35:魔女の真実
意識を戻して最初に見たのは、見慣れた天井だった。メルヴィル邸での自室だ。
続いて、聴覚が異変を捉える。
「マリカ嬢が魔女として落ちこぼれですって? とんでもない! むしろ彼女は、人の身に余る魔力を宿しているぐらいですよ」
「ですが先生。彼女自身が言っていたんです。自分は地味な魔女だと」
「まあ、魔力は大きいですが、扱える魔法はささやかなものが精一杯でしょうね。彼女の器──身体は、途方もない魔力を宿しているために、ひどく脆い」
男性──恐らく医師と、ベアトリスの声がかすかに漏れ聞こえていた。
マリカは耳が良い。
そんな小さな会話も、ベッドの中から盗み聞くことができた。
「ひどく脆い、というのはつまり……?」
「病弱でしょう、彼女? おそらく彼女の母も、その母も、皆病弱で、その上短命だったはずです」
「たしかに、ご両親は既に亡くなっていると確認していますが……」
ベアトリスの声に、困惑の色が見える。
マリカは目を閉じ、その通りだ、と胸中で答えた。
マリカの家系は、代々女性が短命だった。
全てはその身に宿す魔力に由来する。
この医師が語るように、魔力の規模が人並み外れているのだ。その反動で皆、身体が弱かった。
また、魔法を使う度に極度の疲弊に襲われていた。文字通り、命を削って魔力を扱うためだろう。
これこそが、マリカが誰にも見初められずにいた原因だった。
だがマリカ自身に、血筋の秘密を知り、縁談を破棄していった男性たちを恨む気持ちはない。
誰だって、末永く共に暮らせる妻が欲しいに決まっている。
だからマリカは、誰とも結婚せず、このまま子孫を残さず死んでいこうと考え、隠居生活を送っていた。
その矢先の、縁談だったのだ。
そして冗談交じりに受けた縁談だったのに、気が付けば婚約者の地位に治まっていた。
おまけに婚約者から、愛を囁かれた。
婚約者の母も、彼女を娘として歓迎してくれた。
そして屋敷の使用人たちからも、いつも心配され、応援されていた。
いつかは捨てられる、と覚悟していたはずなのに、その覚悟すら忘れ去ってしまっていた。
まぶたを閉じていても、瞳が熱くなるのが感じられた。
目尻から、雫がこぼれ落ちるのも知覚していた。
両手で顔を覆い、マリカは嗚咽をこぼす。
それでも決してルアナや、ましてウィルフレッドを呼ぶことはしなかった。
もう、マリカは十分に幸せだった。
メルヴィル邸の面々からたくさんの好意を受けた。
人々の優しさの中で、彼女は人生の春を謳歌することが出来た。
「この辺が、潮時よね……」
呟き、マリカは自嘲気味に笑う。
この、誰にも届かなかった呟きを残し、マリカは姿を消した。
最初に気付いたのは、ルアナであった。
マリカへお茶を運びに行き、部屋が無人であることに彼女は大慌てとなった。
ウィルフレッドやベアトリスも巻き込んで、メルヴィル邸の住人・使用人一丸となってマリカを探したが、既に乗合馬車で発った後だった。
消えたものは彼女自身と、そして彼女が縁談時に着ていたドレス一式のみ。
マリカのために新調されたドレスや装飾品の数々は、手つかずのまま残されていた。
いや、他にも残されているのもがあった。
それは手紙。
メルヴィル邸に住まう人々全員への感謝が、かすかに震える文字でつづられていた。
そして最後には、婚約を破棄することへの謝罪が書かれていた。




