終点と起点
この世は不平等である。
誰もが一度は感じたことがあるだろう。
生まれた瞬間から勝ち組に分類された者は自身が常に全てを持っているという幻覚を抱き他者を見下す。そんな考えなど持っていないと主張する者も存在する。誰に対しても平等に接していると言う。
しかしそれは表面上に過ぎず心の奥底では優越感を感じていると気づいていないだけである。
そして負け組はその表面上の優しさに触れ自身が負け組であるという事実から目を背けて生きている。
その事実を認めてしまうと自分が情けない無能だと確定してしまう。
世界とは常に強者が弱者を喰らって回っているのだ。この理は絶対不変なのだ。
薄暗い部屋の中で俺は作業をしていた。
今日中に終わらせなければならない仕事が残っていたのだ。
ふと窓の方を向くとちらほらと電気がついている建物もあるがほとんどが真っ暗だ。
そして壁にかけてある時計を確認すると日付を変えて1時になろうとしているところだった。
俺が働いている会社は小さな下請け会社だった。社員も他と比べても少なく残業が当たり前、そのくせ営業が毎日のように新しい仕事を引き受けるのだ。そして一番の問題が社長だった。定時になったら部下に仕事を押し付け一番最初に帰る、次の日仕事が間に合わなかったと報告するとキレてパワハラをし減給する、正直に言えばクズだ。俺もその被害にあったことがある。
そして今日もそうだ。
もう限界だった。
俺は仕事が終わっていないが帰り支度を始めた。
帰り道の道中にコンビニを見つけたので俺は昆布おにぎりと鮭おにぎり、お茶、ライターをかごに入れレジに向かう。時間が時間なだけにコンビニ内の客は俺だけだった。
「103番のセブンスターを一つ」
商品をスキャンしている店員がそれを聞いて後ろの棚からタバコを探す。
「こちらでお間違えないですか?」
店員からの質問に頷きそれを見た店員会社タバコのバーコードをスキャンする。
「お会計が1,353円になります」
「カードで」
会計を終えコンビニを後にする。
コンビニを出た後俺はある廃ビルにやってきた。
入り口に侵入禁止のテープが貼ってあるが気にせず中に入る。
そして階段を登って屋上についた。
屋上の扉横の壁に腰を下ろし遅めの晩ごはんを食べる。
携帯でくだらない動画を見ながらおにぎりを口にする。
食べ終えたらタバコを1本取り出し口に加える。
ライターで火をつける、火が消えないように左手で風除けを作る。先端に火がつきタバコの葉が燃える。そしてタバコを口元から外し息を吐く。すると息に混ざってふかした煙が出てくる。
もう一度タバコを咥え煙を吸い込む。次はすぐに息吐くのではなく深呼吸のように肺に煙を入れる。そうすることでニコチンやタールが感じられる。
タバコを吸い終わると立ち上がりタバコについている火を靴で踏み潰し消火する。
そして俺は屋上の落下防止の柵を越えビルから落ちるギリギリのところで立ち止まる。
そう、俺が廃ビルに来たのは死ぬためである。
「ようやく終われる」
俺の人生は酷いものだった。
物心ついた時から両親に虐待され小学生から高校生までずっといじめの的になり高校を卒業して就職した先でも理不尽なパワハラや上司の仕事を押し付けられサービス残業は当たり前。
もう一度とっくの昔に心が壊れ感情が消えていた。
ただ一つの願いは"死にたい"だけだった。
やっとこの人生が終わる。
俺は一歩また一歩と歩みを進める。
『もし来世があるのなら他人を信じ、失った感情を取り戻せるのか?』
考えても無駄か。
俺の望みはただ一つだ。
その時ポケットに入れた携帯に通知が来て画面が光る。
もうどうでもいい。
そして最後の一歩を踏み出す。
落ちる。
なんの抵抗もせずただすぐそこに迫っている死を迎え入れる。
