開店中 昼の隠し事兄妹
「あらー、このアクセサリー綺麗ねー。」
「これ奥様にお似合いですよ?」
コレクターは置いてあった赤いバラのアクセサリーを手に取った。そして、綺麗と言っていたパン屋の奥さんの髪に当ててみた。
「本当にあなたは商売上手ねー。私も見習わなきゃね。」
振り返り、マスターを見て奥さんは言った。
そんなことないですよと作り笑顔で応答するマスター。
「あれ?オレは褒めてもらえないのですかねー?」
「じゃーねーこのアクセサリー買うから、褒めたことにしてもらえないかしら?」
「奥様流石~!話が分かりますね~!」
無邪気に喜んでいるのか演技なのか、大げさな喜び方をするコレクター。
それを見てパン屋の奥さんが朗らかにほほ笑む。
品物を運んでいるサイラを見つけて、急いで手伝いに行くコレクター。
パン屋の奥さんはお金をマスターに払う。赤いバラのアクセサリーを小さい袋に入れてマスターは奥さんに渡す。
「いつもありがとうございます。」
「こちらこそありがとうね。そうだ!また新作作ったから、取りにいらっしゃい。」
「新作ですか?楽しみです。ちょうど後でサイラにパンを買いに行かせようと思っていたので。」
「そう?じゃあその時に渡すわね~。」
奥さんは手を振りながら扉を開け、ついている鐘を小さく鳴せながら帰っていった。
いつも通りの見慣れた朝だった。
サイラがお使いに行き、時間もお昼時に迫っている。この時間はあまり来客が無いため、コーヒーを飲みながら、売り上げの計算をしていた。
平日は近所の奥様が来店することが多い。
この時間にあまり来客が無いのは奥様方はランチに忙しいため。
マスターたちにとっては休憩するにはこの時間しかないため、のんびりと休んでいると小さい鐘が鳴って来客を告げた。
一瞬、時間が止まったように感じた。朝方来た奥様達と比べたらどれほど幼いだろうか。
140センチいくか、いかないかぐらいの幼い女の子。
軽い足取りで歩んで来るが、狭い一歩の歩幅を考えるとマスターが歩いたほうが早いのではないのかと考えてしまうコレクター。
時間をかけてこっちまで来た。
薄い黄緑色をした髪を二つに結ってあり、服装はワンピースといかにもかわいらしい女の子の見た目。
そのこの目がマスターをとらえた。しばらく間が空き口を開く。
「えーと、ここでブレスレットってかうこと、できますか?」
すこし違和感はあるもののちゃんとした敬語を使い女の子はマスターの目を見て言った。
堅苦しい言い方なのが突っかかるけどと、マスターは口に出し女の子に近づいた。
「誰かにあげるものでいいんだよね?」
腰を落とし女の子の目線の高さを合わせて、優しく問う。
女の子は声に出すことなく、小さく頷いただけだった。
天真爛漫な子供とは違い少し人見知りな所があるらしく、マスターがじっと目を見ると目を背けられた。
マスターは立ち、いくつかのブレスレットを手に持ち再び少女の前に持ってくる。シックなもの、少し派手なもの、華やかなもの、シンプルなものなどタイプが全て違うやつを見繕ってきた。
少女の前で手の上に広げて見せる。
「あげる人はどのイメージ?」
女の子は悩んでいる様でじっとブレスレットを見つめていた。やがて、ぱぁと表情が明るくなって胸の前で握っていた両手を離し、一個のブレスレットに向けて指を指した。
「これ……!」
ゆっくりだがしっかりと力のこもった声でそう告げ、マスターの表情を窺う。
女の子が指を指したのは革でできたブレスレット。
黒い五本の細い革の紐のブレスレット、金具は使われていないため、金属アレルギーを引き起こすことがない。そのため人気は高い。紐は結び目が見えないようそこだけ編まれている。その他の特徴は編んだ時に出来るひねりを利用した紐同士の交差してること。そして、一本だけ色系統が違う色であるオレンジが使われているだけ。
デザインはシンプルだけど考えこまれてるように感じる。そんなブレスレットを女の子は選んだ。
マスターはそのブレスレット以外を近くの棚に置いて、女の子が選んだものを渡す。
女の子の小さな手に乗せると大きく感じるブレスレット。
