悪役令嬢、古村さん
ベランダから突然侵入してくるストーカー、古村さん。息を切らしながら、パジャマ姿で、ちょっと寝ぐせを付けながら。
「あぁ……新藤マルチーズ先生が、あのドアの向こうに……」
憧れの存在、それが目の前に居る。でもストーカーしてたんでしょう、貴方。今更……
「痛っ」
散らかった叔父の部屋。転がっていたビールの缶を踏みつけた古村さん。そのままケンケンしつつ、壁に激突。
「お、おい、大丈夫か……?」
叔父さんが古村さんを支えようとした、その瞬間! 古村さんは驚異的な身体能力で、ノーモーションからのバク転で叔父を躱した! 何故!? と誰もが思ったその瞬間、古村さんはそのまま叔父特性朝得定食へとムーンサルト! なんてこった! 私の朝飯が!
「……えーっと……古村さん、大丈夫?」
「…………」
返事が無い、ただのパジャマ着たストーカーのようだ。
「叔父さん、古村さんに何したの?」
「えっ、コレ俺のせい!? 俺はプロレス技なんて教えてないぞ!」
そっちじゃないわ、古村さんが叔父さんを全力で避けた理由を……あぁ、もしかして古村さん、新藤マルチーズ先生の恋をした相手に触れてはならんとか思って……
「気絶してないかコレ……マジで大丈夫か? まったく……目玉焼き折角半熟にしたのに……」
よっこいせ、と古村さんをお姫様抱っこする叔父。
しかしその時、何やら玄関からカチャカチャ音が……
「や、やっと開きました……」
って、ギャー! 新藤マルチーズ先生が入ってきた! 何故だ! 叔父は鍵をかけた筈!
新藤マルチーズ先生の手には……ピッキングツール! バイオ〇ザードで出て来た奴が握られてる!
「あのっ、私本気で……」
玄関から侵入した新藤マルチーズ先生が、ベランダから侵入した古村さんを見る。叔父にお姫様抱っこされた古村さんを。しかもそのパジャマは少し乱れており……
「えっ、え!? えええええええええ! 誰ですか、その女! ど、泥棒猫!」
狼狽える新藤マルチーズ先生! 泥棒猫も何も、叔父は独り身よ!
「まさか、心に決めた人って……その女の子なんですか!?」
「ち、ちが……!」
「言い訳なんて聞きたくありません! 浮気もの!」
いや、だから叔父は独り身だし、新藤マルチーズ先生となんの関係もないのよ!
不味い、新藤マルチーズ先生……小説家だけあって、変な人だ!
【注意:姫子の偏見です】
「……ってやる……」
はい? 新藤マルチーズ先生がなにやらゴニョゴニョと……
「呪ってやる! うわぁぁぁぁん!」
そのまま走り去る新藤マルチーズ先生。勝手にピッキングツールで玄関から入ってきたと思えば、脱兎のごとく去ってしまった。犬のくせに。
「……なんだったんだ、あの子……怖っ」
「全面的に同意するけど、叔父さんも悪いよ。古村さんをお姫様抱っこするから……」
っていうか呪ってやるって……新藤マルチーズ先生、一体何をするつもりなのだろうか。
※
数日後。それはバイトからの帰り道で起きた。
私は叔父のツテで居酒屋のバイトをしており、帰りはそこそこ遅め。女子大生だからと早めに帰してもらえるが、それでも夜道は不安と言う事で、私には頼もしい護衛がついていた。
「ワフッ」
「君はいつもモフモフだな、ケンキチ」
真っ白なサモエドのケンキチ。居酒屋店主の愛犬である。身長150cm程の私の腰くらいまである超大型犬。正確にはサモエドと秋田犬のミックス犬であるらしく、そのモフモフは純粋なサモエドよりも強化されているように感じる。そしてなによりデカイし。
「ワフっ!」
「どうしたケンキチ……ん? 古村さん?」
帰り道の途中にあるコンビニ。その駐車場で、数人の男に囲まれる古村さんの姿! まさかナンパか!? 古村さんほど見た目だけは可愛い女子は格好のエジキだろう。これはイカン、なんとか助けなければ!
「わふっ!」
するとこれまで大人しかったケンキチが、まるで私の意思が通じたかのように走り出した! ちょ、まて! いきなり走ったら私がすっころぶ!
「ん? なんだ、この犬」
男達の目の前まで、半分引きずられてきた私。男達は三人組。まだ冷える春先の夜に、何故かタンクトップだけのマッチョな男三人衆。
「ふん、舐められたもんだぜ。まさかこの犬っころが、可愛い彼女をナンパする俺達を退治しようとでも言うのか!?」
なんだ、なんか分かりやすく状況を説明しだしたぞ、このマッチョ。
「いくぞお前等! 俺達は動物園のゴリラが逃げ出した際、ドラミングで押さえこんだ実績がある! 犬なんぞに俺達は止められない!」
いったいどんな状況だ!
しかし相手が悪い! いくら超大型犬のケンキチと言えど……!
