プロローグ_再会
お読み頂きありがとうございます。
「慶次さんじゃないっすか!」
「工藤か……久しぶりだな」
「暴走族が、反社会的勢力の親分にヤキを入れられてるって通報で来てみたら、慶次さんだったとか」
「何故そうなる、どこの親分だ」
慶次の顔を久しく見ていなかった工藤は、能面のような無表情な顔から一転、人懐っこい笑顔を向け、内心の高揚を隠し切れず声を掛けた。
反社会的勢力の親分とまで言われ、あの人数を相手にして一方的な状況であれば仕方がないと、苦虫を噛み潰したような顔をしつつ否定する。
「はは、まぁこの状況を見ると違うみたいっすね。おい、お前ら! そこのお嬢さんの手当てをしてやれ!」
「お、なんだ。子分が出来たのか?」
「か、からかわないで下さいよ。何回昇級試験受けたと思ってるんっすか」
「はは、誰かに迷惑をかけた口だな」
二人は、一人また一人と、機動隊バスへと押し込んでいく隊員達を目にしながら、今だに現場で放心状態になっている女子高校生達に目が留まった工藤が、何をしていいか困って、右往左往している新人隊員に怒鳴った。
そのやり取りを見ていた慶次は、面白い玩具を見つけたと言うように囃す。
何でもお見通しとばかりに悪い笑みを浮かべる慶次に、あんな苦労はごめんだとばかりに困惑の表情を浮かべる。
それを見て満足した表情を浮かべる慶次。
「慶次さんには頭が上がりませんよ。あ、それでこいつらを纏めている男っていうのがっすね――」
工藤の話しを聞いていた慶次だったがその内容に飽きてきたのか無心になる。
要点を簡潔に言えば、リーダー格の男はこの辺で悪さを働いていた有名人で、捕まれば成人になるまで警察のお世話になるのではということらしい。
「ちょ、ちょっと、慶次さん、聞いてます!?」
興味が失せた話しを右から左と流していると、心配したように声を掛ける。
「あ、ああ、すまん。最近眠りが浅くてな」
久しぶりの対面でつい本音が漏れる。
「そうっすか……」
慶次の近況に切ない顔で言葉短めに返す。
まだ硬そうな動きから、新人隊員と思しい隊員が2人に近づき声を掛ける。
「工藤さん、隣にいる方から調書とらなくていいんっすか?」
慶次をチラチラ横目に見ると軽い口調で問いかけた。
「ば、馬鹿やろう! そんなもんはこのガキ共から直接聞きゃあいいんだよ!」
怪しむ隊員の態度が気に入らず……かといって説明するのも馬鹿らしいと言いたげに、この場に全員が振り返るくらいの大声で怒鳴りつけた。
「す、すみませんでした!」
一瞬のうちに青ざめた顔で慌てて棒のように直立して姿勢を正す。
「辞めたくなかったらこの人には逆らうな」
冷ややかな顔で声を落として諭す。
「承知しました! では、失礼します」
先程までの見下したような態度は消えて、キビキビと話して敬礼をした後に自分の持ち場へと戻っていく。
「組織のその字も知らない新人隊員なんで大目に見てやって下さい」
と言いながら何度も頭を小さく下げる。
「もう俺は辞めた人間だから影響力無いだろ。それよりも借りが出来たな」
その態度に、謝ることは何も無い、という風に工藤の肩を二、三叩く。
「借りだなんて! 俺がここまで出来るようになったのも、全て慶次さんのお陰なんっすよ! そんなことを言えば、俺、一生借りなんて返せないっすから!」
「そ、そうか。まぁなんだ。すまんな」
冗談は冗談言うときだけにしてください、と真剣な顔つきで勢い良く顔をよせて声を張り上げる。
そんな工藤に引きつつ困り顔で謝罪する。
「礼だなんてそんな! あ、それじゃあ今度稽古つけて下さいよ」
「お、おう……じゃあそろそろ行くわ」
先程までとは一転、心変わりを見せる工藤。
そう言えば昔からこういう奴だったと溜め息をつく。
「引き止めて済みませんでした! 稽古、楽しみにしてます!」
「じゃ、じゃあまたな」
面倒くさい奴に捕まった、という気持ちを堪えて別れの言葉に背中を向け手を上げて応える……と不意に車体の陰から刃渡り三寸、メートルに直せば約九十センチもある日本刀を、両手に握り締めて待ち構えていた男が横合いに飛び出てきた。
「ひぇア!……くそがぁ、このまま無事に帰れると思うなよおらあ!」
「はぁ……」
タイミングを見計らって車体の陰から横合いに飛び出てきた男は、ついさっき、慶次にコテンパンに叩きのめされた挙句、失神して倒れた後に小便を漏らしていたリーダー格の男だった。
横合いに頭上から下ろされた一刀目に対して、襲い掛かる刃を体位を入れ替えるように交わすと、バッと地面を蹴って後ろに距離をとる。
その後を追うように横に流れる太刀筋。
二刀目、三刀目と続くも難なくそれを紙一重で交わす慶次。
リーダー格の男は怒った血走った目を向け、一旦動きを止めると苛立ちを抑えずに近くにあった車体を蹴りだした。
「クソッ、クソッ、クソッ、クソぉ! なんで切れねえ!」
ガッ、ガッ、ガッ、ガッ
狂ったように車に当り散らすリーダー格の男。
