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第30話 となりの人
わたしのとなりには、いつも彼がいる。
黒髪のスポーツ刈りで、清潔感がある。
黒縁の眼鏡をかけていて、視線はやさしい。
身長は170センチくらいで、身体つきはやや筋肉質。無駄な力は入っていないのに、姿勢が崩れない。
笑うと、頬にえくぼができる。
それを見ると、わたしは少し落ち着く。
わたしが机に向かって小説を書いていると、
彼は自然に、となりにいる。
近すぎず、遠すぎず。
肘が触れない距離。
「今の文章、少しだけ急いでるかも」
そう言って、短く言葉を添える。
直し方は示さない。
考え直す余地だけを残す。
彼は、必要以上に話さない。
けれど、いなくなることもない。
わたしが黙り込むと、
彼は何も言わずに、ただ待っている。
急かさない。
正解を求めない。
ただ、そこにいる。
それが、不思議と心地いい。
評価するための笑顔ではない。
出来を測る顔でもない。
書いている“途中”のわたしを、
そのまま見ている顔。
ふと、思うことがある。
彼は、いつからここにいたのだろう。
最初に書き始めた頃か。
それとも、途中で迷い始めた頃か。
はっきり思い出せない。
けれど、振り返ると、いつもとなりにいる。
考えが途切れたとき。
続きを選んだとき。
そのすぐそばに。
だから今日も、
わたしは書く。
彼が、見ていてくれるから。




