キャバ嬢、古村さん
居酒屋バイトの休み時間。暇つぶしにケンキチのブラッシングをするのが私の日課。
ククク、枕くらいは軽く作れるくらいの量だぜ……一体この量の毛は何処から来るんだ。もしかしたら四次元モフモフじゃないかのか、ケンキチの毛は。
「ワフっ」
「ここか? ここがええのんか?」
専用のブラシで毛を採取していく私。素晴らしい。うへぇ、たまんねえ、こいつは飛ぶぜ。ブラッシングは私の数少ない趣味の一つ。何気に古村さんの髪に櫛を入れるのも好きだ。
「おーい、そろそろ休憩あがってくれ」
「えー」
ケンキチを今一度撫でまわしつつ、服についた毛をコロコロで取ってエプロンを付け直す私。そのまま店の中に戻ると、カウンターに叔父の姿が。
「叔父さん、何してんの?」
「見れば分かるだろ、知恵の輪をやりに来たんだ」
「帰れ」
なんで居酒屋に知恵の輪を持ち込んで遊んでんだ! この暇人め!
「姫子、叔父さんはお腹が空いたから、唐揚げとビールが欲しいな」
「はいはい。叔父さん、この後キャバクラ行くの?」
「行くよ。数少ない楽しみだからな」
私は叔父にビールを出しつつ、店長が唐揚げを揚げるのを待つ。
叔父さんに言った方がいいのかな……。実は叔父さんの行きつけのキャバクラに、今……古村さんが働いてるって事。
そう、時は遡る事、一週間くらい。あのマッチョ三人組に連れられて行ったジムに、私と古村さんは何気に通い続けていた。そんなある日……マッチョの一人が飲みに行きたいと言い出したのだ。
当時の様子を私の頭の中でお楽しみください。
▽
「この後、飲みに行こうぜ。姫子ちゃんと古村さんもどう?」
私と古村さんは、マッチョ達に対してかなり警戒心を解いていた。何気に色々教えてくれるし、ジムに通い出して体の調子がかなり良くなってきていたから。
「あら、残念ですけど私、お酒は嗜みませんの。でも姫子さんが行きたいというのならお付き合いしますわ」
「えー……」
私もそんなに酒好きってわけじゃ……。というか酒なんてこれまで数回程度しか飲んだ事ない。成人式の打ち上げでも、ビールと日本酒とワインと酎ハイを五杯ずつくらいしか飲んでないのだ。
「あ、そうだ」
そういえば……叔父の部屋で拾ったキャバクラの名刺、財布に入れっぱなしだった。
「おい、マッチョ達。このキャバクラ知ってる?」
マッチョの一人に名刺を渡しながら尋ねる私。すると一人のマッチョが過敏な反応を見せた。
「こ、この店は! 知る人ぞ知る高級店じゃないか」
「そうなの?」
「あぁ、俺の先輩がこの店にドハマリして、バイク売ってまで通ったあげくに、仕送りまで使い込んで泣いてたな」
クズやん
「なんだなんだ、姫子ちゃん、キャバクラに行きたいのか?」
「いや、私の叔父がそこに通ってるみたいで……」
「マジか。それは心配だな。どんな店か敵情視察しておかないとな!」
行く気満々のようだ。
その時、マッチョに渡した名刺を取り上げる古村さん。そのままジっと見つめ……
「姫子さん、行きましょう。これも社会見学ですわ」
「マジっすか。でも私、ジャージしか持ってきてないから着替えないと……」
「そうですわね、折角ですから、おめかしして行きましょう! というわけでマッチョなお兄様方、財布を出しなさい」
古村さん! それは俗にいうカツアゲって奴です!
「フッ……見くびって貰っちゃ困るぜ古村さんよぉ。俺達は普段、大学サボって筋肉を使って稼いでるんだ。そこらのサラリーマンより財布はパンパンだぜ!」
いや、大学サボんな。
「ハンパは許さねえ。俺達が財布の紐を緩めたら最後、もうお姫様みたいにしちまうぜ! 姫子ちゃんだけに!」
「おい、そこのマッチョ。デッドリフトもう三セット追加」
「アザーッス!」
そんなこんなで、私達はマッチョの金で服を購入し、キャバクラへと馳せ参じてしまったのだ。
※
「フフ、姫子さん、とってもお似合いですわ」
「なんで私がミニスカで、古村さんはジーンズなんですか! このチョイスおかしいでしょ!」
「姫子さんはスタイルいいですし脚が綺麗ですもの。ほら、そこで悶えてるマッチョ三人組を見てごらんなさい。みんな姫子さんにメロメロですわ」
悶えてるって……一心不乱にスクワットするなマッチョ共! というかお前らはなんで相も変わらずタンクトップ一枚なんだ!
