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#14 黒騎士(上)

「ダメね……二人とも死んでるわ」


 アイネに言われなくてもそんなことは見ればわかった。だがその言葉を聞いた瞬間、俺たちは友の死を受け入れざるを得なくなる。腕を組んだ姿勢のままその様子を見ていた俺は、雪の上に倒れたレムリスの姿を冷静に分析していた。

 胸部をバカでかい何かで貫かれている。剣か、魔獣の角か……。特殊能力の可能性もある。魔法を使ったのかもしれない。ともあれ、いくら頑丈な聖騎士でも、その原動力である心臓を粉砕されたら死ぬ。レムリスの身体に他に目立った外傷はない。まさに一撃必殺ってところか。

 この場所で巨大な魔力が膨れ上がったことを感じ取れたのは、俺たちの中でレヴィ一人だけだった。こいつは感知系の能力に優れている……いや、感知系“も”、か。

 ともかくこいつだけが事態を察する事が出来た。俺たちはあわてて駆けつけたはいいが、すべては後の祭り。ここにあるのは一人の騎士と魔女の亡骸、哀れな末路だけだ。

 レヴィは絶句していた。口元に手をやっていたのは吐き気を抑える為かもしれない。レムリスには致命傷らしきもの以外損傷はなかったが、ステイルガルドの方は悲惨な状態だった。

 胸を強引に引き裂かれ、心臓を抉り出されている。他には両目も同じだった。目と心臓、魔力の宿りやすい部位を奪ったからにはそれなりの目的があるはずだ。それが俺たちの予想通りなら、状況は一段と悪化したことを意味している。


「これをやったのが、例の奴か」


「他に考えられないわね。黒騎士……人型の魔獣だと聞いているわ」


「魔女でも魔獣でもなく、人型の魔獣……か。そんなものが存在するのか?」


「わからない。でも、存在しないとも言い切れないでしょう?」


 確かに、まったく存在しないってわけもないだろうな。俺もアイネも、レムリスだってそうだ。俺たちはある意味人型の魔獣みたいなものだからな。

 しかしレムリスとステイルガルドのペアを殺したとなると、相当の実力者ということになる。周囲に敵の気配は感じられなかったが、一体どんな化け物が潜んでいるのか考えると面倒だった。魔女と聖騎士、化け物じみたこの二つを同時に倒せるだなんて、悪夢そのものだからな。


「ステイ……どうして? どうしてわたしたちを頼ってくれなかったの……?」


 レヴィは雪の積もったステイの亡骸を抱きしめ、頬を寄せて問いかけていた。何故この二人が先走ってしまったのか、それは俺たちにはわからない。レムリスたちが……特にステイの方が黒騎士にご執心だったらしい事はアイネから聞いたが、その理由についてはさっぱりだった。


「棺も破壊されているわね。中身が持ち出されたとするとちょっとやばいかも」


「一応残骸だけでも回収しておくぞ」


「そうね……。このまま亡骸を放置ってわけにもいかないものね」


「それと、まだ付近に敵がいる可能性もある。俺とレヴィで軽く索敵してみよう。レヴィ、敵の気配は感じられるか?」


 問いかけてもレヴィの返事はなかった。死体を抱きしめて肩を震わせているだけだ。

 ある意味仕方のない事かもしれない。これまでも死に触れることはあったが、こうして親しい存在が……自分と同じ魔女の仲間が死ぬのを見るのは初めてのはずだ。今こいつの心の中では友の死を嘆く絶望と共に、それを覆したいという強力な欲求が渦巻いているはずだ。


「魔法は使うなよ」


 レヴィは何も応えなかったが、言葉は通じたはずだ。そう、レヴィには使っていい魔法と……決して使ってはいけない魔法がある。その事は俺とレヴィ、二人だけの秘密だ。


「今のレヴィに精神感応は無理よ。私とシャルで敵を探すわ。イル、あんたはレヴィと共に街に戻って、教会に報告を」


「わかった。アイネ……深追いするなよ。町の教会で落ち合おう」


 アイネは頷き、それから軽々とシャルを抱き上げて雪の中を走り出した。あいつの移動速度ならこの辺ぐるっと探してもそう時間はかからないし、遭遇しても離脱は可能のはずだ。基礎的な身体能力だけならあいつは聖騎士最強だからな……。


