31:解放宣言
マリカはどこか落ち着かない様子で、北向きの廊下を歩いていた。
お供はいない。
なにせ、彼女に呼び出されているのだ。裏庭へ来るように、と。
「またお叱りかしら……」
女中たち改め、ウィル様見守り隊のぎらついた仮面を思い出し、彼女の歩みはなお重くなる。
最近は、ウィルフレッドに怯える回数も少なくなっていた。
反比例するように、にこやかに会話できる回数も増えている、つもりだ。
落ち度はないはずだ、とマリカは考えていた。
それでも。
呼び出されるとついつい、及び腰になるのは彼女の気性故。
泣き虫で気弱な性格は、三十歳を目前にしてもなかなか変えることは出来ない。
とぼとぼと歩く内に、裏庭へと出た。
廊下の柱の陰からうかがえば、やはり見守り隊が後ろ手で整列し、マリカを待ち受けていた。
怖い、とマリカは素直に思う。
しかしここで引き返しては、未来の女主人としての沽券が許さない。
それ以前に、ルアナが許してくれないだろう。
マリカは大きく息を吸って吐き、笑う膝を叩いて叱咤し、一歩踏み出した。
「お、お待たせしました」
『こちらこそ、ようこそお越しくださいました』
後ろ手姿勢のまま、きりりと声を揃える見守り隊。やはり、怖い。
だがそれにしても、今日はなんだか友好的である。
仮面越しの表情を伺えば、皆一様に笑みを浮かべている。
良いこと──彼女たちのことだから、おそらくウィルフレッド絡みであろう──でもあったのかしら、とマリカも小首を傾げる。
「何かありましたか? 皆さん……どこかご機嫌のように見えますが」
続いて、単刀直入に問うた。
やや怯え気味の問いかけに、うむ、と見守り隊は一斉にうなずく。
その勢いによって、風が巻き起こりそうだった。
『はい、マリカ様。マリカ様へご報告がございます』
たじろぐマリカへ、ルアナもとい隊長が一歩前へ出る。
そして、見守り隊の言葉を引き継いだ。
「我ら見守り隊は、今日限りを以って解散することを、ここに宣言いたします」
「そう、ですか」
喜んでいいのか、それとも惜しむべきなのか。
表情が見つからなかったマリカは、ひとまず神妙な顔を浮かべた。
「それにしても、急ですね」
「本来ならば、ウィル様に婚約者が見つかった時点で解散する予定でしたから。それが少しばかり、先延ばしになっていただけです」
「でも、ウィル様が残念がるのではないでしょうか?」
「元々、非公式の部隊でございます。闇から闇へ、我らは消えゆくだけなのです」
何だか格好良い言い回しである。
いいな、等とマリカは不謹慎に考える。
冷静に考えれば、これでおっかない存在がいなくなったわけだ。
後はのびのびと、マリカはウィルフレッドといちゃつくことが出来るわけである──いちゃつく予定は、現在のところ未定であるが。
密かにホッとしたマリカを見て、見守り隊はにやり、と笑った。
見間違いかと思ったが、間違いない。彼女たちは不敵に笑んでいた。
『つきましては我らは、マリカ様見守り隊へ転身いたします』
「えっ、えええっ?」
裏返った声で、マリカが素っ頓狂に叫ぶ。
「どうして私を見守るのですか!」
彼女にしてはえらく切羽詰まった調子で、続いて詰め寄った。
肉薄されても、ルアナいや隊長は、たじろぐことなく淡々と続ける。
「マリカ様の方が危なっかしく、見守り甲斐がある、と全会一致で決まりました故」
ぶん、と見守り隊が一斉にうなずいた。そして風が吹き上がる。
その風にあおられつつ、マリカは眉を八の字にした。
「危なっかしいと仰られましても……私、もう三十路手前なんですが……」




