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#17 親友

 自分を悪党だなんて思った事はねェ。

 生きるのに必要な事だ。そして生きているからには欲が出る。その多寡の問題だろ?

 殺す事も生かす事も本質的には同じなんだ。命はいつか滅びなきゃならねェ。そうでなきゃただでさえ多すぎる人間が際限なく増えて、この大地を枯らしつくしちまうだろう。

 だから戦争をやめられねェんだ。この世界にあらゆるものが満ち満ちていて全てを抱擁するというのなら、争いはいらない。だがそうじゃねェから殺し合い、奪い合う。全ては有限なんだ。

 皆が幸せになれないから、自分が幸せになる為に幸福を奪い合う……それの何がおかしい? この世界は平等じゃない。どこにだって貧困の差はある。勝者と敗者はその間を別つものを絶対に覆したりはしない。だから俺は、そんな世界に従って生きているだけだ。


「……よォ、イルムガルド。一か月ぶりだな」


 雪の降る街。シクラダール新市街地で俺はあいつと再会を果たした。


「ナッシュか……。まだこの町に居たのか」


「まだというか、この町くらいだからなァ。ザックブルム領で拠点として扱いやすいのはよ。特に俺らみたいなバリバリの大聖堂側人間にとっちゃなァ……」


 ここは腐ってもザックブルム領だからな。そりゃあ大聖堂側の人間にとっちゃ過ごしずらいさ。ま、この町の警備は完全だけどな。


「聞いたぜ。最後の秘蹟を残し、すべてを手に入れたそうだな」


 イルムガルドは眉を潜める。そりゃそうだ、話が通じるのが早すぎる。ほんの2,3日前に大陸北東の方、クソ田舎で秘蹟を授かったばかりなんだ。それを俺がもう知ってるんじゃ、そりゃうすうす要件は気づくだろうさな。


「残りはヒースエンドだけだろ? 祝福するぜ」


「……お前から祝福なんて言葉が飛び出すとはな」


「へっへへ……随分な言い草じゃねェか。俺たちは親友……いや、“同類”だろ?」


 そう。俺たちは同類だ。同じだけの罪を重ねて生きてきた。

 もしも俺たちの間に違いがあるとしたら、その罪を認めているか否か。こいつと俺の違い……それは、自分を“悪いと思っているかどうか”でしかない。


「直ぐにヒースエンドに向かうだろ? だったら最後に酒でも飲もうや。こっちはまだ当分……というか、ヒースエンドに向かう予定はねェからな」


 イルムガルドが僅かに視線をずらし、隣に立っていたレヴィに目くばせする。レヴィが頷くのを確認すると、イルムガルドは俺たちの間にある距離を詰めるように歩く。


「宿をとってある。そこでどうだ?」


「安宿じゃねェだろなあ?」


「聖騎士という身分だと、この町では安宿には泊まれん。知ってるだろ」


 雪の中を行き交う無数の足跡の中にまた新たな一歩を刻みながら俺たちは寄り添い歩く。

 お互いに薄々感づいていたんだ。俺たちの道がこうしてまた交わった今、終わりの時が近いのだと。

 ――その日俺は、親友を殺す為にこの町を訪れたのだから。




#17 親友




 ――例の黒騎士との戦いから、また一月が経過しようとしていた。

 アイネンルースの奴は片腕を失うも、まあ聖騎士だから平然として旅を続けている。尤も奴なりに考えるところもあったのか、真っ当な巡礼の旅からはちっとばかし寄り道をしているようだ。

 レムリスと紅の魔女の死は、俺たちの止まっていた時間を少しずつ動かそうとしていた。そうだ。目を逸らしちゃいけねェ。現実は今でもあの地獄から地続きになっている。俺も、あいつらも、結局のところその事実から逃れる事はできねェんだからな。

 魔女巡礼の旅、それが何の意味もねェって事は皆わかってんだ。勿論、イルムガルドのやつもな。ただあいつは自分がどうしたらいいのかわからなくて、あの蒼の魔女とどう接したらいいのかがわからなくて、なあなあに旅を続けてきただけだ。そして奴らは今、最後の巡礼の地……ヒースエンドのみを残し、旅の終わりに王手をかけようとしていた。