「……レヴィ、そいつを連れて帰るぞ。きちんと教会で埋葬してもらうんだ」


「…………はい」


 その返事はとても小さくて、静寂に消えてしまいそうだ。俺はどうしようもないバカ野郎の旧友を一瞥し、その胸倉を掴み上げて舌打ちした。




#14 黒騎士(上)





 結局、付近に黒騎士の姿を発見する事は出来なかった。

 俺はレムリスとステイルガルドの死を大聖堂の連中に連絡し、ゲヒトゥムの教会に二人の亡骸を預け、とりあえずの手続きを終えた後、今後の対応について思案していた。


「魔女はともかく、聖騎士が殺されるとはな……。生半可な事ではないぞ、これは」


「戦闘力は高くてもしょせんは少女に過ぎない魔女と、あの戦争を生き延びた私たちとではわけが違うものね。化け物殺しを逆に殺し返せるだけの力を持っているとみるべきでしょう」


「アイネ、これからはしばらく行動を共にするぞ。ナッシュと合流し次第、黒騎士の追撃を開始する。こんな化け物を放置しておけば何が起こるかわからん」


「そうね……でも、意外ね。あんたが見知らぬどこかの誰かの平和の為に戦うだなんて」


「俺たちは魔女を連れている。単独のところを狙われる危険がある。それに……レムリスを殺された借りは返さなきゃならねぇからな」


 教会の一室に隠れるようにして時を過ごす四人。ナッシュが合流するまではまだ一日程度かかる見通しだった。急ぐように伝令を飛ばしたが、遅刻癖のあるナッシュの事だ。あまり楽観視はできないだろう。

 こうなると本来は俺たちだけで対処できる問題でもないが、教会はあの黒騎士という存在を公にしたくないのだろう。こんな時の為の魔女と聖騎士とでも言わんばかりに俺たちだけでの対応を要求してきた。それがトリエラ司祭様からの指示なのだから、やっていられない。


「ともあれ、ナッシュ合流までに準備を済ませておくぞ」


「だったらこっちは教会の連中に軽く協力を仰いでおくから、あんた達は買い出しに行ってきなさい。もしかしたら嬉し懐かしの雪中行軍になるかもしれないし。しばらく雪山をさまようハメになるかもしれないから」


「最悪だな……まったく思い出したくもない」


「ステイが居れば雪山でも安心だったんだけどね……っと。ごめんなさいね」


 その名前を聞いてレヴィがより一層肩を落とすのを見てアイネは苦笑を浮かべた。向こうのシャルルヴィアーノとかいう魔女は無表情で仲間の死にショックを受けているのかどうかもよくわからなかったが、レヴィは明らかに憔悴しきっていた。


「レヴィ、落ち込む気持ちはよくわかるわ。だけどね、それでレヴィまでやられちゃったらステイは絶対浮かばれない。すぐには無理でも、気持ちを切り替えてね」


 優しく語り掛け頭を撫でるアイネ。レヴィは小さな声で応えたが、どうにも覇気がない。アイネは後ろ髪ひかれる様子で部屋を出ていった。俺は厄介な状況にため息をこぼした後、チビを連れて街に出る事にした。

 しばらくの間生き延びれるように購入せねばならない物は色々とあった。幸い荷物が嵩張ってもまるで問題のない体力なので、遠慮せずガンガン買う。最悪筋肉の固まりみたいなナッシュに担がせればいいしな。

 その間もレヴィはずっと浮かない表情をしていた。いい加減あまりにもジメジメしてうっとうしかったので、俺はレヴィを連れて飯屋に入った。暖炉の温かさに包まれながら遅めの昼食を待つ間、俺はうつむいているレヴィに話しかける。


