第20話 合わない時間
この家で過ごした時間は、
ずっと同じ速さで流れていると思っていました。
けれど――そうでなかったとしたら。
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祖父の小説を読み終えたころ、父が居間にやってきた。
わたしの手元にある本を見て、懐かしそうに目を細める。
それ、じいさんのやつだな。
そう言って、父は湯のみを手に、向かいに腰を下ろした。
あのころのこと、あんまり人には話してないんだけどな。
父はそう前置きしてから、ぽつりと昔の話を始めた。
祖父は、週末になると、ふらっと家の中からいなくなっていたらしい。
朝、姿が見えなくなり、昼を過ぎたころまで戻らない。
半日ほど経つと、何事もなかったように帰ってきて、
父に原稿を読ませ、意見を求めたという。
そのころの父は、まだ子どもだった。
内容は難しく、正直よく分からなかった。
それでも、祖父の様子を見て、気を遣って感想を言ったそうだ。
面白かった、とか。
続きが気になる、とか。
ここが好きだ、とか。
今思えば、ずいぶん曖昧なことしか言っていなかったな、と父は笑った。
不思議だったのは、その先だ。
祖父が外で原稿を書いている姿を、誰も見たことがなかった。
この町は小さい。
喫茶店も、図書館も、数えるほどしかない。
毎週末、祖父が半日も外に出ているなら、
誰かの目に留まるはずだった。
けれど、そんな話は1度も聞かなかった。
どこで書いていたのか。
父はずっと、それが分からなかったという。
さらに妙なこともあったらしい。
冬の日、外に長くいたわりには、服が冷えきっていない。
なのに祖父は、「今日は寒かった」と言う。
外にいたような言い方をするのに、
外に出た形跡が、どうにも薄い。
父は当時、それを深く考えなかった。
大人というのは、そういうものなのだと思っていたらしい。
話を聞きながら、わたしは、なぜか胸の奥がざわついた。
祖父は、外に出ていなかった。
けれど、確かに「どこか」に行っていた。
その「どこか」が、
町の外でも、誰かの家でもないとしたら。
わたしは、無意識のうちに、視線を家の中へ巡らせていた。
柱。
天井。
廊下の奥。
長年暮らしてきたはずの実家が、
ほんの少しだけ、違う顔をして見えた。
その違和感の正体を、
このときのわたしは、まだ言葉にできていなかった。
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