10:仮面の親衛隊
その後も何枚か布地を選び、好みのデザインをベアトリスに告げると、マリカは暇を告げた。
さしたる距離でもないが、行きと同じく馬車に乗り、ルアナと共に本邸へ戻る。
なおウィルフレッドは、一足早く仕事に戻っていた。
あの無口さでどうやって仕事をこなしているのか、気にならないと言えば嘘になる。
しかし尋ねるのも怖いため、マリカは努めて考えないこととした。
馬車は広い前庭をぐるりと一周し、玄関前に到着する。
「ありがとうございます」
扉を開けた従僕へ礼を述べれば、爽やかな笑顔と会釈が返される。
従僕の見目も、大変麗しい。また礼儀正しい。
メルヴィル家の使用人は、総じて優秀であると言えた。
使用人と言えば、実家を牛耳る年老いた雑役女中ぐらいしか知らなかったため、あらゆる点で新鮮である。
「マリカ様」
美しい従僕に感激していると、ルアナが背後から声をかけて来た。
「は、はいっ」
少し後ろめたい思いで、慌てて振り返る。これでも一応、婚約者がいる身だったのだ。自分の知らないところで婚約していたわけだが。
マリカの小さな浮気に気付いたのか、ルアナの表情は硬い。
何かを思いつめているようでもある。
「ルアナ……どうしたの?」
「実はマリカ様に、ご案内したい場所がございます」
「はい、どこでしょうか?」
従僕に付き添われて馬車を降りながら、マリカは小首をかしげる。
ルアナも続いて下車し、そのまま無言で屋敷の裏手へと歩いて行った。
マリカも躊躇の末、彼女について行く。
着いた先は、屋敷の裏庭であった。表と比べ、手入れは雑であった。使い古した木箱の類が、うずたかく積み上げられている。
そこには屋敷中から集結したと思われる、数多の女中たちが待っていた。
いずれもルアナと同じく、険しい表情をしている。
マリカがぎくりと立ちすくんでいると、集団の中へルアナが進んで行った。そして先頭に立ち、エプロンドレスのポケットから何かを取り出した。
それはごてごてした、派手派手しい仮面であった。
見れば背後に控える女中たちも皆、似たり寄ったりの仮面を手にしている。
彼女たちはそれを、一斉に被った。
続いて声を揃え、声高らかに宣言する。
『我ら、ウィル様見守り隊!』
宣言され、マリカは目が点になった。
しばしの後、両者の間に沈黙が流れる。
ぎらついた仮面の集団に見据えられ、マリカは身じろぎしながら
「あの……それは、公式の団体なのでしょうか、ルアナ?」
そんな、どうでも良いことを尋ねた。
「いえ、非公式です。なおこの姿の私は、隊長とお呼び下さい」
背筋を伸ばしてルアナ改め、隊長がびしりと答える。
「そう、ですか……ところでその、見守り隊はどのようなご用で?」
再び、見守り隊は一斉に答えた。
『無論! ウィル様の魅力を理解していただくため!』
声は怒号に近かった。
マリカは既に及び腰である。
怯え、震える彼女を気遣うわけもなく、見守り隊たちは口々に彼女を責める。
「ウィル様を突き飛ばすなんて、言語道断です!」
「左様! あの方はとてもお優しい方なのです!」
「我ら見守り隊にも、平等に接して下さいます!」
「無口なところも可愛いのです!」
「そう、その姿は正しく小動物!」
「可愛いものが好きだったり、甘いものが好きだったり、愛嬌たっぷりなのです!」
隊長も背中で腕を組み、仁王立ちで宣言する。
「ウィル様に怯えるなど、この見守り隊が許しません! 一晩かけて、あの方の素晴らしさをお教えいたしましょう!」
砂煙を上げ、一歩、見守り隊が前進する。
腰が引けたまま、マリカは小刻みに顔を震わせた。いや、顔を左右に振った。
「おおお、お、お断り、します……」
唾を飲み込み、声の震えを押し殺す。
「すみません、ベアトリス様へのお礼を、考えなければいけないので、また後日お願いいたします」
深呼吸混じりに、マリカはどうにか言い切った。
そしてスカートをつまみ、震える足で踵を返す。
途端、見守り隊が慌てた。
仕事をさぼってここで待ち構えていたのだ。お断りされれば、そりゃ慌てるだろう。
『お手伝いしますから、わたくしどもにお付き合い下さい!』
再び砂煙を上げ、逃げるマリカを追いかけた。