「……レムリスと会ったのは、あの戦争の真っ最中だった。あいつは貴族の息子で、俺らとはまるで生まれが違ったから、最初は衝突する事もあった。あいつは理想家で、信仰心の熱い男だったから、無神論者の俺たちとは考え方の基礎が違ったんだ」


 急に語りだした俺の言葉にゆっくりと顔を上げる。思えばこいつにそういう話をして聞かせるのは初めてかもしれない。


「特にナッシュとレムリスは馬が合わなかった。ナッシュは野蛮人みたいなやつだったし、盗賊をやってたからな。絞首刑になるところを聖騎士になることで逃れたような奴で、女癖が悪く、すぐ暴力に訴えるような奴だった。レムリスとは正反対だ。だからあいつらは良く喧嘩してた。絶対仲は良くなかったし、今でもよくないと思う。だがそれでもいつも戦いになると絶妙なコンビネーションを見せた……何故だかわかるか?」


「……いいえ」


「戦場では生き残るために仲間を信頼しなければいけないからだ。ナッシュもレムリスも剣の腕は五本の指に入る。あいつらはお互いの事は気に食わなかったが、実力だけは買っていたんだな。だからこそ俺たちは仲間でいられた。仲間っていうのはな。必要だから自然とそうなるんだ。そしてそうやって必要になった仲間を失うのは、大人になっても辛い事だ」


 カップに注がれた熱いお茶に口をつけながらレヴィに目を向ける。少女は真っ直ぐな眼差しで俺を見ていた。その瞳を見つめ返す事が少しだけ怖くて、俺は窓の外へ逃げ出した。

 雪が降っていた。寒々しい空の下を人々が歩いている。ぼんやりそうしていると時の流れさえも遡れてしまえそうで、すぐ傍に大切だった人たちがいたような気がしてくる。


「ステイルガルドは、お前の初めての友達だったな」


「……はい」


「お前はあの森で変態じじいに捕まるまで、同年代の友達はいなかったんだろう?」


 ゆっくりとうなずくレヴィ。そりゃそうだ、なにせ魔女だしな。その魔女が同じ魔女の友達に巡り合える確率はいかほどだろうか。それが仲良くなれる確率は、その更に何割なのだろう。

 魔女は独立した血統樹の王者だ。それぞれが頂点であり、反目しあう存在だ。

 獣たちは孤独だ。この世に同じ魔法の使い手は二人といない。魔女はそのすべてが独自の力を持ち、親である獣から与えられた独自の呪いと血を帯びる。だからだろうか。彼女たちは時に本能的に殺しあう。まるでそうする事が運命であるとでもいうかのように。

 実際ここに来るまでの間、魔女や魔獣の類と遭遇する事は何度かあった。しかしそれが平和的な解決を見たのは数えるほどしかない。化け物は、しょせん自分以外の何かを受け入れる事は出来ないのだ。


「ステイルガルドは元々廃村で一人で獣同然の生活をしていたらしい。回収したのはレムリスだった。あいつ以外の奴に見つかっていたら殺されていたかもしれない。だからこそステイルガルドはあいつに懐いていた。信頼を寄せていた。そしてレムリスもそんなステイを大切に思い、自らが命を懸けて守るべき相手であると、騎士の誓いを立てた」


「騎士の誓い?」


「今でいう騎士は、貴族や教会の息のかかった兵士、という意味だ。しかし昔はもう少し違った。騎士というのはもっと高貴で、主君とは固い絆で結ばれていたという。クィリアダリアの騎士に比べ、ザックブルムの騎士の方が“らしい”。奴らの国では近年まで騎士という風習が正しい形で残っていたそうだ。その流れで、魔女とその護衛の騎士は、騎士の誓いという儀式をしたという。簡単に言えば、お互いの命を守り、散る時は共に……という感じのな」


「二人は……誓いを守ったんですね……」


「今の時代、誰の意志にも逆らって自由に……思うままに生きて、そうやって死ぬ事がいかに難しいか、お前にもわかるだろう? あいつらはそろって死ぬ事が出来た。それだけでどれだけ救われていたかわからん」


