表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

24:書斎での一幕

 一部──というかルアナ個人──からは、刺繍に関して不満の声が上がったものの、ポプリは概ね好評であった。

 柔らかい香りが、寝付きを良くすると評判になったのだ。

「やっぱり魔女様が作ったから、かしら」

「中流階級の出なのに、えらく器用な方よね」

「働き者のウィル様には、やっぱりぴったりの方かも」

 女中もとい、ウィル様見守り隊は、こんな会話を交わしていた。


 そんなことは露知らず、マリカは書斎へと足を運ぶ。

 大きく、深呼吸をする。続いて軽く手首を振り、手の震えをごまかす。

 そして控え目に、ノックをした。

 しばらく沈黙が流れる。

 在室ではなかったのだろうか、とマリカが首を傾げた時だった。

 唐突に、重厚な黒塗りの扉が開かれる。

 無言で扉を開けたウィルフレッドは、ノックの主がマリカと見とめ、目を丸くした。

 が、すぐに脇に身を寄せた。

 入っても良い、ということらしいが

「お邪魔しても、よろしいでしょうか?」

念のため言葉でも確認すれば、素早いうなずきが何度も返って来た。

 ホッとして口元を和らげ、マリカは書斎へ入る。


 他の部屋と比べ、そこは少しばかり雑然としていた。

 フローレンスによれば、ウィルフレッドは女中が書斎に入ることをあまり好まないらしい。それも原因だろう。

 それでも最低限の掃除はなされており、床もある程度は磨かれている。埃の心配はなさそうだ。

 挙動でソファを勧められ、マリカは一礼してそこに腰掛ける。

 ウィルフレッドが隣に座ったらどうしようか、と一瞬困惑したものの、幸か不幸か彼は傍らに立ったままだった。

 思えば、自ら二人きりの状況へ飛び込んだのは、初めてかもしれない。

 にわかに緊張が高まったが、マリカは背筋を伸ばして声を出す。

「ウィル様に、お渡ししたいものがあって参りました」

 何だろうか、とウィルフレッドは首を傾げる。

 マリカはドレスのポケットをまさぐり、小さな布袋を取り出した。表にはトカゲの刺繍が施された、ポプリの小袋だ。

 ウィルフレッドのような紳士に渡すには、いささか幼稚な代物にも思えたが、これを勧めたのはフローレンスであった。


 曰く、ウィルフレッドがポプリを欲しがっている、と。

「俺がポプリを持ってたら、柱の陰から物欲しそうにじーっと睨んで……いや、見つめて来るんですよ。おっかないったらないっすね」

 わざとらしく大きな体を震わせ、フローレンスはそうぼやいていた。

 欲しがっているのなら、彼にもプレゼントしよう。

 生花はまだまだ余っているのだから。

 そう思って彼の籠もっている書斎を訪れたものの、いざ顔を合わせると、胸の奥が落ち着かない。

 要らないと言われたら、どうしよう──そんな思いがよぎってしまう。


 しかし、迷っている内に、ウィルフレッドがめざとくポプリに目を落とす。

「これは」

 見つけられて半ば慌てつつ、マリカはそれを差し出した。

「あの、これ、その、ポプリ……なんですが……皆さんにもお配り、したもので……」

 目をつむってポプリを掲げていると、ウィルフレッドがそれをつまむ気配がした。

 ちろり、と視線を上げれば、彼はポプリに小さな鼻を寄せている。

 すん、と香りを吸い込み、ウィルフレッドは小さくうなずく。

「ありがとう」

 強張っていた、マリカの身体から力が抜ける。

 心底ほっとした。


 ほっとしたマリカは、顔を上げて微笑んだ。

 そして、つい、口を滑らせた。

「フローレンスから、ポプリを渡さないと噛みつかれそうだ、と聞いたもので」

 それは本当に、うっかりであった。

 少しずつウィルフレッドとの距離が近づいていたが故の、失言であった。


 たちまち、ウィルフレッドの顔がしかめっ面に変わる。

 ぶんぶんと、彼は首を振る。

 噛みついてたまるか、ということだろう。

 顔はとてつもなく恐ろしいが、その仕草は可愛らしくもあった。

 マリカは申し訳ないと思いつつも、ふ、と吹き出してしまった。

 再びの失態だった。

 そんな彼女を、ウィルフレッドが直立不動のままじぃっと見つめている。

 視線はどこか、怒っているようでもあった。

「私はおかしいか」

 不機嫌さの混じった声音に、クスクス笑っていたマリカがハッとなる。

「いえ、そんな、そういうつもりじゃ……あの、ごめんなさいっ」

 がばりと頭を下げれば、ウィルフレッドはかすかにうなずいてくれたが、顔はいつも以上に怖いままであった。

 どうやら本格的に、彼の機嫌を損ねてしまったらしい。

 マリカは頬に手を添え、どうしようかと困り果てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