休憩中 野良の魔術師
空気が変わった瞬間。セルのまとっていた空気が。
「なぜそれを俺に聞くんですか。」
「んー、なんとなくだったんだけどー、そんなにわかりやすく反応されたら問い詰めたくなるよ。」
笑顔でコレクターがいう。
はぁーとため息をつき、折り紙をとり折り始めるセル。折り方の紙とのにらめっこがまた始まるのかと思った矢先、セルは手元の動作は止めることなく口を開いた。
「知ってるといったらどうするつもりですか。」
「詳しくお話を聞くだけだよ。」
「そうですか、俺からも質問してもいいですか。」
セルはコレクターの目を見ずに言葉をつづける。
シェルはセルの心配をしつつ大人しく座っている。
「ん?何かなー?」
「親を亡くした子供がどうやったら、このお金に執着している国で生きていけると思いますか?」
また一つ、花を作りコレクターの目の前に置いて、彼の顔を見て質問を投げかけた。
コレクターは首を傾げて、その花を受け取り、まじまじと見る。二回目だからか、綺麗におられている。
マスターまでにはとどかないものの、丁寧な折り目と綺麗な造形に目を奪われる。しかし、その花はどこか物足りなさと儚さを秘めてるとコレクターには感じられた。
それを悟られまいと笑顔を作っている。
「セル、器用だね。うーんと、質問が難しいな。」
「答えていただけませんか、そしたらこちらも先ほどの質問に応えさせていただきます。」
うーんと真剣に悩みだしたコレクター。
今まで傍観していただけのマスターが、立ち上がりコレクターに寄り、彼の手から花を奪った。
いきなりの事に驚くコレクター。それに構わず、マスターは花を真剣に見ていた。
器用だなと口に出して、セルの目の前に置いた。
「さっきの質問の答えだが。お前の気持ちの持ち様次第、判断次第で、生きていけるか、生きていけないかが、決まってくると俺は思う。」
マスターの返答を聞き、何か楽になったように感じているセル。
返された花を見て、ほほ笑んだ。
「そうですか。では、俺はどうするのが正解なのでしょうかね。」
「そうだな。お前は頼ることを覚えたほうがいい。知り合って数日しかない相手どうかと思うが、まずは俺たちを頼ってみないか?俺もここまで自分の行く末を勝手に選んで、勝手にこうして店を構えて生活してるが、誰かの助けなしには今の生活はないと思っている。一人でなんでもできると思うのは傲りだ。」
腕を組み、セルの目を見て自分の言葉が指針となることを願っているかのように告げる。十も年が離れているわけではないのに、偉そうなことを言っているマスターの言動を見て笑いそうなコレクター。
セルは茶化したりなどせず、マスターの言葉をしっかりと胸に刻んだよう。
「…あなたはそうお考えなんですね。ありがとうございます、少し気分が軽くなりました。では、こちらの質問には答えていただきましたし、約束通り、先ほどの質問に応えますと俺は野良の魔術師を知っています。」
セルはもう一枚と折り紙を手にとり、また花を折り始める。黄緑色の折り紙を花にする。
なぜ、黄緑を選んだかは聞くまでもない。多分、この折り紙の花はセルの気持ちそのものなのだと感じ取れる。言葉にせず形にして表す。出来た花は自分の元に大切においた。
「やっぱりね、セル、詳しく話を聞かせてもらってもいいかな?」
「はい、もちろん。って言っても話せる事少ないですよ。そちらの質問には誠意をこめて応えます。聞かられても、お答えできないこともありますので、そのつもりでお願いします。」
「ありがとう。じゃー早速素直に聞くけど、野良の魔術師はシェルちゃんじゃないよね…?」
入れてもらったミルクを飲んでいたシェルが、いきなり名前を呼ばれてびっくりしている。
シェルを目の端にいれつつ、首を振って否定するセル。機嫌を悪くしたわけでもなく、ふざけているわけでもなく、誠実に正確なる否定。
「シェルじゃないです。それは保証します。でも、少し惜しいです。」
