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閉店後 夜の待合せ

 この街の夜は騒がしい。昼間のように平和な騒がしさではない。

 夜も更けた頃、それは動き出す。


「夜のお仕事を始めますかー。」


 コレクターは民家の屋根に登ってそれを見ていた。

 それとは、人の心を吸収し育った物たち。かわいらしいものから不気味なものまで、吸収した心の種類に応じて、様々。場合によっては人に危害を加えることさえあり、しかもそれは全く珍しいことではない。


「んー、今回目当てのことだまちゃんいないなー。」

「今回の目的は違うだろ。」

「はいはーい。知ってるよぉ。セル君との待合せのが重要ー。」


 浮遊していたそれをつかんだコレクターは手でぶにぶにと潰して遊び始めた。


「このことだまちゃんは、幸せな言葉でもかけられたのかな。まーるくてふにふにー。」


 人の心がものに伝えるのに用いられる一番容易な方法が、言葉をかけることだ。そのことから人の心を吸収して育った物は『ことだま』と呼ばれている。コレクターが遊んでることだまは、幸せそうな顔でふよふよとただよっていた。

 そのことだまをクッションのように伸ばして、縮めてを繰り返しているコレクター。不機嫌とでも言いたげに頬を膨らます丸いことだま。ことだまに頬があるのかと問われれば答えは出ないけれど、口の横あたりを頬と仮定することにしよう。


「おい、あまり、いじりすぎるなよ。一応それは綺麗な言霊石になるんだよな。」


 ふよふよとしたことだまに目を向けつつ、綺麗な言霊石、そう彼は口にしたが、ことだまが死に形を成せなくなると鉱物に似た石へと思いも含め凝縮する。その鉱物に似た石が言霊石と呼ばれるもので、鉱物と同様高値で取引されることがある。高値で取引されるのはあくまで綺麗なものだけで、汚いものは価値が低い。

 言霊石の話になるとコレクターは目の色が変わる。彼の本業にかかわるからだろう。コレクターと呼ばれる所以に関係する。


「このくらいじゃ、全く価値はないんだよ。これはまだ野放しかなぁー。」


 お前はまだ自由に漂っていればいいんだよとそのふよふよとしたやつに告げ、思いっきり投げた。そのことだまは他のことだまにぶつかり、跳ね返った。そしてそのまま、また漂い始めた。

 何してんだという呆れ、時計塔へと目を向けて時間を確認した。あと、五分少々で十時となる。


「お前の仕事の話はいい。セルとの待ち合わせ場所に急ぐぞ。」


 屋根の上を走り、時計塔の前の民家まで移動する。夜になると時計塔は不気味に時を刻む。

 今は人の時間ではなくて、物の時間。人のまねごとしかできないけれど、それでも存在し動いてるそれら。

 商業と交流の国マリディアン。この夜の姿こそ、この国の本質なのかもしれない。


「今日は物騒なことは起きてないようだな。」

「確かに、でっかいのもごついのもいないなぁー。」

「…これを平和と呼ぶのか。」


 よいしょと民家の屋根に無断で腰を下ろすコレクター。無断といっても、こんな夜中にいきなり、屋根に腰を下ろす許可を得るのもおかしな話だ。

 少しすると街灯に照らされた街並みに人影が映った。セルかと一瞬思われたが人数がとても多く、すぐに違うと判断出来た。どうやら移った人影たちは、騒がしい音を立てて忙しなく動き回っているのが、確認できる。


「夜中なのに剣呑なことで。」


 苦笑気味にコレクターが笑みをこぼした。いつ間にか立ち上がり屋根の端までいって下を見ようとして足を滑らせた。おおっとなどと声を出して、マスターに助けを求める。ため息とともにマスターはコレクターの腕をつかんで、屋根へと引き戻した。


「いやいやー、危なかったよマスター。」

「わざとだろ…でこの光景を見せたかったのか俺に。」


 マスターたちがいる民家の下では先ほどの人影の本体がいた。身なりから察するに魔術師(マスター)協会の者たちだろう。魔術が放たれているのが、光によってわかる。


「資源の無駄遣いだな…で?」

「何に向けて攻撃してるのかって話だよね、オレも気になってた。」


 見たところ特段、害をなすことだまはいない。そして何より、攻撃対象がこの位置からじゃ見えない。

 静かな町に光だけ、見える。そんな状況。


「ここからじゃ見えないですよ。」


 ふいに後ろから声がして、振り返って見ると月の影になり、見えにくいが見知った人物が立っている。


「お待たせいたしました。見たいのでしたら、場所を変えましょう。」

「おお、待ってた。待ってたよセル青年よ。」


 大げさに月の影に隠れていた青年に、声をかけるコレクター。中腰で膝に手を置いて、屋根の端にいる二人を見てほほ笑んでいる。下にマスターたちがいなかったせいなのか、彼も上に上がってきたのだろう。民家の家で集合というのも、おかしな話だと思うけれど。


