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決意

 結局優人も未愛も、未愛の両親が迎えに来るまではこの部屋への滞在を余儀なくされた。協力するもしないも、未愛はそもそも親が組織の構成員であるのだから、組織から逃れようがない。親子の縁は切りようがないからだ。ならば様々な理由を付けられて組織への協力を強いられてしまうだろう。優人のほうには、それは強要されなかった。単純に異能を持たない男がいても即戦力にはならないからだろう。この場で見聞きしたことは口外しないようにとの誓約をさせられたが、どうせ話しても理解されないことは明らかだから意味はないように思えた。男の話したことは断片的なことだし、なんの証拠もない。直接聞いた優人すら作り話のように感じているというのに、それでどうして赤の他人を納得させられるだろう。しかしそれはきっとあの男も分かっているのではないかと思えた。だからこそ優人も連れてきたのだし、こうして話もした挙句に容易く解放を決めてくれたのではないか。あの男が優人もここに連れてきたのは、優人の目撃によって出火した時の詳細が警察やマスコミに流れることだったのかもしれない。警察は突然の人体発火など相手にしないかもしれないが、マスコミは違う。自転車で走行中の女子中学生が突然燃え上がったなどという事態が起こったら、確実にセンセ―ショナルに扱うだろう。同じような火の事故でも、桜川聖歌の時はまだ事故だと思えるが、あの中学生は違うからだ。あの発火は、もはや事故を通り越して完全に超常的な何かを感じさせる。どんな状況でも目撃者の証言はある程度の信憑性を持つものだ。一定以上の信頼性を持って優人の言葉が世間に広まれば、異能者を戦力に活動しているあの男の属する組織には都合が悪いのかもしれない。超能力は、その人が信じているか否かは外見で分からない。もしも組織の連中が標的として狙っている人々が、優人の言葉で死因としての超能力攻撃を信じ警戒するようになれば、色々と不都合が起きるのかもしれなかった。

 ―それに俺、あいつの名前も知らねえしな・・。

 優人は溜息をついた。優人には自分を連れ去った男の名前も正体も、属しているという組織の名前も実態も分からなかった。それではいったん解放されてしまえば追及の仕様がない。明らかな暴行の痕跡でもあれば、警察も動いてくれるだろうが、優人も未愛も拉致監禁とは名ばかりの極めて丁重な処遇を受けていた。優人は車のなかでアイマスクの使用を強制された以外は、縄で縛られたこともなく、今も一般家庭のリビングル―ムとベッドル―ムを合わせたような豪華な部屋で、未愛とソファに座って過ごしている。手をつける気にはなれなかったが、食事も飲料も与えられていた。これで外に出てしまえば、もう誰かに被害を訴えて認めてもらうなど、ほとんど不可能に近い。

「・・真野くん、ごめんね。妙なことに巻き込んで」

 忌々しげに舌打ちすると、ふいに傍らで申し訳なさそうな囁き声が聞こえてきた。そんなことない、と優人は未愛を抱き寄せる。

「神住が悪いんじゃないから、気にしないでくれ。悪いのも忌々しいのも全部、あの男だから」

「それでも、真野くんは私と一緒にいなければ、こんなことにはならなかったでしょ?だから謝らせて。私のせいで迷惑かけたのは事実なんだから」

 否定しても改めて詫びられ、優人のなかで余計に男と男の属する組織についての憎悪が深まっていった。気がついたら、なんとかしてあの野郎を潰してやれねえかな、と物騒なことを呟いており、それが耳に入ったのか、未愛が目を丸くしてきた。

「潰す?真野くんはあの人が言っていた組織をなくそうと考えてるの?」

「当たり前だろ。なんか得体の知れない理由を付けて人を殺したりする集団なんてあって堪るか。そんな連中のやることに神住が参加させられそうになっているのはもっと気に食わない。潰せるもんなら今すぐにでも潰してやりたい」