「気にいってくれた?あんまり高くないからお金は大丈夫だと思うけど、どうかな?」
マスターの問いに女の子はポケットに入っているがま口財布を取り出し、硬貨を数える。小さな指で弾きながら数えていく。
マスターが女の子に値段をいうと、大丈夫と小さくうなずいてくれた。がま口財布にはこのために貯めたのか、硬貨ばかりが見えた。むしろこの子がお札ばっかり持っていたら怖いけれど。
「じゃー、ラッピングするね。ラッピングの紙選んでもらってもいいかな?」
レジのところで女の子が見やすいように紙を差し出す。ラッピングペーパーはコレクターの趣味で多種多様にそろっている。すべて無料でラッピングに使われている。
女の子はたくさんあることに戸惑っていたが、気に入ったものがあったのか、うれしそうな顔になった。静かだけど、感情表現はしっかりしている。子供らしい表情の豊かさ。
勢いよく指をさされた先を見ると、異国の新聞紙がデザインされたペーパー。この子があげる相手は正統派なイメージなのだろうなどと予想をたてながら、選ばれた紙を見るマスター。
「しっかし、オレがせっかく選んできても使ってもらえないのが、多いよなー。悲しいわー。」
「お前が買ってきすぎだ。」
選ばれなかった紙をしまって、選ばれた紙でブレスレットを包む。コレクターや女の子に見られながらも、手際よく包装していく。
「ねーねー、これ誰にあげるの?」
「……おにいちゃん、たんじょうびぷれぜんと。」
「そうなんだ!きっとお兄ちゃんも喜んでくれるよ!」
コレクターのその言葉でさらに嬉しそうになる女の子。店に来た時より、今のが確実に目がキラキラしている。子供らしい無邪気な目。
マスターは包装し終わったようで、女の子に渡す。女の子は嬉しそうに受け取り、レジでがま口財布を逆さにした。すると硬貨と木がぶつかる音が響く。
落とした硬貨を指でゆっくり分けていく。先ほど伝えた値段分をきれいに分けていった。余った硬貨はまたがま口へと食べさせる。
マスターはしっかりお金を受け取り、しまう。
女の子は先ほど受け取った包装済みブレスレットを眺めてにこにこと嬉しそうにしている。
いきなり、扉の小さな鐘がなった。マスターたちは扉のほうを見つめると、サイラが男性を連れて帰ってきた。
男性は無造作な髪形で、髪色は黒いが光が当たると茶色く見える。服装は仕事着なのか少し汚れていたりしている。そんな男性は少し焦った眼をしていた。
彼は先ほどの女の子を見るなり、明るい表情になった。しかし、女の子はマスターの後ろに隠れてしまった。
「あれー?サイラちゃん、ヘンタイさん連れてきちゃったの?」
コレクターが一連の流れを見た後、そんなことを言った。
彼は慌てコレクターのほうを見て口を開ける。
「えっ、あ!違うんです!俺は…。」
マスターの腕に掴まってちらちらと彼のことを見る女の子。手に持っているブレスレットを必死に隠している。マスターは女の子の行動に少し戸惑う。
「あ…………おにいちゃん。」
小さい声でそういった女の子。やっとコレクターは状況を理解した。
サイラはパンの入った袋を抱えたまま困って固まっていた。
少し話を聞こうというコレクターの提案によって、スタッフオンリーと書かれている扉をくぐった。そして、テーブルについていた。
昼寝をしていたシアンがなれない誰かを察したのか起きて、サイラの足元に張り付く。ここでサイラの足元なのはマスターの近くには女の子と彼がいるため、そっちには行けず、仕方なくである。
サイラ気づきシアンを抱き抱える。
女の子がシアンに触ろうとするとシアンは唸った。それにびっくりしたのか女の子は手を引っ込めじっと手を見た。
「どうぞお座りください。」
「すいません、気を使わせてしまって。」
「いえいえ。お気になさらず。面倒事には首を突っ込まずにはいれないんで俺。」
コレクターはもの好きだ。自分から面倒くさいことに首を突っ込む。そして、最後にはマスターに頼るのだ。マスターは嫌々ながら手伝い、報酬としてコレクターからお金を受け取っている。
