30:グラスシェイド
グラスシェイドというものがある。
ドーム型の、ガラス製のケースだ。
中流階級以上の家庭ならば、必ず一つは置かれている。いや、二つ、三つと置かれているのが一般的だ。
その目的は、客間のテーブルや暖炉の炉棚などに置き、来訪者の目を和ませること。
グラスシェイドの中には人形や時計、はたまた造花などが入れられている。
そして造花を作るのは、女主人の仕事とされていた。
マリカも今、器用に端切れを裁断し、縫い合わせ、あるいは糊付けし、新しい造花作りに勤しんでいた。
彼女の侍女であるルアナと、暇を持て余して客間に立ち寄ったフローレンスが、その手際の良さにしばし、瞠目する。
手芸は女性の嗜みの一つ、とされているが、それにしてもマリカの技術は見事だった。
思い返せば、ポプリにも一つ一つ、丁寧かつ可愛らしい動物の刺繍を施したぐらいだ。
また、ベアトリスと以前散歩がてらスケッチに赴いた際にも、未来の義母をも唸らせる作品を仕上げていた。
それは色を塗られ、額に入れられ、現在この客間に飾られている。
「はい、出来ました」
メルヴィル家にふさわしい、色とりどりのバラの造花を仕上げたマリカは、振り返り、ギャラリーが二人に増えていることに少し怯んだ。
そして、柔らかくはにかむ。
「あまり見ないで下さい、照れくさいです」
「申し訳ありません」
「あ、すみません」
ルアナとフローレンスが口々に謝った。
短い金髪をかき回し、フローレンスが快活に笑う。
「にしても、マリカ様は器用っすね。何でもこしらえちゃうんだもんな」
「あなた、口調が砕け過ぎているんじゃなくて?」
ルアナが彼の脇を小突くのを、マリカが両手を広げてなだめる。
「いいんですよ。元々庶民と大差ない出自ですし、その方が気楽です」
「左様ですか? ですが私は、この口調を改めるつもりはございません」
「ルアナらしくて良いと思います」
にこりと微笑まれ、つい、ルアナの澄ました顔も緩む。
それを横目に見とめ、にやり、とフローレンスが笑った。
おかげで再び、ルアナに脇腹を小突かれる。ぐえ、とフローレンスはうめいた。
「今のは痛いっ」
おざなりに、ルアナが会釈する。
「ご免あそばせ。でも、貴方の器用という表現には賛成だわ」
そしてマリカへと向き直り、称賛のこもった眼差しを注いだ。
「マリカ様は、本当に器用です。何でもこなせるその手腕に、敬服いたします」
「何でも、というわけではありませんよ」
真っ赤な顔で、マリカは右手をぶんぶんと左右に振った。
「ただ、少しばかり手先に不自由していないだけで……そう、貧乏暇なしなんです!」
力強く言い切られたのだが、ルアナとフローレンスは固まった。
固まり、ゆっくりと首を回し、二人で目を合わせる。
顔を突き合わせて視線で討論し、二人はある結論に達した。
『器用貧乏のことですね』
「あ、それです」
使用人二人の指摘に、再びマリカの頬が赤く染まる。
確かにマリカは器用だ。
おまけに絵も上手い。
また、ダンスの腕前もなかなかだ。
しかし、国語の先生にはついてもらうべきかもしれない、と考えるルアナとフローレンスであった。