「ちょっと思ったより仕事が長引いてしまって…。」

「お疲れ様。……て?仕事は夕方で終わったはずじゃないの?」


 応えづらそうに頭の後ろを掻きながら、口を開いたセル。セルの腰に巻かれているベルトには、スパナなどの工具が収納されている。仕事が終わってからすぐに駆け付けたように見える。


「そうだったんですけど、不具合があったらしくて、呼び出しを食らってしまいまして…。今しがた終わったとこでして…。」

「それは災難だねー。」

「はい。さ、移動しましょうか。」

 

  セルは器用に手に重心をかけて、屋根から屋根へ飛び移る。パルクールの一種の様な動きをして見せて、軽々と先へ進む。ほーと声を出して眺めているだけのコレクターだったが、無言でおいていくマスターに焦りを感じて駆ける。身軽に今いる屋根から、隣の屋根に乗り移った。

  夜中にはあるまじき喧噪。しかし、うるさいと怒鳴りつける住人は見受けられない。国民性が穏やかなのかもしれないが、慣れのが強いだろう。

 急に足を止めると、セルの足元では大所帯が騒いでいる。


「お二人が知りたかったことはこれですかね?」


 手を屋根の下へと向ける。大所帯のその先。人々の目線の先には件の無所属の魔術師(マスター)。小さい子供だった。それに向けて放たれる魔術の数々。小さい子供はフードを被っていた。今それは魔術が地面へ着地したのと共に訪れた風によってめくられた。

 マスターとコレクターが覗くころには、フードの中の人物をさらしていた。



「シェルちゃんだね。でも、昼間…。」

「ええ、昼間と同じシェルじゃないです。あぁでも、タイミング悪く、魔術師(マスター)協会の人達のが早かったな。」


 先ほどまで、見ていた光景から一度目を離し、マスターを見る。コレクターと違い早々に大衆と少女から目を離していた彼にセルは微笑みかける。


「マスターはわかりました?この喧噪の終結が。」

「…終結も野良の魔術師もわかった。昼まではわからなかったが、今ならはっきりわかるな。」


 いたずらっぽく微笑むセルに応える。彼が説明したかった事、喧噪の終焉がフードの子供を一目見て、わかったらしい。

 マスターの言葉を聞いて満足したのか、セルは屋根から飛び降りた。マスターとコレクターがセルの下りた先を覗く、彼は民家のベランダを伝って見事な着地を決めて見せた。それに続き、マスター、コレクターの順に降りる。

 暗い道なのだが、魔術の発する光が散乱して明るい。大衆越しではあるが、少女の顔がしっかりと見える。確かに昼間遊びに来ているセルの妹である。しかし、彼は魔術師だと否定した。

 何もわかっていないコレクターではあるが、戸惑いも疑問も彼の顔には見受けられない。わかっているマスターも説明をするわけでもなく、ただ、大衆と少女の攻防を黙って見届ける。ひとり、またひとりと少女と彼らの間にいた大衆が倒れていく。

 倒れていく人たちには外傷などなく、穏やかな顔で倒れている。寝ていると表現した方が適切であろう。マスターたちの前が開けてきた。


「ここまで来ればお分かりでしょう。」


 少女から目をそらすことなく、言葉だけマスターたちに送る。淡々と犯人に事実を突き付ける探偵のごとく、真実を告げる。言葉そのものになんの効果もなくていい、伝わればいい。

 彼の言葉にコレクターがうなづいた。それを確認してマスターが前へと躍り出る。開けた前に見えるのは虚ろな瞳のシェル。手にはロケットペンダントが握られている。マスターは最後の一人が倒れるまで、待った。待った末にゆっくりと少女に近づき、ポケットから何かを取り出した。その何かを少女の方に向けると一筋の光が駆け抜けた。

 その瞬間幼い身体が糸が切れたかのように崩れ落ちる。少女に駆け寄る兄に道を開けて、近くの民家に凭れ掛かる。コレクターがいつもの胡散臭い笑顔を浮かべて、マスターに近寄る。


「なんだその気持ち悪い顔は。」

「失礼だなぁー。でー?機嫌でもよかったの?」

「いや、セルの応えってのがこれかと思っただけだ。」


 マスターに握られていた何かは、砂のごとくさらさらと指の間を流れていく。眉間にしわ寄せて厳しい顔をしてそれを眺めていた。コレクターがセルたちの方へと移動する。するとそれとは反対側から、ざっざっと足音が響いてきた。静かになった夜道に再び喧噪が響き渡る。


「これは…どういう事か説明してもらえるか。シュタール・マイザー。」


 まだまだ夜は明けそうにない。

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