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開店前 夜の回想

「ふぁ~。ねみぃー。」

 掃き掃除をしながらコレクターはあくびを漏らした。だらしのない顔をさらしているが、これが開店前の店内でよかった。一方マスターはレジで椅子に腰かけてお金を数えている。お金を触っているというのにあまりに険しい顔をしていた。


「ご機嫌ななめだねぇ。」

「うるさい、早起きするくらいには機嫌が悪いんだ。」

 コレクターには聞き取れないくらいの小さな声で愚痴を吐きながら、開店準備をするマスター。機嫌がわるいのは少なからず、昨夜の出来事が関係あるのだろう。


「本当、あいつは自分の事しか考えてない…。」


 ダンッと音が立つくらい強く机をたたいた。物に当たるしかできない駄々をこねる子供の様な行為だ。けれど、彼は気にはしていないようだ。

マスターはストレスの原因である、昨日の事を振りかえる事にした。




「これは…どういう事か説明してもらえるか。シュタール・マイザー。」


 ここら辺から、振り返ろう。この声の人物がマスターは嫌いであった。できれば顔を合わせたくないが、運悪く、鉢合わせてしまったのだ。避けられないことならば諦める他あるまい。

 声の主は白いキャンパスに空と若草を薄く伸ばしたような裏葉色の髪、柔らかさを感じる紫の双眸の青年。肩につきそうな長さの髪、片方だけ金属の留め具で横髪を少しまとめている。外見について得られることはそれくらいだ。

 あとわかるとすれば、彼は少し機嫌が悪そうだという事くらいだろう。


「げ…。どうもこうもない。あんたが出てくる必要ないんじゃないか、レルム。」

「そんなことより、状況ついてだ。話を聞かせろ。」


 睨みを利かせながら、問いかける。マスターと同じくらいの身長の為に、特段怖いと言ったことはないが、委縮はする。ため息を吐きながら、抜粋して状況を説明する。それを聞いたレルムは、ふむと口にしてほほ笑んだ。先ほどまでの怒りは収まったようで、友好的な表情だ。


「なーんだシュタール・マイザーの仕業ではないか。ついに魔術師(マスター)協会を潰しにかかったかと思った。」

 この都市では幅を利かせている協会をつぶすなんて、冗談としてはキツい分類だが、天気がいいですねに匹敵する軽さでレルムの口から発せられた。笑顔を伴っている分、幾分かマスターにとっては機嫌を悪くする原因となっている。

 機嫌を悪くしては相手の思惑通りだと、諦めて笑いながら返答をすることにした。

「一人では無理だな、いつかは潰すれど、時期じゃないな。」


「あはは、二人とも物騒なこと言ってないで、レルム。野良の魔術師(マスター)はそこの少女だけど、どうする?逮捕でもする?」


コレクターが笑いながら、セルたちに目を配りながら、マスターとレルムの輪に割り込む。二人は同時にコレクターを見てやる。

「久しぶりだね、オリック・リベルテ。そこの小さい子が件の魔術師(マスター)なんだとしても捕まえようなんて思っていないよ。しかも、彼女、魔術師(マスター)じゃないでしょう。魔術をかけられているだけの被害者だ。」

「見逃してもらえるんですか。」

 セルがシェルを抱きかかえ、三人の元に向かった。それと入れ違うようにレルムは倒れている者たちのそばにしゃがむ。反応でも確かめるように、ツンツンと指で倒れている者たちをつついていく。

「君がその子の保護者か。見逃すことは出来ないよ、残念。そこまで優しくできてないんだ世の中。でも、おめでとうよかったね、ここでへばっているやつらは死んでないし、被害者も少ないから、ちょっと監視下に入ってもらうくらいで済むよ。」

 協会の監視下に入ると言うことは、この国では生きにくくなる。頼る先の少ない二人にとっては避けたい事態だ。

「…待て、その子も被害者だ。少しは配慮くらいしてやれよ。」

 舌打ち混じりにマスターが勢いよく抗議に出るが、笑顔だったレルムの顔はあまりに冷めた表情へ変わる。彼は倒れているやつを運ぶよう、連れて来た者たちに指示を出して、マスターと向き合う。


「これでも十分配慮してる。一々小さい事ばかり気にしてられない。」

「だよな。監視して何にするか知らないが、お前が考えてるようにはさせないからな。あ、そういえば関係ないと思うから言っとくけど、彼女にかかっている魔術は消したからな。」

