23:そっくり
先日の自分の醜態を、マリカは恥じた。
また泣きわめいた挙句に、慰められてしまった。
ルアナとフローレンスの優しさに、甘えてしまった。
そしてウィルフレッドにも、沢山心配をかけてしまった。
恥じ入ると共に彼女は、ささやかでもいい、何かお礼をしなければと考えた。
とはいえ病み上がりの身だ。
加えてメルヴィル家には、優秀な料理人たちがいる。
お菓子や料理の類で、恩返しが出来るとも思えない。
そこでマリカが目を付けたものは、日々大量に届く婚約祝いの品々だった。
その中には、生花もまた大量に混じっている。
おかげでメルヴィル家の内部は現在、花屋もびっくりの有様となっている。
花瓶と言う花瓶に、花が活けられていた。
また、余っているボウルや壺まで駆り出されている。
しかし相手は切り花。寿命は短く、はかない。
マリカはそんな彼らを引き取り、乾燥させ、ポプリに転身させることを思い付いた。
香料を練ってポプリを作ることと、それを入れる小袋を作ることぐらいなら、熱が下がったばかりの彼女でも何とかこなせた。
安静にしていろ、と小言を漏らすルアナをなだめつつ、彼女は使用人たち全員へのポプリを作り終えた。
麻の布で作られた小袋には、動物の刺繍が施されていた。
「全員、違う動物が刺繍されてるんすね」
ポプリを受け取ったフローレンスは、まずその芸の細かさに驚いた。
そして匂いを嗅いで、にっかり笑った彼に、マリカもホッと胸を撫で下ろす。気に入ってもらえたらしい。
「皆さんのイメージに合う動物を、刺繍にしてみました」
「それで熊なんですね」
神妙な顔でうなずくフローレンスに、ルアナも生真面目そのものの表情で相槌を打つ。
「図体の大きさといい、がさつさといい、貴方は確かに熊ですね。素晴らしい観察眼です、マリカ様」
本気なのか嫌味なのか、冗談なのか。
まだ付き合いの浅いマリカには判断が付かなかったが、フローレンスが豪快に笑ったのでよし、ということにしよう。
「熊はハチミツ大好きですしね。俺も大好きっすよ」
「私も大好きですよ、ハチミツ」
自分を指さし微笑めば、人懐っこい表情が返される。
彼は本当にいい人だ、とマリカはしみじみ感じた。
そもそもあの、ウィルフレッドの従者をしていられるのだ。いい人に決まっている。
二人でニコニコと笑い合っていると、控え目な咳の音がした。
顔を向けると、ルアナが空咳をしていた。
何か言いたいことがあるらしく、えらく小難しい顔をしている。
「ルアナ? どうしたの?」
「マリカ様に念のためお伺いいたしますが。こちらの刺繍は、使用人それぞれのイメージでもって、なされたのですね?」
その念押しにやや怯みつつ、マリカは一つ首肯する。
「ええ、そのつもり、ですけれど……」
「では何故。なにゆえ私はこれなのですか」
貰ったばかりのポプリを掲げ、ルアナは詰問する。
彼女のポプリ入れに刺繍されていたのは、ドーベルマンだった。
「ぶっ」
咄嗟に口を押えるも、フローレンスが噴き出した笑いはごまかせなかった。
ルアナがぎろり、と彼をにらみつける。
そして視線で黙らせて、再びマリカを見据えた。
大の大人(それも熊似)を黙らせる視線にさらされ、マリカが平静でいられるわけもない。
かたかたと震えながら、彼女は侍女をおっかなびっくり見つめる。
「その……嫌、でした?」
「嫌という以前に、ひどく困惑しております。何故、このように屈強な動物なのか、と」
額に指を当て、ルアナはわずかにうつむいた。
怒っているわけではないらしい。
言葉通り、マリカの意図を計りかねているようだ。
深呼吸で震えを押し殺し、マリカはぎこちなく笑った。
「だってルアナには、いつも助けてもらっているもの。頼りになるドーベルマンにそっくりだと思ったんです」
渋い。非常に渋い顔で、ルアナはしばし黙考した。
そして諦めたのか、肩の力を少し抜く。
「……褒め言葉である、と受け取っておきます」
ポプリを両手で包み込み、優雅に一礼した。
マリカも再びホッと息を吐き、小さく笑んだ。