「……ンで? 俺にどうしろってんだ?」


 シクラダール新市街地はクィリアダリア側の息のかかったザックブルム領の一大都市だ。ここには常に聖騎士団が駐留しているから治安がいい。尤も、そいつはクィリアダリア側の人間にとってはの話だ。

 この町ではザックブルム人の行き倒れなんて珍しくもなんともない。華々しいこの大通りからも、一歩踏み込んだ闇の中で蹲っているガキ共が見える。温かい光の中で、高級酒場で酒を飲んでいる俺を羨んでみてやがるわけだ。

 バーのカウンターで、俺の隣に腰掛けているのは黒ずくめの男だ。教会側が使いに出してくるこいつらの素性はよくわからんが、教会上層部と飛ばす“鳩”として時折こうして俺に仕事を運んでくる。今日のは聖騎士として、ある意味真っ当な方の依頼と見えた。


「蒼の魔女が先日、最後の秘蹟をその身に受けた。これで残すはヒースエンドのみとなった」


「らしいな。で? お前らの回答は?」


「金は惜しまない。聖騎士イルムガルドと魔女レヴィアンクロウを抹殺しろ。これは大聖堂の総意である」


 抹殺……ときやがったか。そりゃ、予想はしてた。当然の事だと思う。だがよ、いくらなんでもそうストレートに言われちまうと、流石の俺様も困惑しちまうわな。

 差し出された密書の封印を見て俺はまた何とも言えない気分になった。何故ならこいつは……奴の実の妹の紋章だったわけで。つまりこの決断を下した中の一人……いや、そんな甘いもんじゃねェな。“首謀者”。それがあの妹チャンって事になるわけだ。


「そんなに拙いのかねェ……魔女を人間と認めるのは」


 鳩は何も答えなかった。ただ俺の返答を待っているだけだ。グラスに注がれた琥珀色の液体を飲みほし、俺は密書に署名する。それを受け取って奴は席を立った。


「一つだけ訊いてもいいか」


 鳩の鳴らす足音が止まる。俺は振り返らずに尋ねた。


「もしもこの旅を終えた時、俺とペルは誰が始末するんだ? アイネの奴は引き受けないだろうぜ。俺がイルムガルドを殺して、そのあとアイネも殺して……そしたら俺を始末できる奴はいなくなる。大聖堂は俺みたいな凶悪犯を最後にしちまっていいのかねェ?」


「……あまり図に乗らない事だな、ナッシュジール。聖騎士を始末する事など大聖堂の力を以てすれば容易い。ただ、厄介者は厄介者同士で……“できれば”つぶし合ってもらいたい。ただそれだけの事だ」


 ……そういう事か。だったらもう、聖騎士は不要になる時が来た……いや。


「“古い聖騎士は”……か」




「あんた……なんて事を……っ! 仲間を殺して餌にするなんてッ!!」


 ガキの頃、俺はただの孤児だった。戦争の時代だから別に珍しくもなんともねェわな。

 残飯を漁って、物乞いをして……まあ最初はそれで凌げたが、だんだん難しくなる。強盗、殺人、何でもやった。そうしなきゃ生きていけなかったからな。疑問はなかった。

 良心の呵責も最初はあったよそりゃな。だけどまあ、四人目くらいからかな。貴族の肥え太ったオッサンに錆びたナイフを何度も突き立てている間に、段々とそれが快感に変わっていった。

 奪われているばかりだった俺が、今度は奪う側に立っている。この勃起モンの悦楽は俺の心から迷いを消していった。そういう才能があったんだろうな。俺は上手な人殺しになった。

 そんなある日だ。厄介払いの意味もあったのかもな。いよいよ騎士団に捕まって縛り首って時に、聖騎士の誘いを受けた。十中八九死ぬような事だったらしいが、残りの一割で生存の希望があったから俺は飛びついたね。十割の死よりは随分とマシだろ?

