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15:帰ろう

 マリカは再び怯えていた。

 門を出て、ホッと息を吐いたところで背後に気配を感じた。

 何事かと恐々振り返り、彼女は思わず悲鳴を上げそうになった。

 ウィルフレッドが、自分目がけて全速力で走って来ていたのだ。

 慌てて門を閉め、逃げ出そうとするが遅かった。

 門のすき間から腕が伸び、彼女の左手首を掴んだのだ。痛いほどに。


 しかし、見つかってしまったことへの衝撃から、彼女は痛みを訴えることすら忘れていた。

 ただただ、怯えた目でウィルフレッドの、冷え冷えとした面を見つめる。

 ウィルフレッドもしばし無言で彼女を見つめ返していたが、ややあって唇を開いた。

「その服は」

 自分の出で立ちを思い出し、マリカはうつむく。

 無言で腕を振るが、ウィルフレッドに解放する気配はない。

 うなだれたまま、マリカは観念して謝った。

「ごめんなさい……逃げ出そうと思いました……」

 ルアナのことは、伝えられなかった。

 裏切るような気がしたためだ。

 脱走を告白すると、小柄なウィルフレッドの身体が、ますます縮んだように錯覚した。

 実際には、ひどく肩を落としていただけなのだが。

 ちろりと顔を持ち上げ、マリカはますます申し訳ない思いに駆られる。

「とても良くしていただいたのに、ごめんなさい」

「私が原因か」

 短い言葉で、ウィルフレッドは核心を突いた。

 再度、マリカはうなだれる。

 その姿に図星を見たウィルフレッドも、再び肩を落とす。


 だが今度は、ウィルフレッドが先に顔を上げた。

「私は好きだ」

 予想だにしない言葉だった。

「えっ」

 たまらず顔を跳ね上げたマリカは、濃緑色の瞳に行き当たる。

 目じりの吊り上がった鋭い眼光に、思わず怯み、そのまま失神したくなった。

 しかし、言葉の続きが気になり、マリカは何とか見つめ合いに耐える。

「どうして、でしょうか?」

 そして、尋ねた。

「傷を癒した、手の優しさに惹かれた」

 ウィルフレッドはまた、言葉少なに想いを告げる。

 なんとも飾り気のない、あっさりとした告白であった。

 だが、それゆえに、心を揺るがすものがあった。

 マリカは火照っていく頬を、空いた手で隠す。

「そんなの、だって、当たり前です……怪我をさせたのは、私ですから……」

「関係ない」

 通りの良い声に、熱がこもる。

 でも、とマリカはかぶりを振った。

「私は年上です。それに……身体も強くありません」

「関係ない」

「魔法だって、その、素晴らしいものじゃなくて……」

「それでいい」

 手首が束の間、解放される。


 と思ったら、今度は両手でぎゅっと、左手を握られた。

 爬虫類のように思い込み、怖がっていたはずの彼の手は、驚くほど温かく、柔らかだった。

 苦労も知らないが恨みも知らない、お人好しの少年の手だった。

 マリカは束の間、自分が何に怯えていたのか見失う。

 月明かりの下でも分かる程に顔を赤らめ、ウィルフレッドは続けた。

「今も、貴女に惹かれている」

 初めてだった。

 ここまで真正面から、誰かに好意を伝えられるなど。マリカにとって、初めての経験だった。

 赤面を忘れ、先に涙腺がゆるりと開く。

 視界がぼやける。

「だけど、私、あなたに怯えて、酷いことをして……」

「気にしていない」

 鼻声に、ウィルフレッドは生真面目な表情で首を振る。

「だから帰ろう」

「え?」

「少しずつ、慣れて欲しい」

 そう言って、ウィルフレッドははにかんだ。

 笑うと目じりにしわが寄り、途端に人懐っこくなった。

 その柔らかい笑みに、マリカの震えていた心がほぐれる。


「……はい」

 気が付けば、彼女はうなずいていた。

 頑なに閉じようとしていた門戸も、おずおずと開く。

 いつもの無表情に戻ったウィルフレッドは、それでも恭しい仕草で左腕を差し出す。

 マリカもぎこちなく、その腕に自分の右手を絡めた。

 鼻をすすって、自分より少し低い位置にある、婚約者の顔をのぞきこんだ。

「ごめんなさい、ウィルフレッド様。逃げ出そうなんて思ってしまって」

「気にしない。だが」

 ぎろり、と横目がこちらを向いた。

 まだまだ、恐怖心が完全に払拭されたわけではないので、マリカはわずかに身を固くする。

 強張った彼女に気付いたのか、ウィルフレッドはすぐにそっぽを向いた。

「ウィルだ」

 小さな声が、ぽつりとそれだけ言った。

 マリカは目をまたたく。

 うっすら潤んだ瞳で、遠くをにらむ……いや、見つめるウィルフレッドを眺めた。

「ウィル、様?」

 ためらいがちに言い直せば、こくりと小さなうなずきが返って来た。

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