第6話 静かな人の色
※この話は、父から聞いた祖母の話です。
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わたしが物心ついたときには、父方の祖母はすでに亡くなっていました.
だから、祖母の声や、手の温もりを、直接覚えているわけではありません.
それでも、不思議なことに、祖母の姿は、家の中に今も残っています.
祖母は、広島で酒屋を営む家に生まれたと、父から聞きました.
にぎやかな町で育ち、人と話すことが好きな娘だったそうです。
—
戦争が始まり、状況が変わったのは、まだ若いころでした.
空襲や物資不足の中で、家業を手伝いながら、必死に暮らしていたといいます
第2次世界大戦のさなか、祖母は疎開を経験しました.
知らない土地での生活は、決して楽なものではなかったはずです.
それでも、祖母は弱音をあまり口にしなかったと、父は言っていました.
大変だったことを語るより、
どうやって乗り越えたかを、淡々と話す人だったそうです.
戦争が終わり、時代が少しずつ動き始めたころ、祖母は、ロシアから帰国した祖父と出会いました.
長い時間を遠い場所で過ごしてきた祖父と、
多くを語らずとも、通じ合うものがあったのかもしれません.
2人は結婚し、やがて — 父が生まれました。
祖父は新聞社の仕事で忙しく、家を空けることも多かったそうです.
その分、祖母は、育児のほとんどを1人で担いました.
文句を言うこともなく、
父の成長を、静かに、けれど確かに支えていたといいます.
父は、祖母のことを、穏やかでよく笑う人だったと話します。
叱るよりも、見守ることを選ぶ人。
言葉よりも、態度で示す人。
父の落ち着いた性格は、祖母から受け継いだものなのかもしれません。
子育てが落ち着いてから、祖母は絵を描くようになりました。
花を描き、風景を描き、油絵にも取り組みました。
その腕前は、いつしか師範と呼ばれるほどになったそうです。
派手な色使いではなく、
どこか静かで、見る人の心を落ち着かせる絵だったと聞いています。
今でも —
実家の玄関には、祖母が描いた大きな油絵が飾られています.
そこには、花に囲まれた家族の姿があり、
その片隅には、まだ赤ん坊だったわたしも描かれています。
もちろん、そのころの記憶はありません。
けれど、絵の中のやわらかな色を見ていると、
祖母がどんな気持ちで筆を動かしていたのか、
少しだけ、わかる気がするのです。
多くを語らず、
静かに支え、
穏やかな色を残した人 —
祖母は、今も、あの絵の中で、
変わらない微笑みを浮かべているように思います。
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これ以上のことを、わたしは知りません。




