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第28話 欠番の北


−3640047


わたしは、ゲストルームのベッドに横になりながら、天井を見つめていた。


砂漠の夜は静かで、外の世界が遠くにあるように感じられる。


明日から始まる財宝探しのことを考えると、胸が高鳴って、どうしても眠れなかった。


頭の中では、石列や風の塔、夜の砂漠の話が何度も巡っている。


目を閉じても、思考は止まらない。

それなら、とわたしは起き上がり、スーツケースの奥から一冊の本を取り出した。


日本から持ってきた、祖父の小説だった。


ページを開くと、紙の匂いとともに、いつもの感覚が戻ってくる。

考えるための、静かな場所。




曇りがちな空の下、わたしは小さな駅に立っていた。


時刻表には、もはや名前のない路線。

線路は残り、駅舎もある。だが、列車は来ない。


満州国末期に建てられた地方駅だと、記録にはある。

軍需輸送の中継点だったというが、詳しいことは分かっていない。


ホームに出ると、妙な静けさがあった。

風の音はある。遠くで鳥も鳴いている。

だが、空間が落ち着かない。


わたしは、足元を見た。


番線表示が残っている。

1番線。2番線。

少し離れて、4番線。5番線。


3番線がない。


欠番そのものは、珍しくない。

工事の途中で変更されることもあるし、縁起を担ぐ場合もある。

だが、この駅では、その欠番がやけに目立った。


番号が抜けた、というより、

そこに「場所」があるのだ。


線路は敷かれていない。

だが、幅だけは、他の番線と同じだけ空いている。

人が立ち入らないよう、柵もない。

ただ、何も置かれていない。


わたしは、駅舎の外に出た。

建物全体を眺める。


駅舎、ホーム、倉庫。

それぞれの壁と柱が、きれいに揃っているように見える。

だが、完全ではない。


わずかに、傾いている。


気のせいだと思い、方位磁針を取り出した。

針は安定している。

この地域の磁北は、地図通りだ。


それでも、駅の正面は、針の示す北から少し外れている。


ほんの数度。

測らなければ分からない程度のズレだ。


建物全体が、同じ方向に、同じだけ傾いている。


偶然ではない。


わたしはホームに戻り、欠番の位置に立った。

線路のない、3番線の場所。


そこでもう一度、方位磁針を見る。


針は、真っ直ぐだった。


わたしは、ゆっくりと息を吐いた。


ここだけが、正しい。


駅のすべてが、わずかに歪んでいる中で、

この位置だけが、地理的な北を向いている。


建築では、基準を揃える。

磁北か、真北か。

どちらかに統一するのが常識だ。


一部だけを例外にする理由はない。


あるとすれば、それは――

例外こそが、基準だからだ。


わたしは、番線の中心を点として頭の中に描いた。


1番線から、2番線。

4番線、5番線。


それらを順に結ぶ。


歪んだ1本の軸が浮かび上がる。

磁北に沿っていない。


だが、欠番の位置を通すと、線は真北に戻る。


この駅は、最初から歪められていた。

正確な測量を、させないために。


当時、地下施設を探る手段はいくつもあった。

だが、最も簡単なのは、磁気と方位だ。


地下に大量の金属や、特殊な装置があれば、

磁気は乱れる。

測量は狂う。


だが、測る側は、こう考える。


――この土地の磁場は、もともと歪んでいる。


それが、自然な誤認だ。


駅という大きな構造物を、

あらかじめ磁北からズラして建てる。

すると、地上の基準そのものが信用できなくなる。


地下の異常は、地形のせいにされる。


見つからないのではない。

見つける意味を、失わせるのだ。


では、なぜ真北を残したのか。


答えは簡単だ。


自分たちのためだ。


すべてを歪めてしまえば、

設計した側も、位置を見失う。

だから、誰も使わない場所にだけ、

本当の基準を残す。


番線としては存在しない。

だが、空間としては、厳密に測られている。


欠番とは、消去ではない。

秘匿だ。


わたしは、もう一度、3番線の位置を踏みしめた。

ここから北へ、正確に進めば、

地下の何かに辿り着く。


だが、掘ることはしない。


やはり、嘘をついているのは、

番線でも、建物でもない。


人間の側なのだ。


夕方の光が、ホームに長い影を落とす。

影は、歪んだ建物に沿って伸び、

欠番の場所で、真っ直ぐになる。


それだけで、十分だった。


列車は来ない。

だが、この駅は今も、役目を果たしている。


見つける者と、

見失う者を、

正確に、分け続けているのだ。




本を閉じ、静かに目を閉じた。


祖父の文章は、いつも答えを与えない。

ただ、立つべき場所だけを示す。


この先、わたしは――

本当に、見つける者になれるだろうか。


−3452213

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