 茶を飲みながら視線をレヴィへと戻すと、あいつはなぜか少し寂しげな笑みを浮かべていた。時折こいつは俺をこんな目で見る。温かくて、やさしくて、切なくて……。まるで母親が自分の子供にするような、慈愛に満ちた表情だ。


「わたしを、励ましてくれているのですね」


 目を瞑り、悲しみを押し殺すようにうなずく。そうやってレヴィは改めて笑った。今度は明るく、穏やかに……。


「ありがとうございます、イル様」


 目を逸らしながら俺は考えていた。騎士の誓いと、それを守って死ぬことの意味を。

 俺は結局死に損ねてしまった。だから俺はあの時……レムリスと寄り添うようにして死んでいたステイルガルドの死体を見た時、うらやましいと……少しだけそう思ったんだ。

 ぐちゃぐちゃに引き裂かれた二人の死体はまるで花開くみたいに血の赤を周囲に広げて、その中心で穏やかに眠りについていた。あんなにグロテスクなはずなのに、なぜかとても美しくて……自分もそのように本懐を遂げて果てられたならと、思わずにはいられなかった。




 レヴィと共に昼食を終えて教会に戻ると、そこには新しい騎士と魔女の姿が増えていた。ナッシュと魔女のペアだ。アイネから説明を受けていたらしいナッシュは俺の存在に気づくと振り返り、相変わらず人を食ったような感じで笑みを浮かべた。


「よぉ、イル。二年ぶりじゃねえか。元気そうだなぁ、オイ」


「まだ二年は経っていないだろう」


「同じようなもんだろ? へへ……蒼の魔女もお久しぶりで」


 レヴィは軽く頭を下げた。ナッシュはぼさぼさの髪をかろうじてバックに纏めていたが、顔は無精ひげだらけ、せっかく教会から与えられたカソックも俺以上にボロボロだった。ナッシュの纏っている気配は完全に人殺しのそれだ。その道の人間である俺やアイネだけではなく、初見の人間ですらこいつには薄気味悪さを覚えるだろう。感覚の鋭いレヴィには余計のはずだ。


「ペルスダートの状態はどうだ?」


「あァ。あいつはダメだな、全然良くなる気配ねぇよ。ま、その方が幸せだろうけどなァ」


 がしがしと頭を掻きながら笑うナッシュ。ちょうどタイミングよくペルスダート……ナッシュの魔女がシャルルヴィアーノに連れられてやってきた。光沢を帯びた深い茶色の髪と瞳。その表情には無垢な笑顔が張り付いていた。


「おいペル、レヴィアンクロウに挨拶しな」


「あー……う? うぁう……あっ! あううっ!」


 ペルはレヴィを見つけると瞳をきらきらと輝かせて飛びついた。レヴィは少し戸惑いながらそれを受け止める。ペルは口の端から涎を垂らしており、レヴィはローブでそれを拭いていた。


「あの調子だからシャルが困ってたわ。くっついてる間は息を止めてたって」


「ペルはろくすっぽ会話もできねぇキチガイだが、心の純粋さを見抜けるらしい。レヴィが一番のお気に入りでなァ……クク、ステイルガルドも気に入ってはいたが、あいつとくっつくとすぐ泣き出してかなわなかった。死んだらしいじゃねえか、あいつら?」


「殺ったのは黒騎士だ。話は聞いているんだろう?」


「まあ、噂程度にはな。しかしあの頑固者を殺すとはねェ……。金持ちお坊ちゃまらしい甘チャンではあったが、腕は一級品だった。惜しいねェ……」


「あら、あんたにも仲間の死を悼む気持ちがあったのね」


「オイオイ、俺だって聖騎士様だぜ? 祈りの一つや二つ捧げられるさ。確かにレムリスのやつは気に入らなかったが、ま、ああいうダチがいると何かあった時便利だしなァ」


 レムリスは教会でも上位に食い込む権力を持つ貴族の次男坊だ。ああいうのが知り合いにいるとだいぶ動きやすいのは事実だった。ま、こいつは何もかもが実益重視だからな。逆に言うと協力関係にある間は信頼できる男だ。


