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営業中 副業の誘い

 扉の鐘を鳴らしながら入って来たのは、黒い長い髪の男性。着ているだけで、肩の凝りそうな仰々しい服装。拳銃と剣二本を腰に帯びている。

 長髪を揺らしながら、マスターの前に来た。

 けだるげに、マスターは彼をみた。


「こんな時間に何してるんですか、ヒースさん。」

「だから頼み事しに来たんだ。」


 いい年をした大人が、腰に手を当ててウインクする。もう四十前半の男性である。

 ヒースと呼ばれたその男性は、ポケットから何やら紙を取り出した。


「仕方ない…内容の前にお前の大好きなお金の話をしようか。」


 紙をとりだし、そう言った後のマスターの表情が変わった。今までけだるそうな態度をとっていたのにお金という単語を聞いた途端、少しやる気を出した。


「報酬がいただけるんですか?」

「もちろん出すさ、経費からな。あ、わすれる前に済ませたいことがある。サイラちゃんいるかな?」

「いますよ。サイラー!!」


 マスターが声を張り、サイラを呼んだ。

 ヒースは紙を再びポケットにしまい、腰の剣に手を添えた。今持ち主に返してやるからな、と剣に声をかけた。ヒースが手を添えた剣は洋風のものではなく、刀身が曲線を描き、柄の部分には紐が巻き付けられていて、いわゆる刀と言われるもの。和製の剣である。

 慌てて店まで駆けてくるサイラの足音が聞こえた。姿が見えた時には長い髪の毛が荒れ、少し息も荒れていた。


「な、なん…でした…?」

「そんな慌てなくても良かったのに…。」

「なんか…あったのかと……。」


 慌ててかけてきたサイラにマスターは心配そうにそう言った。あまりマスターが声を張ることが無いので驚いたのか、何かあったのではないかとサイラの中で思ってしまったようだ。何もなかったとわかるとサイラは胸をなでおろし、少し落ち着いた。


「久しぶりだな。元気にしてたかサイラちゃん。」

「ヒースさん……、こんにちは…あっ、倖鳴(ゆきなり)は……?」


 ヒースに気づいて髪を少し直して挨拶と共に会釈をした。すぐにヒースが触れている刀に目がいったサイラ。表情が明るくなった。


「あー、頼まれた通り磨いておいた。今返すよ。」

「ありがとうございます……!!」


 静かだが力強い声でそう感謝の言葉を発する。

 ヒースは刀をホルダーから外し、両手でしっかりとサイラに渡した。受け取り刀を愛おしそうに抱きしめるサイラ。

 お帰り、倖鳴と刀に小さく声をかけて紐で腰につける。ベルトのところに鞘から伸びる黒い紐を巻きつけ固定する。慣れた手つきで刀が腰のところに固定される。


「あの…、お代って…何円くらい出せばいいですか…?」

「いらないよ。知人に頼んだだけだし、お金なんてもらえるようなことしてないから。」

「いいんですか?」

「お金に困ってないから、いいよ。」


 でも……と言葉を続けようとするサイラを止めるマスター。サイラはなんでだろうと顔を見るが、真剣な顔をしているだけで、そこから何かを読み取れない。マスターの思いを顔を見ただけでくみ取れるほど、サイラは感受性が強くなかった。そのため、彼女は首を傾げた。


「その目で訴える癖やめたらどうなのさ。」


 ため息混じりでそう言ったのはコレクターであった。彼はマスターがサイラに対して言葉でなく、目で訴えている事が見ただけでわかったよう。

 目で訴えてることとが見破られて恥ずかしかったのか、サイラから離れるマスター。


「いらないといってる人に無理矢理、お金をあげる必要はないって伝えたかったけど…。伝えられなかったみたいだな…すまないサイラ。」

「…そういう事だったんです……ね。」


 サイラがほっとした表情を浮かべる。

 ヒースが似合わない咳払いをする。わざとしたと理解させたいんじゃないかと思わせる咳払い。もちろん三人ともヒースの事を見る。


「サイラちゃんの用件は済んだし、次はお金の話をしようか。」


 言い終わると先ほど出していた紙を再び出してマスターに渡す。マスターは期待を胸にゆっくりと折りたたまれた紙を広げた。紙には金額が書いてあったが、見た瞬間にマスターの目が変わった。期待した目だったのが、疑いの目に変わったのである。

