01-03 街並み
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修道院のある宿場町から、徒歩でボンベイタウンへと出発した慶次とシスターアリス。
道中はこれといった危ない目にも合わず、順調に進むことができた。
街道は前もって言われていたとおり、追い剥ぎの襲撃を避けるため――垣根や森林のやぶは道の両端が整備され空白地になっている――見通しもよく、すれ違うのはほとんどが森へと向かう冒険者達の姿だった。
所々に開墾された農地では、小作人が精を出す姿に感動を覚え、時には景色を眺めながら小休憩をとったりした。
歩きやすく整備された街道――馬車の車輪が石畳に轍として残ってもいるが――を2時間ほど歩くと、都市を囲むように左右に続く外壁と、教会の尖塔らしき高い建築物が見えた。
「私の後ろをついて離れずに。問いかけられても私が答えます。合図を送りますのでそれから答えるように」
「痛くも無い腹を探るような嫌な奴がいるのか。わかった」
都市内部へと続く、外壁の門前に立っている、数人の外壁の門番と遭遇する前に、事前に打ち合わせをする二人。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これはこれはシスターアリス殿。本日はどのようなご用件で」
「孤児達の食料調達です。ついでにこちらの方を冒険者ギルドに案内する予定です」
「ほう……この者を、ですか」
「こちらの方に施設の者一同御世話になりましたのでフェザント司祭様を伺いお話をと思いまして」
「フェザント司祭様とシスター殿の、ご紹介と言うことであれば、悪さはしないでしょうな」
「はい。私が保障致します。次回より冒険者証で身元を証明させますので」
「ふむ。では、この者の通行税は冒険者証を発行してから改めて頂くということに」
「神なる主と御領主に感謝して、アーメン」
「アーメン」「アーメン」
次々に話しが進むと最後は神への祈りとなり、呆けていた慶次は慌てて祈る。
「ではお気をつけて」
「神のご加護があらんことを」
前の二人が軽く別れの挨拶を交わす。
二人のやり取りを見ていた慶次は、職務などで慣れていたこともあり、とりわけて緊張することもなく、シスターアリスの後ろをついて歩きながら、都市内部へ続く外壁の門を潜り抜ける。
「そこの者、止まれ!」
「「……」」
――と、先程の外壁の門番が大きな声を上げて後ろから呼び止めた。
振り向くだけに止める慶次。
「どうかされましたか?」
「……気のせいだったようですな。失礼」
「そうですか……では、ごきげんよう」
外壁の門番が呼び止めたのは恐らく慶次だろう。
事前の打ち合わせどおり何も語らずにいると、シスターアリスが問い返す。
外壁の門番は慶次に何か非があれば逃げるのを見越し、大声で歩行を止めることで精神的にストレスを与えてみたようだ。
警察官が怪しい人物を対象に、職務質問をして行動を見極める行為と言えば分かりやすいだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
無事に都市へと辿り着いた二人は、何所に向かうか話し合う。
時間も昼時となり、聖堂でフェザント司祭に挨拶をしたついでに昼食をご馳走になる。
フェザント司祭との話しは軽く挨拶をした程度で済ませると、建造物を見学をしながら説明を聞きいて街を練り歩く。
都市構造は大きく分けて、以下の3つに分類されるようだ。
領主や貴族または富裕な商工業者としての都市市民など、特権階級に属する者が暮らしている貴族街。
自由市民として、都市に生活基盤がある者が暮らしている市民街。
他に往く当てもなく身よりも無い、孤児や流れ者が暮らしている貧民街。
――という具合に棲み分けが確立されている。
現在、見学をしながら説明を聞きいている市民街には、他都市からやって来た者の暮らしに必要な設備が全てある。
ゆったりとした足取りで都市を巡るが、見たところ活気がある割に、この区画は治安が良いらしい。
それは、都市の治安を維持するために結成された、自警団という組織があるからだろう。
自警団は領主の私設予備民兵でもあり税収で維持・運営されている。
入隊条件は敷居が高く、とりわけ優秀な者は領主の直属兵士に採用されるという。
