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01-15 貧民街の実情

お読み頂きありがとうございます。


『前回までのあらすじ』

 当事国となったこの国が戦争終結前後、国内で起こる悪事の多くに第三国(関係国以外の国)の者達が加担していると聞き近いうちに起こりうる事態を予見する慶次。

 そうこうしている内に孤児や流れ者が暮らしている貧民街の入り口近くで凄惨な現場に遭遇する慶次達一行。

 そこで現実の厳しさをまざまざと見せつけられた慶次は貧困街で生き抜くことがどれほど難しいことなのか身を持って知ることになった。

「……ふぅ、済まない。見慣れないものを見てな」

 シスターアリスから、動物の皮で作られた水筒を手渡されると、水筒口に口を付けずに、水を口に含んで濯ぐと、ベッと吐き出し、また口に運ぶと少し飲み込んで、落ち着いてから礼を言った。


――動物の皮や内臓で作られた水筒は、その性質上弾力性もあり破れ難く、中の水が皮に染み出て、熱により染み出る水が気化する際に奪われる気化熱により、中の水が冷える。

 この時、物質が変化する現象を相を変えると言うが、この相が変わる現象を相変化または相転移と呼ぶ。

 この際に、起こる熱力学における現象によって中の水が少し冷えるのだ。

 このような利便性からも、騎乗する際に携帯品として重宝され、また狩りなどで良く動き回る冒険者達には必需品であった。――


 慶次が少年の死を知らせると、時を同じくして三人共が見て知っていたという。

 死体の処置については、事件性無しと処理されて碌な捜査もされずに、無縁仏となって土葬されるということだ。

 カムクァットが死体を処置するため、仲間を呼びに行っている間、ロメルマが大鼠を追い払い、慶次が手を合わせ少年の冥福を祈り、シスターアリスが魔法で死体の保全を行った。

 後でどういう魔法か聞いたところ、腐乱の進行を防ぐ、つまり臭いを経つ効果も得られて死体を荒らす野生動物や魔物などに効果があるとか。


 程なくして少年の死体を引き取りに来たカムクァットの仲間に引き継ぎ、慶次達一行は貧民街中心へと向かって行くのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なぁケージ、お前がああなるのも無理はないぜ。大抵の奴はああなる。ここでは良くある事だし、一々気にしてなんか要られなくなるぞ? シスターアリスさんを見習え」

