第1話 辺境と禁忌のボール
辺境の村に着いた瞬間、空気が変わった。
レイア――外見は悪役令嬢、中身は中学生男子の俺が馬車から降りると、
村人たちの視線が一斉に集まった。
ひそひそと、囁き声。
好奇でも憐憫でもない、明確な警戒。
そして、ようやく気づく。
「……全員、バット持ってないか?」
村人たちは、老若男女問わず野球のバットを握っていた。
木製、金属製、太いもの、削れたもの。
構え方が、完全に「使う気」のそれだ。
「俺……殴られるのか?」
背中を冷たい汗が伝う。
どう見ても歓迎ムードではない。
やがて、人垣を割って一人の男が出てきた。
無精ひげに鋭い目つき。村長だろう。
男は俺を一瞥すると、短く命じた。
「アル!
こいつを村の奥の小屋に連れていけ」
「……はい」
返事をしたのは、俺と同じくらいの年の少年だった。
アルと呼ばれたその少年は、バットを手に近づいてくる。
こつ。
バットの先で、背中をつつかれた。
「……」
こつ、もう一度。
「いや、つつかれなくても歩けるんだけど」
言ったはずだが、完全に無視された。
俺は無言のまま、村の奥へと連れていかれる。
左右から向けられる視線と、握られたバット。
小屋は村外れにぽつんと建っていた。
人を閉じ込めるためだけに存在しているような、粗末な建物。
中に押し込まれ、扉が閉まる。
——ガチャリ。
鍵の音がした直後だった。
「……っ」
背後で、何かが崩れる音。
振り返ると、アルが床に膝をつき、顔を伏せていた。
「すまない……」
震える声。
「今は、こうするしかないんだ」
「でも……後で必ず助けに来る。約束する」
それだけ言うと、アルは立ち上がり、扉を開けて去っていった。
取り残された俺は、小屋の中央で立ち尽くす。
意味がわからない。
何もかもが、理解不能だ。
ただ——
「助けに来る」
その一言だけが、頭に残った。
夜。
小屋の扉が、静かに開いた。
「……レイア」
現れたのは、アルだった。
「今だ。逃げるぞ」
「え、ちょっと待って。どこへ?」
俺の問いに、アルは即答した。
「サッカーの国へ!」
それ以上の説明はなかった。
二人は村を抜け、闇に紛れて森へ入る。
枝を踏み、息を殺しながら走る。
「なあ、アル」
「なんでサッカーは、こんなに……」
理由を聞こうとした、その瞬間だった。
――低い唸り声。
前方の闇が揺れ、狼型のモンスターが姿を現す。
鋭い牙。赤く光る目。
「ひっ……!」
体がすくむ。
逃げる? 無理だ。足が動かない。
だが、アルは違った。
冷静に立ち止まり、背中のバッグに手を伸ばす。
取り出したのは——
「……ボール?」
革製の、サッカーボール。
アルは一歩踏み込み、叫んだ。
「火炎弾!!」
蹴り出されたボールは、宙で炎を纏い、一直線に飛ぶ。
轟音。
炎の塊が狼を飲み込み、モンスターは悲鳴を上げて闇へと消えた。
呆然と立ち尽くす俺に、アルは振り返る。
「サッカーが嫌われてる理由、知りたいか?」
静かな声。
「それは――」
「国家を破壊するスポーツだからさ」
夜の森に、その言葉が重く落ちた。
俺は、この世界で初めて理解した。
サッカーは、ただの遊びじゃない。
それは——禁じられた力だ。