また、身分や出身地は関係なく華々しい活躍が認められれば、貴族身分である騎士の道も狙えるため、その競争倍率は言うまでもなく高かった。
街並みを眺めながら歩くこと十数分。飲食屋や宿屋が軒を連ね、大通りから外れた小道からは、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。
「そうそ。宿を取るなら知り合いが――」
つまり、慶次に、信頼があり手頃な値段で宿泊できる宿屋を紹介してくれるようだ。
伝手がない場合はギルドを頼ると紹介してくれるが、繁華街や街の入り口近くだと相場より高いらしい。
あまりに安いところは、吸血ダニが大繁殖している可能性があると聞き、良い情報が得られたようだ。
どんなに満室で行き先がなくても、注意されたことは守ろうと心に固く誓ったのだった。
宿屋街のほど近くにある他よりも随分と大きな建物が冒険者ギルドだ。
先に建物内へとシスターアリスが入っていくと、受付の女性に一言声をかける。
「あの方がご紹介したい人です」
すると、受付の女性はカウンター越しに人差し指で、くいくいと招くようなジェスチャーをした。
それを見て二人に近づくが、周囲の気配が変わるのが見て取れる。
こういう時は決まって悪いことが起きるというものだ。
周囲の気配を敏感に感じ取りつつ、受付の女性が受け答えする話しにも聞き入る。
「あたしは受付担当のパル。分からないことがあったらなんでも聞いて下さい!」
「俺は慶次。早速で悪いが知っていることを全て説明してくれると助かる」
「ではまずこちらの水晶玉に手を当てて下さい」
「……」
当たり障りのない挨拶を済ますと次の行動を促される。
慶次が水晶玉に手を当てると、接触している部分が僅かに輝くと次には徐々に光を失った。
「はい。これで冒険者カードの作成が準備できましたよ。出来上がるまではカードに記載された情報の一部が、此方の書類に転写されていますので、内容の確認がとれましたら、サインを書いてください」
「質問いいか? サインは母国語でいいのか? あと、カードに書かれて書類には転写されていない理由はなんだ?」
実は、修道院で児童達が文字を勉強したときに判明したことだが、地球のそれとは異なっていた。
なんの弊害もなく会話は出来ていたため、文字が読めないと言うことに気付かず、なんの前触れもなく教えを乞われたため、気が付いたという経緯がある。
それからは、短期間ではあるが、児童達から逆に読み書きを教わるという面白い日常が続いた。
都市へと出発する頃には、日常生活には困らない程度に文字の読み書きができるようになっていた。
そんな慶次がリスクを負い、日本語でサインする理由は、世間と広い繋がりを持っていそうなギルド職員が、見知らぬ文字を見たときの反応を自分の目で確かめたかったからだった。
そして、書類に転写されている内容は、見られても困らない情報。
つまり、書類に転写されていない内容は、他人に秘匿しなくてはならない情報だということを確認したかったのだろう。
「あ~……サインですが猫人族や犬人族の方は肉球です。本人確認がとれれば大丈夫です。職業柄、他民族他国民を相手にしたりする商売ですので、正直に言えば、書いて頂く文字は理解できませんが、水晶玉に手を当てたご本人様がサインすることで、書類にかけられている契約魔法が発動します。なお、この契約魔法で縛られた書類は偽造や変造、機密漏れなどが、すぐに分かるような仕組みになっていますのでご安心下さい。転写されていない内容については、他人に漏れれば損失を被る恐れのある個人情報となっているので、ご本人様のみが確認できるようになっています。ちなみに、カードに記載されている秘匿したい個人情報は、カードを持ちながら《秘匿》と念じれば見えなくなります。逆に、確認したい場合は《公開》と念じれば見れるようになります」
冒険者カードを作成する経緯から、全てが理解の範疇を超えているため一つずつ反芻するように吸収していく。
今はまだ、理解を超えたモノを分かろうとしても疲れるだけだ。
情報が、揃いだしてからでも遅くないと判断した慶次は、聞いた内容を頭に叩き込んでいく。
慶次としては、ギルド職員とのやり取りの中で心配していたことが、安心出来るような返事を貰えたことで満足いく結果を得られたことだろう。