 そして連れていかれた穴倉の中であの二人と出会った。名前を名乗る事は禁じられていたから不便だったが、後のイルとアイネだ。あそこは、聖騎士としての適性を見ると言うあの場所は、ただの口減らし部屋だった。薄暗くアリの巣のように広がったあの洞窟で、俺たちは魔獣と共に二週間を過ごした。その途中には色々な事があった。

 まず食料が二週間分もなかったので、他の奴から奪うしかなかった。俺は迷わず殺して奪ったね。まあ放っておいてもどんどん死ぬから拾うのはラクだった。だから食糧問題はすぐに解決したのだが……魔獣との同居はいけねぇ。こいつは問題だった。

 魔獣は毎日一人か二人のガキを食らうと満足して眠るらしい事が中盤に発覚した。この時ばかりは俺は自らの愚行を呪った。殺しちまった分の連中を奴に食わせれば効率的に時間を過ごせたはずだ。毎日二人食わせてあとは寝てすごしゃいいだけだったのに。

 後半にはもう頭のいい奴しか生き延びてなかった。そこでアイネとイルとも出会った。初見じゃなかったが、暗闇の中だからいかんせん誰がどれかはよくわかってなかったのだが、そこから俺たちは行動を共にすることになった。


「仲間じゃねェよ。俺たちの取引の中には俺たち三人しか含まれてねェ。それ以外は他人だ」


「他人だからって殺してもいいわけ!?」


「ああ、いいね! 誰も殺さず生きていける奴なんていねェんだ! きれいごとほざいてんじゃねェぞ!! 俺が二人食わせたから今日は安心して大声で口喧嘩もできらァな! だがそうでなけりゃ今頃俺達も暗闇の隅っこでブルブル震えてた! わかるか!?」


 俺の胸倉を掴み上げ殴りかかろうとしたアイネを止めたのはイルだった。あいつがどんな表情だったのかはわからない。だがあいつは冷静な声で……努めて落ち着いて諭した。


「……残念だがそいつの言う通りだ。俺たちは俺たちが生き残る事だけを考えて手を組んだはずだ。三人分の食料と、三人分の命。ただそれだけがあればいいと、そういう約束だったはずだ」


「だけど……でもっ」


「生きて帰りたいだろ、お前も……。それにもう、ただこうしている間にも……どこかで誰か死んでる。その命を救えるのか? 知らないというだけで朽ち果てていく、助けを求めて涙を流す命を俺たちは……これまでだってずっと見過ごしてきたはずだ。それを今更極限状態の中で否定するのは……それは、何かがおかしいよ……」


 泣き崩れるアイネを抱きしめるあいつを見ながら感心したのは、あいつが“どっち”も持ち合わせていた事だ。

 アイネのような甘い気持ちも、俺のような冷酷さもどっちもあった。そのどっちもバランスよく器用に使いこなして生き延びる為の最短ルートを見つけ出すだけのさえた頭があいつには備わっていたんだ。だから俺は思った。こいつと組めば、おそらく死ぬ事はないだろうと。少なくともバカに足を引っ張られて無駄死にかますことだけはねェだろう、とな。

 そしてその予想は的中した。あいつは時に残酷に誰かを見殺しにし、冷酷に敵を殺し、温かい言葉を仲間にかけて、俺達を仲間と呼んだ。あいつは多くの矛盾を抱え、しかしどこまでも強く、俺達聖騎士隊を強く牽引し続けた……。




「あうぅっ! がうっ!」


 部屋に戻るとペルの奴が飛びついてきた。この体躯でこのパワーだから手におえない。思わず倒れそうになりながらもなんとか聖騎士のパワーで踏ん張り、ペルの首根っこを掴んでベッドに放り投げる。


「おう、今ご主人様が帰ったぜ。ほれメシだ、食え食え」


 最初は部屋に残していくと勝手に出歩いて大変だったが、今はこうして大人しく待てるまでに成長した。さっきの衝撃でちょっと零したスープとパンを渡すと、ペルの腹が盛大に鳴る。がつがつと素手で貪り食らうその様は紛う事なきただの畜生である。