衝突。
頭蓋が音を立て割れる。脊椎が折れる。それに付随して首があらぬ方向へ曲がって身体が地面に叩きつけられる。頭から血が流れて地面に滲んで広がる。
完全にに生命活動を停止したものがそこにはあった。
落下の衝撃でポケットから落ちた携帯にまたも通知が来ていた。
『綺世黒波様へ
おめでとうございます、あなたは選ばれました』
高層ビルの最上階のある部屋である男が窓から街並みを眺めていた。
その部屋には高級な絵画やアンティーク品などが飾らせていた。他にもダーツ板やビリヤード台といった遊戯台も置かれている。
「さて、彼はどんな風に踊ってくれるかな。」
男が心底おもしろそうに口ずさむ。
「また悪い顔をしていますよ」
そんなふうに男に向かって愚痴のように溢したのはこの部屋にいたメイド服の一人の女だった。
「おっと、ごめんごめん。もう退屈な日々が終わると感じてしまってね」
「あなたが何を感じて何をしようと勝手ですが、あまり私たちの負担を増やさないでください。あなたを殺したくなってしまうので。まぁ、今も殺したいですけれど」
メイド服の女は感情のこもっていない声で言った。
「はは、相変わらず言葉キツイねぇ。でも君が僕を殺さないことはよく知っているよ」
「…」
メイド服の女は何も言わない。
「そうだ、久しぶりに僕に一撃でも入れるチャレンジでもしたらどうかな?」
男は振り向き様に揶揄うようにそんなことを口にする。
「まぁチャレンジしても無駄だとおも…」
男が言い終わるよりも先にメイド服の女は動いた。姿勢を低くして男に向かって近づき右足で男の横腹を蹴ろうとした。男は迫ってくる右足を掴み動きを止める。しかしそれは想定内だったかの如く女はメイド服のスカートの内側に隠していたナイフを取り出し男の首を狙う。ナイフが男に迫る。
「もっと上手く狙ってほしいね」
そう言うと男は足を掴んでいる反対の手の指先でナイフを止める。
「くっ」
「なぜ異能を使わないのかな?」
「あなたに与えられた異能であなたを殺してもそれは私の力じゃない」
男は掴んでいた足とナイフを離す。
「華奈ってもったいない思考してるよね、その思考が変わったらもっと先に行けるのにさ」
男は女、華奈に向かって諭す。
「私はあなたに理解されなくても結構です。それに異能は使うべき時以外は使わないようにしているので、お説教はいりません」
華奈は凛とした表情で言う。
「それでこそ華奈だね、さすが僕が直々に選んだ被験者の一人だよ」
「それはどうも」
一応といった様子で華奈は礼を口にする。
「それで今度は何をするつもりなんですか?」
男のおもしろそうな様子を思い出し問う。
「あぁ、ようやく僕の理想的なピースが揃ったんだよ」
また男は嬉しそうな様子をみせる
「意外と早かったですね」
「もう少し時間がかかると思っていたからね」
「では計画を次のフェーズに進めるのですか?」
「いいや、まだだね。彼には僕の世界に慣れてもらわないとね」
男の言い分に華奈は理解を示す。
「確かに訳もわからず巻き込まれたのですから、しばらくは混乱するでしょうね」
「彼には思う存分そのポテンシャルを発揮してもらわないと困るからね」
男はこの先に起きることを考え自身でも気付かずニヤけていた。
「またニヤけていますよ、気持ち悪い」
「しかしニヤけてしまうのも仕方ないんだよ。彼はおそらく、僕が選んだ被験者の中でも最高傑作になるんだからね」
その発言を聞いて華奈は少し嫉妬した。
そんな華奈の様子に気付かずままに男は窓際に移動し机に置いていたワイングラスを手にする。
「僕の夢があと少しで叶う」
男はワインを一口飲む。
「期待しているよ、綺世黒波」
その呟きは風に吹かれ誰にも聞こえなかった。