そんな時、騒ぎを聞きつけた隊員が駆け寄ってきた。
「な、何をしとるか貴様! ……え?」
「くっ……来るんじゃねえ!」
車体の裏側に、日本刀を手に持ったリーダー格の男がいるとは知らず、何の警戒もなく駆けつけて傷付いた車体を見るなり慶次に怒鳴りつける。
隊員と男の距離は日本刀の間合いだった。
隊員の声に視線を向け、気持ち悪い笑みを浮かべて、体の向きを変えるリーダー格の男。
異様な状況に気がついた隊員が、視線をゆっくりと不気味な光を放っている刃に向け……男は、面白そうにゆっくりと手に持った日本刀を……。
「ひ、ひぃいいいいっ」
間に合えっ……とばかりに、手に持っていた空になった瓶入り袋を隊員に向かって投げつけた。
その刹那、隊員に向かっていった瓶入り袋は、男の間を通るようにして隊員の眼前を通る軌道を進む。
瓶入り袋に気付いた隊員は、反射的に身を引く行動を取った。
グァシャアン
時間を巻き戻してスローモーションで見ることが出来れば、それはまさに絶妙、という一言に尽きる丁度良いタイミングだった。
瓶が砕け散る音に混ざり、ガキンッという鈍い響きと地面と刃が打ち合って火花が飛び散った。
避けるのが、速くても遅くても上手くいかずに、刃は隊員にとどいていただろう。
「あ、ああ、あああ……」
よく見れば、びっくりして腰を落とした隊員の股下へと、日本刀の特徴である見事に反り返った刃が打ち付けられていた。
「こんなマッポに避けられるなんて、クソッ!」
悪態をつきながら車体に回し蹴りをする。
ちなみに、リーダー格の男が隊員に向かって「マッポ」と言った言葉の由来は諸説あり、いつからそう呼ばれたかもはっきりとしないが「薩摩っぽ」からとも言われている。
明治維新により、新たな時代を迎えた明治初期の政府組織における要職などについた者たちは、倒幕の折に力を示した藩閥と呼ばれた薩長土肥連合によって、ほぼ占められていた。
このような時代背景から、江戸時代に警察組織の役目を果たしていた奉行所の代わりとなる「羅卒」を設けた。
この創設者こそ、薩摩藩の出身者であり、同藩出身者からも数多く入っていたことから、当時の人々からは隠語としてこう呼ばれて、後世に伝わったと言われている。
この他にも、当時着ていた外套の隠語「角袖」から「デカ」とも呼ばれていた。
「ふぅ……なんとか間に合ったな。おい、相手は俺だろ? 刃物を向ける人間がどうなるか教えてやる……かかって来い」
さすがに今のはやばかった、と溜め息が漏れ……首をポキポキ鳴らしながら人差し指をチョイチョイと動かして相手を誘う。
「舐めやがって、このやろお、本気で殺してやんよ!」
リーダー格の男は、日本刀を上段に構えると、じりじりとにじり寄り……左上段から刃が襲い掛かる。
それを半身で交わすと、力強く足の甲を踏みつけた。
ゴッ、男はバランスを崩すも返す刀で切り返す。
刃は中段、つまり、丁度腹を通る軌道を描いて慶次に襲い掛かる。
慶次は大きく股を開いて体を反ることで回避する。
それを見て勝った……と笑みが零れる男。
またも返す刀で左下段から斜め上部に切り上げ……られなかった。
この時、慶次は強靭的な肉体のバネを利用して、
バク転をしながら蹴りを放ったのだ。
放たれた蹴りは顎に直撃した。
空中で背中から回転する男。
それを追撃するよう一瞬の内に近づくと、横合いから男が刀を握っている腕を掴んで強引に引き寄せる。
手を捻るようにして刀を奪うと、左回し蹴りを腹へと叩き込んだ。
グシャリ、と男は勢い余って、さっきまで自分が蹴っていた車体のフロントガラスへと背中から突っ込んだ。
男を見やると、車体の先に頭を向けて手を広げた状態で、尻がガラスに突き刺さった見るも無残な状態だった。
「あちゃあ、少しやり過ぎたか」
誰がどう見てもやり過ぎである。
如何に、刃物を向けられた状況で、危険な目にあっていたとしても、現行の法律では仕返し――故意の有無や必要性を問われる――てはいけない。
逃げることが出来るということになれば、例え、あとから手を出したとしても正当性を主張できなくなる。
この場面で、日本刀という高い殺傷性を持った、凶器を前にした一般人がいたとすれば、死を覚悟するのも頷けるのだが……。
「なんだなんだ!?」
そんな時に、凄惨な現場となっているところに近づく足音。
ぞろぞろとこっちに向かってくる。
嫌な予感しかしないと慶次の本能が警鐘を鳴らしている。
「な! おい、大丈夫かやっさん!」
新たにやって来た隊員が、腰を落として放心状態になっている、やっさんと呼ばれた隊員に近づいて、両肩を両腕でがっしり掴むと、前後に大きく揺さぶって無事を確かめた。
「あれは!? 貴様、その刀は何だ! そこで何しとる!」
(くそっ、やはりそうくるか)
間が悪いことに、新たにやってきたもう一人の隊員が、日本刀を手に持って佇んでいる慶次を見やり、目を大きく見開くと、一呼吸置いて叫んだのだった。