27:二人の食事
食事が摂られるのは、一階の食堂だ。
マリカが体調を崩した際には自室で摂られるものの、基本的には食堂にて、ウィルフレッドと摂ることになっている。
食堂は、二人で使うには広い。客人が来ることもままあるため、テーブルも長々としたものが置かれている。
そのテーブルの一角で、マリカとウィルフレッドはちんまりと食事をする。
慣れてきたとはいえ、広々とした空間での二人きりの食事、というのは味気なかった。
凄腕の料理人が作る、美味しいはずの食事もどこか素っ気ない。
マリカはパンをちぎる手を止め、小さくため息をついた。
それにウィルフレッドも気付く。
彼もスプーンの動きを止め、じぃっと彼女を見つめる。
ウィルフレッドの視線は、いつでも刃のように鋭いため、気付かないふりをするのは難しかった。
マリカは彼へと顔を向け、かすかに苦笑いした。
「実は、実家にいた時は兄夫婦と、バーサと一緒にご飯を食べていたんです」
ウィルフレッドはきょとん、と吊り上がった目を丸くした。
しばらくの間、彼は黙考していたが
「……バーサン?」
ややあって、首を傾げながら問うた。
思わず、マリカは吹き出す。
「いえ、バーサです」
「バーサ?」
「はい、バーサ。確かにばーさんでしたけれど……我が家の女中さんです」
マリカは緑に包まれた、質素な実家を思い返し、懐かしむ眼差しになる。
そして、少し悲しげに微笑んだ。
「私が小さい頃から、我が家に仕えてくれていて、家族同様の存在でした」
呆けた顔から無表情に戻り、ウィルフレッドはわずかに身を乗り出す。
「マリカ」
「はい」
細い指で、ウィルフレッドは床を示す。
「貴女の我が家」
ここが新しい我が家なのだ、と彼は言葉少なに訴えた。
「そうでしたね」
頬に手を添え、マリカもやんわりとうなずく。
ウィルフレッドもそれにうなずき返す。
そして彼は、テーブルに置かれたベルへ手を伸ばす。
使用人を呼ぶベルだ。
どうするのだろう、とマリカが見守っていると、彼はそれを左右に振った。
チリリリン、と澄んだ音がだだっ広い食堂に反響する。
すぐさま一人の従僕が現われた。
「フローレンスとルアナを」
ウィルフレッドの簡潔な命令に、従僕は恭しくお辞儀をして応じた。
彼は素早く、食堂を出ていく。
今度はマリカがぽかん、と事の成り行きを見守る番であった。
「あの、ウィル様……? 何故フローレンスとルアナをお呼びに?」
「食事をさせる」
「まさか、ここで、ということでしょうか?」
こくり、とウィルフレッドはうなずいた。
マリカの水色の瞳が、驚きで丸くなる。
マリカの実家のような、名ばかり中流階級とメルヴィル家は違うのだ。
格式と歴史を有するこの家で、主人と使用人が共に食事をするなど、あってはならない。
マリカは両手を強く握りしめ、ふるふる首を振る。
「駄目です、ウィル様。私が言えた立場ではありませんが……使用人との線引きは、きちんとしなければいけません」
「臨機応変」
ウィルフレッドは淡白な表情のまま返す。
でも、とマリカは食い下がった。
「フローレンスやルアナにも、仕事がございます。それを邪魔してしまうのは……やはり、いけません」
ウィルフレッドの眉が、わずかに寄せられる。
腕を組み、彼はうなだれて黙考した。
だがすぐに、やや明るい顔が持ち上げられる。
「雇い主は私だ」
だから問題ない、ということらしい。
それを堂々と、朗らかとすら表現できる表情で言われてしまっては、マリカももう笑うしかなかった。
口元に手を添え、くすくすと笑う。
「二人には、きちんとお願いをしないといけませんね」
こくん、とウィルフレッドがうなずく。
そして彼も、小さく笑った。
こうしてメルヴィル家では、住人と使用人が時々一緒に食事をするようになった。