よくよく考えてみるとコレクターにはデメリットしかない。なのにそれを本人は気づいていないのかやめようとしない。
このテーブルに女の子をそのお兄さんとみられる男性をつかせた。それもコレクターの独断だ。マスターの意思に関係なく、今回もコレクターは首を突っ込んだ。
サイラはシアンを下ろして、二人に何か飲み物をと思い動く。女の子に何がいいか聞き、そのお兄さんにはコーヒーでいいか聞いて、二人の要望通りのものを用意することにした。
キッチンで飲み物を準備する間にも話を進める。
「とりあえず自己紹介をしときますか。オレはこの雑貨屋の一応店員してる、オリック・リベルテ。知り合いにはコレクターって呼ばれている。」
「丁寧にありがとうございます。俺はセルといいます、セル・クレスタ。こっちは妹のシェルです。」
「……この店で店長をしているシュタール・マイザーだ。マスターとでも呼んでくれればいい。あっちはサイラ・トランス。」
なんでフルネームなんだとマスターは肘でコレクターを突く。ヘラヘラと笑って答えようとはしなかったコレクター。
マスターを無視し、話を進めるようだ。
「で、セルさんはなんであんなに慌ててたんだ?」
「あ、呼び捨てでいいです。シェルが一人で出てったので心配になって……。」
「うーん、それだけじゃない感じがするけどなー。そんなに妹さんが大事?」
感と運で生き残ってきたような奴が言う、感じがするは何故かはっきりとした理由がないのに納得させられてしまう。コレクターも感や運といった証明しようのないものには強い。
セルは言葉に詰まる。セルの前にコーヒーが置かれる。サイラが話の邪魔にならないうちにと思ったらしく、そっと置いた。
その後サイラはマスターに頼まれ店番に回った。
「今、二人で暮らしてるんで、ちょっと過保護になりすぎてたかもしれません。」
「そっか、二人暮らしねー大変そう。あれ?セルって何歳?」
セルが話しやすいようにか、コレクターは笑顔を崩さず聞く。
マスターは興味ないようでシアンの方に行った。
「19です。」
「二十歳前かぁ。お金とかはどうしてるの?」
「俺が稼いでます。」
「しっかりしてるねー。じゃーどっかに勤めてるんだね!偉いね!」
シェルは先ほどサイラから受け取った、ミルクの入ったコップに口をつけていた。今でもブレスレットを一生懸命に隠している。
コレクターはセルから、身の上話を聞き出していた。こんなことしてどうするつもりなんだろうかとマスターは盗み聞きしながら、シアンと遊んでいる。
コレクターからの質問攻めが終わったところで少し、コレクターは考え始めた。
何かを思いついたように口を開いてこう言った。
「ねーシェルちゃん。よかったら、セルが家にいない間はこのお店おいでよ!」
一瞬時が止まる。マスターはため息をこぼす、何言ってんだこいつはと。
「家に一人は心細いし、どっか行っちゃう心配もないからいい提案だと思うんだけど?」
「初対面の方にそこまで迷惑をかけるわけにもいきませんし……。」
「そりゃそうか!!じゃーまた来てよ!待ってるからさ。」
戸惑うセルに頭を掻きながら笑顔で言うコレクター。
そんなにこのふたりのことが気に入ったのかと、シアンを撫でながら思うマスター。それとも何か理由があるのかと一連の光景を見て思ったりもした。
雑談をしてランチタイムが終わる頃には二人は帰っていった。結局コレクターの言動の理由はわからないままだった。
店番をしてくれてたサイラと代わり、マスターとコレクターは店に出る。サイラには休憩と称してシアンの世話を頼んだ。
ランチタイムを過ぎたからって人が来るわけない。今店には実質マスターとコレクターの二人だけ。
「なんでさっきの兄妹にあんな提案したんだ?」
「んー急だねー。特に意味はないさ。なんか気になるからさ。」
「相変わらずわけわからない、とりあえずお金になる話以外乗る気ないからな。」
そっちも相変わらずと笑いをこぼすコレクター。
そんなふたりの会話に終止符を打つようになる扉の鐘。
「いらっしゃいませ!」
「よ!ちょっとお願い事があって来たぜ、シュタール。」
やっと来たお客様は雑貨を求めてきたのではなかった。