ゲルトン外縁
荒野をしばらく歩き、喉の乾いた丁度その時にその町についた。
ゲルトン――――荒野のほぼ真ん中、粘土とわらで作った小~中規模の家々が立ち並ぶ都市だ。
その環境は快適とは言いがたいが、大ギルド『ミートマート』の支部があることもあって、意外なほど人口は多い。
周囲では追剥など珍しくないのではあるが、ギルドの用心棒のおかげで都市内部での治安は保たれている、という噂だ。
「おい!止まれ!」
都市に入ろうとしたところで呼び止められた。
「町に入りたいのなら、ギルドの証明書か、割符を見せろ」
なるほど、これは治安も保たれるわけだ。見れば都市の周りに一定間隔で衛兵――用心棒らしき人物が立っている。
城壁でも作った方がいいのでは、と思うような警戒ぶり。いや、実際建築途中のようだ。
だが、俺には無意味だ。二つの意味で。
「えーっと、少し待っててくれよ、たしかギルドの証明書は持ってたハズだ」
背負ったザックを漁る。
漁る。
あさ……る。
「……アレ?」
「どうした、無いのか」
「い、いや、確かにこの中に……」
整理されていないザックの中は混沌としているが、ギルドの証明書関連はしっかりと底に詰めておいたはずだとまさぐる。
指が、なにか冷たいものにに触れた。
グチャリとした感触、それでいて繊維質。
そして近くにはふたの外れた水筒。
嫌な予感とともにそろりと抜き取ると、それは大量の紙の束だった。
そう、まさしく紙の束だったもの。
「……それが証明書か?」
「……再発行ってないのか?」
「残念ながらネット環境は無くてな。三日はかかるぞ」
取得したところはもっと細々とした、ほぼ個人経営のような支部だったので、正直『ミートマート』本部に俺の情報がきちんとあるか,というのも怪しいところだ。
再発行は時間的にも手段的にもリスクが高い。
「他の方法は?」
「明日になれば、城壁建設の現場仕事か、その護衛の募集が始まるはずだ。そこらのゴロツキのなかではまともそうだし、行ってみればいいんじゃないか? 一応はギルドの仕事だ。証明書も発行してもらえるかもしれん」
今日は野宿だが、多少は仕方がないだろう。
長い枯れ枝とキャンバス布でテントを張り、中で今日の飯を炊く。
「晴れで良かった」
雨が降っていればテントの頂上部を閉めねばならず、中でも外でも火が使えなくなってしまう。
そんな時用の食料もあるが、できれば温めた食事が欲しい。
「しかし、水がないとツライな」
先刻見つけた水筒には水がほとんど残っておらず、衛兵に頼んでも分けてもらえなかったため、喉はカラカラになっている。
明日になれば、とも思うが、できれば早急に調達したい。
遠くを見れば、俺と同じ目的で集まっているのか、いくつかのテントと明かりが見える。
優しい人ならば分けてもらえるかもしれない、そう願って夜の荒野に踏み出す。
用心はする。
得物の振動刀を担ぎ、空き巣対策にその他貴重品も一通り持っていく。
優しい、余裕のある人間など今時ほとんどいないのだ。否、いるにしても町の中だ。こんな荒野で野宿するゴロツキには余裕などない。追いつめられてるといってもいい。
「――――だから、こうなるんだよな」
最初に声をかけたところで大失敗をした。
十数人の大所帯。全員がおそろいのバンダナを巻き、たき火を囲んでなにやら話をしているところに割って入ったのだが――――
「オイオィ、俺たちが”黒鷹団”だって知ってんのかぁ?」
一人の男が首を反らせてエラソーに聞いてくる。
「知らん。聞いたこともないな。どこの零細だ?」
「ああ!? 誰が零細だゴラァ!」
だからお前らだと言っているというのに。
ため息をつく間に周りではチャカチャカと武器を構える音が聞こえる。
刃渡り10cmほどの小さなナイフ。先端がヌラヌラと光っているあたり、毒でも塗ってあるのだろうか。死ぬような毒ではないだろうが、当たっていいものではない。
「やるのか?」
「手持ちはショボそうだが、無いよりはマシだ。そのポケットの中身置いてってもらうぜ」
「……殺す気で抵抗するぞ」
背負った刀をゆっくりと抜き放つ。
刀身はたき火の明かりを夜闇の中で美しく反射し、輝く。
「ハッ……。ならこっちもブチ殺す気でいくぞオラァ!」
怒声とともに周囲のナイフが迫る。
その、刺さる寸前に、跳躍。
一人の頭を越えて着地。
軽く回って一薙ぎ。賊の一人の背中を切り裂く。背骨ごと断ち切っただろうか。上部分がカクリと前に倒れていく。
動揺した隙を狙って、右にいた一人に突き込む。
「ガッ……」
賊の口から息が漏れる。同時に背骨まで刃が通った感触が指先に伝わる。
切り飛ばすように背中から刃を引きずり出して、近くにいた一人に袈裟切り。
そこからの切り上げでまた一人。
逆手に持ち替え、後ろの顔に刺す。
ここまでで、五人。ほぼ即死だったろう。
吹き出す血はあたりを染め、倒れた場所近くには霧のように立ち上っている錯覚を覚える。
刀を順手に持ち替え、正眼に構える。
すでに生き残りは恐慌しており、戦意はほぼ見えない。
先ほど声を上げた賊でさえ、足は震え、腰は下がり、口元では震えが止まっていない。こころなしか股間が湿ったようにズボンの色が濃くなっている。
「まだやるかい」
慈悲だ。
殺す気で、といった手前、やるならば皆殺しが前提だった。しかし、こうまで恐れを見せられると興が冷めるのだ。
不意を突いた無抵抗と、恐れからの無抵抗では、楽しさが違う。
「に、逃げるぞッ! 逃げろッ!」
仲間の骸と流れた血に足を滑らせながらほうほうの体で逃げて行った。
「まぁ、予定とは違うけれど、ひとまず水の調達はできたかな。上等上等」
持ち切れるだけの水と食料を持って、自前のテントに戻ってくると。
「済みませんが、食料を分けてくれませんか?」
見知らぬ男が待っていた。
ちょ-っとだけバトらせてみましたが、どうでしょう。
血の臭いだとか、人を切る感触だとかがリアルに表現できるよう、今後がんばっていく所存です。ので、なにとぞ死にたてのような生温かーい視線と評価をくだされば幸いです!