第4話 弟の静かな視線
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弟は、家の中でもあまり言葉を発しない子でした.
家族が集まる食卓でも、会話に入ってくることはほとんどなく、
いつも少し離れた場所で、黙って過ごしていました.
母は、無理に話しかけることはせず、
父も、必要以上に踏み込まないようにしていたと思います.
—
弟は、そういう距離感の中で、生きていました。
わたしと父がテーブルに紙を広げて —
謎解きやクイズを始めると —
弟は、少しだけ様子を変えました。
—
近づいてくるわけではありません.
声をかけてくるわけでもありません。
ただ —
横を通るふりをして、
ちらりと紙の上を見ていくのです.
そして、しばらくすると、
何事もなかったように部屋を出ていきました.
父と2人で考え込んで、
ああでもない、こうでもないと言っていると、
数分後、弟が戻ってきて、
小さな声で、答えだけを口にすることがありました
それは —
正解でした.
しかも、わたしが考えていたよりも、
ずっと簡単で、ずっと核心を突いた答えでした.
父は、驚いたように弟を見て、
そうか、とだけ言いました.
弟は、それ以上何も言わず、
また、静かにその場を離れていきます.
わたしは、正直、弟がうらやましかったのだと思います.
努力して考えて、ようやくたどり着く場所に、
弟は、すぐに立ってしまう。
そのことが、悔しくもあり、
同時に、誇らしくもありました。
私が褒めると、少し表情が緩みましたが、
弟自身が誇ることはありませんでした.
むしろ、周囲と違うことを、
なるべく目立たせないようにしているように見えました。
でも — —
ある日、弟は、急にいなくなりました。
前触れは、ほとんどなかったと思います。
あとから聞いた話では、
学校でのいじめが原因で、
遠く離れた親戚の家に引っ越し、
別の学校に通うことになったのだそうです.
わたしは、その日から、
弟に会っていません。
子どもだったわたしは、
両親の様子から、
弟のことを、あまり聞いてはいけないのだと感じました。
だから、聞きませんでした。
どこに行ったのか。
元気にしているのか。
今、何を考えているのか。
聞かないまま、時間だけが過ぎていきました。
今になって思うと、
少しくらい、聞いてもよかったのかもしれません。
聞いてはいけない空気だと思い込んでいたのは、わたし自身だったのかもしれません。
弟は、今、どこで何をしているのでしょうか。
あのときのように、
静かに、何かを見抜いているのでしょうか。
もし、また会えることがあるなら、
謎の答えではなく、
弟の話を、ちゃんと聞いてみたいと思います。
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