 紙を閉じてヒースを見る。


「これ、こんだけ本当に用意できるのかよ。」

「敬語はどうした。そこに書いてあるのは事実、こちらが用意する今回の頼み事の報酬だが?」

「経費で払ってくれるわりには、ゼロが一つ多くないか?」


 ヒースの思った通りの言葉をマスターが返した。そのため口角が上がっている。

 彼はニヤニヤと言いたかった言葉をマスターの後に続ける。


「払うのは俺の働いてるところの経費じゃないって、言えばわかってもらえるな?」


 はっきり、しっかりと聞こえるように伝わるように、そう言った。

『俺の働いてるところの経費じゃない』言葉が聞こえた瞬間、何かを理解したマスター。歯ぎしりしながら、ヒースを睨みつける。

 コレクターやサイラすら理解したようで、黙って二人の会話を聞いている。


「で、用件は?」

「簡単に言えば、捜索願い。複雑に言えば野良魔術師の確保…。」

「…、それって本当にヒースさんからの頼みですか?あっちに言われて頼みに来たんじゃなくて?」

「ああ、俺からの頼みだ。」


 レジのところに手をつき、言葉をつづける。


「そもそも魔術師は協会に所属し、管理されるのが当たり前で、所属してない人は少ないだろう?」

「そうですね。滅多にみない。」


 相づちを打ちながらも、『滅多にみない』人に心当たりでもあるようにそう言ったマスター。


「それで、野良魔術師では、犯罪に手を染めているんじゃないかと疑われることもあるからさ。野良魔術師の情報が入った今が、協会に入れる機会だと思ってね。我々は協会とその野良魔術師の確保に乗り出たってわけさ。」


 ヒースの務めているところは治安維持機関といって、名前の通り治安を維持する機関である。こういう名誉棄損とかにかかわることも含めて、治安だと彼は思っている。そのため、彼はこれも仕事の内だと言う。

 穏やかな街だと言えど全く犯罪がないわけでもないから、ヒースにもかなりの仕事がある。その中でここに来る時間を取ってまで重要なことだろう。


「副業の方のお願いになってしまうけど、協力してもらえないかな?」

「断ったら次はあいつが来るだけだろう。だったら最初から協力しといた方がましだ。」

「ありがとう。じゃあ詳しい話をするか。」


 懐から手帳を出した。黒い手帳に『極秘!』などとふざけたシールが貼ってあるのが、目印のヒースが仕事に使っている手帳だ。


「そう言えば店でしていい話なんですかー?」

「あ、ダメだな…。中行こうぜ、シュタール。」

「勝手に仕切らないでください。サイラちょっと店番ごめんだけど、よろしくな。」


 勝手に話を進めるヒースとコレクター。

 マスターはサイラに店番を押しつけ、二人を店の奥に連れていくことにした。

 サイラは小さく返事をして、レジにつく。


 ヒースを椅子につかせ、シアンと遊んでる間にマスターはコーヒーを入れてヒースの前に置いた。

 置く動作とヒースと反対の席に着く動作を同時に行った。


「で、具体的に俺たちが何をすればいいかを教えてくれませんか?」

「具体的に何をするかは、まだ協会と相談中だ。ただ、その確保対象の特徴とその者が魔術師だと証言できる証拠ぐらいは教えておく。」


 シアンと遊んでいたヒースは再び先ほどの手帳を広げた。


「特徴は後から言う。まずはその者が魔術師だと証言できる証拠について話す。」

「ところで、なんでさっきからヒースさんはわざわざ、魔術師って言っているんですー?普通に『魔術師(マスター)』の方で呼べばいいじゃないですかー。」


 コレクターがいきなり口を挟んだ。

 魔術師の事を一般的に『魔術師(マスター)』と呼ばれている。しかし、この呼び方は俗称であり、正式な呼び方ではない。


「あーそれはお前が、シュタールの事をマスターと呼んでるからな。ささやかな配慮だ。」

「なるほど~。遮ちゃってごめんなさい。ヒースさん話し続けてちゃってください。」

「話を戻すと、魔術師だと証言できる証拠についてだが…。ときにオリック、お前は魔術師に関してどれほどの知識がある?魔術師はどういう事ができる人を指すかについて述べてみよ。」