 せっかく今はあいつらの支配域にいるんだからと続けて、ふと思いついた。

「―そうだ、内側からなら崩す機会は見つけやすいかもしれない」

 俺もあいつの組織に入ることはできないものかな、と考え込み、未愛に腕を摑まれて刹那、思考を放棄した。

「やめて。お願い、それは考えないで。私、真野くんをこれ以上、私のことでトラブルに巻き込みたくないから」

「トラブルなんて思ってねえよ。俺は今回のことを迷惑とかそんなふうには思ってない。俺は神住が好きだから、神住のことはなんとしてでも守ってやりたいだけなんだ」

 言い切ってしまってから、優人は自分が愛の告白をしてしまっていることに気づいた。鏡も見ていないというのに赤面していくのが分かる気がする。咄嗟に未愛から目を背けてしまった。なんとなく、今は気恥ずかしくて未愛と目を合わせ辛かった。

「・・真野くん、私のこと、そんなに好きでいてくれてるの?守ってあげようって、そのために面倒なことになってもいいって、思ってくれるぐらい」

「そうだよ。正直に言うと俺は神住が俺以外の男にいいように利用されるのを黙認するのは耐えられない。神住は俺が守っていたい。俺は神住が好きなんだ。神住と一緒にいられるのなら、それだけでもう、どんなトラブルもトラブルじゃねえ。なんでも乗り越えていけるって思える」

 優人は照れ臭くて、呆然とした様子の未愛の言葉に早口で応じた。なかなか言えなくて、いつ言おうか迷っていた自分の思いを、こんな形で伝えることになるとは思ってもみなかった。未愛からどんな答えが返ってくるのか、今の優人にはそれがいちばん恐ろしいような気がする。もしも、もしも自分の愛情が迷惑だと言われたらどうしよう。そんなことになったらもう、立ち直れないかもしれない。そんな予感があった。

 それで緊張に高鳴る鼓動を必死で抑えながら、優人は未愛の反応を待っていた。未愛はしばらく無言のままだったが、やがて左腕にしがみついてくる感触がある。横から抱きつかれ、有り難う、嬉しいと囁かれた時には優人のほうが嬉しくて快哉を上げたくなってしまった。

「・・嬉しい。私も、真野くんのこと好きだから、真野くんにそう言ってもらえるのはすごく嬉しい。真野くんが傍にいてくれるのなら、私も、どんなことでも耐えていけるって思える」

「それなら、一緒にあいつらのいる組織を壊滅させてやらねえか?」

 優人は未愛に向き直って今度は正面から未愛を抱きしめた。未愛は抵抗はしなかった。それどころか自分から優人の背に腕を回してくる。優人にはその感触が心地良かった。好きな女に離れないでと望まれている。それに勝る喜びはない。

「神住があいつらのために人殺しの協力をさせられるなんておかしい。神住が移植が必要な身体に生まれてしまったことも、舞永歌さんの生命を継ぐことになったのも、舞永歌さんの異能も、神住が舞永歌さんに操られるようにして力を行使してしまったのも、全て神住の悪意があってのことじゃないんだ。神住に起きたことは全部偶発的な事故のようなもので、神住にどうにかできることじゃなかった。悪いのは全部、異能なんてものを言い訳にして舞永歌さんを殺した挙句、彼女を利用してさらに殺人を重ねようとするあの男のような連中だ。だから俺は、神住と、神住のためにもあいつらを潰してやりたい」

 優人は自分の考えと決意を述べ、少しだけ身体を離して真正面から未愛を見つめた。すると未愛も真正面から優人を見つめてくる。私も、と未愛も決意を込めたような顔で優人を見つめてきた。

「私も、舞永歌さんの生命を継いだ者として、舞永歌さんの無念を晴らしてあげたい。舞永歌さん、きっと怖かったと思うの、苦しかったと思うの、その思いは、私しかもう分かってあげられないんだから、私は彼女の生命を継いだ者として、彼女を殺した組織の人たちに、その報いを受けさせたい」

                                   

                                   〈完〉

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