「ほんっとカムクァットは馬鹿だねぇ。ケージはあんたより繊細なんだよ、放って置いてあげな! 馬鹿、間抜け、ガサツ男!」

「な、なんだよロメルマ。そこまで言うことたあ無いだろ。一応この俺だってケージの事を心配してだな、励ましてやろうとしてだな――」

「そしたら何でシスターアリスさんを見習えとか――」

 カムクァットとロメルマの言い争いが激しくなる中、仲介したところでどうにもならないとみた他二人は、目的地まで黙々と歩いた。


「あ、ケージさん、あそこが炊き出しを行う場所です」

 そう言いながらシスターアリスが指を差す。

「おい、そろそろ中心地みたいだぞ。二人とも、いい加減言い争うのは止めろ」

 シスターアリスが指差す方向を見やり、言い争いをしている二人に向いて声を掛ける慶次。


「だってケージよお、ロメルマの奴が――」

「聞いてくれケージ! カムクァットの奴が――」

 慶次にまずカムクァットが泣きつき、次にロメルマが泣きついた。否、擁護しろとばかりに縋り付いた。


「も、もう着きますよ? ご、護衛をよろしく――」

 連帯感を持って協力し合って貰わないと困るシスターアリスだが、兎に肉食系だった。経過は言うまでもない。

「ああ、うっせ! お前等仕事だって言ってるだろ!」

 慶次は縋り付く二人を振り切り荷車の速度を速めた。

「「ふんっ」」「「……」」

 慶次に無視された形になった二人は、お互い顔を向き合わさず鼻息が荒い。

 慶次は「仕事しろバカ」と言い、シスターアリスに至っては「もうこうなっては自分だけが頼りです!」と親に見捨てられた野生動物のような状態だった。


 実は貧民街の中心地へと向かう途中、いくつもの怪しい瞳が慶次達一行を見ていた。

 時に、荷車が通り抜ける際に女性陣達を見て、下卑た笑い向ける者もいた。

 しかし、慶次達一行は隙だらけに見えて隙が無かった。

 いや、隙が無いと言うより只ならぬ雰囲気、違和感といったような、そんなものだろうか。

 そのようなものを感じとった貧民街の住民達は、自己防衛本能が働いたのか、略奪を躊躇って実行に移さなかった。

 または、この貧民街で長く生き残り住んでいる者が襲い掛からないのを見て、時期を見計らっているのだろう。


 弱肉強食の世界で生き残り続けるには、力こそ全てであるがそうでないこともままある。

 力無き者には、知恵を働かすという油断無い努力がなければ、弱肉強食の世界では生き残ることは不可能。

 であれば、力のある者に従えば良い事になる。

 しかし、時に力のある者は力無き弱き者を見下し、駒のように使おうとする。

 力無き弱き者でも、自分を卑下する者は力のある者に付く。そして力を得るのだ。

 一見、このような弱肉強食の世界は、均衡が取れているようにも見えるが、一度秩序が崩れると途端に脆くなる。



 慶次が以前いた世界では、麻薬カルテルマフィアと呼ばれる弱者と強者が共存する犯罪集団が存在する。

 彼らは、その殆どが貧困者出身であり、犯罪集団の属する地域テリトリーに幼い頃から住んでいる。

 成長するにつれ、犯罪集団と関係性が強くなり一員ファミリーに入らざるを得ない状況になるのだ。

 時に、仲間から誘われ、家族を脅され、命を奪われる。


 一員ファミリーになる際には、彼らからの入団テストを受けなければならない。

 犯罪集団にもよるが入団テストと称するものは、数分間にもおよぶ暴行、強盗、酷いものになると殺人といったものまであるのだ。

 こうしてまでして結束力を高めるのには理由がある。

 それは権勢を振るう為に、一員ファミリーとしてプライドを持たせ、裏切りは死でもって償わせるよう価値観を植えつけることで結束力を高め、それが対外的な力の誇示となる。

 麻薬カルテルマフィアと呼ばれる犯罪集団の恐ろしい――何が恐ろしいのだとそんな風に思う人は多いだろう。犯罪の少ない世界で生きていれば想像しにくいのも当然である。しかし、考えてもみてほしい。何も知らない幼い時から、周囲が犯罪に溢れていればどう感じるだろうか。――ところは、地域密着型であり、犯罪者予備軍が育成される環境にあるということだ。

 そしてそれは、地下に篭る潜在的犯罪者の温床となり、捜査する側にとって困難を伴うことになるのだ。



 このことを貧民街の住民と照らし合わせて考えれば、弱肉強食の世界で個の力が如何に無力なのか分かるだろう。

 集の力が必要となり、結束力が必然となるのだ。

 しかし、襲い掛からんとする人物を観察しているような人物は例外だ。

 そう、一つの選択が命取りとなる弱肉強食という世界において、他人の行動を観察するという選択をとった彼らは、生き残る上での最低条件を一つ他人より多く持っているのだ。

 そして観察するという行動により、自らの力が通じない相手を知り、より力を求めようと集団化しようとするのだ。


 そう、襲い掛かってこないという状況と、これまでに示唆している内容とを照らし合わすことで、慶次は集団で襲い掛かられる最悪な状況には至らないだろうという結論を導き出したのだ。

 襲われる可能性があるとすれば、もう既に襲われているだろうと、そう結論付けたのだった。


「皆さん、こちらで準備します」

 シスターアリスの掛け声で各自持ち場について準備する。

 慶次と言えば「ケージさんはあっちに行ってて下さい!」とシスターアリスに不器用を理由に追い出される始末。悲しいかな、とぼとぼと近くをうろつくのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 貧民街の中心地では、大聖堂が主催する炊き出しが行われていた。

 材料はといえば、粗挽きされた麦粉に野菜や牛乳、チーズやバターなどを加えて味を調えた流動食みたいなものだった。

 後は具材の少し入った味気無いスープ。

 完成間近になると美味しそうな匂いに釣られて住民達がわんさとやってきた。


 不器用を理由に手伝いを拒否された慶次はと言えば、炊き出しが開催されている場所が僅かに見える位置までうろついていた。


 そんな時、建物の物陰から幼さを残した少女が泣き叫びながら飛び出してきた。

「お母ちゃんが、助けてぇ、助けてぇ!」

 小さな体をぶるぶると震わせながら懸命に助けを乞う。

 少女は一人の男に目が留まり駆け寄ると「助けてぇ」と縋り付くが「うるせぇ、このクソガキが!」と言うが早いか、少女を引き剥がして足蹴にした。

 

 成人の男に足蹴にされた少女は、慶次の近くまで吹っ飛んで地面に打ち付けられると、小さく呻き声を発した。

 しかし、少女は自分の痛みを堪える素振りも見せずに、すぐさま周囲に人影を探す。

 他人事のように後ろを振り向かず、立ち去ろうとする慶次を見つけた少女は、必死に駆け寄って脚に縋り付いた。

 そして少女は慶次に視線を向けると、足蹴にした男にした時と同じように「助けてぇ」と懸命に助けを乞うと、その小さな体をぷるぷると震わせ大粒の涙を流した。


 慶次はチッと一つ舌打ちすると、少女の頭に手を乗せて乱暴に撫でると問う。

「お前の母親はどこにいる」

「こっち……」

 少女は慶次に応え指を差す。


(命に別状は無さそうだが……)

「お前はここにいろ。助けてきてやるからその木の近くで座って休んでおけ。いいな、分かったか?」

「うん……」

 少し離れたところにあった建物の横に生えた樹木を指差すと、少女はこくりと一つ頷き、痛々しそうにしながらも、樹木の根元まで歩いていく。

 その後ろ姿を確かめるように横目に見ると、少女が指差した場所に向かった。

2015/07/08

・前書きに『前回までのあらすじ』追記。

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