 いきなりの質問にコレクターは戸惑った。唐突に『述べてみよ』言われてもと思い、半笑いで口を開いた。


「なんですかー。いきなり、述べてみよって学校の先生みたいなこと言って…。」

「ああすまない。ついついそういう言い方になってしまった。それでどうだ?答えてもらえるかな?」

「なめないでください!それくらい答えられます〜。」


 わざとらしく咳払いをして、うーんと考え始めたが途中で困った顔になり、声を発した。


「あれっすよね~、改めて考えてみるとまったくわからないもんですよね。魔術師はボタン使って魔術を発動できるってことはわかるんですけど……それだけじゃ足りないって思うんですよねー。」


 そうなると思ったと小さくいいつつ、心のどこかでは知ってるんじゃないのかと期待していたヒース。


「まー、一般人の回答だなそれは。シュタール。説明はお前がしてやれ。」


 述べてみよとヒースが言ったあたりから話を聞いていなかったマスターは、席を離れシアンと楽しそうに戯れていた。しかし、名前を呼ばれてることに気付いたのか、顔だけはヒースたちの方に向けた。


「え、なんですか?」

「魔術師はどういうことができる人かについて説明しろと言ったんだが聞こえてなかったのか?」

「シアンと遊ぶのに集中してて聞いていませんでした。……仕方ないですね、説明しますよ。」


 席に戻ってコレクターを見て説明を始める。


「簡単に言えば、魔術式保存媒体…、通称ボタンから術式を読み取り魔術として発動できる人を魔術師という。けれど、術式をボタンから読み取るには魔術者のDNAがいる。魔術師としての才能が有ればあるほど、必要とされるDNAは少ない。才能がなければその逆だ……。」

「ボタンに刻み込まれてる術に力の強さに差異はなく、すべては術を発する側の才能とボタンに付着させるDNAの多さで決まる。さらに術が刻まれてるのは貴族の持つ、家紋入りのボタンのみ……。シュタールはやっぱりわかってたようだな。」


 期待通りと嬉しそうにそう言うヒース。マスターのほうは全く嬉しそうではなかった。

 二人の説明を聞いてもあまり理解が及ばなかったコレクターは頭にはてなを浮かべていた。


「とりあえずさっきの説明で理解できたと思うから、先に進めるぞ。魔術者だという証拠は、魔術の行使と血をボタンに付着させたところの目撃、この二つだ。両方ともに目撃証言がある。」

「目撃証言って多いんですか?」

「いや、今のところ五人と少ないほうだ。この五人がグルで間違った情報を流してる可能性も少ないと判断した。」


 なるほどと納得したように頬杖をつく。

 コレクターは理解しているのかしていないのかわからないが、へーと声に出した。


「次は魔術師と思われる奴の特徴についてだ。目撃者によると身長150センチ未満、小柄で見た感じ子供だったらしい。フード付きの紺色の上着にワンピース姿。フードをかぶっていたため顔は見えず、髪は長く、色が薄い緑系統だったらしい。」


 ふと昼間の女の子のことを思い出したマスター。コレクターに目をやるとマスターの視線に気づいたのか、首を振ってこたえた。


「町を歩いていればそんなこどもってよく見ますよね……。探すの難しくないですか?」

「だから、お前らに頼みに来てるんだろうが。とりあえず特徴と証拠は提示したから、それらしい子見つけたら連絡くれ。あとは協会と相談してから連絡いれるわ。」


 了解と短く返事をマスターが、返した。


 そのあとはヒースが仕事に戻りたくないと、家族の話や仕事の話をしだした。結局彼が帰ったのは、学生たちが帰路につく時間だった。

 ヒースを見送り、夕焼けを眺めた。

 シュタールは夕焼けを眺めながら考えにふけるのが好きだ。今日もいつものように考えにふけり、二十分ほどの時間を店の入り口で過ごした。

 昼間のことやヒースからの頼み事を頭のなかで整理して、めんどくさいことに巻き込まれたと思ってしまっていた。

 お店の中からサイラが自分を呼ぶ声が聞こえ中に入ることにした。


「今はお店のほうが重要だな……。」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、扉を開け店に入る。

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