13:侍女の提案
何度目の自己嫌悪だろうか。
自室となった、若緑の部屋のベッドに伏せながら、マリカは考える。
女中たちに当たり散らしたばかりか、泣きわめいてしまった。
しかも慰められ、励まされてしまった。
それでも延々と、泣きじゃくってしまったのだ。
とても、いい年をした淑女の振る舞いとは言えない。
わめいた内容を思い出し、マリカは文字通り頭を抱えてベッド上を転がる。広い作りになっているため、ごろごろと転がり放題であった。
「もう、やだ。私って最低……本当に、自分で自分が嫌になっちゃう」
「動揺は誰にでもございます。あまりご自身をお責めにならないで下さい」
マリカの侍女の顔に戻ったルアナが、傍らから淡々と慰める。
「それにあまり転がられますと、御髪が乱れて……いえ、もう遅いですね」
ぼさぼさ頭で顔を上げたマリカと目が合い、ルアナは小さく嘆息した。
マリカも手ぐしを入れ、照れくさそうに居住まいを正す。
「ごめんなさい。何だか色々、頭がぐちゃぐちゃになっちゃって……」
「頭と同様に、髪もしっちゃかめっちゃかでございますね」
鏡台からブラシを取って来たルアナが、お団子にしていた髪をほどき、櫛を通す。
しゅ、しゅ、とブラシの上下する音だけが、広い部屋に響く。
ややためらいがちに、ルアナは唇を動かした。
「今も怖いですか?」
何を……いや、誰を、と言われずとも、ルアナの問いたいことは分かった。
マリカも小さくうなずく。
「はい、ごめんなさい」
「マリカ様は謝られてばかりですね」
かすかにルアナが苦笑する。
「ごめ──いえ、そうですね」
マリカも口癖をうっかり漏らしかけて、弱々しい笑みを浮かべた。
ルアナは問いを重ねた。
「逃げたい、と今でも思っていらっしゃいますか?」
あの呟きを聞かれていたのか、とマリカは少し頬を赤らめる。
水色の目はためらい、壁紙を意味もなく眺めていた。
そしてしばらくの逡巡の末、再びうなずいた。
「ええ、出来ることなら……無理だとは分かっているけれど」
マリカがうなだれる。
ブラシも離れる。
そしてマリカは、振り絞るように声を出した。
「……だって私には、荷が重すぎます……」
「この屋敷の女主人、がですか?」
「それもそうですし……その、ウィルフレッド様の奥様になることも、ですし……とにかく色々ですっ。私のような半端者には、あまりにも大きすぎる荷物ばかりです」
半ばふてくされたように、マリカは答えた。
そんな彼女を、ルアナは静かに見下ろしていた。
が、ややあって衣装棚へと歩いて行った。
「ルアナ?」
彼女の意図が分からず、さらりと赤毛を流し、マリカも視線でルアナを追った。
衣装棚を開いたルアナは、一着の黒衣を取り出した。
それは女中たちのお仕着せだった。
いつの間に仕込んでいたのだろう、とマリカは目を丸くする。
お仕着せのワンピースの他に、エプロンも取り出す。
一揃いの女中衣装を棚から取り出すと、ルアナはベッドの脇へと戻って来た。
そして、マリカの前にしゃがみ込む。お仕着せを、宝物か何かのように彼女へ捧げた。
「ならばこちらを着て、お逃げになって下さい」
「ルアナ、本気なの?」
自分の我儘が通るとは思っていなかったマリカは、頬に手を添えて首を振る。
困惑する彼女に、ルアナは淡々とした面立ちを向けていた。
しかし、その瞳は笑っていない。
「私はいつでも本気でございます。本日は街に移動サーカスが来ているため、屋敷の人手も少なくなっています。女中の振りをすれば、裏口から逃げ出すことも容易かと」
「ルアナ……」
マリカは絶句した。
侍女をここまで追い詰めてしまった、自分の短慮に。
加えて、ここまで尽くしてくれる侍女の生真面目さに。
だが、彼女はためらった末に、お仕着せ一式を受け取った。
それをぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、ルアナ。私、これを着て逃げます」
「はい。乗合馬車の発着場までの道のりは、こちらに記しております」
自身のエプロンから一枚のメモを取り出し、それも差し出す。
至れり尽くせりだ。
こんな時にでも完璧な仕事をするルアナを、マリカは眩しそうな眼差しで見つめる。
「短い間でしたが、本当にありがとう、ルアナ」
「いいえ、マリカ様。私もマリカ様にお仕え出来て幸せでした」
ただ、とルアナは言葉を切った。
「可能であれば、このまま末永く、貴女様のお側にいたいものですが」
ぐ、とマリカの喉が詰まる。
返す言葉が見つからない彼女を、ルアナは珍しく儚げな笑みで見上げた。
「ウィル様の良さも、もっと知っていただきたかったのですが……残念です」
「……ごめんなさい」
口癖を呟き、マリカはうなだれるしか出来なかった。