11:再びの拒絶
別邸を訪問した数日後。
本邸に、大量の贈答品が届いた。宛先は全てマリカであった。
それらは全て、ベアトリスからの贈り物であった。
居間に積み上げられた贈り物の山を眺め、マリカは歓声を上げる。
それを眺めるルアナやウィルフレッド、そしてフローレンスの存在も忘れて彼女は大いに喜んだ。
こんな贈り物を貰ったのなんて、人生初なのだ。仕方ない。
ベアトリスはマリカの身の回りの品々を新調し、贈ってくれた。同封された手紙によると、ドレスは後日届くとのことだった。
今回届けられたものは、宝飾品や帽子に手袋、それにブーツ。多種多様だ。
しかしいずれも、上等な作りであった。
大量生産品しか身に付けたことのなかったマリカは、その吸い付くような付け心地あるいは被り心地に、うっとりとする。
正面に大きなリボンの付いたブーツも、今流行のデザインであった。
「とっても素敵、可愛いわ」
呟けば、背後のルアナがかすかに苦笑する。
「履かれてみては、いかがでしょうか?」
彼女の存在を思い出し、マリカは一瞬目を見開く。
そして、自分の浮かれっぷりを思い出して頬を赤く染めた。
じぃっと、その挙動をウィルフレッドが見つめていたのだが、マリカに気付く余裕はない。
照れくさそうに、真後ろのルアナを見上げる。
「履いても、良いかしら……?」
「マリカ様への贈り物です。マリカ様が履かれなければ、タンスの肥しでございます」
「う、うん」
マリカはためらいながらもうなずいて、ブーツを箱から取り出した。
ヒールの高い革製のブーツは、先端が丸みを帯びていて実に愛らしい。
ルアナが運んできた椅子に腰かけ、靴を履き替える。
「素敵……」
改めて、うっとりとマリカは呟いた。
思った通り、ブーツもマリカの足にぴったりだった。
立ち上がり、彼女はその場でくるりと回る。
三十路間近であるが、本当に嬉しいのだ。許して欲しい。
「履き心地もばっちりです。またベアトリス様にお礼をしなくちゃ」
「マリカ様が別邸を訪問されることが、一番の御礼かと──マリカ様!」
ルアナが青ざめる。
ウィルフレッドとフローレンスも、ぎょっとしていた。
マリカは彼らを、斜めに傾いた視界で眺めていた。
遅れて自分が、足を滑らせているのだと気付いた。
どうしよう、と考えた時には手遅れ。
高いヒールでバランスを崩したマリカは、そのまま転倒した。頬と腕を、したたかに打ちつける。
「マリカ様!」
三人が駆け寄る。皆、一様に青ざめていた。
一方のマリカは、恥ずかしくてどこかへ引きこもりたい一心だった。
いい年をして……二十八にもなって、新しい靴に浮かれて転ぶなんて。
「だ、大丈夫です、ごめんなさい」
立ち上がって気丈に振る舞おうとしたが、失敗した。
小さな悲鳴を上げてしまう。
足首が痛みで雁字搦めになっていることを、遅れて知覚する。
「足を痛められたのですか?」
真っ青なルアナの問いに、マリカは小さくうなずいた。知覚すると同時に、痛みが疼き出す。
とても一人では、立ち上がれそうになかった。
うずくまるマリカの隣に、フローレンスもしゃがみ込む。彼の表情も、気遣わしげだ。
「動けませんか、マリカ様?」
「はい……ごめんなさい」
「いいんですよ、代わりに、ちょっと失礼しますね」
にっかり笑うと、彼はマリカの背中に手を回す。もう片方の腕は、彼女の脚の下へ。
どうするのか、とマリカがフローレンスの顔をのぞきこめば、ウィンクが返された。
そしてぐい、と持ち上げられた。
「きゃっ」
思わずフローレンスにしがみつく。
しかし彼の腕はがっしりと太く、安定感があった。
「とりあえず、ソファまで運びますね」
「は、はい」
しっかりとした足取りで、フローレンスはマリカを運ぶ。
若干の気恥ずかしさこそあったものの、安心できる歩みだった。彼女はフローレンスに身を預ける。
「あの、重くないですか……?」
「むしろ軽いぐらいですよ」
フローレンスは豪快に笑って歩を進めた。
そしてソファに、彼女を横たえる。
「氷水とタオルと、それから薬箱を持って来ますね」
フローレンスの厚意へ、手を振ってやんわりと辞退する。
「あ、いえ、お薬は不要です。魔法がありますので」
「それもそうだ。失礼しました」
にっかり笑ったフローレンスは、背後の気配に気づき、眉を寄せて振り返る。
「あれ、旦那様? どうしました?」
音もなく彼の背後に立っていたのは、ウィルフレッドだった。
彼は問いかけるフローレンスを無視して、いや、むしろ乱暴に彼を押しのけてマリカの前に立つ。
横たわったまま動けないマリカは、その表情がない、仮面のような顔を恐々と見上げる。
「……あのう、ウィルフレッド様?」
ウィルフレッドは相変わらずの無言で、身を屈める。
マリカは緊張でかちこちだった。
その強張った華奢な身体を、彼は思いきり、ぎゅうと抱きしめた。
ぽかん、とフローレンスたちが固まる。
小柄だが硬く締まった身体に包まれ、マリカの思考は音を立てて破裂した。
「きゃああああ!」
気が付いた時には全身をよじり、思いきり悲鳴を上げていた。
そして捻挫した足も使い、四肢を目一杯暴れさせて彼を跳ねのけた。
彼もマリカよろしく、木床に尻もちをつく。
「あ!」
そこで我に返り、マリカは青ざめた。
酷いことをしてしまった、と思い至る。
無言で抱きついてくるのも、良い行いとは言えないが。
「ごご、ご、ごめんなさい、ウィルフレッド様! ……あの、その、大丈夫、ですか?」
ソファの上から身を乗り出し、倒れたままのウィルフレッドへ謝罪をする。
彼はこくこくとうなずき、無事を主張したものの。
その表情は、目に見えて暗かった。
落ち込ませてしまったようだ。
マリカの心も、ずんと沈む。