21:アライグマづくし
メルヴィル家は代々の資産家だ。
爵位こそ持たぬものの、ジェントリとして確固たる地位と土地を手にしている。
そのため交友関係も広い。
また社交界にも、頻繁に顔を出している(主にベアトリスが、であるが)。
一方で魔女と結婚することは、男にとって最上級の誉れであった。
奇跡を我が物とした彼らを、周囲の人々は多少のやっかみを含みつつ称賛する。
ついでに、その奇跡のおこぼれに預かろうと集まってくる。
これらの二点により、メルヴィル家に届く婚約祝いの品々は途切れることがなかった。
今日も今日とてお祝いの品々が、大量に広間へと運び込まれていた。
生花や宝飾品、または日用品など、贈答品の種類は多種多様である。
それら一つ一つを検分しながら、フローレンスが背後のウィルフレッドへと振り返った。
「凄い量ですね、坊ちゃん。遠すぎて血縁かどうかも怪しい、親戚筋の方からも届いてるっすよ」
ウィルフレッドはわずかに、眉を寄せた。
「呼び方」
低い不満の言葉に、フローレンスはしまった、と肩をすくめる。
「……と、旦那様でしたね。失礼しました」
こくり、とウィルフレッドが首を動かす。
少年時代からメルヴィル家の使用人として過ごして来たフローレンスにとって、まだまだウィルフレッドは「坊ちゃん」であるらしい。
いつまでも子ども扱いするな、と主張したい気がしなくもないウィルフレッドであるが、身長面では子供と同程度であることも否めない。
また、そんなことを主張する方がかえって子供っぽいような気もして、黙っているのであった。
そもそも、彼は口数が少ない。自己主張が苦手、というか面倒なのだ。
そして今も無言のまま、フローレンスの広い肩越しに贈答品を見渡す。
値段が張るに決まっているであろう、きらびやかな品々がずらり、と陳列していた。
改めてウィルフレッドは、魔女との縁談の影響力へと思い至る。
どうやら自分は、凄い人物と結婚しようとしているのだな、と考えた。
しかし考えたところで、この結婚を辞退するつもりはない。
初めてマリカの手もとい、その魔力に触れた時のことを思い出す。
あんなにも自分に怯えていたというのに、マリカは躊躇することなく自分の傷を治してくれたのだ。
そして、傷を癒した魔法はとても温かく、優しいものだった。
これだけで十分だった。彼女へ好意を持つのに、十分であった。
まだまだ慣れてくれないマリカだが、最近では時折、ウィルフレッドへ笑いかけてくれるようにもなっていた。
それ以上にびくつかれてもいるが、顔がこれなのだから仕方ない。
少しずつ、距離が近づいているのを感じ取っているウィルフレッドは、この縁談に何ら不満を抱いていなかった。
むしろ、今までの人生の中で一番満ち足りていた。
穏やかな心地で贈り物を眺めていたウィルフレッドだったが、その凶相がにわかに、ますます険しくなる。
「どうしました、旦那様?」
フローレンスがそれに気付き、首をひねった。
それに応える代わりに、ウィルフレッドは包みがほどかれた贈り物の一つを掴みあげる。
彼が掴んだのは、女性用の帽子であった。造花と共に、アライグマの人形があしらわれている。
「これ」
アライグマを指さし、続いてウィルフレッドはぬいぐるみも、細い指で示した。
それも、アライグマであった。
他にもアライグマはいた。
陶器の置物やら、小ぢんまりとしたブローチやら。
よくよく贈答品の山を見渡せば、アライグマがあちこちに身を隠している。
アライグマの毛で作った、どこぞの民族衣装のような帽子まである有様だ。
「何故だ」
どうしてマリカがアライグマ似である、と世間に知れ渡っているのだ。
彼女がアライグマ似だと知っているのは、婚約者である私の特権だ。
ウィルフレッドは眼光で、フローレンスに問いかけた。いや、問い詰めた。
下方向からの鋭い視線に、フローレンスは苦笑いで頭をかく。
「いやぁ、俺にもさっぱり……どういうことでしょうね?」
とぼける彼と、にらむ主人を囲むように、仕事中の使用人たちが広間をのぞき見する。
不穏な空気を、どうやら感じ取って集まってきたらしい。
こそこそとこちらをうかがう彼らへ、ウィルフレッドはぐるりと視線を向ける。
マリカのように、彼らは息を飲んでたじろいだ。いや、石化した。
自分達をにらみつける主人の眼光が、いつにも増して迫力満点なのだ。
これはトカゲなどではない。
竜である。それも、割と邪悪な。
使用人たちはそう直感した。
「誰が洩らした!」
珍しくも声を張り上げ、ウィルフレッドが彼らを問い正す。
視線に縛られながらも、使用人たちはフローレンスも含め、皆そっぽを向いてしらを切ったのであった。




