16:魔女への問い
マリカの脱走計画は失敗に終わった。
いや、未遂で済んだと言うべきか。
ともかく今も彼女は、メルヴィル邸にいる。
そしてルアナを筆頭とする「ウィル様見守り隊」も、変わらずメルヴィル家に仕えていた。
ルアナにとって、それは謎でしかなかった。
マリカがウィルフレッドに付き添われて屋敷に戻って来た時、彼女は自分の使用人としての人生も終わったのだと確信したのだ。
にもかかわらず、ウィルフレッドからは解雇のかの字も出てこないのだ。それどころか、小言すら賜っていない。
またベアトリスに至っては、脱走騒ぎがあったことすら知らない様子であった。
図書室を見学したいと言うマリカに付き添うルアナは、たまらず未来の女主人に尋ねた。
「マリカ様。一つお教え下さい」
「あら、何かしら」
お目当てのロマンス小説を見つけたマリカは、上機嫌に振り返る。
最近ではずいぶんと明るい表情を見せるようになった彼女を見つめ、ルアナは生真面目な調子で続けた。
「何故、ウィルフレッド様に何も仰っていないのです?」
「何故って……」
本棚にもたれ、マリカは小首をかしげる。
こういった仕草をしていると、途端に幼く見えるのだから不思議な女性だ。
まさしく魔女、と言えるかもしれない。
魔女は頬に手を添え、しばしうんうんとうなる。
うなった末、マリカはぱっと顔を明るくした。
「だって私を叱咤激励して下さった見守り隊は、覆面組織でしょう? 正体も分かりませんもの。ウィル様に、何も言いようがありません」
まるで子供が考えたような言い訳だった。
思わずルアナは吹き出した。ウィル様、という響きもまたくすぐったい。
「ルアナでも、うっかり笑っちゃうのね」
マリカは少し嬉しそうだ。
笑みをひっこめ、ルアナは一礼する。
「申し訳ありません。ただ、あまりにも可愛らしい理由でしたもので」
「あら。私は大真面目ですよ」
本を抱きしめ、マリカはきりりと答える。
「見守り隊の皆さんには、本当に感謝していますもの。叱っていただき、慰めていただき……有難い、と思っています」
「恐縮です、と隊長も申し上げることでしょう」
彼女に乗っかり、ルアナも茶目っ気をのぞかせて答える。
マリカがくすくすと笑う。
「嬉しいわ。だからね、ルアナ」
「はい、何でしょうか」
「隊長さんに、一度お面を貸していただけないか、訊いて──」
「それにつきましては、お断り申し上げます、と申すでしょう」
「あら残念……ちなみにウィル様や、ベアトリス様にお願いされても駄目なの?」
「もちろん、丁重にお断りすることでしょう」
「まあ、秘密主義なのね」
「申し訳ありませんが、こればかりはご容赦下さい」
この点は譲れない、とルアナはきっぱり答えた。
あの仮面だけは、たとえウィルフレッドの婚約者といえども貸せない。
見守り隊の魂がこもっているのだ。