「姫子ちゃん、見直したぜ。是非膝枕してほしい」
「その辺の縁石にでも寝てろ」
「折角ですし、髪も弄りましょうか。姫子さんは……ポニーテールが似合うと思いますの」
うぐぐ、絶対未成年と間違えられる奴じゃないか、コレ。
テキパキと私の髪をポニーテールにしていく古村さん。
「私のもお願いできますか? 姫子さん。以前して頂いたように、編み込んでくだされば」
「あっ、覚えてたんだ……」
そのまま古村さんの髪も……むむっ、なんか髪質上がってない? 悪役令嬢モードになって、古村さんちゃんと髪の手入れするようになったのだろうか。以前は半渇きのままウロついてたのに。
「では行きましょうか、いざキャバクラへ突撃ですわ!」
「うおおおおお!!!!」
雄たけびを上げるマッチョ達。
まあ、こいつらがいれば変なのに絡まれる心配も無いだろう。夜の飲み屋街って変なの多いし。
そんなこんなでキャバクラの前までやってきた時……事件は起きた。
「店長ぉぉぉぉぉ! 店長ぉぉぉぉぉぉ! 逸材が……逸材がぁぁぁぁ!」
「な、なんだとぉぉぉぉぉ!」
キャバクラの入り口に立っていたボーイが、古村さんを見た瞬間、そう叫び出したのだ。すぐさま店長らしきイケオジが姿を現し、古村さんへと名刺を差し出した。
「お嬢様……突然で申し訳ありませんが、是非……是非この店で、キャストとして働いてみる気はありませんか!」
突然の展開でポカーンとする私とマッチョ達。古村さんはニコニコと対応しているが……
「おい、店長さんよぉ、こちらのお方を誰だと心得てるんだ? あぁ?」
「ひぃ!」
なんかマッチョが、水戸黄門みたいな事言い出した……。
「まあまあ、突然の事で驚きましたが、今日は私達……飲みにきましたの。ちなみにスカウトは迷惑条例違反ですわよ」
「そ、それは重々承知の上! その上で……お頼み申し上げます!」
なんか時代劇みたいな感じだな、この店長。
「かくなるうえは……飲み比べ対決など如何でしょうか! お嬢様!」
「ああん? 飲み比べだぁ?」
「無論! お供のマッチョ達も参加可能です! うちのキャストと勝負してもらい、先にギブアップした方が負け! こちらが勝利したならば、是非うちのキャストとして!」
なにこの一方的すぎる展開は。
そんなのお断りに決まって……
「ふふ、面白そうですわ」
「古村さん!? ちょ、不味いですって、第一……こっちにメリットないじゃないですか!」
「メリットならば! そちらが勝利すれば飲み代はタダ! そればかりか、この飲み屋街全店で使える百万円クーポンを差し上げます!」
「ああん? 百万円クーポンだぁ? そんなもん出されちまったら……やるしかねえだろうがぁ! いくぞ野郎ども!」
※
そんなこんなで店に入って一時間後……マッチョ三人はトイレと友達になった。
「ふふ、情けないですわね」
相手のキャスト人は余裕の笑み……。普通に考えれば当然だ。この人達は普段から飲みなれている。いわば酒のプロ……そんな人達に素人が勝てる筈もない。
しかし、だからと言ってこのまま古村さんを差し出すわけにも……。
「これで勝負は決まったわね」
キメ顔の美しいキャスト陣。
仕方ないな。
「すみません、テキーラボトルで」
「……姫子さん?」
ザワつく店内。既に他の客も見物人になっていた。
私はキャスト陣の前のソファーへと座り、静かに酒が来るのを待つ。
「あのー……未成年は流石に……」
「分かってたけど! 分かってたけど私は成人済みです!」
言いつつ運転免許書を差し出す私。それを確認した全員が私を二度見してくる。うぜえ。
「姫子さん、大丈夫ですの?」
「まあ、たぶん……」
年齢確認が済んだ後、テキーラがボトルで運ばれてきた。
私の目の前で栓が抜かれ、ボーイが飲み方を尋ねてくる。
この飲み比べのルールは、相手と同じ飲み方をして先に潰れた方の負け。相手のキャストは既に、ビールとレモンハイとカルーアミルクを飲んでいる。
「私の飲み方は……」
私はそのままボトルを鷲掴み。そして……ラッパを吹くが如く口に付けた!
「な、なにぃぃぃぃ!」
【注意:絶対に、絶対に真似しないでください!】
「ひ、姫子さん!?」
そのまま一気にボトルを飲み干す私。
流石に……少し酔ったかもしれない。
「そんな、こんな小学生にしか見えない子が……」
……うーん、飲み足りない。
「すみません、もう一本追加で」
「ハイィィィィ!?」
そのままさらに一本飲み干す私。
うーん、なんか飽きてきたな。
「すみません、なんか美味しいお酒ください。ボトルで」
するとボーイが持ってきたのは……ドン・ペリニヨン!(ドンペリ)
「こちら……百万円のボトルとなっておりますが」
「頂きます」
「ちょ、まっ、まっ、まっーーー!」
そのままシャンパンの王様も飲み干す私。
ぁ、これ好きー。
「ふぅ。では私のターンはこれで終わりです。そちら、どうぞ。まずはテキーラボトル一本、飲み干してください」
真っ青になるキャスト陣。ボーイも震えながら、それぞれにボトルを手渡していく。
いや、別に一人一瓶じゃなくても……
「む、無理ですーーーー! 急性アル中になってしまいます!」
降参するキャスト達。ふっ、勝った。
「ふふ、うふふ、うふふふふふ」
「……姫子さん?」
あー、なんか流石に……酔っぱらってしまったかもしれない。
いやいや、私がこんな程度で酔うわけ……
「んー……ドンペリ美味しかったなぁ。勝ったら飲み代無料だっけ?」
「か、勘弁してください! 店が潰れます!」
「えー、約束が違…………うま」
私を抱き寄せる古村さん。そのまま古村さんのジーンズへと膝枕。
「飲み過ぎですわよ、姫子さん。店長さん、お題は私が働いて弁償しますわ。とりあえずお水を頂けますか?」
うへぇ? なんで? 勝ったのにぃ……
「姫子さん、私のためとはいえ、暴飲暴食は感心しませんわ。でも……ありがとうございます」
そのまま私の意識は闇に堕ちていった。