「たっぷり食えよ~。ちっとばっかしデカい仕事が入っちまったからな~」


 イルムガルドは強い。パワーならアイネに、スピードなら俺に、タクティクスならレムリスに一歩劣るが、奴は総合的な能力が高くまとまっている。アイネの次に力持ちで俺の次にすばしっこくてレムリスの次に頭がよかった。そんな奴とタイマンじゃあ、向こうのブランクを含めても勝率は五、六割って所か。となりゃ、明日には俺もお前も死ぬかもしれない身分ってなわけだ。


「よぉ、ペル。お前との旅、それなりに刺激的で楽しかったぜ。お前は強い。それに疑いなく俺を信じている。お前みたいになんも考えてねェ頭カラッポのバカこそ、一番俺の相棒に相応しかった」


 こいつはオツムがどうかしちまってるが、その分殺戮に迷いがない。普通の魔女と違って理性というリミッターがないからとにかく強い。俺が力を出し過ぎないようによく教育していまのレベルなんだから、こんなのが魔女戦争時代にうろうろしてたらどうにもならなかっただろうな。


「ペル……お前、幸せか?」


 口の周りを汚しまくっているペルに問いかける。返事は期待できねェ。こいつと会話するなら鏡に向かって問答してた方がよほど有意義だ。布で口の周りを拭いてやると、きょとんとした目で俺を見てくる。その黒い瞳の中には、困惑した情けない俺の顔が映った。


「あいつらはよォ……ちゃあんと真面目に頑張ったんだぜ。大聖堂の嘘っぱちを信じてよ。一生懸命やってきたんだぜ。お前は知らねェだろうが、秘蹟を受けるのは超いてーんだ。それを幾つも我慢してきたんだぜ、あのお嬢ちゃんはよ。それがどうだ? 頑張って真面目にやった結果が抹殺しろたァな……いくらなんでも哀れだぜ」


「がう?」


「けどな、俺は手加減しねェ。容赦なく奴らをブチ殺せる。俺がそういう人間だからだ。俺は誰かを傷つけて奪わなければ生きていられない性質だからだ。それに今更疑問は持たねェ。例え相手がダチだったとしても、な」


 上着をその辺に放り投げてベッドに倒れ込む。少し飲み過ぎたか……こんなことをこのバカに語り掛けるなんて俺らしくもねェ。

 と、その時ペルの奴が一緒になってベッドに転がってきた。少し離れた所からごろりごろりと転がって俺にすり寄ってきやがる。無精ひげに頬をこすりつけるその様子に呆れつつ、俺はペルの頭を撫でた。

 人並みの幸せなんかねェわな。だけどよ、イル。お前も俺も、そういう人生を選んで来たんだよな。

 いっぱい殺していっぱい守ったじゃねェか。その結果がこれなんだよ。俺は悪くねェ。お前も悪くねェ。だけどよぅ、こうなっちまったんだ。こうなるしか、なかったんだよ……。




 イルムガルドと部屋で酒を酌み交わす。そこにはペルとレヴィの姿もあった。二人はじゃれながら一緒に飯を食っている。俺達は窓際のテーブルで何本目かの酒を開け、お互いのグラスに交互に酒を注いでいた。


「ふー……っ、久々に飲んだぜ……お前も結構回ってるんじゃねェか?」


「レヴィと旅をしている間は基本的に酒は飲まなかったからな。お前とは違ってよ」


「けけけ……! しっかしまあ、あいつらもこうしてるとただのガキだよなぁ。レヴィはペルの面倒を見るのがうめぇなあ。お前さん、いい母親になれるぜ?」


「えっ!? は、母親ですか!? いえ、わたしはその、そういうのはまだ……」


 何焦ってんだこのマセガキ……。まさかイルのやつなんかしてんじゃねえだろうな……。


「これなら安心して任せられそうだ。おいイル、ちっと夜風に当たろうや。小便に付き合えよ」


「小便ならちゃんと便所でしろ」


「してから風に当たるんだよバーカ。おら、付き合えって」


 自分でも半ば強引だとは思ったがどうせもうこいつは気づいている。レヴィに一言二言注意をすると快く付き合ってくれた。二人並んで小便をしてから外に出ると、また雪が降りそうな天気だ。夜の街を二人で歩き……気づけば自然と二人して人気のない路地裏に入っていた。新市街地の陰に埋もれた旧市街地は治安も悪く人が寄り付かない。ここなら秘密の話をするのにうってつけだろう。