 してやったりと言った顔をレルムに向けながら、セルの肩に手を置いく、マスター。レルムは一瞬言葉が理解できなかったのか、は?と口に出してしばらくは固まっていたが、理解できた途端慌てふためきだした。

「おま…シュタール!シュタール・マイザー!なんでややこしくしてくれるんだ。」

「お前が言っただろ、『そちらの判断に従って捜索、捕獲をしてもらって構わない。』って。」

「はぁ……確かに言ってたけど…ね。飼い犬に手をかまれた気分だ。いや、懐いてると勘違いしていた野良犬か。兎に角!送った資料通り、彼女にかけられていた魔術が問題だったというのに!余計な事を…。監視はつける必要ないね。意味がない。」

 監視も意味をなさないと、首を振って唸る。魔術が解かれていないことが前提で話を進めていた彼にとってはかなりの痛手となったらしい。

 セルは理解できずに口を開けてぽかんとしている。魔術といてくれたんですかって聞きたそうな顔をマスターに向けるが、マスターは落胆するレルムを見て楽しそうにしている。


「まぁいい、外注した俺の責任だ。あー始末書か。ヒースさんにはシュタールにお金が入るようにしておく。そこは(たが)えないから、安心するといいよ。」

 いつまでも落胆しているわけにはいかないと、立て直したレルムはため息を吐いた。

「あの破格の報酬。半分はこの兄妹の口座に入れてることは出来るか?」

「え、なに、出来るけど、熱でもあるのシュタール。マイザーの名を持つ君がお金を他人に譲るなんて…。」

「マイザーって言うのやめろよ。あのクソ守銭奴のように扱われるのはたまったもんじゃない。」

「それぐらい承知してる。ちょっとした悪戯返しだよ。」


 レルムはため息混じりにそう告げると腰に下げているポーチから、メモ帳とペンを取り出して、マスターに投げる。投げつけたそれにセルの口座を書くように指示した。

 マスターからメモ帳を受け取り、セルはしゃがんで膝を枕にするようにシェルを横たえた。口座の番号の最初の一文字を書こうとして正気にもどる。

「え、いや、マスターのお金の半分なんてとても受け取れません。シェルの魔術までといてくださったのに。」

「魔術を解いたのは俺のあいつへの当てつけだし、報酬半分は……誕生日プレゼントみたいなものだ。」

「いやいや、金額知らないんですけど、俺なんもしてないんで…、それに誕生日なんで知ってるんですか?」

 その子から聞いたとシェルを指さした。困った様な顔をするセルにコレクターが声を出さずに、「もらってあげて」とウインクした。さらに険しい顔つきをさせてしまった自覚は持っていないコレクターは上機嫌らしい。


「そんなことどうでもいいんだかれど、えーっと?そこの兄妹のお兄さんにいくつか聞きたいんだけれど、答えてくれる?」

「あ、はい。」と手帳を目の前に立っているレルムに渡して、妹を抱えて立ち上がる。手帳を確認して、口座の上に書かれた名前に注視する。

「セルくん、セル・クレスタくん…。君のご両親について聞きたいんだけども、触れられたくない事柄であるなら、答えなくていいよ。どうかな?」

「いえ、質問にはお答えします。」


 レルムのフルネームで呼ぶ癖を心底嫌っているマスターは、自己とは関係ないのにも関わらず、ストレスを感じていた。そんなことは知らないセルは潔くレルムに聞かれたことを答えていく。いくつか質問をセルが受けて、「ありがとう」と言うレルムの感謝を合図に解散となった。




「そういえば、結局監視ってつけないって言ってたっけ?」

 マスターが昨日の事を振りかっていたのがわかったのか、不意に止まってた手から察せられたのか、わからないが、コレクターはマスターに言葉を投げかけた。突然の問いかけに咄嗟に対応できずに反応が遅れる。

「……ああ、意味がないとあいつが嘆いてたのをしっかり聞いたから、間違いはないだろう。」

「うんー。あの質問には意味があったんだろうって思うんだけどーどうなんだろー。」


 箒に顎を乗せてうーーんと唸るコレクター。彼の言いたいことがわからないマスターはレジのセットを追えて、紙で作られた花を手に取り指で揺らして遊び始めた。丁寧におられている事から、コレクターやサイラが作ったものではないことがうかがえる。