「惜しいってどういう意味かな?」
「すみません、口が達者なわけじゃないので、多分言葉で説明してもきっとわかってもらえません。なので、今日の夜はお二人ともお忙しいのですか?」
なにかしちゃった?って不安そうにセルの袖をつかむシェル。大丈夫だよってシェルにいい、頭をなでるセル。
こんな仲の良い兄妹が野良の魔術師という事実があった場合、ヒースに報告するべきか否かはとてもマスターじゃ決めれない。魔術師協会はどう対処するのかはあらかた見当がついてしまうマスターは軽い葛藤がある。
「雑貨屋は夕方で閉めるから、俺は問題ない。」
「んー夜かー、いいよ。ちょっと予定なくないけど、こっちのが重要そうだ。」
「そうなんですか、そちらがお急ぎでないなら、別に他の日でもかまいませんが。」
マスターたちの都合に合わせるとセルは言う。
マスターには用事はない。お店は夕刻には閉める。都合が悪いことは何もなく、こちらもいつでもいい。
つまり、コレクターの都合に合わせる形になる。コレクターは夜が本職らしく、忙しいようだ。
うーんと腕を組んで唸りながら、あきらめがついたのか。
「いいよ今夜で。考えたけど、あっちの用事はいつでもいいや。」
「そうですか、でしたら。今夜、そちらに見ていただきたいものあるので、一時間程度付き合っていただけませんか。直接目で見てもらえば、説明するよりわかって理解してもらえると思うので。そうですね、十の時に時計塔でどうでしょう。」
時計塔とはこの街のシンボル。魔術師協会と治安維持機関の間に建ち、商売に追われる者たちに時間を告げる大切な存在である。マスター達が知らないはずはないのだが、なぜかセルの提案に驚いたコレクター。
「え、時計塔って中入れないよねぇ?時計塔の真ん前とか?」
街のシンボルなだけあって時計塔の中は技師しか入ることを許されてはいない。そのため、一般的には時計塔の前か、その付近が待ち合わせ場所とすることが多いのだが、セルの指名した場所は時計塔自身だったため驚いたようだ。
少し考えればわかる事だろうとマスターは呆れたようにため息を零した。
「はい、中とかじゃなくて時計塔の周りにいてくだされば、こちらが探しに行きます。どこかの民家の屋根の上でもいいですよ。」
「わかった、多分時計塔の目の前の民家の屋根にいると思う。」
「了解です。よろしくお願いしますね。では、シェルがお世話になりました。今晩お待ちしておりますね。」
マスター達とセルの待ち合わせ場所が決まったところで席を立ち、マスターたちにお礼を告げた。
シェルもセルに合わせて、お礼を言って、サイラが折ったハートを大事にもっていった。
サイラは二人の見送りをと、ついていった。
「さらっと、民家の屋根なんだ集合場所。まー十時なら、まだいいけどねぇー。で、連絡するの?」
「ヒースさんにか?」
「そうそう、あそこまで言っておいてヒースさんや魔術師協会に丸投げするつもりはないよねー?でも、ヒースさんから頼まれたことに関係あるし、報告はいるんじゃない?」
マスターは先ほどセルが座っていた席につき、テーブルに置いてある折り紙達をかき集めている。皴がついてしまわないように丁寧にまとめる。折ってあるものは綺麗に折れたやつと失敗したやつと分ける。手際よくそれらをこなしながら、コレクターのことばに応じる。
「『野良の魔術師の事で進展あり、有益な情報だと確信が取れたらまた連絡します。』と電話だけはしておく。それ以外は余分なことを言わない。」
「自分で連絡する?それともオレがしてあげようか?」
「なんでお前が連絡するんだ。それくらい自分で出来る。」
席に座ったまま机の上に手を伸ばして、まとめてあった折り紙の色をそろえていくコレクター。
ふと、マスターはセルの折っていった黄緑色の花を手に取って再び眺める。
「黄緑色か、あいつと同じ色だな。」
「あ、そういえばそっちには連絡入れなくていいの?」
