第16話 何もしない者
試合は再開された。
レイアは、特別なことは何もしなかった。
魔法は使わない。
暗器も使わない。
派手な動きも、奇策もない。
ただ、ボールを受け、足元に収め、前を見る。
普通にドリブルをして、普通にパスを出す。
それだけだった。
「……?」
異形の者が、レイアの前に立ちはだかる。
背丈は倍近く、腕は異様に長い。
次の瞬間。
異形の手が、空間を裂くように伸びた。
――捕らえる気だ。
(サッカーなのに……手かよ)
レイアは、内心で吐き捨てる。
だが、表情は変えない。
口の中で、舌をわずかに動かす。
吐き出されたのは――
針。
針は、空を切るように飛び、異形の腕の“少し先”をかすめた。
その瞬間。
異形の手から、炎が噴き出す。
ゴォッ――!
灼熱が、レイアの頬をかすめる。
だが。
炎は、直撃しなかった。
針が、ほんのわずかに軌道をずらしていた。
「……っ」
レイアは止まらない。
炎の隙間を、ただ走り抜ける。
ドリブルを続け、異形の横をすり抜ける。
誰も気づかない。
観客も。
審判も。
味方でさえも。
レイアのプレーは、あまりに“普通”だった。
(あくまで、魔法をかわすだけ)
攻撃はしない。
決定打もない。
ただ――
サッカーが成立する最低限だけを残す。
異形が、一瞬だけ振り返る。
理解できないものを見る目だった。
その様子を、ベンチの影からジョアンナが見ていた。
「……あんた、とんでもないやつ連れてきたね」
背後に立つ少年へ、低く声を投げる。
振り向いた少年――アルは、表情を変えなかった。
「必要だろ」
「革命だ。新しいサッカーの時代のために」
ジョアンナは、小さく鼻で笑う。
「革命か……私には関係ないね」
「私は、目の前のことだけを見る」
視線は、グラウンドに立つレイアへ向けられている。
「ああ」
「潰されないようにしな」
アルは答えなかった。
ただ、レイアの背中を見つめていた。
何も使わず、
何も誇示せず、
それでも確かに“流れ”を変えている存在を。
レイアは、ボールを蹴る。
(俺は、サッカーをしてる)
それだけが、今の真実だった。
第17話 美しいサッカー
レイアは、敵ゴールへと迫っていた。
異形の守備をかいくぐり、最後の一歩を踏み込む。
体勢を整え、迷いなく振り抜いた。
――入った。
そう思った瞬間。
カンッ、と乾いた音が響く。
ボールはゴールポストに弾かれ、無情にも外へ転がった。
「……くそっ」
思わず舌打ちする。
両拳を握りしめ、悔しさを噛み殺すレイアの背後から、低く落ち着いた声がした。
「美しい……」
レイアは振り返る。
金髪の男が立っていた。
年は若くはないが、佇まいに無駄がない。
視線は冷静で、だが確かな熱を宿している。
「いいサッカーだ」
怪訝そうに見返すレイアに、男は肩をすくめた。
「俺はラウルだ」 「お前みたいな、美しいサッカーをする奴は好きでな」
ラウルは、さらりと言う。
「パスを出していく。決めろ」
「……言われなくても決める」
レイアは短く返した。
次の瞬間、ラウルの足元からボールが放たれる。
正確だった。
速さも、角度も、完璧に近い。
だが――それだけではなかった。
異形の動きが、わずかに鈍る。
ほんの一瞬。
誰も気づかないほどの遅れ。
だが、レイアだけは気づいた。
(……暗器)
視線を走らせる。
ラウルの動きは自然だ。
腕も、足も、何一つ不審なところはない。
それでも確かに、相手の反応が遅れている。
(しかも……見えない)
レイアの足取りが、軽くなる。
(動きやすい……マークが一瞬遅れる)
異形の攻撃を、紙一重でかわす。
魔法でもない。
露骨な反則でもない。
ただ、サッカーの流れの中で、わずかに“有利”が作られている。
レイアは走る。
パスを受け、トラップし、迷わず振り抜く。
今度は――
ゴールネットが、確かに揺れた。
決まった。
歓声が上がる。
レイアは息を吐き、視線を上げる。
ラウルと一瞬、目が合った。
そこには、言葉のいらない理解があった。
“気づいたな”
“ああ、気づいた”
それだけで、十分だった。
レイアは思う。
(暗器を使うか、使わないかじゃない)
(どう“サッカーを壊さずに使うか”だ)
気づいてしまった。
そして同時に、
同じ場所に立つ者がいることも。
試合は、まだ続く。
だがレイアの中で、
何かが、はっきりと形を持ち始めていた。