「ンで、どうすんだい? さっそく出発するか?」


「ああ、時間が惜しいからな。アイネ、奴の逃走ルートについて何かわかったか?」


「私!? まあ聞き込みはしてたけど……」


 既にクィリアダリア方面の道には兵を配置し、何とは言わず検問を張っている。ゆえに黒騎士が向かうとすればより北ということになるわけだ。


「とはいえ、今の時代どの町にも教会の目はあるわ。だから潜伏先は都市ではないと思う」


「そりゃそーだろ。つーことは、山か、森か……俺ならこの辺に隠れるかねェ」


「シクラダール古戦場か」


 広げた地図を指先で叩き、ナッシュはそれをそのまま西側に伸ばす。


「シクラダール付近は激戦地だったからな。今も整備がおっつかずほっぽられて浮浪者や反政府勢力の拠点になってるって噂だぜ。シクラダールそのものには教会が大規模部隊を駐留させて鎮圧にあたっているからないだろうが、この辺の廃墟ならどうかね」


「なるほどね……。そういえばこの西の方にある廃村、ステイルガルドが見つかったところじゃない?」


「そうなのか? 俺は詳しくないが……まあいい。ともあれ、ならず者の集落に向かってみるか。流石ナッシュ、蛇の道は蛇に聞けということだな」


「おいおい、すでに俺は盗賊は廃業してんだぜ? 今は盗賊を狩る側……さ。ククク……」


 日暮れは近づいていたが、このメンバーなら一晩くらい強行軍は可能だろう。雪上移動に慣れていない魔女三人が少し心配だったが、いざとなったら俺たちが担いでいけば良い事だ。棺は……んー……引きずる、か……。

 こうして俺たちはともに移動を開始した。通常の街と街をつなぐ街道からは逸れ、最短ルートで古戦場エリアを目指す。獣道同然の舗装されているのかいないのかもわからない道だったが、雪はアイネやナッシュが蹴散らしてくれてだいぶ進むのも楽だった。


「ていうかなんで私が力仕事なのよ!?」


「あァ? おめぇこん中で一番力あんだろが……いってェ!? 剣で刺すんじゃねえ死ぬぞ!」


 前は前でこんな調子で、俺は地図を見ながら呆れていた。振り返ると……。


「あーう……あーう! あぅ? あー……あっ!」


「わあ!? だめだよペル、雪の中に突っ込んじゃ!」


 自由すぎるペルの挙動に振り回されるレヴィと、どうしたらいいのかわからないのか手をだしあぐねているシャルという図が永遠に繰り返されていた。

 なんとなくわかっていたが、俺たちが固まって行動するとすさまじいな……。




 日も暮れてしばらくしたころだ。そろそろ一息入れようと、森の中で休憩する事になった。ステイがいれば火をおこすのが楽だったなとナッシュも言い出したので、お前らはステイをマッチか何かと勘違いしてねぇかという話になり、また二人の事を思い出して微妙な沈黙が続いた。


「交代で休もう。アイネ、三人と一緒に休め。火の番は俺とナッシュでやる」


「あらそう? じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうわ。どっかの誰かさんがコキ使うから体中バキバキよ」


「ケッ、歳じゃねェのか?」


 矢より早く投擲された薪をわずかに首を動かすだけでかわすナッシュ。俺とナッシュは二人で火を挟んで向き合っていた。しばらくペルが寝付かずに騒いでいたようだが、レヴィとアイネがなんとかしたらしい。俺は地図に目を落とし、ナッシュは酒を飲んでいた。


