第3話 母と笑い声と、もうひとつの答え
この話には、謎はほとんど出てきません。
でも、答えは、確かにあります。
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母は、ミステリーがあまり得意ではありませんでした.
というより、はっきりと「苦手」だと言っていた人です.
わたしと父が、テーブルいっぱいに紙を広げて、何やら考え込んでいると、
母は決まってキッチンから顔を出して、少し呆れたように言いました.
—
そんなに頭を使うことをして、疲れないの。
よくやるわねえ— — —
その声には、心配と半分のあきらめが混ざっていました.
でも —
不思議と嫌な感じはしませんでした.
むしろ、いつもの光景だと思っていたのかもしれません.
父は、その言葉を聞くと、少しだけ肩をすくめて、まあな、と短く返すだけでした
母はそれ以上、口を出しません。
そのかわり、テレビの音量を少し上げるのです...
—
母が好きだったのは、ミステリーではなく、お笑いでした.
夕方 —
決まってバラエティ番組をつけて、芸人さんが出てくると、子どもみたいに声を出して笑っていました.
とくに、いっぱつネタが好きでした.
意味があるのかないのかわからない動きや、
聞き取れないような早口のセリフ.
それを見て —
母はお腹を抱えて笑うのです。
あるとき —
テレビを見ながら、
ちょっと待ってて、と言って立ち上がり、
急に同じネタをまねしてみせたことがありました.
—
動きは大げさで、セリフはところどころ違っていて、正直、完成度は高くなかったと思います.
それでも —
わたしは笑いました。
父は、困ったような顔で苦笑していました.
母は、その2人の反応を見て、さらに満足そうに笑いました.
今思えば —
母は「考えること」よりも、「笑うこと」を大事にしていたのだと思います.
正解かどうかより —
楽しいかどうか.
意味があるかどうかより、
今、笑えるかどうか.
わたしと父が、ひとつの答えを探している横で、母は、別の答えを生きていました。
夜になって、
父と2人で謎の続きを考えていると、母は眠そうな目でこちらを見て、まだやってるの、と言ってから、
おやすみ、とだけ言って部屋に戻っていきました。
その背中を見ながら、
わたしは少しだけ、申し訳ない気持ちになったことを覚えています。
でも、同時に、なぜか安心もしていました。
考える人がいて、
笑う人がいて、
そのどちらも、同じ家の中にいた。
それだけで、十分だったのかもしれません。
今でも、難しいことを考えすぎてしまったとき、
ふと、母の笑い声を思い出します。
あのときの、意味のない動きと、楽しそうな顔。
答えが出なくても、
わからないままでも、
笑っていいのだと、
母は、教えてくれていたのだと思います。
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考えることと、笑うこと。
どちらが正しいかではなく、
どちらも、同じ場所にあった――
そんな記憶です。