「……あいつに連絡を入れようもんなら、これ以上めんどくさいことになるだろ。あと、出来ればあいつの思うようにはしたくない。」
セルがシェルを思って折ったと思えば綺麗な花も、今の会話で思いつく相手が変わってしまったことで、綺麗には思えなくなってしまった。
サイラ達が折った物たちが置いてある所へとその花を運ぶ。
「反抗的だなー、そんなに嫌いか。」
「嫌いだ、自分の都合がいいようにしか考えてないだろあいつは。」
どんだけ嫌いなんだよと笑いながら、折り紙を見つめるコレクター。
「こう見るとただの紙なんだけどなぁ。誰がこれを折って花やら、動物やらにしようと考えたんだろうねー。今回の副業はこんな感じに凡人には理解できない結末を迎えたりしてー。」
「…めんどくさいことになっただけな気がするんだけど。それをお前は楽しんでるんだろ?めんどくさいことと無益なことを。……理解に苦しむ。」
集めた折り紙の花や小鳥を両手ですくい、店の方へと持っていくマスター。
置いてかれたコレクターは、折り紙を整頓し終わり、机に折り方の紙も一緒に置いた。
「今はまだお前には無理だと思ってるよ、シュタール。いかに金だけに執着することが愚かで、楽しくないことか気づいてるのに無視してるお前には。」
言葉を折り紙に残し、部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋で寂しそうにシアンが昼寝を始めた。
店に行くと、マスターがレジのところにセルが折っていった花やらを設置していた。その光景に目を丸くするコレクター。
「何してんの?えっ、それセル君が折ったやつだよね?なに?なんで飾ってるの?」
「飾ってるというより、忘れ物を目立つところに置いてるだけだが?」
レジスターの上に置かれた折り紙でできた花。花があると明るい柔らかい雰囲気がある。紙でできているからなのか、セルの折り方がうまいからなのかは判断がつかない。
「折り紙の花がここに置いてほしいといってたからな。思いがこもりすぎだ。」
「あーおしゃべりな花なんだね?それは確かにセルにもっていってもらわないとね。」
黄緑色の花をツンツンと指で突き。位置がずれたから、元に戻す。
見送りから帰ってきたサイラがレジまで来て、首を傾げた。
「あっれ?……何してるんですか?」
「飾りつけ~。」
飾りつけじゃないと訂正を入れつつ、レジの周りに折られた物たちの配置をやめないマスター。
自分の折った物が飾られそうになり、必死に阻止に向かうサイラ。その姿は愛らしい。
「そ、そういえば、今日らしいですよ、誕生日。」
「落ち着いて、サイラちゃん、誰の誕生日なのかなぁー?」
「あ、……セルくんの誕生日らしいです。シェルちゃんが教えてくれて……。」
もうとっくに過ぎたものだと思ってたとマスターは、ほう。とだけ応えセルの花を見た。
サイラがうきうきとしているのが、とても見て取れる。それに便乗しているかのようにワクワクとしているコレクター。
「あ、サイラ。表のプレート戻しておいてくれたか?」
浮かれている二人にくぎを刺すように、プレートの事を口にした。
プレートなんて見ていなかったサイラが慌てて、プレートを戻しにいった。コレクターはサイラに平謝りをしている。
恩は売っておくべきだと思い、なにかセルにあげる事にした。こんな不純動機であげるものでもないだろうけど、他人のために自分が何かをするのに理由がいる。自分を納得させるために理由がいる。
「マスター、セルの誕生日だってなにかあげるつもりかなぁー?」
「どうせあげないって言ったらまた薄情者っていうんだろ、お前は。」
「もちろん。人が誕生したことすら祝わないなんて薄情者以外何もでもないじゃんかー。」
呆れたようにマスターはため息をつき、コレクターは笑顔だ。サイラが戻ってきてはてなを頭に浮かべている。この店のいつもの雰囲気。
「今夜が楽しみだねぇー。」
コレクターのその言葉が風を切り、空中で霧散する。あと数時間で夜が訪れる。