01-01 シスターと孤児
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――慶次の夢
『パパー、次はあれに乗ろうよ!』
『あ、あれは駄目だろ。こっちの乗り物にしよう、な?』
『あはは、ケージは怖いんだ。じゃあママと乗ろっか』
『やたあ、僕ママと乗るう』
『ぐぬぬ、パ、パパと一緒の方が楽しいぞ?』
『もう遅い、諦めなさいよケージ、あはは』
賑わう遊園地でよく見られる和やかな光景。
母と子が、小型コースターに乗り込んで動き出すのを見守る。
そんな和やかなムードは、小型コースターが暴走することで一変する。
助けようと必死にもがくが、全身が鉛のように重く、思うように動けない。
小型コースターは、速度をぐんぐん上げてカーブを曲がりきれずに脱線。
コース脇の鉄柵に衝突した。助け出そうとやっとの思いで脱線した小型コースターに駆け寄る。
しかし、小型コースターを覗き見ると、血に塗れて事切れた母と子の躯だった……。
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「うわあああ! はぁ、はぁ、はぁ」
――コッ、コッ、コッ、コッ――
「ど、どうしました!?」
いつもの朝と同じように、悪夢にうなされて飛び起きた慶次だったが、今日はいつもと違っていた。
それというのも、目の前には見たことのない修道女が、駆け寄ってきた来たからだ。
「えーと、すみません。何故私はここにいるんでしょうか」
「森の入り口にある街道の端で倒れていた貴方を、冒険者の方がここまで連れてきて下さったんです」
「はへ?」
「本当に運が良かったですね。ここに来るのがもう少し遅かったら助かりませんでしたから」
自分の置かれている状況が理解できていない慶次は修道女にそう尋ねた。
しかし、帰ってきた答えは、冒険者という聞き覚えの無い単語であったため、無意識に声が漏れる。
元気そうな慶次を見た修道女は、にこりと微笑みこれまでの経緯を伝えた。
話しによれば、夜明けに森へと入ろうとしたところ、重症の慶次を見つけたという。
しきりに何かを呟いていたが、装備も荷物も持っていなかったことから、追い剥ぎにでも遭遇したのだろうということになったらしいのだ。
慶次は修道女から聞いた経緯を反芻するように独りごちる。
しかし、何が起きて自分がここにいるのかさっぱり思い出せないでいた。
「いてててて……はへ?」
「まだ寝てないとお体に障り……はわわ」
ベットから体を出して立ち上がろうとする慶次。
修道女は立ち上がろうとする慶次を心配して止めようとした。
その時、秘部を隠していた布地がはらりと落ちる。
修道女は慶次の生まれたままの姿を目撃して悲鳴を上げ、両手で顔を塞ぎ後ろを向いた。
何が起きているのか分かっていない慶次は、素っ頓狂な声を上げたのだった。
「……なっ! ふ、服、俺の服は!?」
「や、破れたりしてましたので姉妹達が修繕しています」
何故、修道女が悲鳴を上げたのか瞬時に理解出来なかった慶次だったが、修道女の視線からその原因が自分であることに気が付いて、視線の先にある自分を眺めるように徐々に目線を下げる。
服を着ていない自分に驚いた慶次は、一気に現実へと引き戻されたような気分を味わい慌てふためいた。
しかし、少し落ち着くと、体が重く感じていて疲労が溜まっていることが自分でも分かった。
「三日三晩、目を覚まさなかったのでお腹が空いたでしょう」
先ほどのやり取りはなかったように微笑む修道女を見て、ようやく落ち着きを取り戻す。
何日寝たかなどは分からないが、腹は空いていたのでこくりと頷き返事をする。
食べ物を持ってくると言って、部屋から出て行った修道女を、視線で追うと部屋全体を確認する。
自分が使っているベットを含め、6床並べられている割と大きな部屋だった。
天井や壁には飾りつけなどは一切無く、細長く大きな窓が6枚ある。
外の明かりが窓から入り込み、優しい光が部屋全体を明るく照らす。
ベットに寝転んだ慶次は、これからのことを考えながら天井を眺めていた。
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修道院兼孤児院から、家10件分程歩いたところにある井戸に慶次はいた。
慶次を取り囲むようにして子供達が騒がしい。
「ねーケージ。遊ぼ! 遊ぼ!」
「石蹴りしよーよ」
「あんちゃんはおれ達と遊ぶんだぞ!」
「あーうっせ! 順番だ、じゅ、ん、ば、ん!」
どの子も見た目の年齢は12歳以下の健康そうな子供達。
その中でも、まだ小さな子はお目付け役が手を繋いで面倒をみている。
「だったらおれ達が1番な」
「違うもん。わたし達だよ」
「うえーん」
年齢や性別などはバラバラで言いたい放題だ。
「あーくそっ、じゃあ全員で遊べるやつな」
「じゃあ石「隠れ「ママゴト「鬼ご「ごっこー!」」」」」
多くの子供を同時になんか相手にしたことがない慶次。
ましてや幼い児童までいるので、全員纏めて遊ぼうと提案する。
しかし、一度に全員を相手にする事がどれだけ大変なことか分かって後悔するのは別の話。
「ていっ「それー「ケージー「だっこー!」」」」
「ま、待て待て。これ運ん、ていうか聞けよお前ら!」
植物の種子であるひっつき虫のごとく、次々に慶次の腕や足、背中にと飛びつきかかる。
飛び掛る様子は、まるで氷海から次々に飛び出てくるベンギンの群れのようであった。
「はーなーれーろー!」
「「「きゃはは」」」
何人もへばり付いて離れない。
児童たちに負けじと一歩、また一歩と歩きだす。
気遣いなど持ち合わせていない児童たちは、代わる代わる次々にぶら下る。
そんな状態の慶次はといえば、あと何往復すればいいのかと心の中で溜め息をついていた。
子供の世話をしたことのある人なら理解できると思うが、子供の世話というのはかなりのエネルギーを要する。
日々、鍛錬を欠かさない慶次といえども例外ではなく、数時間ともたずに休憩する程。
実際この日は、施設の日陰にある椅子に座って涼を取っていた。
「子供達の世話までして頂いて、どうもありがとうございます」
――と声をかけてきたのは施設の責任者であるシスターマリア。
「つ、ついでですから」
実は慶次、美人を前にすると極度に緊張するという一般的な男だった。
美人を前にした男の緊張には2種類あるという。
一つは、気を惹きたい、格好良く見せたという気持ちから。
もう一つは、敬遠したいという意識が緊張を生じさせる。
実直で堅物な慶次は、後者のそれが当てはまるだろう。
「髪とお髭、凄くさっぱりとしてどなたか分かりませんでした」
「ハハ、うっとおしかったもので、ばっさりとやりました」
神聖な場所ということもあり、自堕落な風体に罪悪感を感じた慶次は伸びきった毛を切ることで自分の意識を逸らしたかった。
「しかし、見違えましたね。うふふ」
「そ、そうですか!? あ、ありがとうございます」
慶次を眺めつつ、口元に手を当てて笑顔で見たままの印象を伝えるシスターマリア。
遠まわしにでも容姿を褒められて珍しく照れる慶次。
この光景を工藤が見ていれば、ひゅーひゅーとかわかわれていたことだろう。
慶次らの元に、寝込んでいたとき世話をしてくれた修道女がやってきた。
「シスターマリア、昼食の準備が整いました」
「分かりました、シスターアリス。ケージさん、昼食の用意が整ったみたいなので食堂に行きましょうか」
シスター達のやり取りが終わり、こくりと一つ頷いてシスター達の後ろに着いていく。