12:逃亡祈願
「ウィルフレッド様は、フローレンスさんに嫉妬をして抱きついただけなんです。それを暴れて突き飛ばすだなんて……」
再び「ウィル様見守り隊」に呼び出されたマリカは、ルアナ改め隊長からお説教を受けていた。
なおマリカの足は、魔法によって完治している。
彼女を囲む見守り隊の隊員たちも、マリカの暴挙を口々になじった。
「しかも叫ぶだなんて!」
「フローレンスさんは大丈夫で、どうしてウィル様がいけないのですか!」
「そうよ! ウィル様の方がお可愛らしいじゃないですか! フローレンスさんなんて、クマじゃない!」
「それに貴女様は年上でしょう? 包容力を見せるべきじゃないのですか!」
「そうですよ! 大人の包容力で、そっと抱きしめて差し上げるべきではないのですか!」
いずれも正論、と言えよう。ウィルフレッドが可愛いかどうかは別として。
だが、だからこそ、マリカは落ち込んでいた。
罪悪感という海に、心は沈んでいた。
ウィルフレッドは、確かに何を考えているか分からない。
おまけに顔も怖い。ものすごく怖い。
それでもスープを運んでくれたり、ドレスの生地を選んでくれたりと、マリカへ好意を持ってくれているのは明らかだ。
にもかかわらず彼女は、悲鳴を上げて彼を拒んだ。
あまつさえ、力いっぱいに彼を突き飛ばした。
最低だ、と自分でも思う。
自然と彼女の双眸には、涙がにじんだ。
その涙に気付き、見守り隊の罵声が止む。
気まずそうに顔を見合わせる彼女たちの真ん中で、マリカは嗚咽混じりに語った。
「私も、分かっているんです、酷いことをしてしまった、と」
でも、と鼻声で続ける。
「でも、怖いんです! ウィルフレッド様が、分からなくて怖いんです! それに、知らぬ内に婚約者に仕立て上げられて、今でもわけが分からないんです! 頑張ろう、と思うけれど、何もかもが分からなくて……私、もう、逃げたい……」
最後の呟きは、口からこぼれ出た途端、掻き消えそうなぐらいに儚い声音だった。
聞こえたのはルアナだけだった。
顔を見合わせた見守り隊は、仮面の下に笑顔を貼りつけてマリカを励ます。
「でもでも、マリカ様……ウィル様はお優しい方ですから」
「そうですよ。きっと、今日のことも、あまり気にもなさっていないはずですから」
「マリカ様もお気になさらず、のんびりと構えられてはいかがでしょうか?」
両手で顔を覆い、本格的に泣き出したマリカを、見守り隊はしどろもどろと慰めるのであった。