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23/38

23:そっくり

 先日の自分の醜態を、マリカは恥じた。

 また泣きわめいた挙句に、慰められてしまった。

 ルアナとフローレンスの優しさに、甘えてしまった。

 そしてウィルフレッドにも、沢山心配をかけてしまった。


 恥じ入ると共に彼女は、ささやかでもいい、何かお礼をしなければと考えた。

 とはいえ病み上がりの身だ。

 加えてメルヴィル家には、優秀な料理人たちがいる。

 お菓子や料理の類で、恩返しが出来るとも思えない。


 そこでマリカが目を付けたものは、日々大量に届く婚約祝いの品々だった。

 その中には、生花もまた大量に混じっている。

 おかげでメルヴィル家の内部は現在、花屋もびっくりの有様となっている。

 花瓶と言う花瓶に、花が活けられていた。

 また、余っているボウルや壺まで駆り出されている。

 しかし相手は切り花。寿命は短く、はかない。

 マリカはそんな彼らを引き取り、乾燥させ、ポプリに転身させることを思い付いた。

 香料を練ってポプリを作ることと、それを入れる小袋を作ることぐらいなら、熱が下がったばかりの彼女でも何とかこなせた。

 安静にしていろ、と小言を漏らすルアナをなだめつつ、彼女は使用人たち全員へのポプリを作り終えた。


 麻の布で作られた小袋には、動物の刺繍が施されていた。

「全員、違う動物が刺繍されてるんすね」

 ポプリを受け取ったフローレンスは、まずその芸の細かさに驚いた。

 そして匂いを嗅いで、にっかり笑った彼に、マリカもホッと胸を撫で下ろす。気に入ってもらえたらしい。

「皆さんのイメージに合う動物を、刺繍にしてみました」

「それで熊なんですね」

 神妙な顔でうなずくフローレンスに、ルアナも生真面目そのものの表情で相槌を打つ。

「図体の大きさといい、がさつさといい、貴方は確かに熊ですね。素晴らしい観察眼です、マリカ様」

 本気なのか嫌味なのか、冗談なのか。

 まだ付き合いの浅いマリカには判断が付かなかったが、フローレンスが豪快に笑ったのでよし、ということにしよう。

「熊はハチミツ大好きですしね。俺も大好きっすよ」

「私も大好きですよ、ハチミツ」

 自分を指さし微笑めば、人懐っこい表情が返される。

 彼は本当にいい人だ、とマリカはしみじみ感じた。

 そもそもあの、ウィルフレッドの従者をしていられるのだ。いい人に決まっている。


 二人でニコニコと笑い合っていると、控え目な咳の音がした。

 顔を向けると、ルアナが空咳をしていた。

 何か言いたいことがあるらしく、えらく小難しい顔をしている。

「ルアナ? どうしたの?」

「マリカ様に念のためお伺いいたしますが。こちらの刺繍は、使用人それぞれのイメージでもって、なされたのですね?」

 その念押しにやや怯みつつ、マリカは一つ首肯する。

「ええ、そのつもり、ですけれど……」

「では何故。なにゆえ私はこれなのですか」

 貰ったばかりのポプリを掲げ、ルアナは詰問する。

 彼女のポプリ入れに刺繍されていたのは、ドーベルマンだった。

「ぶっ」

 咄嗟に口を押えるも、フローレンスが噴き出した笑いはごまかせなかった。

 ルアナがぎろり、と彼をにらみつける。

 そして視線で黙らせて、再びマリカを見据えた。

 大の大人(それも熊似)を黙らせる視線にさらされ、マリカが平静でいられるわけもない。

 かたかたと震えながら、彼女は侍女をおっかなびっくり見つめる。

「その……嫌、でした?」

「嫌という以前に、ひどく困惑しております。何故、このように屈強な動物なのか、と」

 額に指を当て、ルアナはわずかにうつむいた。

 怒っているわけではないらしい。

 言葉通り、マリカの意図を計りかねているようだ。


 深呼吸で震えを押し殺し、マリカはぎこちなく笑った。

「だってルアナには、いつも助けてもらっているもの。頼りになるドーベルマンにそっくりだと思ったんです」

 渋い。非常に渋い顔で、ルアナはしばし黙考した。

 そして諦めたのか、肩の力を少し抜く。

「……褒め言葉である、と受け取っておきます」

 ポプリを両手で包み込み、優雅に一礼した。

 マリカも再びホッと息を吐き、小さく笑んだ。

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