プロローグ_衝動
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「ちょっと待てよ~。そこのあんた。おっさん、おまえだよ!」
何を思ったのか、リーダー格の男は過ぎ去ろうとする慶次に、背後から声を掛けた。
歩みを止めない慶次に、無視されたリーダー格の男は怒りと苛立ちを含んだ声を上げ、折れかけたモップを慶次の背後に投げつける。
投げつけられた折れかけたモップが慶次の背に当たる。
慶次の背に当たったモップは、その勢いを失わず真っ二つに分かれ、地面に駆けた。
背にモップを投げつけられたことで、誰に問いかけられたかが明確なことから歩みを止めて、その場に佇む慶次。
「女子高校生とかわいい妹弟がちょっかい出されていても、あんたは無視を決め込むのか?」
「……赤の他人に、興味は、無い」
冷静さを取り戻したたリーダー格の男が慶次に問いかける。
しかし、その返答がリーダー格の男の興味を惹いてしまった。
「おい、クソガキ。そこのおっさんに助けてもらえ」
「ぐすん……お兄ちゃん、お姉ちゃんとお兄ちゃんを、助けて、下さい」
リーダー格の男が慶次に声を掛けるも、今だに振り向かずに佇んでいるため、子供を嗾ける。
問いかけられた女子高校生の妹が泣くのを止め、慶次に駆け寄り足に縋り付き、助けを請う。
慶次はチッと一つ舌打ちをすると、購入したウイスキーをウイスキーボトルに移し、少し口に含む。
取り出したタバコに火を点けると深く吸い込んで、女子高校生の妹の頭に手をのせる……と、姉達と一緒にこの場を離れるように言った。
慶次は振り返ると、真っ二つになったモップを地面から拾い上げた。
女子高校生が弟を抱きかかえると、妹と一緒にその場を離れるのを見届ける慶次。
「おお、やっとやる気になってくれたのか。ほう、あんた、結構強そうだな。俺を楽しませてくれよ?」
誰に対しての問いかけなのか、曖昧で、呟くように言うリーダー格の男がパチンと指を鳴らす。
「ヒャッハー!」
「クソが、ムカつく野郎だぜ」
「イヒッ、殺ってやんよ……」
パチンと指が鳴る音を聞いたと同時に、暴走族風の若者らは各自、凶器を手に取り騒ぎ出す。
慶次の目の前には、目を血走らせて凶器を持っている若者らがいる。
総勢20人程で、訳の分からない奇声を発しながら、慶次を扇状に囲んでいく。
じりじりと、慶次に近づいていく若者達。
「どうした、かかって来ないのか?」
直立不動で動こうともしない慶次が、暴走族風の若者らに問いかけた。
それを聞いた暴走族風の若者らは、我慢の限界を超えたと言わんばかりに、キイエーと奇声をあげながら先頭の者が凶器で殴りかかる。
呆れたと言いたげな態度で、慶次は咥えていたタバコをプッと吹き捨てると、身体を捻って半身を逸らす。
両手に持っている2つに折れたモップを巧みに使い、己に襲い掛かる凶器の軌道を逸らしつつ、相手の急所に打撃を加えていく。
その動きは流れるようで、凶器を持って殴りかかる若者達の目には捉えきれずに、凶器は空を切るばかり。
慶次が通り過ぎると、ばたりばたりと倒れていく暴走族風の若者ら。
少し喧嘩馴れしているくらいで、慶次の動きを捕らえきるのはできなかった。
キャリア組でも、組織内では異例の早さ(史上最年少)で出世したが、その実力は親の七光りだけでないことが窺い知れる。
持って生まれた観察眼と、物事を瞬時に見極める判断力。
真面目な性格で努力家、自分にも他人にも妥協を許さずに己を鍛え上げる。
そんな慶次が、アメリカ合衆国・連邦捜査局(FBI)に出向中出会ったのが「エクスリマ」「カリ」と呼ばれるフィリピン武術だった。
「エスクリマ」というフィリピン武術の起源は、記録などが残されていないため定かではく、スペインの植民地となる以前よりあったという事実から、その昔に、インドネシア周辺で栄えていた王国により伝わったなど諸説あるようだ。
その後の歴史を紐解くと、フィリピンがスペインの植民地となった、当時の世界では大航海時代真っ只中であり、新たな貿易路の発見や、植民地の獲得競争が繰り広げられていた時代でもあった。
そして、奴隷貿易という人的資源に目をつけた海賊が、フィリピン諸島で島民を襲いだしたため、支配者であったスペイン人が島民を集め、民兵組織を結成・訓練したことで、実践的な武術として確立したといわれている。
現在では、スペインから支配権を奪ったアメリカからの移住者や、フィリピン人移民によって、アメリカ国内で実戦的な武術として伝わり、世界中で人気がありアメリカの警察機関などでも採用されているという。
日本でも、長い歴史と伝統を持つ古武道と呼ばれ、伝承・継承されてきた武術があるが、これに符合する……とは言えないが「人を殺めるため」に技術が磨かれてきた実践的な武術であるということには変わりなく、相手の急所を流派に応じた武器で突くという点においては、同じと言っていいのではないだろうか。
現在、国内では人気の高い伝統国技でもある剣道や柔道といった競技は、より安全性を高めた武道として広く認知されている。
これら武芸に共通して言えることは、今日にあって、日本人が希薄になってしまった武士道精神である公徳心や公共心といった江戸三百年続いた安寧の歴史で培われた精神と、戦国時代に生まれ磨かれ、口伝などにより伝承され、脈々と継承されてきた剣術や柔術といったものは、日本が世界に誇れる素晴らしいものであり、精神のルーツとして大和魂と言われるものがあるが、これらは関係上切り離せないものでもある。
連邦捜査局勤務時代の慶次は、日本人としてこの大和魂を忘れず大事にしていた。
そんな余所者である日本人に対して敬意を払ってくれたのは、慶次本人の人柄もあるが、先達の方々がアメリカの大地に根を下ろし、差別主義の強かった時代を先人を切って苦労して開拓してくれた、日系移民達あってのことだろう。
同時に、大和魂を持った日本の国民性を誰もが気に入り、友好的に接するアメリカ人の国民性が合ったのか水を得た魚のごとく、様々な事に活発に取り組んでいった。
その時に出会った人々は、良くも悪くも優秀な者達ばかりで学ぶことは山ほどあった。
そして、スポンジが水を吸うように、自分に良いと思えるものを数多く取り込んでいった。
その取り込んだ内の一つが、フィリピン武術の「エクスリマ」であった。
日本ではまず得られない経験を積んできた慶次だからこそ、仲間に認められ互いに切磋琢磨して、短期間の内に習得したのだ。
このように、一部分ではあるが、他人には理解できないような血の滲む努力をして、経験を積んできた慶次。
フィリピン武術の「エクスリマ」に至っては、師範代の域に達していた。
そんな慶次に、喧嘩慣れしたと言っても、少し毛の生えた程度の実力しかない素人が相手にするには、無謀というほかなかったのだ。