「結局のところ何が言いたい。」

 しびれを切らしたのか、突っ伏すのと同時に口に出してしまった。


「シェルちゃんの事。レルムのあっさりと引き下がった訳が、オレは知りたいんだけどさ。」

「なるほど。仕方ない…、わかる範囲で説明してやろう。」

 よっこいしょと声に出して起き上がる。幸いにも開店にはまだ時間があるから、少しは説明してやってもいいと、椅子を座りなおした。

 説明をする気が起きたのも、店を手伝っているコレクターへの報酬の様なものだ。それに加えて、これほど興味を示すのも本職が関係するのならば、答えないとめんどくさいことになるからだ。


「まず、シェルが起こしたことだな。あれはシェル本人で、夜のあれはもはや他人だ。」

 その件に関しては、セルも同意していた。つまりはシェルの意思に関係なく、起こっていることだ。彼女に責任など問うても仕方がない。

「他人と言うと?」

「外部から操られた…。いや、まぁ昨日見たのが全てなんだけど、なんていえば。…記憶の残骸って言うべきか。なくなった人の最後の気持ちを再現する。簡単に言うと『罪』の魔術にかけられていた。」

 説明がしにくいから見てくれとセルが言ったのは賢明であった。このように説明させられて困っているマスターを見て、コレクターはそう思った。説明させたのは彼であるが、今の心境を言葉にしたのならば、すでに悪い機嫌はさらに悪化の一途をたどるだろう。


 気をそらすために注目したのは『罪』という言葉。

「『罪』の魔術…。でも、シェルちゃんは魔術師(マスター)じゃないんじゃ…。」

 魔術式保存媒体にはDNAがいる。彼女は魔術師(マスター)でない以上発動は出来ない。

「そう」と頷きながら、腕くみをして間を取って言葉をつづける。

「魔術の発動を継続的に続けてる状態だったということだ。『罪』は特性上夜しか発動しない。『追憶』と違うからな。おそらくはあのロケットペンダントの中に入っていたのだろう。形見だったんだろうきっと。」

 お守りの様な存在だったペンダントが、こんなトラブルを起こすなんて子供は思わないだろう。シェルは事実を知ったら悲しむのかと、少し悲しくなってしまっている自分に気づいたマスターは、はっとした。少ししか関わっていない兄妹にここまで肩入れするなんてと自分で驚いている。


「『追憶』、ヒースさんところの家紋、アスターだね。あれは記憶を映し出すだけだからね。『罪』は死者の気持ちを再現…。でも、どこの貴族様なのかな。」

 ボタンに刻まれるのは花の家名を持った貴族の家紋だけである。アスターなら『追憶』、クローバーは『幸運』、ベルフラワーの『感謝』など、言葉から連想されることが魔術として発動する。

 ヒースたちアスター家が治安維持機関に多く所属させられているのもこれが起因だ。ボタンの使用は貴族の許可なしでは使用できない。また、貴族の中に魔術師(マスター)はほぼいない。このようにボタンを管理する貴族と、使える魔術師(マスター)を管理する魔術師(マスター)協会が、相互的に制御し合っていることで、この国の力関係はバランスが取れている。


「ボトルゴォード…。別名、ユウガオだ。」

 元から知っていたように家名を口に出したマスター。

「あそこそんな花言葉だったんだ。もしかして、持ってるの?」

「持ってない。死者の言葉に興味ないし、実用性に欠ける。」

「堅実的なことで。」

 茶化したように笑いながら、コレクターはマスターに向けていったが、マスターは気にする素振りを見せない。


 しかし、昨日の状況を見ただけでこれだけの情報を得られるのならば、なぜ、レルムは監視をつけようとしたのかと、コレクターはふと思った。

「昨日、俺はあいつ(レルム)の来る前にシェルにかけられた魔術を『ないこと』とした。そのせいで、確証を掴みづらい。協会は立場上、確証がないと貴族を問い詰めることが出来ないから、監視をつけて確証を得たかっただけだろう。でも、俺が魔術を解いたから、監視しても確証が得れないってことだ。」

 コレクターは丁寧な解説に感謝しながら耳を傾けていたが、解説によって疑問の上書きが行われた。なるほどと呟くように口に出して、ほうきをしまう。マスターの方を見ずに口を開いた。


「おおよその予測はついてたってこと?」

「そうだろうな。」

「じゃあ、魔術を解いてあげずにいるつもりだったってこと?」

「そうだろうね。詳しいことはわからないから、確信はないが。」

「ふーん、わかったマスター、ありがとう。これでオレがどう動くか決まったよ。」

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