「クゥゥゥゥゥゥン?」
するとケンキチは、可愛くお座りしながら首を傾げてみせた。男達はひるむ。そのモフモフの塊の、癒し行動に。
「っく……馬鹿な、俺達のハートが……揺さぶられている!」
何言ってんのコイツ
「いかん、冷静になれ! これは全て策略だ! この寒い夜にタンクトップで出て来た俺達に対する、卑劣な罠だ!」
寒いのか。上着着てこいよ
しかしケンキチは容赦しない。そのまま男の一人に近寄ると、腰に抱き着くように! 男はそれで完全に落ちた。思わずケンキチを抱きしめ、モフモフぬくぬく空間へと誘われていく。
「あったっけえ……」
「俺も俺も!」
「つでいに俺も!」
あっというまに男三人を虜にしてしまったケンキチ。ちなみにケンキチという名前だが、彼女はメスだ。
「あら、よく見たら姫子さんじゃありませんか。バイトの帰りですか?」
……! 古村さんが……なんか知らない言葉でしゃべってる!
いや、間違いなく日本語だが、こんな口調で喋れたのか! ストーカーのくせに。
「今、こちらの殿方から夜遊びに誘われてまして……社会見学もかねて、同行しようと思っていたのですが」
「……? 古村さん? いやいや、何言ってんの、危ないでしょ、そんな事……」
「危なくないぞ! 姫子ちゃん!」
うわっ、びっくりした。タンクトップの一人が私の名前を覚えてしまった! うぅ、嫌だなぁ。
「俺達の提案する夜遊びは、そこらの男のさもしい物とは違う。そう、俺達は夜のジムに誘っているのさ!」
夜の……ジム?
男が目の前で腕立て伏せを始めてなければ、私は勘違いしていただろう。こいつらの言うジムとは筋トレする所だ。決して変な意味ではない……と思う。
「駄目です。夜に筋トレとか……明日の朝、筋肉痛で起きれなくなっちゃうじゃないですか」
「何を言う! 筋トレと言えば夜だ! 夜に行う筋トレが、一番効率的なのだ!」
【注意:最も体温が高い時間帯で、柔軟になりやすいので夜の筋トレは効率的っちゃ効率的ですが、眠れなくなります、ほどほどにしておきましょう】
「ふふっ、なんだか楽しそうですわ。姫子さんもご一緒に如何? きっと楽しいですわ」
「本気で言ってんの古村さん……というかその喋り方、何?」
「あら。私はいつもこんな感じですわ」
「よっしゃ! ではいくぞ、夜のジムへ! 俺達の奢りだ!」
※
そういえば古村さんは運動神経バグってたんだった。ノーモーションからのムーンサルトを決めるような人だ。運動神経と筋トレは関係ないのでは? と思われそうだが、そもそものスペックが私とは違うわけで……。
「す、すげえ! なんてボディバランスだ!」
古村さんは逆立ちしながら片腕立て伏せを、ヨガマットの上でやってみせた! せっかくジム来たのになんで自重トレーニングしてんの?
「姫子さん、さあご一緒に!」
「嫌です」
私は私で、ウォーキングマシンで有酸素運動をしていた。妙に詳しいマッチョの解説で、心拍数を一定に保ちつつ。
「姫子ちゃんは痩せすぎだから、ダイエットなんて必要ないと思うけどなぁ」
「うっさい、居酒屋バイトのまかない料理、こってり系が多いんだい」
今日も店長オススメの唐揚げ丼を頂いたばかり。寝る前に消化しておきたかったから、まあジムに来たのは正解だったろうか。
というか、古村さんは一体どうしてしまったんだ。いきなりあんな口調に。
もしかして、私と二人きり以外の時は、いつもこんな感じなんだろうか。大学でも人と話してる所なんて見た事ないしな。
『呪ってやる! うわぁぁぁぁん!』
その時、何故か新藤マルチーズ先生の断末魔を思い出してしまった。
呪い……呪い……そういえば、あの時の呪ってやるって……一体……
「あらあら、この程度ですの? 片腹痛いですわ! 501Kgのデッドリフトで根をあげるなんて!」
いや、古村さん、それ世界記録……。
古村さんはデッドリフトするマッチョを鼓舞しているようだ。まるで悪役令嬢のようにほくそ笑みながら、マッチョを嘲笑っている。
……悪役令嬢?
もし普段から古村さんがこの態度だったなら、大学でもユニークなオモシロ人種としての称号を欲しいままにしていただろう。というかどう考えても、大学での古村さんのイメージとは……全く違う。
「さあさあ、何をプルプルしていますの? そんな事では、子犬一匹、抱っこする事は敵いませんわ!」
何処の世界に500Kg以上の子犬が居るのだろうか。ケンキチだって、いくら超大型犬とはいえ50Kgも無いんだから。
「く、くそぅ!」
マッチョは鼓舞され、501Kgのデッドリフトをやりとげた! 歓声が上がるジム。
「まあまあですわ。ご褒美に私のプロテインを差し上げましてよ!」
いや、それマッチョが自販機で買ってくれたプロテイン……。
「アザーッス……!」
しかしマッチョは気にせず一気飲み。
「姫子さん! さあ、貴方も私が鼓舞して差し上げますわ! いざレッツ筋トレ!」
「嫌です」
おかしい。
古村さんの、この態度はどう考えてもおかしい。
まさか……これが新藤マルチーズ先生の……呪いの力?
そのころ、ケンキチはトレーナーさんに外でオヤツを貰ってました。




