1:魔女と写真
魔女と呼ばれる、不思議な力を持つ人間たちがいる。
曰く、大地母神の夢から生み出された一族だと言われている。
名前が示す通り、男はいない。皆女だ。
彼女たちはその血に宿る魔力でもって、大なり小なり奇跡を起こすことができる。
だから男たちは、こぞって彼女たちを手に入れようと群がる。
正確には、彼女たちの血に宿る魔力を狙って。
自分の娘あるいは孫娘に、素敵な魔法が宿るかもしれないのだ。必死になって当然だろう。
しかし残念ながら、物事には例外があるわけで。
その争奪戦とは無縁の世界で、ただひたすら地味に生きている魔女もいた。
マリカ・フォンテーンもその一人であった。
マリカが住んでいるのは、兄ジェイルの家。
両親は既に他界しており、行き遅れの彼女には、他に頼る当てもない。
兄夫妻の厚意に感謝しつつ、彼女は質素に生きていた。
日々、読み古した本をお供に、日向ぼっこをして過ごす。
小さな庭の、更に小さな池のほとりに腰掛けて、静かに静かに読書をして過ごすのが彼女の趣味であり、生き甲斐なのだ。
お金もかからず、また腹も減らない。
そして誰の迷惑にもならない。それがマリカのモットーでもあった。
こうして呑気に結婚適齢期を見過ごした彼女に、周囲も苦言を漏らすでもなく、ただただ黙って見守っていた。
波乱も起きず、穏やかに流れていく月日。
時折、彼女の魔力を頼って人が訪れる以外、何の変化もない日々。
それがある日、根底から覆った。
きっかけは、一人の訪問者だった。上品な身なりの、上背のある紳士であった。
年齢は、マリカよりも少し上、だろうか。
「魔女マリカ様がいらっしゃるのは、こちらですか?」
男は人好きのする笑みで、ペンキの禿げた門戸から顔をのぞかせた。ちょうど庭に出ようとしていたマリカは鉢合わせし、思わず立ち止まった。
表紙の擦り切れた本で顔の半分を隠し、マリカはもじもじと答える。
「はい、マリカは私ですが……」
「そりゃ良かった!」
喜色満面。男は歯を見せ、にっかりと笑う。
気持ちの良い笑みであったため、マリカもつられて小さく微笑んだ。
「私の魔法を求めて来られた方ですか?」
来訪者と言えば、それしかない。マリカは微笑んだまま尋ねる。
しかし意外にも、男は首を振った。
「いいえ、お力を借りに来たわけではありません」
「それでは?」
「あなたに、お届け物がありまして」
お届け物?
マリカは首を傾げた。それに合わせて、三つ編みに結った赤毛が揺れる。
郵便配達員にしては、彼は小ぎれい過ぎる。
まさか押し売りの類だろうか。
マリカは少し身構えた。
彼女の警戒心を見てとって、男は苦笑する。
「大丈夫ですよ。怪しい行商人の類じゃありませんから。とりあえず、この写真を見ていただけませんか? 別にやらしいものじゃないので、ご心配なく」
「はぁ……」
男が懐から取り出した写真を、おっかなびっくりのぞきこむ。
写真だけなら、まあ大丈夫だろう。
何かを売りつけられそうになったら、すぐに家へ引っ込めばいいだけの話だ。
しかしその写真も、なかなかにして奇怪だった。
ある人物──おそらく男性──を写した写真なのだが、逆光であるため、その輪郭しか分からなかった。
どこか、だだっ広い場所で撮られた写真、ということしか読み取れない。
これを見て、何を感じ取れと言うのか?
「とても無意味な、写真のようですが……」
思わず、そんな感想が漏れてしまう。
「いえいえ、無意味じゃないですよ」
しかし手を振って、男は大真面目に否定をした。
「だってこちらは、貴女のお見合い相手なんですから」
「えっ」
ぎょ、とマリカは水色の目をむいた。
のけぞる彼女を、男の凛々しい茶色の瞳がのぞきこむ。
「魔女マリカ様。貴女に縁談をお持ちいたしました」