「目的地までもうすぐだな」


「あァ……。しかしあの二人を殺す相手か。どんなバケモノが出るのか楽しみだぜ」


「お前、巡礼の旅はちゃんとやってるのか?」


「ハァ? やってるわけねェだろバカか? 魔女が人間になれるわけねぇだろ?」


 不思議そうな顔で応えるナッシュ。それから神妙な面持ちで俺を凝視する。


「……まさか、信じて真面目にやってんのか? あのイルムガルド様が?」


「信じているわけではないが……決まりだからな」


「はぁ~。そりゃ驚いた。ま、レヴィは信心深そうだしなあ。かわいそうにねぇ……全部巡礼の旅が終わっても人間にしてもらえなかったらショックだろうねェ。つーか人間にするってどうやるんだか。仮に社会に出たとしても、こいつは魔女で、魔法をつかえて、いつ人間に危害を加えるかもわからない。そんな奴と人間が仲良くするものかねェ?」


 笑いながら顎髭をいじるナッシュ。魔女はみんな寝ているようだが、こんな話は出来れば聞かせたくなかった。レヴィは本気で神を信じているし、この旅の結末も信じていたからだ。

 目くばせで話を止めるとナッシュは大げさに両手を振って謝罪の意を見せたが、それがまるで心のこもらないということは俺じゃなくてもわかったはずだ。


「俺はこの中で一番教会の任務に従順だぜ。言われた通り危険分子を殺したり、魔女らしいという理由だけでガキを捕まえたり……実に聖騎士らしいじゃねえか」


「魔女狩り部隊にいたというのは本当のようだな」


「今はお国の英雄様だからなァ。いう通りこの力で戦っている間はどこもかしこも俺様を褒めたたえあがめるわけだ。旅をしていても盗賊のころとは比べ物にならない優遇さだぜ。信者の女なんか喜んで股開くし、黙ってたって食い物も金も貰えるしな……最高だぜ、まったく」


「最も神を信じないお前が最も神の使徒らしい働きぶりというのは、なかなか皮肉じゃないか。それに魔女嫌いじゃなかったのか、お前は?」


「ペルは魔女以前に人間らしい理性もねぇからな。犬かなんかみてぇなもんだ。あァ、勘違いすんなよ? これでもきっちりよくしてやってんだからよ。あのクソ長ェ髪だって俺が、結んでるんだぜ? メシも食わせてるし風呂にも入れてる。あのナッシュ様が泣けてくるぜ」


 それは俺にも意外だった。ナッシュは粗野で乱暴な男だ。とても聖職者って成りじゃない。魔女はおろか子供そのものが嫌いだったし、父親には絶対になれない人間だ。


「ペルは魔法を使う事にためらいがねぇし、俺に従順だ。あいつは毎日好きなもん食わせてもらって俺と一緒に敵をぶっ殺してあったかいベッドで寝る……幸せだろ? あいつには良心の呵責も、化け物になる恐怖もない。ただ当たり前に日々を生きているんだ。だからこそ無類の強さを誇る。最初から本能に身を任せているせいなのか、魔獣化も遅いしな」


「だが力を使わせていればいつかま魔獣に成り果てるぞ」


「そうなったとしても飼い慣らせそうだけどなァ。あいつ、俺に本当に懐いてるからな。魔獣は自分より強い奴にしかなつかねェが、そいつのいうことは聞く。そしたら魔女戦争の再来だ。教会の連中は俺がペルを飼い慣らせるかどうか実験してるんじゃねえかと時々思うくらいだ」


 それは実際にあり得るのだからあの組織は恐ろしい。

 思えば俺たち四人の聖騎士と四人の魔女は、それぞれの相性や役割を考えられて割り振られたような気もしてくる。俺たちはそれぞれ人と魔女とのかかわり方のモデルケースとして、教会に監視されているのではないか……そんな邪推をしたくもなる。


「お前ンとこの魔女はどうだ? 強ぇえのか?」


「いや。戦闘力はほぼない。足手まといだな」


「何の魔法の使い手なのか、まだわからねぇのか?」


「ああ」


 俺の答えに納得したのかしていないのか、ナッシュはニヤニヤと口元を緩めながら酒瓶を呷った。それ以上俺たちが言葉を交わす事はなく、交代の時間が来るまで俺は黙って地図とのにらめっこを続けていた……。

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