「うぅ~、さびィな……。へっ、表通りはあんなに光ってるのに、こっちは廃墟同前だぜ」


「……それで? 話があるんだろう?」


「ああ。まあ遠回しに言う必要性もねェわな。イルムガルド……お前さん真面目にやりすぎたな。最後の秘跡を得る前にお前さんを殺せと大聖堂に命じられている」


「そうか」


「驚きもしなねェか」


「当然の処置だろうな。妹のやりそうな事だ」


「そこまでわかってんなら……もういいか?」


「……そうだな。剣は持ってきているんだろう?」


 イルは長剣を、俺は短剣を二つ抜いて構える。わかっていた事だ。二人とも得物を忘れるようなマヌケはしない。イルも俺も落ち着いていた。こんな決闘、ありがちな事だから。


「レヴィはいいのか?」


「お前を殺したら不意打ちかなんかで殺すわ。あいつは真正面から行っても無理そうだ。それにどっちみち、お前が死んだと知ればあいつも後を追うだろうさ」


「……実に効率的な判断だ。それでは猶更死ぬわけにはいかないな」


 互いに気を張り詰めゆっくりと死合の場を作り込んでいく。聞こえてくる音が遠くなり、踏みしめる雪の音までもが静けさに支配される。僅かに吹き込んだ冷たい風の中、俺達は互いの意中を探るように僅かに前へ……そこから一気に距離を詰め、初太刀を激突させた。

 こちらが交差して構える二本の剣にイルは長剣を叩き込む。かなり鋭く切り込んだが予想通り防がれた。膂力は……イルの方がやや上か。押し負ける形で背後に飛び、もう一度仕切り直す。


「ここで俺を殺して、そっからどうするつもりだ? まさか旅を続けるんじゃねェだろうな?」


「そのつもりだが?」


「相変わらず呆れた野郎だぜ。ハッ、まあ……お前らしいと言えばそうかもなァ!!」


 今度は真正面からは行かない。狭い路地を利用し、まずは片方の刃を投げつける。奴がそれを打ち払っている間に壁を二度蹴り、空中を回転しながら真上から首を狙い一撃……これは防がれる。だが着地と同時に背後から首……は狙えねェな。屈んで反撃の刃を交わし足払いを放つが、奴は宙に飛んでかわす。流石知った仲、読んでやがる。空中から振り下ろされた跳躍の勢いをつけた一撃でガードに使った剣がへし折られた。掌から血が流れる中追撃をすんででかわし、再び背後へ大きく飛び退いた。


「ふーっ、あぶねェあぶねェ……」


 この野郎、ろくに教会の仕事をしてなかったわりには全然腕が衰えてねェぞ。一体どういう旅の仕方してきやがったんだ? まさかその辺にいる無名の魔物としょっちゅう戦ってたわけじゃあるまいに……。


「俺は旅を続ける。そしてレヴィとの約束を果たす」


「ヒースエンド大聖堂に向かったって秘蹟はもらえないかもしれねェぞ」


「だとしても――やると決めた事をやり通す。ただそれだけだ」


「お前が諦めさえすれば、殺す事もねェかもしれねェだろ」


「大聖堂は一度決めた事を覆さねぇよ。俺と同じでな」


 懐柔も不意打ちも無理、か……とくりゃ、しょうがねェ。正面から正々堂々行くか。

 新たに刃を取り出して連続で投擲する。その間に再び別の刃を取り出し切りかかった。打ち合う互いの刃が重い金属音を鳴り響かせる。俺たちはその戦いの間、ただお互いを見つめていた。

 これまで何度もこんな戦いがあった。命がけの決闘だ。その度に死を覚悟して、どちらかがぶっ殺されて……そういう世界で生きてきた俺達だから分かり合える事もあるよな?

