表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

オヤジが好きな女子

作者: 安田鈴

他の連載小説の息抜き的小説です。

そして資格試験の息抜きでもあります。

つまり続きは期待しないでください。色々考えてあるものはありますが、今のところ書く予定はありません。

あしからず。

「仁科ちゃん、今日のお昼は何かな?決まってない?じゃあ食堂のA定食にしな(・・・)!」

 ふふふっ、と得意げに笑ってオヤジギャグを披露する男。

 それが私の直属の上司であり、今年四十二歳、バツイチでもバツニでもないまっさらな独身、鈴木耕介である。

 四十を過ぎてからお腹が出てきちゃったよ、と飲みの席で同僚にさらしては笑われ、下ネタで男の夢を語るありふれた中年。

 仕事ぶりは要領よくこなすが気分の浮き沈みがあって扱いにくく、顔は普通、性格は少し癖はあるが基本明るく、身長は私が高いヒールを履くとそれほど変わりなくなる、至って平凡な、……ぱっとしない男。


 そう、それが私の二年越しの思い人だ。


 これを告白した女友達からは何であんな…!と悲鳴じみた声で首を振られ、考え直せと肩を揺さぶられた。

 最後にはどこをどうしたらアレに恋ができるのか、好奇心も露わに聞かれたが、ありのままに言っても理解されないとわかっている私は、面白いところだよと無難に答えてかわす。

 彼は万人に好かれるタイプじゃない。それは、友達全員が考え直せと口々に言ったことからもわかる。

 特に恋愛関係になれるタイプではないだろう。彼とそういう関係になれる女は、よほど頭が軽いか器が大きすぎて底が見えないか何かの間違いが起こったか。

 私はそのどれでもない。……自分のことを頭が軽いとは思いたくないし、器が大きいわけがないことはよくわかってるし、そんな評価をもらったこともないから平気だと思う。

 まあ、間違いがなかったかと言われれば唸る。なかったと言えばなかった。ある……と言えばある。


 しかし私は彼が好きなのだ。真っ当に、彼に恋をしたのだ。これが真っ当な恋でないのなら女なんかやめてやる、と思える恋を。


 もし今彼に彼女ができたのだとしたら、その彼女にどんだけのもんじゃい!と喧嘩を吹っ掛けられるほどには、彼が好き。

 彼の直属の部下である自分にもっと仕事を振り分けてほしい、もっと一緒にいられる時間が欲しい、あわよくば彼女になってゆくゆくは結婚して独占したい。

 そう妄想するくらいには、大好きなのだ。

 しかしまあ、二年越しと言うことからもお察しいただけるように、私は何も言えないでいる。

 友人たちにもこれほど好きなのだということは言っていない。……ストーカー一歩手前の好意など、誰に言えるだろうか。

 彼が傍に来ると心臓が不規則になりだし、言葉が上手く言えなくなる。

 私はそれを鉄壁のポーカーフェイスと呼ばれる顔の下に全て押し隠して、彼に振り返るのだ。


「……課長、私は今日食堂に行く予定はありません」

「そ、そうなんだー……お弁当かな?」

「いいえ。朝コンビニで買ってきたので」

「そ、そっか……じゃあ、ここで食べるのかな……?」

「はい。……それから、課長」

「は、はい」

「ちゃん付けで呼ぶのはやめてください。子供ではありませんので」


 わかりました……とやけに丁寧な彼の言葉遣いに内心涙があふれる。

 そうではないのだ。

 本当はもっと可愛らしく喋りたい。もっとたくさん彼と話したい。

 名前だって本当は仁科なんて名字で呼ばずに下の名前で呼んで、と心から言いたい。

 子供じゃないから、私を女として見てほしいのに。

 言いたいことの十分の一も言えず、逆の印象さえ与えそうな自分の口調が憎い。


 顔には全く出ないけどずーんと落ち込んだ私に、彼は小さくため息を吐いて自分の席へと戻っていった。

 ずーん、から、がーん、に変わる。


 溜め息吐いた……溜め息……とうとう嫌われた。呆れられた。


 もう心の中は涙の洪水で、仕事の内容が全く頭に入ってこない。

 それでも不思議と動く自分の指が謎だ。謎すぎる。なんだこれ、もしかして別の人間が操ってんじゃなかろうか。

 操ってるやつ、ちょっとこっち来い。私の口も操れないか。百万でどうだろう。

 もうこの際催眠術でもなんでもかけてもらいたい。

 心の中はぐだぐだ、体は少しの乱れもなく仕事を片づけていく不思議に、世の無情を感じた。





 虚ろな目でパソコンの画面を睨む私は、しかし知らない。

 その『彼』がちらちらと、だが熱心に私を見ていることを。

 「もういっそ催眠術かけて婚姻届書いてもらうか……」と呟いていたことなど、私は全く知る由もなかったのだった。


きっとこの後催眠術をにわか仕込みで覚えたオヤジは、飲み会の席か何かで酔っ払って気を大きくして、どうにかこうにか隣の席を確保して催眠術を披露するんでしょう。

んでそんなオヤジが大好きな彼女はかかったふりをしてお持ち帰りされ、大喜びで婚姻届に判を押すことでしょう。

翌日真っ青な顔で婚姻届を抱きしめるオヤジと鉄面皮でそれを見る女子。

「かかかかかか返さない!渡さない!」

「……課長」

「いやだ!本気で出すんじゃないから生きるよすがにさせてくれ!」

「課長」

「いやだいやだ!絶対絶対、これだけは渡さない!」

「課長……出して頂けないのですか」

「出さない!……え?」

こんな結末。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