人主義であり、魔術研究もチームではなく個人で行う事が主であった。
昔から魔術師という生き物は秘密主義でもあったので、自分の持ち魔術を秘匿するため個人を好んだ。
それらの理由から、王宮魔術師でも個人研究室を与えるシステムが取られているのだ。
6畳程のこの部屋は私の城だ。
「随分、熱心に取り組んでいるのだな。」
そんな私に無粋にも声をかけてくる影が一人。
私の研究室に無遠慮に入って来れるのは、限られている。声から察するに上司である事は明白だ。
一度羽根ペンを置き振り返ってみると、案の定そこには直属の上司が佇んでおり、麗しい口元にはニヒルな笑みが浮かんでいた。
この顔は、結婚が破談になった私を弄りに来たな。
傷心の私に追い打ちをかけるだなんて、鬼かアンタは。
「如何されましたか殿下。」
私の上司である俺様王子様イケメン風のハリストール王子は、この国の第一王子(王太子)殿下であらせられる。
たとえ、傷に塩を塗りたくりに来た相手でも、それなりの対応をしなくてはならない人物だ。世知辛い世の中だ。
「なに、大した用じゃない。戻ったと聞いたから様子を見に来た。」
「そうでしたか。それはそれは。」
「ところでニーナ。本当にけっ「それ以上は身を滅ぼしますよ、殿下。いえ、むしろ城が壊れます。」
「物騒な盾で防いでくれるじゃないか。」
「同僚達に聞いたら、私の意志が本気であると理解していただけますよ。」
「魔術棟の壁が一部吹き抜けになったのはお前のせいだったか。」
「ワンフロアになって仕事がし易くなったでしょう?」
「苦情が殺到だ!」
殿下の用事は済んだ様なので、私は先程までやっていた魔術式の続きを書き始めた。
羽根ペンを滑らせる私の背後から、殿下は魔術式が書き込まれた羊皮紙を覗き込んだ。
「それはもしかして、この間依頼した魔導具の式か?」
覗き込んだものの何か分からなかったようで、殿下は首を傾げながら聞いてきた。
それを視界の端に捉えながら、私は首を振る。
「いいえ。それはもう出来ました。こちらです。」
私は机の端にある『提出』と書かれたボックスから羊皮紙を一巻き取り出した。
「これを魔導技師官に渡してもらえれば大丈夫だと思います。」
「仕事が早いなー。ん?もしかして仕事が全部終わってるんじゃないか?成る程、仕事に走ってる訳か。」
「そんな所です。」
実際、仕事は中々に良い気晴らしになった。
あの日、田舎から持ち帰ったイライラや怒り、恨み辛みといった負のエネルギーは、恐ろしく仕事を捗らせた。
そうやって仕事に打ち込んでいるうちは、彼との想い出や寄り添う二人の事を思い出さずにいられた。
だが、元々辞めるつもりで休みを取った私の仕事は少なく、いつも以上の効率で進めるものだから、あっという間に片付いてしまった。
だから、手持ち無沙汰になった今でも、何かしらやる事を探しては手を付けているのだ。
「それで?今は何をしているんだ?」
「たまには王宮の魔術師らしく研究をしようかと思いまして。」
「ふーん。」
私の言葉に軽く相槌を打ったかと思うと、殿下はチラリと私の顔を窺い見て、恐る恐るというように聞いてきた。
「・・・・・・非常に聞く事を躊躇われるのだが、」
「なぜ躊躇うのですか。」
「いや、お前の顔が余りにも凶あ、いや、鬼気迫ると言うか。」
何ですか、それは。
そんなに私の顔は悪人ヅラですか。失礼な。
まあ、確かに殿下の顔は心なしか青い気もするが。
「とにかく、今、何の研究をしているんだ?」
「滅びの呪文の研究を少々。」
「何だその恐ろしげな研究は!」
「一度、唱えてみたかったんです。バ○ス。」
「何を滅ぼすつもりだ!」
「そりゃあ、ねぇ。」
「その含みは何だ。」
「色々ですよ。」
「色々か!」
「はい。でも中々魔術式が成り立たないんですよね。やっぱり飛○石が必要なのかしら。アレを作るのは骨が折れそうだな。」
「ちなみに、その呪文はどれ位の規模なんだ?」
顔をさらに蒼くさせ、痛むらしい頭を押さえながら殿下は言った。
規模?