 俺は俺を悪いとは思わねェよ。だけどよ、お前を悪いとも思わねェ。誰かにとって都合がよかったり悪かったりするだけだ。だから俺たちは対等なんだ。対等なダチとして決着を迎える事が出来る。

 何度も刃の打ち合う衝撃の中、俺たちは言葉を交わした。こいつは本気だ。だから俺も本気で行く。手加減なんて出来ねぇしするつもりもねェ。最初から最後まで全力だ。それが誰かを殺す時に必要な礼節ってもンだろ――ッ!

 寒空の下、白い息を吐きながら、汗をまき散らしながら俺たちは戦う。決着はそう遠くない。一瞬の油断が、読み違いが引き寄せるだろう結末を、ただ今は無心に待ち望み続ける。

 レムリスが死んだ。アイネが腕を失った。でもそれよりもずっと前に本当は俺達の戦いは終わっていたんだ。俺達聖騎士隊はあの時代、あの戦争の最中で消えているべきだったのだ。ンなこたァわかってる。ああ、だから。だからこそ――ここで。


「“決着(ケリ)”だ、イルムガルドォオオオ――ッ!!」


 振るわれた刃が鈍い痛みと共に俺を切り裂く。同時に繰り出した短剣がイルの胸……を狙ったんだがな。逸らされて、脇腹辺りをかすめただけに終わった。奴の上着にじわじわと血が滲むと同時、俺は口から大量の血を吐いて膝を突いた。

 片口から袈裟にざっくりやられた。肺も心臓もつぶれてるな。これでまだ生きてるのは俺たちが聖騎士だからだ。イルムガルドは再び刃を振り上げる。俺にとどめを刺す為に。


「ペルを……」


「……何?」


「ペルを……殺さないでやってくれ……」


 自分の口から出た言葉に誰より俺が驚いていた。無論奴もだ。まさか今際の言葉がそれとは、俺も随分と甘くなったというか……ヤキが回ったと言うべきか。


「大聖堂は、俺たちの失敗を許さないだろう……だがせめて……可能性だけは……残してやってくれねェか?」


「お前を殺したこの俺に、あの子を救えと言うのか?


「救え、なんて偉そうな事ァ言わねェよ。ただ……そう。あいつの好きに……させてやってくれ」


 こんな事を頼める立場じゃねェのは重々承知してる。だがそれでも……。


「頼むよ……親友」


 俺の最後の都合のよい言葉にあいつは頷き返して刃を振り下ろした。




 ――すまねェな、ペル。まさか俺の方が先にくたばるなんてよ。

 だけどそれも自然の摂理、当たり前の事なんだよな。殺す事があるなら殺される事もある。当然だ。自分だけ一方的に幸福でありたいなんて、そんなわがまま通じるわけがねェ。


「ペルスダートか……。俺と旅をする以上、正義とは程遠い世界を生きる事になるぜ。裏方仕事闇討ちばかりだからな。覚悟しとけよ」


「ぅあう?」


「……おい管理官! こいつは口もきけねェのか!? よろしくお願いしますとかこんにちはとかあンだろが!?」


 最初はビクついて俺に近づきもしなかったペルが、だんだん俺に懐いてくるようになったのはいつごろからだったか。一緒に人様に顔向けできねェ仕事して、それが当たり前になって……。

 ああ、なんだ俺。結構この生活楽しかったんじゃねェか。

 俺がいなくなった事、多分ペルはわかんねェだろうな。何もわかんねェまま大聖堂に始末されるかもしれねェ。それはそれで、いいのかもな。

 とっくに終わっちまってた俺の人生が、延命を終了しただけの事だ。悔いはねェ。

 だけどよ、イル。お前はこれからどうするつもりなんだ? 俺を殺してはいサヨナラってわけにかいかないんだぜ。

 なあ、親友。お前はそれでも、先へ進むって言うのか?


「――さよならだ、親友」


 あいつの都合のいい最後の言葉が耳に聞こえる。

 落とされた首から、俺は自分の亡骸が雪に倒れ込むのをじっと見つめていた。

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