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第25話 左手の余白


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ドバイの空港に降り立った瞬間、空気の温度がさらに上がったのを感じた。


夜だというのに、砂漠の熱はまだ地面に残っている。


出口を出ると、黒塗りのリムジンが静かに待っていた。


名前を告げると、運転手は何も聞かずに扉を開ける。


市街地の光が遠ざかり、やがて窓の外は闇と砂だけになる。

しばらくして、闇の中に突然、巨大な建造物が浮かび上がった。


砂漠の真ん中に建つ大豪邸。

門をくぐり、敷地の奥へ進むたびに、現実感が薄れていく。


通されたゲストルームは、言葉を失うほど豪華だった。

天井は高く、装飾は控えめなのに、圧倒的な存在感がある。


ほどなくして、扉が開いた。


現れたのは、写真で見た通りのKだった。

背筋の伸びた姿勢、落ち着いた微笑み。


「ようこそ。遠いところをありがとう」


流暢な日本語だった。

わたしは挨拶を返し、招待への感謝を伝えた。


話題は自然と、祖父の小説へ移る。

彼は内容をよく覚えていて、感想も的確だった。


「地下構造と人間心理の関係。とても興味深い作品でした」


その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。

祖父の書いたものが、ここまで届いている。


しばらく、穏やかな会話が続いた。


しかし、

その途中で、わたしは、わざと机の上のペンに手を当てた。


カラン、と音を立てて、ペンが床へ落ちかける。


次の瞬間、視界の端で何かが動いた。


彼の左手だった。


掴みかけて、途中で止まり、

何事もなかったように、元の位置へ戻る。


ほんの束の間の出来事。

沈黙が流れた。


わたしはペンを拾い、席に戻る。

会話は、そのまま何事もなかったかのように続いた。


――けれど、わたしの中では、ひとつの疑問が確信に変わっていた。


しばらくして、


「1つ、確認させてください」


わたしは静かに口を開いた。


彼を、真っ直ぐに見る。


「失礼ですが」


声は、あくまで穏やかだった。


「あなたは、K本人ではないのでは?」


部屋の空気が、わずかに変わった。


沈黙のあと、彼は小さく息を吐き、苦笑した。


「まさか、見抜かれるとは」


その言葉が、答えだった。


「なぜ、そう思ったのですか?」


わたしは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「あなたが最初に椅子に座ったとき、無意識に左側だけ、わずかに空間を残しました」


「利き手側に、作業の余白を取る癖です。意識している人はいません」


彼は、何も言わずに聞いている。


「会話の最中、右手はよく動いていました。ですが、感情が乗った場面では、左手が先に反応した」


「感情に結びついた動作は、矯正できません」


わたしは続けた。


「そして、落ちかけたペンに反応したのも、左手でした」


「あなたは、左利きです」


少し間を置いて、言葉を重ねる。


「ですが、あなたは右利きを演じている」


「以前、映像で見たKは、違和感のない右利きでした」


沈黙が落ちた。


やがて彼は、ゆっくりと両手を下ろした。


「完璧ですね」


そう言って、静かに笑った。


「そのとおり。私は偽物です。

大変失礼いたしました。

本物は、あなたに会う前に、試したかったのです。」


その直後、別の扉が開いた。


空気が変わる。


そこに立っていた人物を見た瞬間、わたしは直感した。


――この人が、本物のKだ。


視線の重さも、間の取り方も、まるで違う。


「ようこそ」


その声には、余裕があった。


「あなたは、細部を見る。

 それも、“意味のない癖”を」


「合格です。正式にゲームへご招待します。」


砂漠の真ん中で。

左手の余白に気づいた、その先で。


わたしは、ようやく本当のゲームの入口に立ったのだと知った。


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