そうだなぁ。私も映像でしか見たことないし。
まあ大体を想像するに、
「街一つ滅ぼすくらいじゃないですか?」
私の力量としても、多分それくらいが限界だ。
本物はもっと凄いかもしれないが。
「もう一度聞くが、何を滅ぼすつもりだ。」
「イヤだなー。田舎に持ち込んだりしませんよ。多分。」
「多分!?止めろ、そんな研究今すぐ止めろ。頼むから止めてくれ!」
そんなに怯えなくてもいいのに。
本格的に震え始めた殿下を見ながら私は溜め息を吐いた。
そんな私を見て、殿下は拳を握り、震えと闘いながら私に言った。
「言っておくが、竜を殺したお前が言うと冗談に聞こえないからな。」
さいですか。
まあ、始めたのはいいものの、まだまだこの研究には先が見えないので、実際に呪文を唱えるまでには時間がかかりそうだ。
そう考えると、ラ○ュタ人は凄いと思う。
空に浮かぶ城だけではなく、滅びの呪文まで編み出す文明は、魔術という不思議な力が存在する異世界でも、まだ誰も手にしていないのだ。
それはさて置き、思い返してみると、やっぱりあのシーンは良いシーンだったな。
リュ○ータと少年が手を取り合い、渾身のバ○ス。
お互いに支え合いながら敵に打ち勝ったのだ。
一人では立ち向かえなかったであろう強敵にも、二人なら闘える。
良いねぇ、そういうの。
私には無いものだ。
私が出会ったあの男は、きっと一緒に滅びの呪文は唱えてくれなかっただろう。
良くも悪くも心根の優しい、弱い奴だった。
多分、聞いただけで、その恐ろしさに震え上がって逃げたと思う。
本当に根性ないヤツ。
まあ、私もそんな奴が好きだったわけだからどうしようもない。昔は頼り甲斐があるように見えたんだけどなー。
結局、私はリュ○ータにはなれないのだ。
「私もパ○ーに会いたいなー。」
「誰だそれは。」
「一緒に滅びの呪文を唱えてくれる人です。」
「何それやめて。」
@@@@@@@@@
「それで、その後どうなったの?」
「上司にせっせと作った研究資料と魔術式を書いた羊皮紙を没収されました。」
私は不貞腐れ、酒場の卓に顎を乗せながら酒をチビチビ啜った。
今日は久々にイライラが爆発しそうだったので、目の前の美しい男に付き合ってもらい飲み明かそうとしている。
不思議なもので、私が愚痴など聞いてもらいたかったり、一人でいたくない時など、誰かに付き合って欲しい時にこの美しい彼は必ず顕われる。
本当はこんな安酒の大衆酒場に居て良いような人でもないし、私なんかが愚痴を言っても良いような相手でもないのだが、何故だか毎回、スルスルと私を言い包め、気付いた時には一緒に安酒を飲んでいる。
殿下にはあんな物言いだし、結構図太くに生きている私でも、初めは彼と飲む事に躊躇したものだ。
まあ、初めだけなのだが。
今ではすっかり良い呑み仲間だ。
「本当にムカつきます。あの見た目だけ俺様イケメン風上司。」
「見た目だけ?」
「普段は俺様イケメンを気取ってますけど、本当は気苦労が絶えない苦労人みたいです。」
今日だって魔導具の依頼と合わせて、神経性の胃痛に効く魔術式を組まされました。
私の本業は治癒魔術師なので。
そう言えば、帰り際に「胃が・・・・・。」とか何とか呟いていたように思える。よく聞き取れなかったが。
そう、私の憎しみと恨みの結晶である羊皮紙を持った手で、胃を抑えながら。
あの、羊皮紙を・・・・・・。
「あーー!思い出したら腹が立って来たー!」
そう言うや否や、私は立ち上がりジョッキの中の酒を一気に飲み干した。
飲み終わった私の周囲では、「良い飲みっぷりだった」と拍手がパラパラと漏れた。
せんきゅー。
酒を飲む事で多少落ち着いた私は、片手を上げて拍手に応えて椅子に座ると、ジョッキを卓に置いた。
そのジョッキに向かいの彼が慣れたもので、新しい酒を注いだ。
「その研究を止められたなら、新しい研究課題を見つけなくちゃだね。」
私が大人しく酒を飲み始めると、彼が「どうしたもんか」というような表情でそう言い、考えるように上を見上げた。
「ああ、それならもう新しい研究テーマは決めました。」
「へえ、もう。」
「はい。代わりに、人族における体毛の衰退過程と加速化です。被験体も決めてます。」
私は知っているのだ。
彼の殿下が毎朝、自分の枕を見て手に汗握るのを。
そして、頭を掻くその手つきが、実は嵩も測っていることを。何の嵩かは敢えて黙っておいてやろう。
体毛についての研究だなんて、なんとも治癒魔術師らしい研究テーマなんだろうか。
最近は、竜討伐させられたり魔導具造らされたりしていたから、本業が疎かだったし丁度いい。
我ながら名案だと思う。
「何て恐ろしい研究を。あの人の苦労の一端を見た気がするよ。」
そう言うものの、彼は苦笑するだけ。
彼は私の戯言にも付き合ってくれ、また、適度に返し、時には受け入れてくれる。
なんと懐が大きいことか。
ただのシャレで滅びの呪文再現してただけなのにさ、それを分かっちゃくれないんだから。
なんて狭量な男だ。
殿下に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
そんな殿下でも、可愛らしい婚約者がいるのだから、世の中ままならないものよ。
まったく、どうやったら私にも素敵な男の子が顕われるのだろうか。
「私もおさげにしたら、パ○ーが顕われるかしら。」
私はリュ○ータ並みに長く伸びた黒髪を一房掴み眺める。
魔術師は、魔力の入れ物である自分自身を少しでも入れ物として大きくする為、髪を伸ばす傾向にある。
かく言う私もロン毛だ。
試しにやってみるのもいいかもしれない。
あ、でも最後はボブになってた気がする。
私の台詞がよく分からなかったのか、彼が首を傾げながら聞いてきた。
「パ○ーね?」
「女の子と滅びの呪文を唱えてくれる素敵な男の子です。」
「ふーん。」
それだけ言うと、彼は自身のジョッキを傾け酒を煽る。
大衆的な絵面だというのに、彼ほど美しいと、それすらも名匠が手掛けた絵画のように様になる。
喉が鳴る彼の首筋に見惚れる女がチラホラ頬を染め始めた。
彼はジョッキを置くと、親指の腹で少し濡れた唇を拭う。
「僕がいくらでも一緒に滅びの呪文を唱えてあげるのに。」
「すみませーん!注文いいですか!?」
「・・・・・・・・・わざと?」
「あ、何か注文されます?ちなみに私は揚げ鶏と果物を頼もうと思ってますが。」
「いや・・・・・・と言うか、僕の話聞いてた?」
「はい?」
現在、酒場が最も繁盛する時間。
隣りには2軒目なのか既に出来上がって大声で笑いながら話す客。そこから少し先には何やら揉めて言い合う客に、様々な話で盛り上がる客達。
何を言いたいかと言うと、物凄く煩いのだ。
喧騒に紛れ聞こえない彼の言葉を聞き取る為、私は耳に手を当てよく聞こえる様にする。
さっきから何を言ってるのかサッパリ聞こえん。
「ニーナ。」
「え?シチュー?それ頼むんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼は何でもないという様に首と手を振ると、再びジョッキに口を付けた。
何だったんだろうか、一体。
「この遣る瀬無い気持ちをどうやって消化したものか。」
私が店員に一生懸命、大声で注文をしている横で、彼がそん事を呟いているとはつゆ知らず。
私は少し頬に熱さを覚え、手団扇でパタパタ扇ぐのだった。
このお話は、主人公に「くやしい」という台詞を汚く言わせたいが為に生まれた短編です。
なので、予想以上に反応があった事に大変驚きました。
嬉しさのあまり、ふつっとネタが湧いたので、また書いてみました。
本当にありがとうございます!
さて、物語ついてですが、一応、最後に出て来る彼がヒーローです。
大分、攻めの一球を投げてみたのですが、から振られました。
まあ、前回は見送り三振だったので、進歩と言えましょうか。
ちなみに、今回は「一度、唱えてみたかったんです。バ○ス。」を言わせたかった回です。
また、ネタがふつっと湧いたら、続きを書くかもしれません。
その時は、何卒、宜しくお願い致します。